3-4 お互いのジャスティス

 7


「やあやあ、キミは少女趣味なのかい?」


 僕たちと再会するなり、アルテミスはそう言い放った。無論、グレンへ向けた言葉だ。彼の身体にはヴェルがしがみついている。身長差が大きく、彼女の背丈はグレンの腰にも届いていない。

 水晶地帯を抜け、丘陵地帯きゅうりょうちたいに入ったところだった。人影もとい星の姿もまばらで、僕たちのように群れだって動いている者はごく少数だった。

 この世界に時間という概念はないけれど、皆が動くタイミングは似通っている。広大な空間で知り合いが出会う可能性は低くないけれど、世界の中心たる王城から離れるに従って確率は低くなってゆく。そう考えると、グレンが僕やアルテミスたちと遭遇したのは偶然ではないように思える。

 青々とした芝へと一歩踏み出し、グレンが冷静に言う。


「また人間の真似事か。ただ身体が小せェ惑星ってだけだろう」


 グレンたちの一歩後ろからヴェルの背中を見つめる。小惑星はその名のとおり惑星に比べ大きさが小さい。この世界の小惑星は皆まばゆい笑顔を振り撒いており、人間の子供と相違ないように見える。恒星のように自ら光を放っていないものの、アステロイド――恒星のようなもの――と呼ばれるだけあって、レナから感じたものと同じようなものが感じられる。さながら『希望の星』のようだ。

 そう考えるとヴェルは異彩いさいを放っている。いや、多数派に植え付けられた、ただの先入観だ。誰もが屈託のない笑顔を浮かべられるわけではない。人間でも同じだ。そういう点では、小惑星も人間の子供と同じようなものなのかもしれない。無邪気に他を攻撃する。


「そいつも真似事か?」


 グレンがアルテミスの背後に目を向ける。そこにはロープで全身をグルグル巻きに拘束された少年少女の姿があった。先ほど逆さ吊りにされていた星々らだ。皆、一本のロープで数珠繋じゅずつなぎにされており、その一端をアルテミスが肩に掛け、手で握り締めている。

 さすがにやり過ぎだと思う。逆さ吊りの時点で思っていたけれど、これでは市中引き回しではないか。いや、そのイメージも間違いなのだけれど。これではただの拷問だ。


「ギルティ……それだけのことさ」


 よくわからなかった。グレンも同意のようで、眉根を寄せてアルテミスをにらんでいる。ヴェルは眼前の狂人に怯え切っている。顔が真っ青だ。


「多による個への嫌がらせは無くせない。いや、『嫌がらせ』なんて生温なまぬるい。あれはただの『虐殺』だ。身も心も殺していた」


 グレンはアルテミスの話に口を挟まなかった。異を唱えるつもりはないということだろうか。視線はそのままで、隣のヴェルを手で気遣っている。


「標的になるかどうかは運次第。『頑張れば無くせる』とか『自分は無くせたから努力が足りない』とか言っているのは、運が良かったことに気がついていないだけなのさ。星の巡りが良かったことに気がついてない」


 アルテミスは背後の少年少女らを一瞥いちべつする。初めて彼女の冷ややかな視線を目の当たりにしたように思う。平生の彼女は世の中の不幸など微塵も感じさせないほど溌溂はつらつとしていて、つまらない冗談すら愛おしく感じられるほどベリーキュートな星だ。いや、言い過ぎた。ただのつまらない冗談製造機だ。

 何が彼女をそうさせるのだろうか。加害者をゆるせないのか。被害者に同情しているのか。それとも、ただただ誰かの優位に立ちたいだけなのか。安全な場所から一方的に絶対的悪を攻撃することに快楽を覚えているのだろうか。そうだとしたら、いや、けれど、彼女はそんな星ではない。僕はそれを知っている。


傲慢ごうまんなんだよ。誰もが悪を生み出している。誰もがぜんないがしろにしている。考えることを放棄している。原因を一つにしぼろうとしている。それは横着おうちゃくだ。怠慢だ。とても知性を持った生物のやることではない」

「オレたちに知性はない。魂の“在り方”に従って、他者と関わりをもっているだけだ。殺し殺されも盤面ばんめんに用意されたこまとしての振る舞いに過ぎない」

「この世界を偽物だと言いたいのかい? 滑稽だな。キミも含まれているというのに」

「違うな。この世界は作り物だが偽物じゃねェ。はじめから仕組まれているからこそ、抗い続けたいのさ」

「そうやって自分ならできると考えることこそ傲慢なんだよ。キミはそうやって偽善者面をする。被害者の――その子の支えになりたいと考えているようだけれど、その独善的つ傲慢な行為こそが負の循環を起こしているということに気付いていない。一人助けたところで世の中の仕組みは変わらない。何故だと思う? 加害者が残っているからさ」


 死をまぬがれたとしても原因が残っている限り病は再発する。人間関係も同じだ。一人が難を逃れたところで、原因が残っている限り他の誰かが犠牲となる。死の運命から逃れられない。不幸の星のもとに生まれてしまった時点で抗いようがないのだ。

 けれど、グレンはそこに抗おうとしている。強者の理論だ。弱者にはわからない。


「だから、そいつらを殺そうとしているって? なら、次はオマエが同じ目に遭うつもりか?」

「パニッシュメント……殺しはしない。原因をエリミネートするだけさ」


 普通に言ってほしい。


「オマエのジャスティスはわかった」


 何故なにゆえ

 口調が移ってしまったようだ。

 グレンはヴェルに離れるよううながす。ヴェルが彼に従い、ひょこひょこと僕のもとに駆け寄ってくる。

 一方、アルテミスはロープの先端を輪っか状にすると、空いた手に水晶製のくいを生み出した。それを地面へと打ち付けロープを固定すると、グレンへと相対した。

 僕は呆気にとられた。彼女がくいを生み出した原理がよくわからなかったからだ。何でもありの世界だと思っていたけれど、グレンの説明から察するにその能力も彼女の“在り方”に関係しているのだろうか。王城のドレスコードも、並外れた身体能力を有しているグレンも、生まれ持って備わった能力なのだろうか。

 今まさに星同士の闘いが始まろうとしている。僕は固唾かたずを呑んでそれを見守った。

 グレンが口を開く。


「加害者をらしめれば解決なんて安直だな」

「被害者をなぐさめて『はい解決』って結論づけるほうが安直ではないかい?」


 それが闘いの引き金となった。

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