第4章

4-1 最期の煌めき

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 超新星ちょうしんせい。英語ではSupernovaスーパーノヴァと言います。聞こえはよろしく、聞き覚えのある単語だと思いますけれど、それ自体は星ではありません。失礼、語弊ごへいがあったようです。太陽よりも更に大きな質量をもつ恒星および白色矮星はくしょくわいせいが起こす大規模な爆発――超新星爆発ちょうしんせいばくはつ。それによって輝く天体のことを超新星ちょうしんせいと呼びます。星は星でも死んだ星とでも呼びましょうか。最期をいろどる大花火……は、いささか不謹慎ですね。星も生きているのですから。

 超新星爆発ちょうしんせいばくはつは、星が自らの質量――重力に耐え切れなくなった場合などに起こります。超新星爆発ちょうしんせいばくはつが起こると強烈なガンマ線というものが放たれ、周辺の星に住まう生命体は死滅すると言われています。ああ、怖がらないでください。周辺といっても五光年ほどですし、大きな影響を受けるとしても五十光年ほど離れた星までですから。地球と太陽との距離は〇・〇〇〇〇一五八一光年。太陽自体も小さな恒星のため超新星爆発ちょうしんせいばくはつを起こしませんし、心配ありませんよ。

 恒星の一生は生まれた時の質量によって決まっていると言われています。例えば、太陽は赤色巨星せきしょくきょせいを経て白色矮星はくしょくわいせいとなり、ゆっくりと冷えてゆくと考えられています。億年単位の話ですので僕たちには無縁の話でしょう。人類も絶滅しているでしょうし……と、恐怖心をあおる話はやめましょうか。赤くなって白くなって冷める。ただ、それだけのことです。

 大質量の恒星は超新星爆発ちょうしんせいばくはつを起こした後、中性子星ちゅうせいしせいやブラックホールといった高密度の天体となります。生きていると言えば生きていますけれど……いえ、僕からすれば死んでいるも同然です。意思がないのですから。

 魂がすり減ってしまえば、生きているとは言えなくなります。脳死の人間は生きているのか死んでいるのか、様々な議論がなされていますけれど、僕個人の見解としては生きていると思っています。意思が内側に閉じ込められた状態、隔絶された空間に生きている状態だと考えているからです。僕にも同じような経験がありましたから……正気を疑われてしまいますけれどね。

 本音を言えば、僕はそう信じたいだけなのです。人の死も星の死も認めたくないのです。看取りたくないのです。目の当たりにしたくないのです。超新星爆発ちょうしんせいばくはつが星の最期だと知りながらも、脳死から回復する可能性はないと知りながらも、彼ら彼女らが生きていると、僕たちへ向けて信号を発信していると信じてやまないのです。愚かでしょう? みじめでしょう? それでも諦め切れないのです。

 何故なぜか? 経験したからと言う他ありません。人の死を? 脳死を? いいえ、僕が経験したのは超新星爆発ちょうしんせいばくはつです。

 遠い、遠い、僕たちがまだ知らない恒星の最期を、僕は――看取りました。


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 それは突然のことだった。世界を包み込むまばゆい光。水晶地帯に生えている無数の水晶樹すいしょうじゅよりも何倍もきらめいていて、ほたるの光の何百倍も大きくて、世界全体に閃光弾せんこうだんが投げ込まれたかのような目も開けられない強烈な光が、この世界を包み込んだ。

 音は無かった。ピカッとかキーンとか鳴ったように思えたのは僕の先入観だ。あるいは、視覚で処理し切れない情報を神経経由で聴覚へと伝え誤作動させたのかもしれない。

 腕で目許めもとおおうこと数秒、目を閉じていても眩しさがまぶたの裏に焼き付き、目を開けても尚視覚は麻痺し、視界には闇が広がるばかりだった。


「離れないで」


 フラフラとする身体を支えたのは左手首を握り締める冷たい手だった。女性のものを思われる細く、華奢きゃしゃな指。普段であれば頼りない印象を受けるそれも、しかし不安に襲われた僕を安心させるには十分過ぎるくらい力強かった。


「一体、何が……」


 次第に視界がクリアになってきた。徐々に水晶樹すいしょうじゅや様々な色を反射する水晶製の建物をとらえられるようになった。どうやらパニックになっているのは僕だけのようだ。他の星は平然としている。いや、中には焦燥感しょうそうかんに駆られている星もいる。彼らの差は何なのだろうか。

 隣の星を見つめる。いまだに僕の左手首を握り締めている少女――アルテミスは、ローブの下から空いた手を持ち上げ耳元に当てる。何事か考えている様子だった。

 黙って見ていると、不意にアルテミスは僕の手を引いて足早に歩き出した。僕は前傾姿勢になりつつ何とかバランスを崩さずについてゆく。


「な、何ッ……⁉」

超新星爆発ちょうしんせいばくはつだ」

超新星ちょうしんせい……?」


 単語だけは聞いたことがある。けれど、その実態はわからない。

 道行く星々の間を抜け、王城へと向かう。都会のビルよりも高く目に映るその建造物を見上げると、展望台の辺りに小さな光がただよっているように見えた。赤いような、ピンク色のような、弱々しい光。

 脳裏によぎった星の名は、思い出さずとも耳に入った。


「レナが死んだ」

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