5-9 紅蓮の勲章
10
「グレンさんは」
口を開くと、グレンは僕の顔を伺った。真剣な面持ちをしていた。
途端に僕は何も言えなくなった。彼の怒りを買うことを恐れていたから? 違う。彼の
僕は両手の指を組み合わせ、
なかなか切り出さない僕にグレンは
僕はグレンさんの両眼を見て、問いかける。
「……グレンさんは、死ぬつもりだったんですか?」
「んー?」
グレンは無表情だった。やがて僕の
「……どうせ衝突するならアイツが生き残るべきだと思っていた」
それは言外に『死ぬつもりだった』と言っているようなものだった。
「オレは命を
グレンが渇いた笑いを
「……オレは、生物が好きだった。特に、知的生命体に興味があった。可能性の
まるで人間を好きだと言われているような気がして、僕は赤面した。グレンの角度からは見えていないことを祈る。
「だから、アイツらが滅びるのは嫌だった。しかも、オレのせいでってんなら、尚更だ。どうせ可能性がねェんなら、オレが滅びれば早い話だろう?」
同意を求められても、僕は
彼は僕と同じだ。自らが害悪であると考え、自ら消えようとしている。彼がこれまで幾度となくトーチャーへと突っかかっていたのは、自分を滅ぼすことに後ろ暗い思いを抱かせないように大義名分を与えるためだったのだろう。
馬鹿な話だ。そんなものは聡明なトーチャー相手であれば見抜かれているだろうというのに。
僕も馬鹿だ。こんな単純な気持ちにも気付かずに命を投げ出そうとしていた。今、僕が彼に掛けようとしている言葉は、そのまま僕がかけてもらいたい言葉なのだろう。
ならば、僕は――
「グレンさん」
「んー?」
グレンが気怠げに反応すると、僕はその
「そんなことより、重いです」
「んー? ああそう。わかった」
注意されても尚、グレンが僕の膝から
「何かお喋りしましょうよ」
「今してるだろう」
「じゃあ、このままで」
グレンが眉を
「助かった」
不意にグレンが漏らした。僕は目を
「お礼なんて要りませんよ。ただの自己満足ですから」
「……確かに、嫌な気分になるな」
グレンは不満そうな面持ちになった後、ふうっと
少しだけ気が晴れた面持ちで、グレンは僕へ向けて真っ直ぐに告げる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
互いに笑い合うと、僕もまた気分が晴れやかになった。
11
グレンは死にたかったわけではない。トーチャーを生かしたいという思いがあったからこそ、自らの死を望んだのだ。誰だって
だからと言って、他者を助けるために何でもしていいかと問われれば、僕は首肯できない。グレンを助けた僕の行為は間違いだったかもしれない。一個人の行動によって星の運命が大きく変わった。トーチャーの寿命は縮まり、そこに住まう生命体に大きな影響を及ぼした。星単位の罪だ。決して償えるものではないし、そもそも罪という概念で測れるものではない。
けれどその代わり、グレンが生き永らえた。僕にとって重要なことはそれだけだ。彼らの衝突に介入した時、僕は言葉のとおり命懸けで突っ込んだ。死んでもいいとさえ思っていた。けれど、こうして隣にグレンがいることを、グレンの隣に僕がいることを、今は幸せに思う。結果論だけれど、誰も死ななくて本当に良かった。僕が後悔せずにいられるのは、自分が心から望んでいることを自覚できたからだと思う。
彼らの衝突がいつどの瞬間に起こるのか、僕にはわからない。けれど、僕に運命を変えられたということはまだ起こっていないということだろう。僕という存在が彼らの運命を、星の宿命を変えることができるというのなら、僕にはまだ生きる希望が遺されている。生きる意味がある。
いや、そんなものがなくても、今こうして笑い合えるだけで僕はもう生まれた意味がある。グレンと、バルドと、レナと、そして他の星々と触れ合えた僕には、明日を見つめるこの両眼には恒星に匹敵する輝きが宿っている。
グレンが自分こそ滅びるべきだと言ったように、僕も自分が消えればいいと思っていた。けれど、それで満足するのは自分だけだと思い知った。グレンが消えれば僕は哀しむ。そして、トーチャーはきっと僕よりも哀しむだろう。グレンの知らないところで哀しみの輪が広がってゆくのだ。
僕はそれを未然に防ぐことができた。そして、僕は同じことを自分に対しても行うことができる。無用な哀しみを広げないように、僕は僕の命を守り続ければいいのだ。
僕が求めていたものは、明日の僕を迎えてくれる存在だった。
第5章 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます