7-7 わかり合えることはなくても
8
光の柱が天へ昇ってゆく中、僕たちの身体もまた光に包まれ始めた。ルナが役目を終えたのだろう。キウンは自らの意思を確立し、星であることを自覚した。天より授けられた『ルナ』ではなく、『キウン』という名の自我を選んだのだ。
ルナは消滅しない。ただ、一時のお茶会がお開きとなっただけだ。
光に包まれていると、レナの旅立ちが思い返された。すると、視界の端に見覚えのある星の姿が入った。
これも縁なのだろう。僕が歩み寄ると、彼もそれに気付いて
「僕に謝ることなんてないですよ」
シィマが目を
アルテミスやグレンも同じことをしていたのだろう。相手の思考を読むのではなく、相手の性格と前後の文脈を解析して思考を組み立てる。経験と
シィマは、しかし尚も申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……ワタシはつくづく短絡的だ。彼女は生き永らえるため運命に
「自分たちが生き延びるために彼女を犠牲にしようとした……でしょう?」
シィマは肩を落とし、足元を凝視する。青々とした芝が今だけは乳白色に包まれている。星々の身体だけでなく、地面――ルナの大地からも光が溢れ出している。これはルナ――天から僕たちへ向けた祝福なのだろう。あるいは
「シィマさんは僕たちと同じことをしているだけです。生き永らえるために、宇宙の滅びをも
「だが……個による抵抗は
知っている。彼らがレナにしたことは到底忘れられるものではない。僕個人の感情としても
僕はシィマへと右手を差し出した。
「たとえ
命に大小も優越もない。僕たちは皆等しく思考の旅人で、一生をかけて真理を追い求める同志でもある。
「シィマさんの苦悩も、後悔も、僕にはわかります。同時に、レナさんがシィマさんたちへ向けていた感情も理解できます」
彼女はシィマたちの幸せを祈っていた。生まれた時からその責務を負い、不満など口にせず、彼らの幸福こそ自らの幸福と信じて疑わなかった。いや、違う。信じるまでもなく、彼女にとって彼らの幸せこそ自身の幸せだったのだ。
「だからこそ、僕はシィマさんに祝福を授けたいと思います」
たとえ傲慢だと思われようとも、僕はレナの分まで彼らの門出を祝いたい。彼らの旅はまだまだ始まったばかりなのだ。いや、まだ始まってすらいないのかもしれない。ならば、
他者に憎しみを向けてしまえば、鏡のように反射してしまう。自分の命が他者への憎しみで濁ってしまうのは、それこそ
恐る恐るといった様子で握手に応じるシィマを見つめ、僕は周囲を漂う光よりも眩しい笑顔を見せる。
「行ってらっしゃい。良い旅路を――」
それは偶然にもバルドにかけられた最期の言葉と重なった。
シィマは膝から崩れ落ち、僕の右手を両手で包み込んだ。祈りを捧げるように両手に額を当て、懸命に
「ありがとうッ……キミの祝福、誠に感謝するッ……!」
シィマが足元から徐々に光へと包まれてゆく。彼は彼の旅路に戻る。これで最後かもしれないし、再会するかもしれない。どちらでもいい、と言うと冷たいように思うかもしれない。けれど、彼と再会して僕が嫌な気分になることは決してない。彼の感謝に嘘偽りがないことくらい、解析するまでもなくわかる。魂まで偽れる存在などあり得ないのだ。
僕たちの周りを乳白色の光が
「……キミにも幸があらんことを。良き友になれたこと、心より誇りに思う」
面を上げ、シィマが微笑む。父親のような表情に僕も自然と表情が
そして、シィマは――光に溶けて天へ昇っていった。
9
星々との別れ。それはバルドやレナとの別れを
僕たちはまだ生きている。それが寂しさを暖かい色で染めてくれる。一時の別れ。再会へ向けた区切り。いや、レナの時もそれは変わらない。僕たちはいつかまた、旅の途中でふとした瞬間に出会うのだ。そして、軽い挨拶だけ残して去ってゆく。停滞ではなく前進。そのための別れなのだ。
周囲の星々が徐々に消えてゆく。暗い顔をしている者は一人としていなかった。皆、光の先を仰ぎ見て、自らの旅へと戻っている。
「お兄ちゃん」
ぴょこぴょことした足取りでヴェルが歩み寄ってきた。シィマとのやり取りを一部始終見られていたのだろうか。僕は気恥ずかしさを堪え切れず、耳を赤くする。アルテミスが傍にいれば、『語っちゃって~☆』と
「あらあら、すっかり頼もしくなっちゃって」
ヴェルの隣でセレーネが頬に手を当てて言う。おっとりとした彼女特有の空気感が心地好く感じられる。
「セレーネさん――」
礼を口にしようとしたところで、ヴェルとセレーネの身体が光に包み込まれた。僕は戸惑い、すかさず右手を差し出す。けれど、セレーネは首を傾げるばかりで一向に応じようとしなかった。仕様がわかっていないのだろうか。
ヴェルが手を高く掲げ、僕の手に触れた。僕はその場でしゃがみ、ヴェルと目線を合わせて握手を交わした。
「ヴェルさん、また今度遊びましょう」
「うん! ヴェルがたくさん遊んであげるね♪」
遊ばれる立場なのか。アルテミスから悪い部分ばかり影響を受けているように見える。呆れながらも微笑ましく感じられ、僕の声は優しくなる。
「楽しみにしています」
ヴェルは満天の笑顔を見せると足元より光の粒となり、すぐに姿を消失させた。光が天へ昇り、広大な宇宙へと
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