5-7 血が見えない
7
グレンは僕を庇ったせいで右腕を失った。そして、それがきっかけで左腕も失うことになった。
何で怒るのか。自分とは無関係の星なのに。
それでも、僕にはグレンに思い入れがある。生きていてほしいと思う。
『誰かに死んでもらいたくない……その願いに理由なんてない』
レナの言葉が脳裏に
それが遠い昔より定められた運命であろうとも、死なれたくないものは死なれたくない。生き延びられる命を延ばさない理由がない。もう誰も死ぬのは見たくない。そんな我がまますら封殺されるのであれば、人間である意味がない。
僕はグレンに生き延びてほしい。たとえ、トーチャーが怪我を負う結果になったとしても。それが『誰かに死んでもらいたくない』という願いに反していたとしても。はじめに抱いた願いには常に誠実でありたい。
「ああああああぁぁぁッ‼」
僕が絶叫し飛び掛かると、トーチャーは、しかし淡々とした様子で僕を片手で
「アナタ――」
刹那、グレンはよそ見をしていた眼前のトーチャーから刃物を奪い取り、それを彼の胸元へと突き立てた。失われた右腕の代わりに凶器を握り締めていたのは、水晶で出来上がった腕だった。それは役目を果たすと、光の粒となって空に
トーチャーが仰向けに倒れると同時に、遠くで人工的な兵器がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。それらは光の粒となり、地面に吸い込まれるように溶けてゆく。
肩で息をしながらグレンが立ち上がる。うつ伏せに倒れているトーチャーは無表情に頭上に輝く星々を眺めていた。
「……情けないですね」
「ああ、全くだな」
先ほど、トーチャーは僕に手加減をした。あれほどの兵器を持ち合わせている彼であれば、僕を殺すことなど造作もないことのはずだ。それができなかったのは、彼が
グレンにも彼の
両腕のないグレンを見上げ、トーチャーは淡々と言う。
「致命傷を負ってしまいました」
「生きてりゃ治る。お互いに、な」
「……合わせる顔がありません」
トーチャーがグレンから顔を逸らす。その両眼は先ほどまで兵器が鎮座していた場所に向けられていた。胸元の傷口からは淡い光が漏れ出ている。寿命が大幅に縮まったに違いない。
それはグレンも同じだろう。両腕を無くした彼はトーチャーよりも損害が大きい。彼を宿す惑星はトーチャーとの衝突により壊滅状態に
「礼なら言わねェ」
「当然です。言うべき相手が違うでしょう」
グレンがトーチャーの横を通り過ぎ、膝をついた僕の傍へと向かってくる。
ズキズキと痛む身体に
眼鏡の無いグレンは、けれどグレンとわかる表情を浮かべていた。誠実そうでいて、険悪そうでいて、どこか柔和な印象すら抱かせる――人間的な表情。
「……生きていて、良かった」
思わず
「オマエは、損をした。アイツも、損をした。オレも……損をした」
「……やめて、ください」
僕は自然と表情が
「僕も、グレンさんも、それに……トーチャーさんも、悔やんでなんかいません」
膝から崩れ落ちるグレンを僕は両腕で抱き締めた。図体の大きな身体が今は小さく感じられた。それはきっと両腕がないせいだけではないのだろう。
「身近な存在を失って喜べるほど、僕は強がれません。親も、子も、兄弟だって……いなくなったら、嫌です。グレンさんは……違いますか?」
兄も同じように考えるだろうか、と僕は考えた。けれど、答えは出なかった。ただ、兄が亡くなれば僕が後悔することは確かだった。
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