2-2 星の総意に導かれて

 3


 水晶地帯を抜けると王城へ向かう道が広がった。正確には水晶地帯の延長線上ということなのだけれど、同じ材質でも王城への道は一際異質だった。水晶の更に下からバックライトが照らしているかのように煌々とした光で舗装ほそうされ、けれどそれは気分を害するほど眩しくなく、むしろ気分を高揚させる美麗さを有していた。豪奢というほど嫌味っぽくなく、質素というほど謙虚ではない。街路樹の代わりに水晶樹すいしょうじゅが等間隔に立ち並んでおり、それが足元の光に照らされ、まるでクリスマスイルミネーションのようにきらめく光景は圧巻の一言だ。


「美しいだろう?」


 肩を並べて歩くアルテミスが我が物顔で言う。普段であれば鬱陶しいばかりのその台詞も、今ばかりは同意せざるを得ない。息を呑み、僕は「うん」とうなずく。

 今にも『キラキラ』という効果音が鳴り響いてきそうなほど、僕の周囲を取り巻く世界は『美しさ』と『輝き』に満ちていた。頭上を見上げれば地平線からつながった宇宙空間が広がっており、満天の星が煌々こうこうと輝いている。


「美醜への価値観は十人十色だけれど、この絶景を醜いと感じる者がいるとすれば、ボクはその心のけがれを疑うね」


 足音だけがカツカツと辺りに響く。周囲には老若男女様々な星々が僕たちと同じ方向を目指しており、皆、普段と変わらぬローブ姿に身を包んでいた。


「ドレスコードがあるんじゃなかったの? みんないつもと変わらないように見えるけれど」

「面白いことを言うね。キミは正解を出したじゃないか」


 王門に辿り着いた。一軒家ほどの幅を有する門には左右それぞれに二人ずつ兵士と思しき甲冑姿の男性が立っている。腰に西洋の剣を収め、かぶとからのぞく両眼で来客を次々と精査する。


「あれは王の騎士。ボクたちと同じ姿形をしているけれど、王と同じく星ではない。王によって創られた傀儡くぐつ。からくり人形というやつさ」

「王にはそんな能力があるのか」


 生命いのちの炎を思い返す。あれもまた王による慈悲であるとバルドは言った。ルナの王、キウン。その力は星々を管理するほどの脅威を秘めているのだろうか。だとすれば、一生命体である僕なんて片手でひねり潰されるだろう。決して人間であると周囲に知られてはならないと再認識する。


「キミにもできるよ。ただ、やり方を知らないだけ。魂を分離させ、そこに見せかけの命を宿すという芸当さ」

「やり方を知っているということは能力だよ。そして、それができるようになるということも能力。可能か不可能かなんて、大体の物事が可能なんだ。不可能だと思っていることは、大抵難しいか面倒なことに過ぎない」

「わかっているなら、どうしてやらないんだい?」

「話がれてる。別に僕は王のような能力が欲しいわけじゃない」

「言い訳だよ。キミは今、確かにおびえた。王の能力を知って、絶対的な恐怖を感じた。キミにも可能性があると言われたのに、だ。それはキミが無意識のうちに敵わないと決めつけて、努力を放棄しているからさ」


 僕はアルテミスから視線を逸らした。アルテミスに悪意がないことはわかる。正論であることもわかっている。けれど、正論が僕を強くするわけではない。弱者の盾を貫くようなほこなんて、刃先をこちらに向けて手渡されたところで怪我をするだけだ。

 アルテミスは不思議そうな顔つきでこちらを見つめていたけれど、王の騎士との距離が近付いてきたところで前方へと向き直った。門の向こう側には水晶と小さな光球こうきゅうの漂う庭園が広がっている。

 騎士の視線を抜け、王城の敷地内へと足を踏み入れると僕の身体は光に包まれた。声を漏らすよりも早く、僕の衣服は優雅なタキシードへと変貌した。白いシャツの上からグレーのベスト、黒のジャケット、そして同色の蝶ネクタイが着けられ、髪型もオールバックになっている。

 庭園の植木もとい水晶木すいしょうぎに反射し映る自身の姿を目の当たりにし、僕は目を丸くする。ペタペタとタキシードに触れる僕の背後から、アルテミスがニタニタと笑いながら水晶木すいしょうぎを覗き込んでくる姿が反射して見えた。


「その心意気や良し。門前払いされなかったようだね」


 振り返ると、アルテミスはきらびやかな白のドレスに包まれていた。ドレスを引き立てるシルバーのネックレスにガラス製のヒール。ショートカットの髪の毛を後ろで小さく束ね、三日月のピアスを一際輝かせている。普段のボーイッシュな印象が払拭ふっしょくされ、大人の気品が感じられた。柑橘系かんきつけいとハーブ系の混ざったかすかな甘みを感じさせる香りが、鼓動を少しだけ高鳴らせる。


「ど、どういうこと……?」

「心構えがなっていない星は、王の騎士によって追い返されるのさ。例えば、王やその他の星々へと悪意を抱いているような者とかね」

「この服装は……?」


 動揺する僕の手首を掴み、アルテミスが小走りで王城へ向かう。


「おめでとう! 審査が通ったんだよ!」

「クレジットカードみたいに言われても……」

「同じようなものさ!」


 うそでしょ?


「王城の敷地自体にコード、つまり王による『規律』がかれている。来客者は王の意思に沿い、王門をくぐった瞬間に王の管理下に置かれるのさ」

「それって……マズくないの? 僕はだって――」


 アルテミスが自らのくちびるに空いた手の人差し指を当て、しーっと言う。僕は即座に口をつぐむ。


「一種の契約さ。何もキミの全てが筒抜つつぬけになっているわけじゃない。お互いの身の安全を保障しましょう、って感じだよ。平和主義というやつさ」

「平和主義、か」


 辺りを見回すと、正装を身にまとった星々が屈託のない笑顔で歓談していた。王城へ向かう者もいれば、旧友に再会したのか思い出話に身を咲かせる者もいた。


「確かに危険とは無縁の空間だね。危険思想をもった奴は門前払いだもんな」

「人の世も同じだろう? 下手をすれば監獄行き。秩序を重んじる世界は皆同じさ」

「……星は、自殺とかするの?」


 王城の一歩手前の階段で、アルテミスは振り返った。笑みとも無表情とも言えない顔で「うーん」と悩んでみせる。


「自らの手で終わりを迎えることはできない。けれど、責務を全うしなければ、それは死んでいるも同じこと。自殺したも同然の生き様――“在り方”だよ」


 在り方。バルドに言われたその台詞がいつまでも頭の中で反芻はんすうされる。


『これが、ワタシの到達した真理――キミとの“在り方”なのだから』


 果たして僕はバルドに『生』を与えられたのだろうか。

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