第2章

2-1 そういうことなら

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 星の死というものは仰々しいもののように見えますけれど、その実、呆気ないものでした。人間や動物の死と変わりなどありません。星もまた生きとし生きるものなのです。

 人間は簡単に命を落とします。いつの日か必ず寿命を迎えます。恐ろしいかもしれません。眠れなくなるかもしれません。けれど、それは生きている何よりの証。死という『終わり』への恐怖は知性の証なのです。命を尊んだからこそ人間は文明を発達させ、医療を充実させ、寿命を長引かせることに成功しました。同時に、人間は娯楽を重視し、世の中を豊かにしてきました。人が刹那の快楽に身を委ねるのは、死への恐怖を一時でも忘れるためであると考えられるように、恐怖は感情の一つに過ぎません。喜怒哀楽は恐怖に打ち勝つ人間の個性なのです。

 死という抗えない『終わり』に対する恐怖。僕たちはそれを喜怒哀楽という感情で上書きして、幸せという輝きに昇華してゆくのです。恐怖と幸福は表裏一体。恐怖を自覚できるからこそ、僕たちは幸福をも自覚できるのです。

 星から与えられた命――輝きを自ら放棄することは、思考を放棄することと同義です。知性をてる行為は人間であることをてるということ。死への恐怖に屈するということなのです。

 考えなさい――その言葉は、僕たちに無理強いするものではありません。僕たちの背を押す激励であり、信頼の表れなのです。

 星はいつでも僕たちを見守っています。母なる存在として、僕たちの悪いところも、良いところも静かに見つめています。その信頼に恥じないように、僕たちは自らの幸せを放棄することなく、しかし星への感謝を忘れずに誠実な振る舞いを取るべきなのでしょう。

 考えましょう。わからなければ、他人ひとを頼りましょう。星が万能でないように、一つの生命体である僕たちもまた万能ではありません。できないことの一つや二つ、すぐに見つかるでしょう。

 ならば、尚のこと考えるのです。他人ひとを頼るのです。僕たちの味方は世界に必ずいます。まず世界が僕たち全員の味方なのです。ならば、世界と同じように僕たちの味方になってくれる人が必ず一人はいることでしょう。何故なら、僕たちは皆、星の子なのですから。

 僕たちは皆、他人同士、孤独同士でありながら、誰とでもつながりを持つことができます。それはとても――とても、幸せなことだと噛み締めていただきたいのです。


 1


 バルドが亡くなってからどれだけの時間が経過しただろう。ルナでの時の流れは酷く曖昧で、地平線の向こう側に広がる宇宙空間では星や隕石が絶え間なく漂い、衝突を繰り返している。遠目に見れば綺麗な流星群も、近くで見れば爆発に等しい恐ろしさを感じるほどだ。

 けれど、僕はそんな衝撃にも微動だにせず、小高いの丘の更に岩の上、背丈ほどの高さがある光柱こうちゅうの前でずっとたたずんでいた。バルドの墓標。目の前に立つと、頭の中に白髭を蓄えた老紳士の微笑が思い浮かんでくる。

 一時間にも満たない会話を交わしただけの相手。けれど、他人との関係性で重要なものは時間ではなく密度だと言うように、僕の胸は張り裂けそうなほど痛みが止まらない。時の流れが不明瞭なこの世界では尚のこと、関わった時間など意味がないのだろう。


「あれ~? まだここにいたのぉ~? 好きだねぇ~」


 まるで僕を挑発するような発声でアルテミスが声をかけてくる。銀髪黒眼。どこからともなく跳躍してきた彼女はふんわりと着地し、ローブをばさっとひるがえした。ダンスレッスン着のような衣服がちらりと見えるものの、僕は無関心そのもので墓標を凝視し続けた。


「まさか……惚れたなぁ~?」


 墓標の前にひょいっと顔を割り込ませ、アルテミスが僕と目を合わせようとする。身体を横に曲げ、顔も横向きになっているため、微妙に目が合っていない。

 非常に不愉快だ。僕は舌打ちする。


「おいおいキッスはまだ、お・あ・ず・け……だぞ♡」


 額に頭突きしてやると、アルテミスはしかし笑みを浮かべたまま身体を戻した。


「城で晩餐会ばんさんかいがあるみたいなんだ」


 何事もなかったかのように本題を切り出したアルテミスに恐怖した。支離滅裂というよりもサイコパスのように感じられる。


「当然行くよな? 行かないとキッスの嵐だゾ♪」


 僕は小岩の上から飛び降り、綺麗に着地するとすたすたと水晶地帯へ向かい歩き始めた。ニコニコしながらアルテミスが駆け寄り、僕と肩を並べる。後ろ手を組みながら、顔をのぞき込むように僕を見つめている。


「さっきのはボクに惚れたなぁ~? って意味だよ」


 要らない補足だった。僕は黙殺する。


「星の死をなげいても仕方ないよ」


 僕はキッと隣の少女を横目でにらみつけた。けれど、当の少女は穏やかな微笑を浮かべるばかりだった。


「それはキミのためにならないし、彼のためにもならない。星と人間は対等ではない。子が親の死を嘆くのは当然だけれど、大往生だいおうじょうを遂げた者に引きずられるようじゃあ、キミの旅路は終わらないよ」

「……別に、終わらなくたっていい」

「『終わり』がなければ生きているとは言わないだろう?」


 バルドのような物言いに僕は苛立ちを覚えると同時に、胸の辺りがざわざわするのを感じた。アルテミスに言い返せないのは、彼女の言い分がバルドの考え方に近いと思ったからだ。彼女に悪意はない。純粋に僕のことを考えての発言なのだ。

 いつまでも感傷に浸ってばかりいては前に進めない。墓標とは過去のしるべだ。現在いましるべが僕自身だとすれば、未来のしるべはきっと隣人だ。

 僕は強張った表情を幾分弛緩しかんさせ、短く返事する。


「そうだね」


 僕にとっての真理を見つけるために旅を続ける決意をした。


 2


「今夜――と言っても、ここは常に夜の世界だけれど――王城では、新たな恒星の誕生祭が執り行われるんだ」

「仰々しいね。相当すごい星なんだろうな」

「はは、構えなくていいよ。堅苦しいものではなく一種のパーティー、飲み会みたいなものだからさ」

「まだ未成年だよ」

「でひゃひゃ、キミのジョークはおもろいなァ!」


 とりあえず全てスルーした。ツッコミどころが渋滞している。


「とは言え、ドレスコードはある」

「この世界に服なんて概念があるの?」

「いやぁん、えっちぃ! どこ見てるのぉ⁉」

「そっか、外面ってことは建前みたいなものか。心構えだけはしっかり、ってことね」

「ごわす」


(ごわす?)


「理解が早いね。実はキミ、頭がいいんじゃないかい?」

「そうじゃないよ。ただ……少しだけ、考えるようにしただけ」


 たとえ間違っていたとしても、訂正してくれる相手がいるのだから積極的に考えたい。

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