6-5 ベストルート

 6


退けよ」


 王城を守護する甲冑かっちゅうの騎士二人。剣を交差し門を閉ざす彼らの胴体を蹴り飛ばし、グレンが面倒そうに言い捨てる。一体に回し蹴りを放つと、もう一方も巻き込まれ、王門の警護は一瞬にして解かれた。


「地下牢にアイツはいる」


 先行するグレンの背中が頼もしく見えた。一方で、彼と肩を並べ、城内へと駆けてゆくトーチャーはどこか心が落ち着いていないように見えた。喜びか、それとも戸惑いか。

 門を潜ると、僕たちの服装は礼装へと変換された。王の規律コードだ。僕はオールバックにタキシード、グレンは髪を下ろして真ん中分けにタキシード、そしてトーチャーは何故か第一礼装――所謂いわゆる和装だった。とても似合っているけれど、何だか一人だけずるくない? 動きづらそうだけれど、自慢の筋肉で軽やかに動いている。


鬱陶うっとうしいですね」


 トーチャーは上着を脱いで諸肌脱もろはだぬぎの状態になった。礼装ですることではないと思うけれど、状況が状況なので野暮なことは口にしない。


「んー? 確かに」


 グレンも上着を脱ぎ捨て、シャツにスラックスという身軽な格好になった。僕も彼にならい上着を脱ぎ捨てる。

 必ずアルテミスを助け出す。僕の目的のために。


『アナタには何ができる?』


 セレーネから問われた。王城へ向かう直前のことだ。

 どれだけ彼女を想っても、僕の祈りはセレーネには届かなかった。『まだ足りない』と言われたけれど、最早関係ない。最短ルートが見つからないなら、最難関ルートだろうと突き進むまでだ。僕の想いが足りていなくても構わない。


『……僕は、僕のできることをやります。できないことは、グレンさんとトーチャーさんに助けてもらいます』


 ふふ、とセレーネは慈悲深く笑う。


『それがいいわぁ。できないことを考えるほうが楽かもしれないけど、できることを考えたほうが有意義だものねぇ』


 セレーネは僕の手を両手で包み込み、柔和な笑みを浮かべた。聖母のような温かさが手から直接伝わってきた。


『アナタたちの可能性を、ワタシは知っている。だから、安心して行ってらっしゃい。見守ることは得意なの』


 7


 城内に入ると、異常を検知した甲冑の騎士が剣を構えて襲い掛かってきた。グレンが脚に光をまとわせ回し蹴りを放つと、光が斬撃となって眼前の敵を切り裂いた。甲冑が胴体から真っ二つになり、空洞の断面があらわになる。


「コイツらは生きちゃいねェ。規律を守るための機構――お飾りなんだよ」


 甲冑の残骸を横目に通過していると、グレンが事も無げに言った。以前にも彼らが人形だと言っていたけれど、その意味がようやくわかった。

 中庭に移動し、左手にある扉を潜って城内に入る。誕生祭の時に大ホールへと足を踏み入れたことはあったけれど、こうして客人がおよそ踏み入れることのない空間には馴染みがなかった。入ってすぐ正面に部屋への扉があり、丁字路ていじろの形に廊下が左右に延びている。


「こっちだ」


 グレンが右手側の通路を進む。僕とトーチャーもそれに続く。どうして地下牢の場所を知っているのだろうか。そもそもどうしてアルテミスが地下牢にとらわれていると知っているのだろうか。その疑問に答えたのは肩を並べていたトーチャーだった。


「知らないのはアナタだけですよ」


 それはトーチャーが僕の正体に気付いている何よりの証拠だった。

 ルナは星の精が集まる空間だ。アルテミスが王城の規律コードを熟知していたように、皆がこの世界の仕組み自体をも把握していたところでおかしくない。むしろ、そちらのほうが自然だ。

 廊下の先に甲冑かっちゅうの騎士がわらわらと現れた。ガシャッ、ガシャッという足音に気が付き背後を一瞥すると、同様に甲冑かっちゅうの騎士が群れを成して迫っていた。


「グレンさんッ!」


 僕が鬼気迫る形相で呼びかけると、グレンは顔だけを振り返らせた。


「んー? ああ、わかった」


 何がわかったのだろう。そう思った矢先、グレンが正面の甲冑へと回し蹴りを放ち、まとめてぎ倒した。鉄と鉄の重なる無機質な音が廊下に響き渡る。


「トーチャーッ!」


 グレンは正面の敵をぎ倒しながら叫んだ。トーチャーがその声に呼応し立ち止まる。背後を向き、立膝となって床に手をつく。


「冷却レーザーシステム、起動します」


 次の瞬間、トーチャーの両隣の床より光柱こうちゅうが二本出現し、すぐに直方体状の装置へと姿を変えた。無機質な銀色。先端から白煙を吹き出し、背後から追ってくる甲冑へと照準を定めている。グレンとの闘いで使用した冷却光線だ。


「彼らのために、力を貸していただけますか?」


 トーチャーが誰にともなく問いかけると、冷却レーザーシステムと呼ばれた装置から青白い光線が放たれた。僕たちが通ってきた通路を埋め尽くす絶対零度の白は、またたく間に追手おってを氷のオブジェへと変貌させる。命を有していないせいか、眼前の光景からは一抹の寂寥感せきりょうかんすら感じられた。


「ありがとうございます」


 トーチャーが礼を口にすると、物騒な装置は光となって床に溶けていった。

 グレンが道をひらく。「来い」と背中で合図されているような心地となり、僕は足を止めずに彼の背中を追いかけた。トーチャーもそれに続く。


 8


 通路の奥を進むと、再び丁字路ていじろに出くわした。グレンが眼前に現れた甲冑へと飛び蹴りを放ち、その勢いのまま正面の壁に着地する。足は光に包まれ、壁と接合している。


「左だッ!」


 グレンの指示に従い、僕は左手側に曲がる。正面には甲冑が群れを成している。僕は思わず立ち止まる。

 僕からの目配せを受け、グレンが左右の壁を伝い、敵の間をすり抜けてゆく。甲冑の注意が彼へと向けられる。

 奥の扉へ到達したところで、グレンは振り返り様にこちらへ向かい回し蹴りを放った。グレンの足にまとわれていた光が斬撃となって放たれ、彼が刻んだ軌道を辿るようにこちら側へと戻ってくる。ジグザグな軌道をした光の斬撃は眼前の甲冑を次々と切り刻んでゆき、最初にグレンが着地した壁に到達したところで泡のように霧散むさんした。僕の安全を確保するため、わざわざ甲冑の注意を引くような行為をとったのだろう。とんだお人好しだ。彼の人間好きの加減がうかがい知れる。

 背後では、トーチャーが右手側の通路で正面に手をかざしていた。通路を覆うほどの光の壁が出現し、それが徐々に前方へと進んでゆく。壁に触れた甲冑は向こう側へと押し返され、やがて奥の扉との圧迫に耐え切れず、身体の至る箇所にヒビが入り機能停止した。


「行ってください」


 トーチャーが背後を振り返り言う。その技は相手の身動きを封じられる分、自らの動きも長時間封じられるのだろう。奥の扉から更なる増援が現れる様子を見て、僕はうなずいた。


「ありがとうございます! ご無事で!」

「ジブンは死にません。守るべき命がありますから」


 頼もしい背中に敬意を払い、僕は奥の扉へと消えゆくグレンを追いかけた。


「……トーチャー、ですか」


 駆け出す間際、背後からそう呟く声が聞こえた。

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