1-2 真理を求めて

 3


(ここは……?)


 気付くと僕は宇宙空間へと投げ出されていた。先ほどまで眺めていたそらとはまた異なる光景が目の前に広がっている。

 その中に一際大きな惑星が漂っていた。地球が青かったとすれば、その惑星は色を失っていた。燃え尽きた炭のように純白でいて、凍てつく銀雪のように純銀。まるで呼吸を止めた生命体のような静寂さを秘めている。


「ワタシの故郷だよ」


 隣でバルドが上下逆様に浮遊していた。いや、僕が逆様なのかもしれない。無重力空間では上下左右の正解などなく、意味すらもたないのだろう。

 バランスをとれずくるくるとその場を回転する僕の手を取り、バルドが目線を合わせてくれた。気恥ずかしさに目を逸らす僕を気遣ったのだろう、バルドは眼前の故郷へと目を向けた。


「資源が枯渇し、知性を有する生命体が滅んで幾星霜いくせいそう。恒星が大爆発を起こし、微生物すらも死滅した。死の大地はこの世の美しさとはかなさが紙一重であることを嫌というほど教えてくれた」

「おじいさんは、本当に……」


 バルドは頷き、僕の手を引いて眼前の惑星へと進んでいった。駆動力などないけれど、僕はバルドに引かれる形で惑星へと降り立った。

 きっとここは現実ではない。いや、正確には僕たちが現実ではないのだ。僕たちは位相がずれた世界に導かれた。即ち、この空間もまた位相がずれているのだろう。意のままに移動できるのがその証拠だ。


「寂しい場所だろう?」


 バルドは自嘲気味に笑った。大地に降り立つと、周囲は深淵に包まれ隣人の姿すらも判別できなかった。


「ワタシたち惑星は恒星の光を頼りに生きている。それを失うということは、生きる術を失うということに他ならない」


 先ほどまでは遠くからでも惑星の姿形がわかったのに――僕の考えを見透かしたかのように、バルドは空いた手を天に掲げた。


「これは慈悲だよ。本来であれば闇が広がるワタシたちの銀河系へと、全てを見通す光を授けてくれた」

「……キウンって星が?」


 バルドは苦笑して天に掲げた手で指を鳴らす。すると、その手を中心にして世界が色づき始めた。光が灯った、という表現が適切だろう。白一色の世界が辺りに広がってゆく。

 北極や南極よりも足元の氷は遥かに厚く、冷え切っている。ホワイトアウトなど生温いとばかりに雪やあられが吹き荒れ、数メートル先すらも見通せない。


「彼は星ではない。星をつかさどる王だ。監視者と呼ぶべきかな。彼は管理者のつもりだがね」


 バルドが手を下ろし、手のひらを広げると小さな炎が灯った。温かさを感じるよりも先に、その光が周囲の吹雪を吹き飛ばした。地平線の向こう側まで足跡一つついていない氷の大地を目の当たりにし、僕は背筋が粟立つのを感じた。


生命いのちの炎。いわゆる走馬灯さ。王はワタシたちに最期の夢を見せてくれる。これはその手段。ワタシたち星の精はここで真理に到達するのだよ」

「真理?」


 バルドが僕の手を引いて歩き出した。新雪に足跡をつけることが、これほど恐ろしいことだと思ったことはない。新雪に浮かれる子供心は取り戻せそうになかった。


「命とは何か。星の責務、宿命のことさ」

「……おじいさんは、見つけられたんですか?」

「それを探しに行くのさ、キミと共に」


 バルドがローブをひるがえし高く跳躍すると、僕も引っ張られる形で雲上まで跳躍した。遥か彼方にまばゆい太陽が見える。いや、正確には太陽ではなく他の恒星だ。そして、あれは偽物。キウンによる慈悲の光――生命いのちの炎だ。

 僕は目を細め、空いた手でひさしをつくる。一方、バルドは目を細めながらも真っ直ぐに光を見つめていた。


「生まれた瞬間、誰もが声を上げ母の腕に抱かれている。だが、母の手を離れた途端、誰もが孤独となる。だからこそつながりを求め、大きな輪を形成してゆく。星も星に住まう生物も同じだ。命に触れることで命を実感する。命の尊さを理解する」

「それが……真理、ですか?」

「まだ遠いかな」


 バルドは空いた手で帽子を押さえ、急降下を始めた。分厚い雲海を抜けると、地上から白い大地は消え失せ、代わりに赤い大地が広がっていた。

 肌に冷たい風を感じながら、僕はバルドへと横目を向ける。


「これは……?」

「母なる大地、そしてワタシさ。フフ、少々気恥ずかしいものだね」

「じゃあ、これが……」

「そう、命の始まり。原初の灯火ともしびだよ」

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