5-8 硝子ではない

 8


 小高い丘の上に鎮座する岩。その上にグレンが腰を掛けていた。眼前に広がる宇宙を彷徨さまよう星々に目が奪われている。誰かを探しているのだろうか。

 背後から歩み寄ると、気配に気付いたらしいグレンが振り返った。軽くお辞儀すると、グレンはこちらに来るように目配せをした。僕は誘われるがまま彼の左隣に腰を下ろす。バルドと出会った場所もここだった。不意に胸がきゅうっと締まる。


「……休んでいなくていいんですか?」

「んー?」


 トーチャーとの闘いを終え、どれだけ時間が経過してもグレンの両腕が再生することはなかった。肩の付け根を見せてもらうと、元々腕など生えていなかったかのように皮膚でおおわれていた。ローブのおかげで一見するとわからないけれど、ふとした瞬間にそでの通されていないセーターがのぞき見える度、何故だか僕の腕が痛んだ。

 グレンは休息をとらなかった。休息は即ち魂の休息であり、ルナでの身体再生に大きく寄与するとアルテミスが言っていたため彼に勧めてみたけれど、『要らねェ』と一蹴いっしゅうされてしまった。むしろ、負傷した僕が『オマエが寝てろ』と言われる始末だった。

 あの戦いを通して負傷したのは僕だけだった。正確には、怪我が残っていたのは僕だけだった。トーチャーもまたしばらくすると胸元の傷口がふさがり、それまでどおり行動できるようになっていた。けれど、彼の胸元には今も痛々しい傷痕きずあとが残っている。それは彼の寿命が縮んだことを物語っていた。


「休んでいるだろう? んー?」


 グレンは理解に苦しむ様子でうなった。人間とは感覚が違うのかもしれない。あるいは僕がこの世界に馴染んでいないせいなのかもしれない。星の魂が集る世界、ルナ。僕はその規律に準じることができない。


「オマエは?」


 グレンは僕の身体をじろじろと眺めまわした。値踏みするような視線を受け、僕は逃げるように彼から顔を逸らす。


「……平気です。こんなの、ただのかすり傷です」


 手のひらの擦り傷を押さえる。グレンはその傷痕すらも不思議そうに眺めていた。横目に見ると、彼は何事か言おうとして、しかし頭をいて口を閉ざした。

 静かな時間だ。こうしてゆったりと過ごすのは久しぶりのような気がする。いや、ルナを訪れてからというもの、こういった時間は多く過ごしている。けれど、心穏やかな気分になるのは環境が良いからだろう。即ち、共に過ごす存在によるところが大きい。

 僕は、しかしそんな心地好い環境にも緊張を隠せずにいた。


 9


 時は少しさかのぼる。

 トーチャーと決着をつけた後、グレンは僕を背負って水晶地帯へと向かった。負傷した僕を休ませるためだ。グレンのほうにこそ休んでもらいたい僕と一悶着ひともんちゃくを起こした後、彼は僕を置いて立ち去ってしまった。

 そこにふらりとアルテミスが現れた。そして、平生と変わらない快活な笑顔と共にこう言った。


「愛の為せる技だね。いや、ごうとでも呼ぶべきだろうか」


 愉快そうにアルテミスが笑った。僕は彼女があの場にいたことを察知し、寝台から立ち上がり声を荒らげた。


「何でッ――!」

「助けなかったのか、って? 酷なことを言うね。言ったはずだよ、誰も星同士の衝突に巻き込まれたくない、って。それはボクも同じ。下手をすれば大怪我を負う。いや、上手くできたところで王によって寿命を縮められる可能性がある。良いことなんて、何もない」


 僕は拳を握り締めた。まるでグレンがどうなってもいいと、アルテミスにとってグレンはどうでもいい存在だと言っているように聞こえたからだ。

 アルテミスは僕の考えを見透かしたように肩をすくめる。


「ボクだって鬼じゃない。助けを求められれば悩む素振りくらいは見せる。けれど、今回は話が別だ。グレンは助けどころか、生き延びることすら望んでいなかった」


 どういうことかと目でうったえかける。アルテミスは上機嫌に寝台脇の椅子に腰を下ろした。水晶で出来上がった室内は輝きが抑えられているものの落ち着かない。


「トーチャーがグレンを破壊すると覚悟を決めたのは、彼の子供たち――知的生命体が母星消滅の因子となり得るグレンの破壊を望んだから。彼は我が身を守らんとする子供たちに寄り添い、行動を起こしたのさ」


 トーチャーの周囲を浮遊する兵器が思い返された。人工的なあれらの機器類はやはり知的生命体により創り上げられたものなのだろう。それがトーチャーの意思を介して、この世界にまで色濃く影響を及ぼした。


「結局のところ、みんな我が身可愛さに行動している。それはとがめられることではない。命ある者の在るべき姿とも言える。それを否定しているのは、むしろグレンのほうさ。彼は命を冒涜ぼうとくしている」

「そんな、ことッ……!」


 僕が声を荒らげると、アルテミスは驚いた様子もなく困ったような微笑を浮かべるばかりだった。

 グレンは幾度となく僕の身を守ってくれた。ヴェルのことだって親身になってくれた。彼は誰よりも他者をおもんぱかっていたのだ。命の冒涜ぼうとくとは対極の位置にいる。

 アルテミスは、しかし確信めいた調子で言う。


「キミに彼の考えはわからない。だって、いていないのだから。ボクの言葉を否定したいのなら、彼に直接いてみるといい。そうすればわかるはずさ。彼のみにくさが」


 もっとも、とアルテミスは不敵に笑う。


「キミの答えが定まらないうちにいたところで、望む答えは返ってこないけれどね」


 まるで僕のみにくさをさらけ出せと言われているように感じられた。

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