2-3 そう簡単に変われない
4
城内は白を基調とした空間が広がっていた。まずサッカーコートよりも広い大ホールに出迎えられ、五階建ての吹き抜け構造に圧倒された。ドーム状になっている天井には窓ガラスがはめ込まれ、宇宙空間が直に広がっている。天井からぶら下がる暖色のシャンデリアが
大ホールの先には
白い水晶で出来た円卓がいくつも並び、星々がグラス片手に歓談している。シャンパンだろうか。グラス内で気泡が弾け、シャンデリアの光に当てられ
「じゅるる……間違ってキミのことまで食べてしまったらごめんヨ☆」
先ほどまでの険悪な雰囲気などどこ吹く風というように、僕はアルテミスに連れられる形で近くの円卓へと向かった。アルテミスの冗談など耳にも入らず辺りをキョロキョロと見回していると、ドンと何者かに衝突した。
(壁?)
ではなく男性の
「んー? 何か用?」
僕の声が聞こえていなかったようだ。改めて「すみません」と言うと、しかし男性は再び首を傾げた。
「んー? 何? 聞こえない」
余程
既に僕の手を解放しているアルテミスに救いの眼差しを向けると、リスのように
「見ない顔だな。誰だオマエ?」
「ぼ、僕は……」
今まで他の星々に会う機会はあったけれど、その時はアルテミスが率先して会話を進めてくれたからこそ、僕も円滑にコミュニケーションをとることができた。逆に、彼女がいなければ僕は無力だ。コミュニケーションを数値化できたとすれば、一から十にはできるけれど、ゼロからイチにする力はない。コミュニケーション創造能力がゼロなのだ。
「んー? もごもご言ってたらわかんねェだろ。はっきり言えよ」
遂に僕は言葉を失った。顔面蒼白となり、この場へやって来たことを後悔し始めた矢先、
「やあ! 彼はテラ! ボクのフィアンセさ!」
「んー? フィアンセ? 動物の真似事かよ」
呆れた様子で男性が言う。僕とアルテミスを交互に見遣り、目を細める。
「ボクはアルテミス! キミの名前を教えてくれるかい?」
「んー? オレはグレオマイトス」
「よろしく、オマール!」
エビかな?
「グレンでいい」
グレンと名乗った男性は眼鏡をくいっと持ち上げ、再び僕の顔を
「まさかこいつが今日の主役か?」
「まさか! そんな
「まあな」
(こいつ……!)
アルテミスへの怒りが膨れ上がってゆく。彼女に悪意はないけれど、それ故に残酷だった。
グレンはグラスを手に取り、一気に
「テメエの意思も伝えられねェような奴がよくここに入れたな」
「来る者拒まず、だよ。彼に王への害意はない」
「害意どころか意思もねえんじゃねェの?」
「口下手なだけさ。会話を重ねていけば、キミとも仲良くなれるよ」
「誰かの手を借りねェと仲良くなれねェような奴とつるむ気はねェよ」
グレンはグラスを円卓に置くと、僕たちに背を向け、ひらひらと手を振った。
「そこのお坊ちゃんは外の
5
定刻になるとルナの王、キウンが
「本日は
王が
「新たな光が生まれると共に、眠りについた者がいることも忘れてはならない。彼らは
王が
目を開き、王は深い哀しみを声音に乗せる。
「魂を
王の台詞に呼応する形で拍手が鳴り響く。この時ばかりはアルテミスも食事を止め、壇上に注目していた。僕の素性を
「今宵は存分に楽しみたまえ」
王が壇上の椅子に座るなり、城内に活気が戻って来た。壇上には星々が集まり、王や隣の女性はあっという間に階下から見えなくなった。
アルテミスが食事を再開する。今度は謎の固形物にかじりついている。水晶のように透き通っており――というよりも、ただの水晶のように見えたけれど、僕は疑問を呑み込んだ。代わりに別の疑問を
「……変な感じだよ。祝いと
「そうかな? 彼らへ向ける想いは同じだよ」
アルテミスが手を止めずに僕の問いに答える。
「積み重ねがあるかどうか、歴史が長いかどうか、それだけの違いさ。共に在ることに変わりはない。与えるも求めるも自分たち次第。ボクたちは同じ星の魂でしかない。だからこそ上も下もない。目覚めた生も眠りについた生も、
「……人間とは違う考え方だ」
僕は
「人間は誰が上とか、誰が偉いとか、そんなことばかりだよ。『みんな違ってみんないい』とか言うけれど、それは『上』の人間の
僕は劣等感で死にそうだというのに、本気で悩んでいるというのに、そんな上っ面の言葉で解決できるわけがない。
人生に空虚さを感じる原因は僕のつまらなさにある。周りの人間が万能に見えるからこそ、相対的に僕の人生がつまらなく見える。周りに僕と同じような人間しかいなければ、僕は自身の
「どうして人間はそういう考えをするんだい?」
アルテミスは別段驚いた様子もなく、まるで保健室のカウンセラーのように微笑を
嫌いだ。僕のことなんて何一つ知らないくせに、わかったような顔をされるのが一番腹立たしい。こういうネガティブな思想すら『しょうもない』と思っているのだろう。『自分なら解決できる』と確信している人間ほど信用ならないものはない。無力感を抱いたことがないのだろうと感じられるからだ。
僕は不快感を胸の内に押し込み、疑問へと答える。
「……人間には、欲があるからだよ。睡眠欲、食欲、性欲。それに加えて承認欲求とか物欲とか。みんな精一杯なんだよ。資源獲得とか利権獲得とか、自分の領土とか人生を守るのに。下に見られたくない、
「だから、人間はまるで
「そこまで言っていないけれど……」
「キミはなかなか劣等感が強いようだ」
アルテミスは
「死を恐れているのに、死を求めている。自分の空虚さに気付いていながら、それを
「……何が、言いたいの?」
「キミは人間そのものだということだよ。さっき説明してくれたような、ね」
僕は怒りが
「……僕が、
「まさか! ボクは人間が大好きさ! 良いところも悪いところも含めて、ね」
アルテミスは
「奪われたくない、無になりたくないと思うことはおかしいことじゃない。けれど、死が『無』に直結するという考え方には疑問を感じざるを得ない。それはわかっているだろう? 今のキミなら」
バルドの顔が脳裏に
「キミは客観的に物事を考えられている気でいるけれど、実際にはそれこそが主観的だと気付いているかい? 自身の欠点に気が付きながら
「……何が言いたいんだよ。僕を
「そんな」
アルテミスは首を横に振った。一瞬だけれど瞳に寂しげな色が宿った。
「自分を見つめ直してもらいたいだけさ。せっかく常識の
人間、という単語が出ても尚、周囲の星々は見向きもしなかった。他の銀河にも人間という種族はいるのだろう。あるいは歓談に夢中で会話の内容に気付かなかっただけなのかもしれない。
「……人間は、そう簡単に変われない。考えるようにしたって限界がある」
「限界なんて更新すればいいだろう? そうでなければ行き止まりにぶつかるだけだよ」
「簡単に言うけれど――」
「簡単にいくとは思っていないよ。どうして楽しようとするんだい? 簡単にいかないのであれば苦労すればいいだけじゃないか。それが辛いと思うほど、キミは苦労をしたのかい?」
「……苦労したよ。変わろうと思っていろいろやったけれど、結局駄目だった。面白くもなれないし、頭良くもなれない。
「キミの言い分はよくわかるけれど、命を投げ出す以上の苦労をしたのかい?」
視界が一瞬明転した。気絶したのかと思ったけれど、五感が全てシャットアウトされたようだった。
目の前に映るアルテミスは目を丸くしていた。きっと僕は彼女に酷いことを言ったのだろう。けれど、数秒前の出来事が思い出せない。頭に血が上っていたのだろう。
周囲の星々が皆、僕に視線を向けている。顔が熱い。耳が熱い。恥ずかしい。
図星を突かれて激怒するなんて、僕の精神年齢は自分が思っていたよりもずっと幼いようだ。
僕はアルテミスに背を向け、その場から逃げ出すように駆け出した。人込みもとい星々をかき分けてホールから出ようとしたところで、大きな壁のような星にぶつかったけれど、謝罪もそこそこに無我夢中で扉から出て行った。
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