0-2 物語の始まり
2
あの日、空から星が降ってきた。
星々は輝く。輝き方を知っているものもいれば、輝かされているものもいる。闇の
そんなことをされてしまえば、僕はきっと耐えられない。何も無い、何の取り柄も無い、何のやる気も無い、輝きの無い人生。そう呼ぶに相応しい体たらくさを有する僕は、高校一年生になって尚、何事にも執着することができず、ただ平々凡々なつまらない日々を過ごしていた。
『つまらないのはお前だ』
昔、兄に言われたことがある。ふと何気なく退屈な毎日に対する文句を口にした時のことだ。本気で嫌になっていたわけではない。学校が嫌いだったわけでもない。ただ何となく、退屈だと感じてしまったのだ。
無論、兄の台詞は喧嘩の火種になった。だけど、思い返してみるとまさにその通りだと思う。卑下するわけではないけれど、僕は自分のつまらなさ、
けれど、それも仕方のないことだ。僕は決して輝けない。輝き方を知らなければ、輝かされる方法も知らない。人任せにした挙句、勝手に裏切られたと思い込み、最終的には更なる闇の底へと
いや、違う。彼らと僕とでは状況が決定的に違う。彼らは
つもりなだけだ。きっと実際には何もわかっていない。わかっていれば、今こうして一人夜空を眺めていることはあり得ない。
つまるところ、僕は毎日のつまらなさに
3
数分前のこと、星々が
用水路の
小さい頃、兄と一緒に遊んだことがある。深いところで一メートルほどだったか。あの頃は恐怖さえ抱いていた深さも今となってはかわいいと思えるほどだ。あの頃は何も見えていなかったのだろう。井の中の
井戸から飛び出した
この命はタダ同然に安い。輝き方を忘れてしまえば、命に価値など存在しないのだ。
けれど、一つ懸念すべきことがある。打ち所が悪くなければ病院送りだ。外科と精神科のダブルパックに違いない。その場合、二度と一人で外出することはおろか、外出自体禁じられかねない。そうすれば、今以上につまらない毎日が待っているはずだ。それだけは避けたい。
ここで一つ忠告しておくと、僕は決して死にたくて死んでいるわけではない。つまらない日常に意味を見出せないから死を選択したのだ。無意味に死を望むほど浅はかでも愚かでもないつもりだ。つもりなだけかもしれないけれど。
4
水面は穏やかで波紋も少ない。夜風もほとんど吹いていなければ、犬の鳴き声すら聞こえない。宵闇が辺りを埋め尽くし、けれど星々だけが僕を照らしている。
(余計なお世話だ)
中途半端な同情で中途半端に照らし出される僕の気持ちなんて、星
特に、兄には知られてはならない。放任主義の両親とは対照的に、兄は
きっとそんなうんざりとした、けれど罪悪感にも似た
けれど、僕を決心させる『きっかけ』にはなった。そういう意味では、僕は兄に謝らなくてはならない。
(兄さんのせいで死んでごめん)
きっと面と向かって言えば、平手で打たれるに決まっている。だから、言わない。
その優しさで今まで思い留まってきたようなものだから。
5
深呼吸をする。死ぬ前なのに気分が晴れやかだ。解放される気分というものだろうか。身体が軽い。これなら水路を飛び越えて、反対側の田んぼに着地することができそうだが、今はやめておこう。
飛び越えるなら
すっと身体の力を抜く。前のめりに上半身が倒れてゆく感覚がわかる。先ほどまで感じなかった風を感じる。木々のざわめきを感じる。水のせせらぎが耳のすぐ側で聞こえる。頭が空っぽとなったため、全神経が五感に集約されたのだろうか。まるで今までの自分にフィルターがかけられていたのかと疑いたくなるほど、その感覚は敏感で、新鮮で、思わず思い留まってしまいそうだった。
けれど、それは気持ちの問題で、実際には身体にもう力が入らなかった。既に死ぬ気だったため、運動神経に足を踏み
(……え?)
刹那、僕は自分が何をしているのかわからなくなった。どうして僕は今、用水路に向かって倒れているのだろう。どうしてこんなにも身体が軽いのだろう。どうしてこんなにも頭が軽いのだろう。
(何が、どうなって――)
次の瞬間、僕は光を見た。既に顔は眼下へと向けられていたにも
懐かしいと感じてしまう暖かさ。
そして、哀しいと感じてしまう冷たさ。
それらが一斉に僕のもとへと降り注いだように感じられた。
あまりの眩しさに僕は目を閉じた。その瞬間、脳裏には走馬灯のように様々な光景が
この世から
場面が次々と転換する。僕は
全て僕の記憶だ。間違いない。けれど、僕はそれを今初めて見た。それもまた間違いない。
わからない。わかったつもりにもなることすらできない。眩しい。全てが眩しい。僕が僕ではないみたいに全ての記憶が眩しく、暖かく、やはり冷たかった。
だから、僕は眩しさから逃げるように、哀しみから目を逸らすように、自分の意識をそっと手放した。
それが物語の始まりで、同時に終わりでもあった。
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