5-7 血が見えない

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 グレンは僕を庇ったせいで右腕を失った。そして、それがきっかけで左腕も失うことになった。

 傲慢ごうまんだ。僕は闘いを左右できるほど万能ではなく、矮小わいしょうな人間に過ぎない。それでもグレンが滅びるのならば、原因の一端は僕にあるように思えた。グレンの気持ちもトーチャーの気持ちも知っていながら、彼らをつなけ橋になれなかったからだ。いや、違う。彼らの間にけ橋をつなぐことができなかったからだ。殺すか殺されるか、しか彼らに選ばせることができなかったことに、強いいきどおりを感じる。

 何で怒るのか。自分とは無関係の星なのに。むしろ、巻き込まれて命を落とそうものならそれこそ無駄死にだ。星の命と人間の命。あまりにも違い過ぎていて、天秤てんびんで測ることなどできやしない。どちらを優先すべきか選ぶことなど、毛頭無理な話なのだ。

 それでも、僕にはグレンに思い入れがある。生きていてほしいと思う。


『誰かに死んでもらいたくない……その願いに理由なんてない』


 レナの言葉が脳裏によみがえる。そうだ、理由なんて要らない。そして理由があるのなら尚のことあらがいたくなるものだ。

 それが遠い昔より定められた運命であろうとも、死なれたくないものは死なれたくない。生き延びられる命を延ばさない理由がない。もう誰も死ぬのは見たくない。そんな我がまますら封殺されるのであれば、人間である意味がない。

 僕はグレンに生き延びてほしい。たとえ、トーチャーが怪我を負う結果になったとしても。それが『誰かに死んでもらいたくない』という願いに反していたとしても。はじめに抱いた願いには常に誠実でありたい。


「ああああああぁぁぁッ‼」


 僕が絶叫し飛び掛かると、トーチャーは、しかし淡々とした様子で僕を片手でぎ払った。地面を転げ回り、僕の身体は擦り傷まみれになる。星と違って負傷した箇所が光に包まれない。トーチャーがそんな異端を目の前にして眉をひそめる。


「アナタ――」


 刹那、グレンはよそ見をしていた眼前のトーチャーから刃物を奪い取り、それを彼の胸元へと突き立てた。失われた右腕の代わりに凶器を握り締めていたのは、水晶で出来上がった腕だった。それは役目を果たすと、光の粒となって空にかえっていった。

 トーチャーが仰向けに倒れると同時に、遠くで人工的な兵器がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。それらは光の粒となり、地面に吸い込まれるように溶けてゆく。

 肩で息をしながらグレンが立ち上がる。うつ伏せに倒れているトーチャーは無表情に頭上に輝く星々を眺めていた。


「……情けないですね」

「ああ、全くだな」


 先ほど、トーチャーは僕に手加減をした。あれほどの兵器を持ち合わせている彼であれば、僕を殺すことなど造作もないことのはずだ。それができなかったのは、彼が躊躇ちゅうちょしていたからだろう。そして、それは僕の怪我が修復されないことで顕著けんちょになった。彼はもう、僕の正体に気付いている。だからこそ、迷いが生じたのだろう。僕を殺すことは、我が子に手をかけることと同義であるように感じられたのかもしれない。

 グレンにも彼の躊躇ためらいが伝わったのだろう。一瞬の油断をつかれ、彼は無傷での制圧を逃した。胸に突き立てられた刃物。それは彼の子供たちの墓標のように感じられた。

 両腕のないグレンを見上げ、トーチャーは淡々と言う。


「致命傷を負ってしまいました」

「生きてりゃ治る。お互いに、な」

「……合わせる顔がありません」


 トーチャーがグレンから顔を逸らす。その両眼は先ほどまで兵器が鎮座していた場所に向けられていた。胸元の傷口からは淡い光が漏れ出ている。寿命が大幅に縮まったに違いない。

 それはグレンも同じだろう。両腕を無くした彼はトーチャーよりも損害が大きい。彼を宿す惑星はトーチャーとの衝突により壊滅状態におちいったと言ってもいいだろう。生命体が住んでいれば、きっと死滅していたに違いない。そういう意味では、彼の星に生命体が存在しなくて幸いだった。彼にとっては皮肉でしかないけれど。いずれにしろ、彼は今後、緩やかに衰退の一途を辿ることになる。


「礼なら言わねェ」

「当然です。言うべき相手が違うでしょう」


 グレンがトーチャーの横を通り過ぎ、膝をついた僕の傍へと向かってくる。

 ズキズキと痛む身体にむちを打ち、僕は緩慢かんまんとした動作で立ち上がる。眼前にたたずむグレンの姿は身体がローブでおおわれているせいか、一見すると五体満足に見受けられた。もしかすると、僕が知らないだけで多くの星々が身体の一部を失っているのかもしれない。

 眼鏡の無いグレンは、けれどグレンとわかる表情を浮かべていた。誠実そうでいて、険悪そうでいて、どこか柔和な印象すら抱かせる――人間的な表情。


「……生きていて、良かった」


 思わずこぼれた言葉は僕の本心を物語っていた。グレンは目を見開き、やがて穏やかに細めた。


「オマエは、損をした。アイツも、損をした。オレも……損をした」

「……やめて、ください」


 僕は自然と表情がほころぶのを感じた。ほおに温かいものがしたたる感触すら覚えた。


「僕も、グレンさんも、それに……トーチャーさんも、悔やんでなんかいません」


 膝から崩れ落ちるグレンを僕は両腕で抱き締めた。図体の大きな身体が今は小さく感じられた。それはきっと両腕がないせいだけではないのだろう。


「身近な存在を失って喜べるほど、僕は強がれません。親も、子も、兄弟だって……いなくなったら、嫌です。グレンさんは……違いますか?」


 兄も同じように考えるだろうか、と僕は考えた。けれど、答えは出なかった。ただ、兄が亡くなれば僕が後悔することは確かだった。

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