第3章

3-1 目も当てられない

 0


 星々の集いはそれだけでお祭りのようでした。きらびやかな衣装に身を包んだ彼ら彼女らと同じ空間にいますと、まるで舞踏会に迷い込んだかのような心地がしまして、僕の気分はより一層高揚しました。

 新たな恒星として誕生した彼女は誕生祭が終わってからも、他の星々に囲まれていました。人気者は辛いですね。僕には一生かかっても共感できないことでしょう。あるいは、引っ込み思案な僕にとっては手に取るようにわかる辛さなのかもしれません。見ず知らずの方々と常に関わるなど、想像するだけで心労が絶えません。

 とは言え、彼女は恒星。周囲の星々に光を与え、生命を誕生させる希望の星なのです。同じ銀河系の星々は皆、彼女のおかげで生き永らえていると言っても過言ではないでしょう。いえ、過言でした。星の上で生きる生命体にとっては過言ではないのでしょうけれど、星には関係のない話です。むしろ、星の資源即ち命を食い荒らす生物を誕生させるきっかけとなった彼女の存在は、星にとって忌むべきものなのかもしれません。

 いえ、それはないでしょう。その証拠に星々は彼女を称賛し、感謝さえしていました。顔色すら良くなっていたように憶えています。それは生物の誕生をたっとび、祝福の念を抱いていたからなのでしょう。彼ら彼女らにとって生物こそ希望の星。可能性をひろげる超新星なのです。それが原因となって星の寿命が尽きようとも、彼らにとっては本望なのかもしれません。超新星によって宇宙は更にひろがってゆくのですから。

 そういう意味では、彼女の存在意義は皆を輝かせることだと言えるでしょう。すると、一人間である僕の存在意義とは何なのでしょうか。星の一生を観測し続ける世界。そこに僕が迷い込んだ意味とは何なのでしょうか。僕は考えました。悠久の時間の中、友である星と共に過ごしているうちに、一つの答えに到達しました。

 意味なんてない、と。 


 1


「やあセレーネ! 元気にしてたかい?」


 今日も銀髪ショートカットの少女もとい星、アルテミスが快活な声を上げて見知らぬ星と挨拶あいさつを交わしていた。飛び跳ねるようにして眼前の女性へと歩み寄り、三日月型のピアスを揺らす。

 セレーネと呼ばれた女性は他の星々と同様にローブで身を包み、神秘的な空気をまとっていた。髪は黒く腰まで届いており、額の真ん中で分けた前髪の下では穏やかに細められた両眼が鎮座している。口許くちもとに微笑をたたえ、悠然とした声音でアルテミスに応じる。


「ええ、お昼寝し過ぎて少しだるいくらい」


 気怠そうに口許に手を当て、セレーネが欠伸あくびみ殺す。肯定しているけれど、元気そうには見えない。今も眠そうだ。


(……ん? セレーネ?)


 どこかで聞いたことのある名前だった。僕の頭上に疑問符が見えたのだろうか、アルテミスがしたり顔となって言う。


「彼女は月の精さ! 聞いたことがあるだろう?」


 思い出した。セレーネとは、ギリシア神話で登場する月の女神だ。アニメやゲームで見たことがある。


「……月?」


 僕はアルテミスを凝視する。正確には、彼女の耳飾りに注目していた。


「どうかしたのかい?」

「君が月の精じゃないの?」

「どうして? そんなこと言った記憶はないよ?」

「だって……」


 僕は言葉を探した。アルテミスもまたギリシア神話で登場する月の女神だ。だからこそ、僕は彼女が月の精であると考えていた。現に、彼女は地球や人間という種族についても把握している。


「まさか君、地球の精?」

「おいおい、サプライズプロポーズかい? やめてくれよ、準備ができていないんだ」

「何で?」


 彼女の返事が一ミリたりとも理解できない。


「だって地球はキミじゃないか」


 そうだった。今の僕はテラだ。ちらりとセレーネを見遣ると、不思議そうな面持ちで僕たちを眺めていた。眠たげに目をこすっているので、会話の内容まで理解している様子ではなかった。


「面白いことを言うね。口説き文句にしては及第点ってところかな」


 アルテミスがフォローを入れてくる。僕は曖昧あいまいうなずき、再び昼寝に向かうらしいセレーネと別れた。


(……甘い採点だな)


 及第点にも及ばない文句だったけれど、そこはナイスフォローの意味も込めてアルテミスへと感謝を捧げた。どこかはぐらかされたような心地にもなったけれど、また別の機会にけばいいと自らに言い聞かせた。

 真実なんて生きる上であまり意味がないのだから。


 2


 星々が集う水晶地帯の奥へ進むと、水晶製の建物が目に入った。美術館ほどの大きさだろうか。見る角度によって様々ないろどりを放っており、入り口の前をうろうろして眺めているだけでも気分が満たされた。建物自体が一種の美術品のようだった。その点で言えば、この水晶地帯全体が一つのオブジェであるとも言える。


「ここは寺子屋てらこや

「テラコヤ?」


 聞きなれない単語が登場し、僕の声音は途端にアホ味を帯びた。アルテミスが隣でニヤニヤしている。


「パンナコッタみたいなものさ」


 絶対嘘だ。どれだけ無知でもそれはわかった。彼女が僕を馬鹿にしていることも明白だった。


「君の星で言うところの学校だね。小惑星や生まれたばかりの星が宇宙の歴史を学んだりする場所さ」


 歴史には興味がない。未来さえ見えないのだから、過去なんて尚のこと考えても意味がない。


「入ってみようぜ!」


 親指を立てて眼前の建物を指し示すアルテミスに嘆息たんそくしつつも、純粋な興味を抱いた僕は入り口の扉を押した。


 3


「役立たずのヴェルリアッテッ!」

星屑ほしくずにも満たない宇宙ゴミッ!」

「さっさと宇宙のちりになれッ!」


 人間で言う小学生ほどの背丈の少年少女数名に、一人の少女が取り囲まれていた。背丈は周りの子らと比べて頭一つ分小さく、僕の腰丈として変わらない。ブロンドの髪をうなじ付近で二つに結び、ローブの下は白いワンピースに包まれている。目尻が下がり、ほおは赤い。顔は涙で濡れている。

 一目でわかる。これは良くないことだ。寄ってたかって少女を侮辱し、尊厳を殺そうとしている。

 僕には彼女の気持ちがわからない。他人と関わらないように生きてきたからだ。殺された経験がない。他人からうとまれることはあれど、ストレス発散という利点があったとしても近付きたくない存在だったということだろう。今にして思えば幸運だったように思う。

 それでも、同じクラスの中で集団に虐殺されている同級生を見ると、次は自分が狙われるのではないかと気が気でなかった。被害者の心配などしている余裕もなかった。僕はつまらない人間だ。真っ先に殺されてもおかしくない。

 背中に嫌な汗が噴出するのを感じた。自然と拳に力が入り、唾液だえきが過剰に分泌ぶんぴつされる。

 やめろ――そう口にすればこの場は収まる。けれど、結局のところ僕は部外者で、彼女とは他人だ。今後ずっと彼女を守ることはできない。彼女を助けたいという正義感と、一時の満足感のためにかえって彼女を窮地きゅうちに追い込むのではないかという危惧きぐが胸に去来する。


「こらー! ゴミムシ共ー! 死ねー!」


 小学生以下の文句が隣人から飛び出した。右手を高く掲げ、不機嫌そうにほおふくらませている。頭上に『ぷんすか』という効果音が見えるようだ。

 眼前の星々は唖然とし、すぐに『こいつヤバい』という表情を浮かべた。瞬時にアルテミスの正体を見抜くあたり、彼らの防衛本能は正常に機能しているように見受けられる。


「死ね! 死ね! 死ねー!」


 隣に立っているだけで恥ずかしくなってきた。眼前の星々は蜘蛛くもの子を散らすように逃げて行ったけれど、僕も一緒に逃げ出したい衝動に駆られた。実際きびすを返して逃げ出そうとしたけれど、アルテミスに手首を掴まれた。


「追いかけなくていいよ」


 そうじゃない。僕は苦悶くもんの表情を浮かべ、渋々引き下がった。


「マイリトルハニー、もう怖くないよ」


 アルテミスは腰をかがめ、ブロンド髪の少女を抱き締めた。少女があかい瞳を大きく見開く。驚いているのだろうか。それとも防衛本能が働いているのだろうか。やがて少女は落ち着いた様子で一歩後退し、アルテミスから距離をとった。危険を察知したようだ。


「……ありがとう、ございます」


 それだけ言って少女は僕の横を通過して建物から出て行った。


「追うよ」


 今だけはアルテミスに賛成だ。僕は首肯して扉へ向かう。


「消し炭にしてやるッ……!」


(そっちかぁ……!)


 追いかけなくていいよ、と言ったのは建前だったようだ。先に少女を保護したほうが良さそうだったけれど、物騒な笑みを浮かべたアルテミスを放っておくわけにもいかず、僕は彼女についていった。


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