7-9 個
11
「この服も着納めかなー」
白のドレスを
「似合ってるよ」
不意に口をついて出た言葉は僕らしくなかった。ハッとして
「惚れるなよ~☆」
惚れてしまうのが必定の
「気に入ってもらえて何よりだ」
失念していたけれど、彼女のドレスも僕のタキシードもキウンの『
「キウン王の趣味ですか?」
「
さいですか。
「……ということは、トーチャーさんの和装もキウン王の趣味ですか」
「
「えこ
「似合う者に似合う
違うと思う。けれど、キウンがあまりにも満足そうに
「だが、最早我の『
王城を見遣る。今では『
「綺麗ですね……」
僕の視線に気付き、キウンも自らの王城へと眼差しを向ける。彫りの深いその横顔にはどこか照れのようなものが見受けられた。
当然だ。キウンにとって王城とは自らの象徴、即ち心そのものでもあるのだ。心に土足で踏み入ることは許されない。せめて自らの
つまるところ、僕は今、キウンの心に対し綺麗だと言ったようなものなのだ。そりゃ照れる。僕だって正面からそんなことを言われれば赤面してしまうだろう。
けれど、平静を装うキウンがとても
「とても、綺麗ですよ」
キウンは口を真一文字に引き結んだ。腕を組み
「……今度は、客人として招きたい」
不意にキウンが口にすると、アルテミスは踊りをやめ、僕の右隣に並んだ。彼女の左手が右手に触れ、僕たちは自然と手を
「最低限のドレスコードは守ります」
僕は微笑んでみせる。キウンもまた微笑み、眼前で
「
「それが最後の言葉ですか?」
「
キウンは
「貴殿が祝福を授けてくれたこと、誠に感謝している。
「それでおしまいですか?」
キウンは一瞬戸惑いつつも、すぐさま不敵に笑みを浮かべた。
「――またいつか」
それは
「『いつか』ではないはずですよ」
魔法には魔法が返ってくる。それが『奇跡』という陳腐な文句に換言できるなら、僕はいくらでも『奇跡』を起こそう。
「『いつでも』呼んでください」
「――
キウンは世界に溶け込むように、足元より光に包まれ消えていった。
12
残された僕とアルテミスは互いに目を合わせ、
「穏やかな時間だ」
この世界に来てからいろいろあった。思い出すだけで時間がかかる。だから、思い出さないことにする。きっとふとした瞬間に思い出すだろう。今はまだ、その時ではない。
「ボクはキミに嘘を
アルテミスがそう切り出した。天の川の如きせせらぎに素足をつけた時のことだ。
「元の世界へ戻る方法のこと?」
「気付いていたのか」
アルテミスは驚いた様子で目を見開く。彼女のそんな顔を見るのは新鮮だ。僕は笑い、
「君が僕を導いたということがわかっていたからね。だから、今まで冷静でいられたんだ」
そうでなければ、とっくに発狂している。こんな非現実的で不可思議な世界、夢にしては複雑過ぎるのだ。
アルテミスは僕へ向けて足を跳ね上げた。ばしゃり、と満天の星が僕の足元へと襲い掛かる。
「魂は死の間際に分離する。走馬灯というのは、魂が別の位相にずれた瞬間に体験する、記憶の継承なのさ。
「すると君は、魂が身体を離れた瞬間を見計らって、僕を無理矢理ここへ引っ張ってきたということ?」
「ビンゴ~☆」
ビンゴ~、じゃないよ。死神じゃないか。
思わず睨みつけていると、アルテミスはニヤニヤとした。
「そんなに見つめて、さ・て・は――」
「惚れてない」
先手を打ってみた。
「プロポーズかい?」
何で?
アルテミスがけらけらと笑う。
「ボクは星の国の水先案内人。言っただろう?」
「『星の国の』ではないけれど」
「ちょっと話を盛るくらい大目に見てくれよ。可憐な乙女の特権ダロ?」
ちょっと、かな?
「この世界は役目を終え、新たな世界――個の命となった」
アルテミスが天を仰ぐ。星々が
「他の星々が自らの旅路へと戻ったように、いずれボクたちも追い出される。その瞬間に元の場所へと戻れば、キミは現実に
「そんなことができるの?」
「キミが逃げなきゃね」
真っ直ぐに見つめられ、僕は、しかし困惑しなかった。彼女の
「僕は生きるよ。だから、君にも生きてほしい」
「ああ」
「
「はは、プロポーズかい?」
「そうだよ」
僕は言う。アルテミス――
「これからも、末永くよろしくお願いします」
彼女は眼前で円を描くように身体を回転させた。足元でばしゃりばしゃりと音を立て、緩やかに一回転すると、両手を後ろに回し、目を線にして言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。キミたちに永遠の愛を――誓います」
第7章 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます