3-6 対話できるということ
9
目を覚ますと、目の前に宇宙が飛び込んできた。いや、それはいつものことだ。頭上には大小様々な星が散らばっている。あの無数に輝く星々のほとんどが小惑星なのだろうか。皆、恒星のおかげで輝いている。パッと見ただけでは、なるほど確かに全て恒星のように見える。
「お目覚めかい? マイダーリン♡」
ぶん殴ってやろうかと思った。勢い良く起き上がったところで
僕は芝の上に
呆然とする僕に気付き、アルテミスが鼻高々に言う。
「準備がいいだろう♪」
どういう意味だよ。
彼女が不謹慎な星だと再認識した。
「大丈夫……?」
ひょこひょことひよこのような足取りでヴェルが駆け寄ってきた。心配そうな面持ちをしているけれど、先ほどまでグレンと一緒に
「んー? 起きたのか。残念だったな、ヴェル。墓が無駄になっちまった」
ヴェルが露骨に
「あれ……そう言えば、あの子たちは……?」
「
機械音声のような声でアルテミスが言う。敬礼までしている。
戦々恐々としている僕へ向かい、グレンがポケットに手を突っ込んだまま身体を屈ませ、
「解放したよ。身をもって恐怖を味わったみてェだからな。
まるで
「わかりました……けれど、その、そうやって
先ほどからずっと、グレンは僕の顔を覗き込むようにして喋っている。距離が近いことに慣れていない上、頭上から見下ろされていると威圧されているように感じられて落ち着かない。彼と喋る時に極度に緊張してしまうのは、体格的な差も関係しているのかもしれない。
「んー? ああそう。わかった」
理解したのかと思ったけれど、グレンは一向に離れない。何故。
「あの……わかった、んじゃあ……」
「んー? わかってるよ。でも、やだから」
やだ、って何?
問題点を直すかどうかは気分次第のようだ。畜生。騙された。
「んー、ま、オマエにも悪いことしちまったな」
「いえ、悪いのは……」
「あの子たちだからね。キミが気にすることはないさ!」
アルテミスが会話に割り込んで言う。どの口でそれを言うのか。彼女もヴェルのことを
「とは言え、ボクもやり過ぎたと思っている。せめて腹に一撃くれてやれば良かったと後悔しているよ。顔は女優の命だからね」
「誰が女優だよ」
「ごめん、男優だったね」
「せめて俳優にしてくれ」
俳優でもないけれど。
グレンは不審そうな目で僕の顔を
「あ、あっはは~! 人間の真似事って、た~のすぃ~↑↑↑」
つくづく僕は愚か者だな、と自覚した。
「好きだな、揃いも揃って」
グレンもそこそこに馬鹿だな、と再認識した。鈍感とでも言うべきだろうか。呆れた様子で
「お兄ちゃん、一緒にお墓作ろう」
初めてのお誘いだった。つまらない会話に飽きたのか、ヴェルが無邪気な笑みで提案してきた。賛成したいところだけれど、それは一体誰のお墓だろう。視界の隅に見える作りかけのお墓のことではないだろうか。それは『死ね』という
「彼は今疲れているみたいだからね! 代わりにボクが一緒に作るよ!」
「うん!」
ヴェルは眩しい笑顔を振り撒いて、墓標群の前へと駆けて行った。彼女の笑顔を見ると、問題を解決できたのだと安堵できた。
「解決したわけじゃねェよ」
僕の思考を読んだように眼前でグレンが言う。アルテミスもそうだけれど、自然と思考を読まないでほしい。もしかして、星の精は皆他者の思考を読めるのだろうか。だとしたら、僕だけ読めないのは不公平だ。勝手に不満が溜まってゆく。
「原因はエリミネートされてねェ。アイツの言うように加害者を根絶やしにするのが確実だが、そいつは星の寿命を縮めることと同義、
そうかもしれない。納得できない考えに同意することはできない。渋々同意した先で取り返しのつかない事態が起これば、一生後悔する。それで後悔しない人間は、人間ではない。人間の皮を被った
「オレたちは考え続けなきゃならねェ。自身の“在り方”を、目指すもののために何ができるかを、一生をかけて。そいつが『真理』になるのさ」
「……壮大な、話ですね」
「んー? そうでもねェよ。『真理』なんて大袈裟に言っているが、生きるってのは自分にできることを探す旅路なのさ。終わりを自覚して
「じゃあ、グレンさんも……まだ、“在り方”がわからないんですか?」
「んー? 半々かね。希望はあるが……ま、世の中達観できるほど成熟してるわけじゃねェよ。成熟したら、あとは腐るだけだからな。まだまだ青く在りてェもんだよ」
グレンがけらけらと笑う。彼の表情はコロコロと変わる。アルテミスも表情豊かだけれど、彼はより細かく変わる。喜怒哀楽に分類できない感情を
彼は無自覚に他者を傷付け得る。初対面の僕に恐怖を植え付けたように、アルテミスと敵対したように、直情的な言動が他者との対立に
「オマエはまだまだ青いから
マジですか。
今更になって身震いしてきた。グレンは可笑しそうに肩を揺らす。どうやら僕をからかっているようだ。不服ながらも、僕は想いを吐き出す。
「……二人を、止めたかったんです。同じ方向を見ているのに、考え方が違うってだけで、争うなんて……嫌だったから」
「甘ちゃんだな。どっちつかずって奴か」
「……違い、ます。二人に、共感したからです」
暴力的だけれど確実な案を出したアルテミス。平和的だけれど不確実な案を出したグレン。対照的な二人だけれど、目指す方向は同じだった。だからこそ、最後は拳でケリをつけたのだ。
「それがどっちつかずってことなんだよ」
「違います」
僕はグレンの目を見て、伝える。
「正直……加害者なんて死んでしまえ、って思ってました……今でも、少し思います。どうなっても、
グレンが黙って続きの言葉を待つ。僕は息を整えて、ゆっくりと言葉を
「けれど、『ざまあみろ』って感情よりも、『幸せだ』って感情のほうが、大事だって……そう、思ったんです。誰かに悪意を振り撒くよりも、誰かと善意を共有できるほうが、楽しいって……きっと、グレンさんは、そういう主張をしていたんだと思って……だから……」
僕は声を少しだけ大きくして言う。
「僕は、グレンさんの考えのほうが……好きです。そっちのほうがいいと、思います」
グレンは目を大きく見開き、驚いた様子を浮かべた。やがて目を細め、満更でもない様子で微笑む。
「はいどうも」
10
結局、ヴェルが執拗に
けれど、グレンと出会い、公園で楽しい時間を共にしたことでもっと長い時間楽しみたいという希望が芽生えたようだ。彼女も外見や口調は幼いながらも長寿の星として人間以上の理解力は有している。アルテミスやグレンの闘いを目の当たりにして、自分も考えることを放棄したくないと思い始めたようだった。
その後もアルテミスは加害者らを見かける度に拘束する素振りを見せていたものの、彼らが過度に怖がるため未遂で済んでいる。彼女の仕打ちを考えれば、過度でもないのかもしれないけれど。
グレンの言うとおり、問題は解決していない。ほとぼりが冷めれば、また彼ら彼女らが同じ愚行に及ぶかもしれない。今度はヴェルではなく、別の星が狙われるかもしれない。アルテミスもグレンも届かない場所で事件が起こるかもしれない。
僕たちは無力だ。『真理』を追い求め、“在り方”を探し続けている旅人に過ぎない。誰かを助けるだなんて
けれど、それでも『運』なのだ。確率を高める方法はいくらでもある。絶対の『一』はないけれど、必ず『一』に到達する方法はある。可能性はいくらでも高められる。グレンが
それは僕たちが旅路の中で見つけるのだろう。十人十色。誰もが異なる解決策を見つけられる。僕もまた、グレンの考えに同意しつつも、彼の考えから派生した新たな考えを見つけられることだろう。思考することさえやめなければ、僕たちは新たな可能性に辿り着ける。
これが考えるということの一つの結果なのだろう。まだ道半ばだけれど、僕は未知の向こう側で抗い続ける者たちの助けになりたい。僕のように死を切望する人や、殺される寸前にいる人たちの力になりたい。そう考えるのは
僕たちは『考える
第3章 了
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