7-6 無数の未知

 7

 

「何だオマエはッ!」

「邪魔するのか、グレオマイトスッ!」


 久しぶりにグレンのフルネームを聞いた気がする。そんな呑気なことを考えられるのは、目の前に頼もしい背中が見えるからだろう。

 眼前でグレンが鼻を鳴らす。到着早々ご立腹の様子だ。


「たった三人相手に何十人がかりだよ。紳士的じゃねェなァ。タイマン張れよ」


 紳士はタイマンなんて張らないけれど。

 グレンの物言いに僕は引っ掛かりを覚えた。『タイマン』よりも前の話だ。

 集団の一人が不愉快そうに声を荒らげる。


「何が『紳士』だッ! 人間ぶりやがってッ! ないものねだりの不良星ふりょうぼしがッ! あんな下等な生物に恋焦がれるなんて、頭イカれちまってるなッ!」

「そんな下等な生物にできることもできねェオマエらは、それ以下だっつってんだよ」


 グレンのあおりに眼前の星がこめかみに青筋を浮かばせる。今にも殴りかかってきそうな気配をひしひしと感じる。離れた場所では、トーチャーが物騒な兵器越しに僕たちの様子をうかがっている。

 グレンは、しかし感情的になる様子はなく、至って冷静に論じる。


「運命ってのは考えてわかることじゃねェだろう。そいつを知って波風立てねェように過ごすっつうのは、ただの怠慢じゃねェか。ズルだよ、ズル」

「いつまで人間の話をしている。オレたちは星だ。生まれた時からいつ死ぬのか決まっている存在だ。運命を知ることは悪ではない。理の当然なんだよ」

「んー? ああそう。だったら、どうして運命に抗うことが悪になるんだ?」

「宇宙の寿命が縮まるからだよ。最もオレたちが長生きできる道を宇宙は辿っている。それが運命だ。なのに、コイツらはそれを台無しにしたッ! そのせいで宇宙は滅びの一途を辿るんだッ!」

「んー? よくわからん。コイツらが変えられた運命をどうしてオマエらは変えられねェんだよ。コイツらがテメエの命を最優先にして選んだ道の先で、オマエらがテメエの命を最優先にしてもう一度道を選べばいいだけの話じゃねェか。そうすりゃ、みんながみんな生き永らえる運命ってのになるんじゃねェのか?」


 眼前の集団が黙り込む。僕もまた彼の論理の強引さに呆れながらも、僕たちの前に立ち、尚且なおかつ彼らの前にも立つその姿勢に感服した。隣でアルテミスが感銘を受けた様子で表情をほころばせている。角度的に見えないけれど、きっとトーチャーも同じ顔をしているに違いない。


「運命ってのはテメエの手で切り開ける。コイツらが証明してくれたことだ。そいつができねェんだったら、オマエらはその程度だったっつうことだよ。諦めて死ね」


 言葉が過ぎると思った。折角納得してくれそうな雰囲気だったのに、どうしてわざわざ感情を逆撫でするようなことを言うのだろう。

 眼前の集団は、しかし怒り狂うでもなく彼の話を傾聴けいちょうしていた。


「人間なら考えろ、ってどっかのジジイが言っていたが」


 バルドのことだろうか。ニュアンスがちょっと違う気がする。


「オレたちだっておんなじだ。思考をやめた時、オレたちは真の意味で『楽』になる。死にたくねェなら考えろ。考えもしねェで楽になりてェなんざ、傲慢ごうまんにも程がある」


 だからこそ、人間は傲慢ごうまんなのだろう。思考が必要だと知りながら、思考を放棄したがる。それは楽だからだ。自ら苦労せずに済むからだ。思考した先で失敗した時に心が傷付くことを、目に見える損失を被ることを恐れるからだ。はじめから考えなければ失敗することもない。そして、成功することもない。それでいいと思うのは、停滞が『楽』だからだ。それが人間の性であり傲慢ごうまんさというものなのだろう。誰にも責められるものではない。

 ただ、僕は考えるあしで在りたい。停滞していては、出会える者にも出会えなくなる。僕はまだまだ旅を続けたい。出会いの数だけ幸せがあると知っているからだ。


「ルナっつうぬるま湯に浸かり過ぎちまったんだよ。元来、オレたちは自らの手で真理を掴み取るんだ。生命いのちの炎も、王の祝福も要らねェ。親離れはとっくに卒業しているはずだろう?」


 命とは何か。その答え――真理に到達するため、星々は走馬灯を見る。それは即ち、命を失ってようやくのその価値を知るということだ。失って初めて気付くものがあるとよく言うけれど、それは失う時になって初めて考えるようになるからだ。普段から考えていれば、失わずとも価値は見出せる。


「この世界に来たのはほんのきっかけに過ぎねェ。別宇宙なんて見なくたって、オレたちは真理に到達できる。命とは何かを知り、命を繋げ、世界を繋げ、滅びの運命から宇宙を救うことができる。オレたちの“在り方”が宇宙の命を決めるんだよ」


 グレンが手のひらを上にして、光の球体を浮かばせる。それは形を変え、輪っかのついた惑星の模型となった。

 彼の手にる天体には見覚えがある。あれは確かキウンと対峙する直前のことだ。アルテミスと会話している時、周囲の光景が移り変わってゆく中、巨大な惑星を目の当たりした。


(……あの惑星ほしは、グレンさんだったのか)


 僕は胸元に手を当て、模型の形を記憶に留める。決して忘れぬように、彼との出会いを必然のものとするように。

 グレンに呼応し、アルテミスが手のひらに模型を顕現けんげんさせる。それは僕の住む地球だった。

 

「ヴェルもやるー!」


 集団をかき分け、小惑星の中でも頭一つ分小さい少女――ヴェルリアッテが姿を現した。後ろからセレーネが緩慢かんまんとした歩みで少女を追いかけている。野次馬根性を発動してやって来たのだろうか。少女はグレンの真似をして、手のひらの上に小さな小惑星を顕現けんげんさせた。

 ヴェルが「できたー!」と見上げる様子を見て、グレンが穏やかな微笑をこぼす。やはり彼は感情豊かだ。僕の顔も自然とほころぶ。


「この世界――『ルナ』は一つの星となった。だから、この世界は現実と何も変わらねェ。この世界でできたことは元の世界でもできる。夢も現実も違いなんてねェんだ。あるとすれば、そいつはテメエの心持ちだけだろうさ」


 この世界は天により与えられたキウンのための可能性の世界だったけれど、可能性なんて現実にも転がっている。ルナでできたことがルナの外でできないわけがない。皆、可能性の掴み方を既に理解している。今から生まれ来る星には他の星々が、他の生命体が伝えればいい。そうして互いに繋がってゆけば未来は変わる。命がつながる。

 眼前の集団が次々と自身の手のひらに自らの姿を顕現けんげんさせる。グレンやトーチャーたちに吹き飛ばされた集団もまた、起き上がりながら同様に自らの姿をあらわにする。彼ら彼女らの“在り方”は僕たちにも見えるけれど、僕たちには変えられない。自分は自分にしか変えられないのだ。


「命の輝きは誰もが持つ、特有の光なんだよ」


 星と星が協力すれば、星と生物が協力すれば、命と命がつながれば、星だろうが人間だろうが誰でも恒星になれる。誰かを輝かせられる。

 それが命のきらめきというものなのだろう。


「こうして意思は変わってゆく。今、運命に従いたいと願う星も、今後、運命に抗いたくなるかもしれない。その逆だってある」


 グレンの話に耳を傾けながら、アルテミスがキウンへと語りかける。


「だから、今という時を奪ってはならない。無論、一番大事なのは自分だ。だから、おびやかされれば奪うこともある。けれど、それを無くすことが平穏――キミの責務だろう?」


 キウンがおもむろに首を横に振る。


「我は既に役目を終えた」

「それはルナの役目だ。キミの役目はキミが決めればいい。存在意義はキミにしか決められないんだ。キミの“在り方”はキミ自身が決めるんだよ。その先にキミにとっての命の“在り方”――真理があるだから」


 アルテミスの手のひらで地球の模型が弾けた。それは光の粒となって天上へ昇ってゆく。まるでほたるの光だ。


「ボクにもまだはっきりとはわからない。けれど、未知の向こう側をのぞく者が隣にいれば、ボクたちはきっと運命を乗り越えられる。命をつなげ、安寧と幸福を手に入れられる。キミが星になるように、ボクもまた恒星ほしとなって宇宙を照らしてゆくよ。ボクにとっての真理とは、隣人を愛することにあると思うから」


 キミはどうだい、と問われた気がした。そう感じたのは僕だけではなかったようだ。

 キウンは伏し目がちとなり、自らの手のひらに光を集めた。それは朧気おぼろげながらも形を成し、やがて青と碧と蒼とが混ざり合った美しい星を作り上げた。それを見て、キウンはふっと笑みをこぼす。


「我は――」


 皆の手のひらで模型が弾けた。光の粒となって上空に昇るそれらはまるで一本の柱のようで、世界中の星々へとルナからの祝福を伝えていた。

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