8-2 そして、僕は僕と出会う

 2


 あの日、僕は光を見た。目が開けないほどまばゆい光。それは脳裏に走馬灯をよみがえらせた。けれど、思い起こされた風景はおよそこの世のものとはかけ離れた、幻想的な風景だった。

 僕は眩しさに耐え切れず、意識を手放した。数秒か、数十秒か、やがて妙な浮遊感に包まれている中、僕は覚醒し目を開いた。

 身体は用水路へ向かって投げ出されていた。正面から倒れていたはずなのにバランスを崩したのだろうか、気付けば背中から用水路の水面へと倒れ込んでいた。マズい。このままでは本当に打ち所が悪くて死ぬ。

 死ぬ? 死ぬのが怖いのか? 当然だ。だって、僕は――

 刹那、僕は流れ星を目の当たりにした。満天の星々の間を駆け抜けるように、一筋の流星が軌道を描き、僕のもとへと飛来している。

 あれは――僕だ。僕がそらから降り注いでいる。やがてそれは用水路へ落下するよりも早く、僕へと衝突した。

 一瞬の空白。そして、僕は背中から用水路に落ちた。


「うぐッ!」


 うめき声が漏れる。咄嗟とっさに後頭部を庇ったため、右手に強烈な痛みが走った。おまけに水飛沫みずしぶきが上がり、全身びしょ濡れだ。何事かと叱責しっせきされる未来が見える。

 けれど、僕は生きている。死を思い留まった。今はそれだけで十分だった。

 節々ふしぶしが痛む身体にむちを打ち、僕は立ち上がった。コオロギの奏でる旋律が、木々のざわめきが、遠く聞こえる自動車の駆動音が、今僕の立っているこの場所が現実であると教えてくれる。

 あれは夢だったのだろうか。僕は異物感を覚え、ポケットに手を入れた。中には何の変哲へんてつもない小石が入っていた。用水路に落ちた時に入ったのだろうか。僕はそれを放り投げようとして思い留まった。

 これも何かの縁だろう。ポケットに小石を戻し、僕は帰路にいた。


 3


 自宅に着くなり、僕は予想どおり兄から大目玉を食らった。


「びしょ濡れじゃねえか」


 兄はぎゃあぎゃあと騒ぎながら僕を洗面所へと放り込んだ。風呂から上がると、痛むところはないかとかれた。「ない」と答えても信用されず、結局翌日になってから整形外科へと向かうことになった。

 結果から言うと骨は折れていなかった。ただ、頭を庇った右手の甲にはヒビが入っており、僕はしばらくスプーン生活になった。夏休み中だったのが幸いだった。

 幸い。そうだ。僕は不幸にはならなかった。家族に心配され、勉学に支障をきたさず、今までどおりの生活を送ることができている。それが当然のことであり、けれど心のどこかで驚いている自分もいた。

 毎夜、床に就くと決まって同じ夢を見る。青々とした芝と透き通るような青にいろどられた水晶の世界。幻想的な風景の中、僕は誰かとお喋りをしている。それは快活な少女だったり、老齢ろうれいの紳士だったり、妙齢みょうれいの女性だったり、背の高い眼鏡姿の男性だったり、と様々だ。皆、見覚えがあるようで見覚えがない。曖昧模糊あいまいもことしている。

 けれど、それは確かに大切な思い出で、僕を突き動かす原動力にもなっている。それからというもの、僕は宇宙航空の研究に関わる機関への就職をこころざし、勉学に励んだ。結果、僕は就職に失敗し、紆余曲折うよきょくせつを経て、エネルギー分野の研究職にたずさわるようになった。因果は巡る、というものだろうか。自らの命を絶とうとした報いが就職の時期に訪れたのかもしれない。自業自得だけれど、神様もつくづく意地悪だと思った。

 けれど、怪我の功名こうみょうとも言うように、エネルギー研究は僕の天職だった。地球に眠る化石燃料だけでなく、地熱や太陽光といった天体によってもたらされる資源を有効活用する術を研究し、新たなエネルギー生成法を提案するまでになった。まだ、正式運用には至っていないけれど、この案が通れば僕たちはより豊かな暮らしを手にしつつも、地球に多大な害を及ぼすことなく生きてゆけるようになるだろう。周囲の星々から資源を略奪する必要性もないはずだ。

 僕の提案はまだ保留というか検証中だけれど、決して悪いしらせにはならないだろう。今、こうして科学館の隅でお喋りさせてもらえているのは、一部ながらも僕の研究を認めてもらえているからだと思っている。実際には、職場の所長がこの科学館の館長と知り合いだったため、エネルギー研究に関することなら何でも話して良いと言われた次第なのだけれど、それも縁であるということには違いない。内容はエネルギー研究と一切関係がないけれど、館長の審査が通ったということは僕の研究に関与することだと認められたということだろう。あるいは、テーマが館長の心に響いたのかもしれない。

 思考の旅路。それは可能性を開花させる手段だ。僕は自らの原点とも呼べる体験を通して、可能性そのものである子供たちにそれを伝えたい。皆の種子が芽吹き、輝ける星になるようにしるべを示したい。

 僕もまた一人の旅人に過ぎない。今日もまた無関心な聴講者の前で演説を続けている。内容が硬いのかもしれない。喋り方が硬いのかもしれない。まだまだ改善の余地はある。夏休み中、僕は同じことを訴え続ける。あの夏の日、僕が求めていたものを手渡すことができるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る