キミが星になるように

万倉シュウ

序章

0-1 君を知る夜

 0


 とても幻想的な光景でした。まるで宇宙空間を漂う遊覧船。丘陵地帯きゅうりょうちたいには短くそろえられた緑が生い茂っていて、地平線の向こう側に宇宙空間がじかに広がっていました。黒とあおのコントラストが美しかったことを憶えています。地平線へ向かって歩き続ければ、いつか宇宙空間に飛び出せそうな、そんな感覚を抱かせる場所でした。

 音はなく、常に静謐せいひつな空間は不気味なようでいて、しかし不思議と恐怖を抱きませんでした。他の来訪者もたくさんいたからでしょう。

 影ですら煌々こうこうと輝く光のようでした。そこで僕は小高い丘の上に腰を下ろして、隣に座る少女と共に遠い星々を眺めているのです。自ら輝きを放つ恒星。恒星に照らし出されている惑星。準惑星。衛星。多種多様な星々が今でもまぶたの裏に焼き付いています。

 星々にも僕たちと同じように命があります。それが長いか短いか、それだけの違いです。寿命が尽きれば星と言えども機能を停止します。我々人間もいずれは心臓が止まり、土へかえります。地球へとかえってゆくのです。

 それは即ち、輝きを失うということでしょうか。そうではないと僕は思います。寿命が尽きた恒星は光を失います。けれど、命が尽きたからと言って『無』になるわけではありません。輝きを失うわけではないのです。星々によって生かされた『命』は確かに続いていて、そこに星々の『魂』『想い』が在り続けるのです。

 人間も同じです。命が尽きたところで無用の長物になるわけではありません。土にかえすのは、地球に光を宿すためです。地球より借り受けた一時の命をかえしているだけに過ぎないのです。

 我々は皆、星の子です。太陽の恩恵を受けた地球、その子供なのです。誰しも光を浴びて育っています。そんな我々が輝けないわけがないのです。他者を照らす光になれないわけがないのです。

 誰であろうと星のように輝けます。ただ、輝き方を――“在り方”を知らないだけなのです。


 1


 ――どうしてキミは死を望むんだい?


 声が聞こえる。少女と少年の狭間の声だ。聞き覚えがないはずなのに、どこか懐かしさを感じる。


(……毎日がつまらないからだ)


 ――どうしてキミは毎日がつまらないんだい?


(僕がつまらない人間だからだ。誰も幸せにできない、誰も笑顔にできない、ただのお荷物だからだ)


 ――どうしてキミはつまらないんだい?


(……何も、考えていないからだ。僕は、面白いことも、楽しいことも、ためになることも、馬鹿らしいことも考えられない。何も生み出せないんだよ)


 ――どうしてキミは何も考えていないんだい?


(考えたって否定される。却下される。怒られる。嫌な顔をされる。だから、何も発信したくない。発信しないなら、どれだけ考えたって無意味だろ)


 ――どうしてキミは否定されるんだい?


(……僕にくなよ。どうせみんな、僕のことが鬱陶うっとうしいんだろ。陰鬱いんうつそうな見た目で、ボソボソ喋っていて声も聞き取りづらいし、話し方もつっかえつっかえで不愉快だから嫌っているんだ)


 ――どうしてキミは原因がわかっているのに直さないんだい?


(……考えることをやめたからだ。原因がわかったって直すためにどうすればいいかわからない。それを考えることもやめた。どうせ失敗して怒られる。空回りするに決まってる。僕は何をしたってうまくいかない運命なんだよ)


 ――どうしてキミは自分の運命を知っているんだい?


(……経験的にわかるんだよ)


 ――どうしてキミは十数年しか生きていないのに、数十年先の未来まで見通せるんだい?


(…………)


 ――どうしてキミは自分の運命にあらがわないんだい?


(…………)


 ――どうしてキミは失敗することを前提にしているんだい?


(……今まで生きてきて、痛感したからだ。一生懸命にやるほど、失敗した時に辛くなる。うまくいったことなんてない。頑張ったって苦しいだけだ)


 ――どうしてキミはうまくいったことがないんだい?


(……そんなの僕が知りたいくらいだ。どうせ『努力が足りない』とか『辛くなるほど頑張ってない』とか言うんだろ。僕の気持ちなんて知らないくせに、どれだけ頑張ったかも知らないくせに、決めつけてるのはそっちじゃないか)


 ――どうしてキミは悔しい気持ちがあるのに死を望むんだい?


 ――どうしてキミは自ら苦しい道を選ぶんだい?


 ――どうしてキミは今、泣いているんだい?


(……うるさい。放っておいてくれ。僕は……何もできない人間なんだよ)


 ――それは違うよ。


 ――そんな生物はいないよ。


 ――皆、生まれた瞬間から輝いている。


 ――輝き方を忘れてしまっているだけだよ。


(綺麗事だ。世界は平等じゃない。持つ者と持たない者がいる。僕は持たない側の人間なんだよ。輝けるはずがない)


 ――世界はキミが思うよりもずっと綺麗だよ。


 ――まるでガラス越しに見た光のように、煌々こうこうと輝いている。


(嘘だ)


 ――なら、一度見てみるといいよ。


 ――キミが『輝き』というものを理解できるように。


 ――星に願いをかけましょう。

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