3-6 対話できるということ

 9


 目を覚ますと、目の前に宇宙が飛び込んできた。いや、それはいつものことだ。頭上には大小様々な星が散らばっている。あの無数に輝く星々のほとんどが小惑星なのだろうか。皆、恒星のおかげで輝いている。パッと見ただけでは、なるほど確かに全て恒星のように見える。


「お目覚めかい? マイダーリン♡」


 ぶん殴ってやろうかと思った。勢い良く起き上がったところでほおに激痛が走らなければ、僕はきっと星砕きの異名を手にしていたところだろう。

 僕は芝の上に仰臥ぎょうがしていた。どうやら水晶地帯と丘陵地帯きゅうりょうちたいの狭間にある墓地のようだ。周囲に墓標が点在している。何故なぜ

 呆然とする僕に気付き、アルテミスが鼻高々に言う。


「準備がいいだろう♪」


 どういう意味だよ。

 彼女が不謹慎な星だと再認識した。


「大丈夫……?」


 ひょこひょことひよこのような足取りでヴェルが駆け寄ってきた。心配そうな面持ちをしているけれど、先ほどまでグレンと一緒に和気藹々わきあいあいと水晶のくいで僕の墓標を立てようとしていた姿を僕は見逃していない。けれど、僕も幼稚ではない。「大丈夫」と気丈に返し、眼前の少女への文句を呑み込んだ。念には念を入れて準備していただけだろう。


「んー? 起きたのか。残念だったな、ヴェル。墓が無駄になっちまった」


 ヴェルが露骨に悄然しょうぜんとする。僕が悪いのだろうか。それともグレンが意地悪なのだろうか。恐らく後者だとしてグレンをにらみつける。照れくさそうにグレンが顔を逸らす。そうじゃない。熱烈な視線を送っていたわけではないのだ。


「あれ……そう言えば、あの子たちは……?」


 ようやく意識がはっきりとしてきた。ロープで縛られた少年少女らの姿が見えない。


Mission Complete!ミッションコンプリート


 機械音声のような声でアルテミスが言う。敬礼までしている。くのが怖い。

 戦々恐々としている僕へ向かい、グレンがポケットに手を突っ込んだまま身体を屈ませ、ひとみの奥をのぞき込んだ。


「解放したよ。身をもって恐怖を味わったみてェだからな。しばらく……いや、今後ヴェルに何かすることはねェだろうよ。『エリミネーターはいた!』とかわめき散らしながら去っていったから、他の奴らにも伝わっているだろうな」


 まるでUMAユーマだ、なんてアルテミスを一瞥いちべつしながら思った。結果論だけれど、丸く収まったのならば怪我の功名というものだろう。アルテミスへの恨みがつのる結果にはなったけれど。ウィンクしながら舌を出す仕草が腹立たしい。


「わかりました……けれど、その、そうやってのぞき込んでくるの、怖いんですけれど……」


 先ほどからずっと、グレンは僕の顔を覗き込むようにして喋っている。距離が近いことに慣れていない上、頭上から見下ろされていると威圧されているように感じられて落ち着かない。彼と喋る時に極度に緊張してしまうのは、体格的な差も関係しているのかもしれない。


「んー? ああそう。わかった」


 理解したのかと思ったけれど、グレンは一向に離れない。何故。


「あの……わかった、んじゃあ……」

「んー? わかってるよ。でも、やだから」


 やだ、って何?

 問題点を直すかどうかは気分次第のようだ。畜生。騙された。


「んー、ま、オマエにも悪いことしちまったな」

「いえ、悪いのは……」

「あの子たちだからね。キミが気にすることはないさ!」


 アルテミスが会話に割り込んで言う。どの口でそれを言うのか。彼女もヴェルのことを真摯しんしに考えていたのだろうけれど、非難したいという衝動が抑えきれない。


「とは言え、ボクもやり過ぎたと思っている。せめて腹に一撃くれてやれば良かったと後悔しているよ。顔は女優の命だからね」

「誰が女優だよ」

「ごめん、男優だったね」

「せめて俳優にしてくれ」


 俳優でもないけれど。

 グレンは不審そうな目で僕の顔をのぞき込んでいる。マズい。これではまるで僕が人間のようではないか。何とか取りつくろわなければ。


「あ、あっはは~! 人間の真似事って、た~のすぃ~↑↑↑」


 つくづく僕は愚か者だな、と自覚した。


「好きだな、揃いも揃って」


 グレンもそこそこに馬鹿だな、と再認識した。鈍感とでも言うべきだろうか。呆れた様子で嘆息たんそくしている。何故気付かないのだろう。


「お兄ちゃん、一緒にお墓作ろう」


 初めてのお誘いだった。つまらない会話に飽きたのか、ヴェルが無邪気な笑みで提案してきた。賛成したいところだけれど、それは一体誰のお墓だろう。視界の隅に見える作りかけのお墓のことではないだろうか。それは『死ね』という暗喩あんゆだろうか。考え過ぎだと思いたい。


「彼は今疲れているみたいだからね! 代わりにボクが一緒に作るよ!」

「うん!」


 ヴェルは眩しい笑顔を振り撒いて、墓標群の前へと駆けて行った。彼女の笑顔を見ると、問題を解決できたのだと安堵できた。


「解決したわけじゃねェよ」


 僕の思考を読んだように眼前でグレンが言う。アルテミスもそうだけれど、自然と思考を読まないでほしい。もしかして、星の精は皆他者の思考を読めるのだろうか。だとしたら、僕だけ読めないのは不公平だ。勝手に不満が溜まってゆく。


「原因はエリミネートされてねェ。アイツの言うように加害者を根絶やしにするのが確実だが、そいつは星の寿命を縮めることと同義、けもののやることだ。対策を講じる中で少しでも引っ掛かりを覚えたなら、それは対策が不十分だったっつうこと。知性っつうのはそいつを改善するために使うもんだろう?」


 そうかもしれない。納得できない考えに同意することはできない。渋々同意した先で取り返しのつかない事態が起これば、一生後悔する。それで後悔しない人間は、人間ではない。人間の皮を被ったけものだ。知性が――心がない。


「オレたちは考え続けなきゃならねェ。自身の“在り方”を、目指すもののために何ができるかを、一生をかけて。そいつが『真理』になるのさ」

「……壮大な、話ですね」

「んー? そうでもねェよ。『真理』なんて大袈裟に言っているが、生きるってのは自分にできることを探す旅路なのさ。終わりを自覚してようやく存在意義ってのに気付くんだ」

「じゃあ、グレンさんも……まだ、“在り方”がわからないんですか?」

「んー? 半々かね。希望はあるが……ま、世の中達観できるほど成熟してるわけじゃねェよ。成熟したら、あとは腐るだけだからな。まだまだ青く在りてェもんだよ」


 グレンがけらけらと笑う。彼の表情はコロコロと変わる。アルテミスも表情豊かだけれど、彼はより細かく変わる。喜怒哀楽に分類できない感情を発露はつろしている。『自分』というものを出すことに抵抗がないのだ。それは良いことである一方で、悪いことも内包している。

 彼は無自覚に他者を傷付け得る。初対面の僕に恐怖を植え付けたように、アルテミスと敵対したように、直情的な言動が他者との対立につながる。僕はそういったいさかいから距離を取りたいがために、自分の素顔というものを隠して生きてきた。今でもそう思っている。けれどその一方で、他者を傷付けてでも意思をもって行動できる彼のようになりたいとも思っている。だからこそ、彼の存在は羨望の対象であると同時に忌避すべき対象のように僕の目には映った。彼という存在が僕のつまらなさを浮き彫りにする。一緒にいるのは辛い。けれど、同時に心安らぐ。それはきっと、彼の主張に同調したからだろう。


「オマエはまだまだ青いからうらやまましいよ。オレたちの間に割って入るなんて、下手したら木っ端微塵こっぱみじんだったぜ?」


 マジですか。

 今更になって身震いしてきた。グレンは可笑しそうに肩を揺らす。どうやら僕をからかっているようだ。不服ながらも、僕は想いを吐き出す。


「……二人を、止めたかったんです。同じ方向を見ているのに、考え方が違うってだけで、争うなんて……嫌だったから」

「甘ちゃんだな。どっちつかずって奴か」

「……違い、ます。二人に、共感したからです」


 暴力的だけれど確実な案を出したアルテミス。平和的だけれど不確実な案を出したグレン。対照的な二人だけれど、目指す方向は同じだった。だからこそ、最後は拳でケリをつけたのだ。


「それがどっちつかずってことなんだよ」

「違います」


 僕はグレンの目を見て、伝える。


「正直……加害者なんて死んでしまえ、って思ってました……今でも、少し思います。どうなっても、因果応報いんがおうほうだって……」


 グレンが黙って続きの言葉を待つ。僕は息を整えて、ゆっくりと言葉をつむぐ。


「けれど、『ざまあみろ』って感情よりも、『幸せだ』って感情のほうが、大事だって……そう、思ったんです。誰かに悪意を振り撒くよりも、誰かと善意を共有できるほうが、楽しいって……きっと、グレンさんは、そういう主張をしていたんだと思って……だから……」


 僕は声を少しだけ大きくして言う。


「僕は、グレンさんの考えのほうが……好きです。そっちのほうがいいと、思います」


 グレンは目を大きく見開き、驚いた様子を浮かべた。やがて目を細め、満更でもない様子で微笑む。


「はいどうも」


 10


 結局、ヴェルが執拗に口撃こうげきされていた理由は他の小惑星よりも身体が小さいからだった。ヴェルもまた小さいくせに恒星からエネルギーを貰うばかりである自分に嫌悪感を抱き、それらの非難を甘受かんじゅしていたという。

 けれど、グレンと出会い、公園で楽しい時間を共にしたことでもっと長い時間楽しみたいという希望が芽生えたようだ。彼女も外見や口調は幼いながらも長寿の星として人間以上の理解力は有している。アルテミスやグレンの闘いを目の当たりにして、自分も考えることを放棄したくないと思い始めたようだった。

 その後もアルテミスは加害者らを見かける度に拘束する素振りを見せていたものの、彼らが過度に怖がるため未遂で済んでいる。彼女の仕打ちを考えれば、過度でもないのかもしれないけれど。

 グレンの言うとおり、問題は解決していない。ほとぼりが冷めれば、また彼ら彼女らが同じ愚行に及ぶかもしれない。今度はヴェルではなく、別の星が狙われるかもしれない。アルテミスもグレンも届かない場所で事件が起こるかもしれない。

 僕たちは無力だ。『真理』を追い求め、“在り方”を探し続けている旅人に過ぎない。誰かを助けるだなんて烏滸おこがましいこと、当然できない。できたとしても、それは運が良かっただけだ。

 けれど、それでも『運』なのだ。確率を高める方法はいくらでもある。絶対の『一』はないけれど、必ず『一』に到達する方法はある。可能性はいくらでも高められる。グレンが呈示ていじした平和的な方法のように、アルテミスが呈示ていじした暴力的な方法のように。そして、世界には他に無数の方法がある。

 それは僕たちが旅路の中で見つけるのだろう。十人十色。誰もが異なる解決策を見つけられる。僕もまた、グレンの考えに同意しつつも、彼の考えから派生した新たな考えを見つけられることだろう。思考することさえやめなければ、僕たちは新たな可能性に辿り着ける。

 これが考えるということの一つの結果なのだろう。まだ道半ばだけれど、僕は未知の向こう側で抗い続ける者たちの助けになりたい。僕のように死を切望する人や、殺される寸前にいる人たちの力になりたい。そう考えるのは傲慢ごうまんではないと思いたい。

 僕たちは『考えるあし』だ。どうかそれだけは否定できない絶対のことわりだと思ってほしい。



 第3章 了

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