7-5 綻び

 6


 僕たちはけ橋の終着点に到達した。どうやら水晶地帯から徒歩数分の丘陵地帯きゅうりょうちたいに位置しているようだ。ずっと暗黒が広がる宇宙ばかり目にしていたせいか、青々とした芝が目に眩しく映る。星々のほうが眩しいはずなのにおかしな話だ。

 短く刈りそろえられた芝を踏み鳴らし、足の裏に地面の感触を覚える。現実からかけ離れているのに、現実の重みが感じられた。先ほどまでの闘いが現実離れしていたからだろう。今頃になって緊張から足が震えてくる。

 そんな僕を見て、腕の中でキウンがにたにたと笑う。これまでの無感情が嘘のようにいやらしさが滲み出ている。彼自身もまた、星の総意としての運命に従うことへと苦痛を感じていたのかもしれない。

 僕はキウンを地面へと放り投げた。無様に転げる姿を見下ろして大笑いしてやろうと考えていたけれど、キウンは受け身を取り、軽やかに身体を回転させて着地した。顔色が大分良くなっている。彼の縁を辿ることで、アルテミスのように自身の存在を確かめてもらおうと思っていたけれど不要だったようだ。


「手厚いもてなし、感謝する」

「『無礼だぞ、小僧!』って、怒鳴られるかと思っていました」

「同義だ」


 同義なのか。どうやら怒り心頭のようだ。言葉とは裏腹に悪童めいた顔つきとなっている。彼なりの冗談なのだろうか。あまり面白くないけれど。


「アルテミスッ!」


 唐突に響き渡る怒鳴り声に僕たちは視線を奪われる。眼前に立つキウンの背後より星の集団が現れたのだ。老若男女問わず、見知った者、見知らぬ者が一様に鬼の形相でこちらをにらみつけている。怒りが灼熱しゃくねつのようにじりじりと肌を刺激する。

 思わずキウンの前に飛び出そうとする僕を手で制し、アルテミスが単独で前に出る。毅然きぜんとした態度にもひるまず、星々の集団は口々に叫ぶ。


「どうしてくれるんだッ! オマエのせいで宇宙が滅びるッ! ふざけんなよッ! 真面目に生きてきた奴が損をするってかッ⁉ そんな世界なんかどうかしてるッ!」

「アタシたちがどれだけ我慢してきたと思ってるのッ⁉ アンタは自分の欲のためにアタシたちを犠牲にしたのッ! 自分だけ助かろうとして、世界を、アタシたちの生きる場所を犠牲にしたのよッ⁉ 自分はもう死んでいる未来だからどうでもいいってワケッ⁉ いい加減にしてよッ! アタシはただ、定められた寿命さえ生きられればそれで幸せだったのにッ!」

「お主はそれでも星の一部なのか? 一族の恥さらしが」

「アナタ、最低ですよ。小さいボクにもアナタが悪いことをしていることくらいわかる。宇宙の運命を狂わせて、あろうことかキウン王に反旗はんきひるがえすなんて……」


 そもそもキウンに忠誠なんて誓っていないけれど、言うだけ火に油を注ぐようなものだろう。藪蛇やぶへびだ。けれど、このままアルテミスが言われっぱなしになっているのも耐えがたい。

 悪いことをした相手を徹底的に弾圧することは、果たして善なのだろうか。善ではないのなら、どうして彼ら彼女らは自らの非に気が付かないのだろう。過ちは絶対的な判断によってされるものであり、相対的な判断など無意味であるというのに、皆自らの正義を信じるために後者を絶対的なものと誤解している。酷く哀れで、罪深い。

 アルテミスは、しかし眼前の集団へ向かって深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。ボクの身勝手で宇宙の運命を変えてしまった。それによって寿命が短くなってしまった者たちへと、心からお詫び申し上げる。本当に、ごめんなさい」

「謝って済む問題かよッ! 悪いことしたと思ってんなら元に戻せよッ!」

「アンタがさっさと死ねば良かったのよッ!」


 そう言うなり、うら若いショートカットの女性の手から光のくいが複数本放たれた。それはアルテミスの頭部を目指して突き進む。

 僕が声を発するより早く事は済んだ。アルテミスはくいに刺さらなかった。瞬時に頭を上げ、右手で全てのくいを弾き落としたのだ。

 彼女の手には何もまとわれていない。光の長剣のような不可思議な力を示すまでもなく、強い意志でもって眼前の集団へと抵抗の意を――自らの“在り方”を示している。


「嫌だ。ボクは死にたくない。だから、身勝手にも宇宙の運命を変えたんだ」

「開き直るつもりかッ!」

「ああ、そうだよ。文句があるならかかってくるといい。ボクたちは決して……決して、死の運命に屈しない。共に考え、生きる者たちがいる限り、何度でも抗う。それがたとえ、宇宙を滅ぼす因子になろうとも」


 僕はアルテミスの隣に並んだ。彼女と目を合わせ、うなずき合う。眼前の集団がたじろいだように見えた。しかし、それも一瞬のことで、すぐさま怒気を放ち戦闘態勢に入った。

 時の流れが緩やかなルナに一触即発の気配が漂う。すると、背後よりキウンが一歩前に出た。


「彼らに非はない。全ては我が過ち。キサマらに星の運命を伝えたこと、誠に後悔している。責めるならば我を責めよ」

「うるせーッ! 能無し木偶でくぼうがッ!」

「何の役にも立たねえくせにしゃしゃり出てくんじゃねえッ!」


 暴徒と化した集団が一斉に攻撃を始める。ある者は光の矢を放ち、ある者は拳を構え、ある者は天高く跳躍した。

 視線が散らばる。反応が追いつかない。今のキウンは闘えないだろう。“在り方”を自問自答し始めたのだ。天より授けられた借り物の力はもう使えないはずだ。

 隣でアルテミスが両手に光を宿した。あくまでも彼女自身の力で闘うようだ。わかっている。僕が力を貸すことができたのは、あの空間が未知の回廊の延長線上に存在していたからだ。星の精が集うこの世界での僕は、こと闘いに関しては無力に等しい。

 けれど、僕には『彼ら』との縁がある。僕は縁を辿ってひとつながることができる。僕は僕にできることをやる。それが運命に抗うということなのだから。


「グレンさんッ!」


 僕がそう叫ぶと同時に上空に裂け目が現れた。それは光を通さぬ漆黒の空間を広げ、その内側より二つの影が降り立った。


「迎撃システム、全て起動します」


 一つは集団の眼前へと膝をついて着地するなり、周囲へと無機質な機器を顕現けんげんさせた。筒状つつじょうの兵器と直方体状の兵器、そして見覚えのない巨大な機械人形オートマタだ。他にも物騒を絵に描いたような装置が次々と現れ、迫り来る集団をまるでほこりのように軽々と一掃している。

 もう一つは僕の眼前へと降り立ち、既に間合いに入った相手を回し蹴りでぎ払っている。相手に直撃するなり砕け散った水晶製の脛当てレガースが、光の矢となって相手に追撃を与えている。

 諸肌脱もろはだぬぎの第一礼装と、ジャケット脱ぎのタキシード。僕やアルテミスと同じドレスコードに律されている。思えば、この世界に戻っても、僕たちは王の規律コードが解けなかった。僕が彼を星であると断定し、規律コードが乱れたためだろうか。


「……想いは、届きましたか?」


 眼前の人影――グレンは顔だけ振り返らせ、眼鏡のレンズを光らせた。


「んー? まあね。揃いも揃って間抜け顔してんのな」


 グレンがもう一つの影――トーチャーを一瞥いちべつする。とても優しい顔つきをしている。


「ま、似た者同士ってやつさ」


 どうやらトーチャーの想いはグレンへ届いたようだ。二つの兄弟星は縁によってつながり、命を取り留めた。そして、僕の命をも今こうして救った。

 縁は巡る。命がつながるように。心が伝わるように。

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