3-3 知らぬが恥
6
グレンは公園の隅に鎮座するタコのような遊具へ向かった。昔、最寄りの公園で遊んだ記憶がある。宇宙のイメージ的には火星人のようにも見えた。
タコ型遊具の裏に回ると、一人の少女が膝を抱えて
グレンは少女の隣で
配慮ができないものと思われたグレンは、このとおり配慮ができている。『怖い』という僕のお願いにも素直に応じた。彼に悪気はないのだろう。僕がただ、何も意見を口にしていなかっただけなのだ。
「オレはグレオマイトス。コイツは……忘れた」
おい。
「名前、聞いていい?」
「……ヴェルリアッテ」
「そう。ヴェルって呼んでいい? オレはグレンね」
少女は黙ってこくんと頷いた。
「遊ばないの?」
ヴェルは首を横に振った。
「……一人で遊んでも、楽しくないもん」
「なら、おじさんたちと一緒に遊ぶ?」
「おじさん?」
疑問を
ヴェルはまたしても首を横に振った。
「楽しく遊んでるところを見られると、また色々言われちゃう」
「んー? でも、ここに来たのは遊びたいからだよね?」
ヴェルは
気持ちはわかる。周囲の目を気にしていると行動が制限される。周囲は大して気にしていないのに、自分が過度に気にしているのだ。その背景には『嫌われたくない』『嫌な思いをしたくない』という願いがある。後ろ向きな思考がへばりついている時には、いつだって周囲から悪意を向けられることを想定して行動に移るのだ。
彼女は僕と同じだ。悪意から身を守るために分厚い
「……グレンさん」
僕がグレンのローブを引っ張ると、彼は
「んー? どうした?」
けれど、グレンの声音は優しいものだった。今ここで『何?』と冷たく問われれば、僕はまたしても
グレンは僕のお願いを実行してくれている。まだ少しぎこちないけれど、僕の言葉を意識している。僕が思っているよりも、他人は僕に敵意を抱いていないのかもしれない。
「その……怖いです」
「はあ?」
前言撤回。敵意をひしひしと感じる。そう簡単に口調は変えられないのだろう。僕の言い方も悪かったけれど。
「理詰めで話したところで、追い詰めるだけです。その……もっと、
「んー? よくわかんねェんだが」
「グレンさんは……多分、正しいです。けれど……正し過ぎて、入り込む余地がないというか……グレンさんと喋っていると、息が詰まるというか……」
「はあ?」
喧嘩を売っているのように聞こえてしまったらしい。僕は「すみません」と呟き、けれど、
「……相手に喋らせたいなら、隙間をつくったほうがいい……と思います。完璧な文章よりも、穴埋め文のほうが……文章、入れ易いと思うので……すみません、言葉が、まとまらないです」
伝えたいことがあるのに文章を組み立てられない。長年会話を怠ってきたことの
「んー? ああそう。わかった」
グレンは頭の回転が速いようだ。僕の意図を察知してくれた。ならば、尚のこと先ほどの呟きに違和感を覚える。どうして僕が人間であると気付けないのだろうか。
不意にグレンは僕の身体を肩に担ぎ上げ、遊具の陰から飛び出した。驚くヴェルを横目に
「な、何ですかッ……⁉」
「とりあえずオレたちが遊べばいいってことだろう?」
違うと思う。そして、僕は
「どうして――」
僕の問いは不意の衝撃により
恥ずかしい。みっともない。一言で言うならば、とてもダサい。
何度かの跳躍を経て、僕は
「……どうして、あの子がここにいるって……わかったんですか? それに……どうして、ここまで……」
グレンはヴェルと面識がなかった。なのに、ヴェルの悩みを解決しようとした。それは何故なのか。アルテミスに挑発されたから、意地になっているのだろうか。だとすれば、たちが悪い。それこそ自己満足だ。アルテミスのことを悪く言えない。
「嫌な気分になったからだよ」
グレンが僕を放り投げた。背中からトランポリンに着地し、不安定な体勢で飛び上がった。空中でグレンと再度目が合う。
「アイツの立場になって考えてみたら、全部嫌になった。それでここに来ようと思った。誰か助けてくんねェかなァ、ってさ」
グレンは自己中心的な星ではない。他者の立場になって物事を考えられる。そして、自分が間違っていると思ったらそれを修正できる。僕の中でグレンの印象が百八十度変わった。
いや、彼は
「……優しいんですね」
世界が上下逆様に見えた。頭上に水晶の空が、足元に宇宙が広がっていると、途端に恐怖が襲ってきた。妙な浮遊感がそれに拍車をかけ、僕は思わずグレンに手を伸ばした。
「んー?」
グレンは僕の手を取り、身体ごと引き寄せた。一回りも大きな手に触れられると、不思議と不安は
「よしてくれって。お世辞を言われると調子に乗っちまう」
先ほども聞いたような台詞を口にして、グレンは僕の身体を担ぎ上げた。頭上に宇宙が、足元に水晶が広がっている。
「だが、悪い気はしねェ」
遊具の外にふわりと着地し、グレンは僕に視線を向ける。
「調子に乗った時には指摘してくれよ。さっきみてェに」
僕はハッと息を呑み、静々と言う。
「……もう二度と、肩に担がないでください」
「んー? ああそう。わかった。オレは好きだったんだが」
どゆこと?
グレンが僕を地上に下ろす。長時間宙に浮いていたためだろうか、ふわふわとした感覚が身体から抜けず僕はバランスを崩した。隣のグレンに肩を支えられ、何とか持ちこたえる。
「あ……」
「礼なんて要らねェっての」
彼にとって謝礼とはただの自己満足なのだろう。けれど、僕は純粋に身体を支えてもらった礼を伝えたいだけだ。そこには打算も
「……お礼は、受け取ってください。嫌な気持ちに……なります」
「んー? ああそう。わかった」
「……ありがとう、ございます」
「はいどうも」
渋面を浮かべつつも、グレンは素直に礼を受け取った。アルテミスとは
タコ型の遊具を見遣ると、陰からヴェルがひょっこりと顔を
横目にグレンを見遣る。実に良い笑顔をしている。王城で見た誠実そうな顔も、
ヴェルが恐る恐るグレンと手のひらを合わせ、大きさの違いに目を見開く。それを見て、グレンが目尻に
問題は何も解決していないけれど、優しい時間が流れているのなら、口を挟むのは野暮というものだろう。
その後、僕たちは気が済むまで公園の遊具で遊び倒した。
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