レシピ48 ネガティブ錬金術師と夢想の騎士

 オレはありったけの思いを込めて、勝手に涙の滲んだ目をきつく閉じて心の中で叫んだ。

 大丈夫だ、クレーヴェルは転移魔法も使えるんだ、すぐ助けてくれる!

 



 訪れたのは、クレーヴェルの包み込む様な声ではなく、鈍い物が壊れる音と衝撃。

 目を開けると、そこには石壁からずるりと崩れ落ちるザンバラ頭の男。その顔はひどく歪んで、歯が抜けていて白目を剥いている。

「な……に……がっ!?」

 何が、と言おうとしたであろうオレの尻を撫でまわしていた男は最後まで言葉を発する事は出来ず、顔面を凹ませ壁とサンドイッチにされた。

何に?と言うと、足……?

女性のほっそりとした、足だ。


『マスター! 無事ですか!?』


 一足遅く駆け付けたクレーヴェルに目を向けるよりも、ゴツい男2人を蹴り飛ばした女性の姿を目で追うのでいっぱいのオレの前で、その女性から低くドスの効いた声が漏れた。

「下種共が……」

 そうして意識の失った男を軽い物の様に引きずり、腰のバッグから出した光る紐を何か呟いて一振りすると、2人のゴロツキは光る紐に縛られ、紐は光を失い太い縄になった。

そして足元に転がるオレのゴーグルを拾って、こちらを振り向いた顔には見覚えがあった。


(この人……貴族騎士様だ!)

 

 それは、あの森で会った4人の貴族騎士の内、唯一の女性だったあの人だった。


 赤茶色の少しウェーブ掛かった髪を、あの日みたいにポニーテールにはしておらず、今日は緩やかに下の方でまとめている。格好も鎧姿ではなく、パンツスタイルだが私服であろう、その辺で見そうなラフな格好をしていた。布は恐らく平民服とは段違いの良い布なのだろうけど。


「大丈夫か?」

『マスター、麻痺を解除しますね』


 待って、同時に喋られると聞き取れない、と思ったけどクレーヴェルが掛けてくれた回復魔法で頭の霞も手足の痺れも取れ、この場面で言われるだろう言葉は予想する事が出来た。


「はい……ありがとうございます」


 そう言って上体を起こす。

男に襲われたというのはショックだし、触られたり舐められた場所が気持ち悪くて袖で拭いながらではあるが、オレは男としての最後の矜持を振り絞った。大丈夫、オレは男だ。

薬と妖精の呪いでこんな事になっただけで、あの『欲情』はオレに向けられたものじゃない。

 そう自分に言い聞かせて身なりを整え立ち上がろうとするも、足が震えていう事を聞かない。見かねた女騎士さんが手を貸してくれ立ち上がらせてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いや……最悪な事にならなくて良かった……。あいつらは知っている顔か?」

 視線をチラリと縛られたゴロツキに向けて問う女騎士さんに、首を振って答える。

あ、でも

「『仕事だ』って言ってました」

 誰かに雇われて、オレの装飾品を奪って、オレ自身も連れてくる様に言われているみたいな事を言っていた。

「仕事……でも先に手を付けようとしたという事は、そっち・・・の筋の誘拐ではないか……。あぁ、申し遅れた。私は王宮騎士団に所属している、リズボン=カサドランカという。怪しい者では無いので、警戒しないでください」

 思い出し様に自己紹介をしてくれた女騎士さんに、まぁ知ってはいたけど、そうなんですねと言っておく。名前はリズボンさんね。

「これは、君の物ですか?」

 差し出されたゴーグルに頷いて受け取る。

リズボンさんに蹴っ飛ばされた衝撃で一緒に吹っ飛んだみたいだが、ヒビは入ってないみたいだ、良かった。

「それで君は……」


「アイハ!!」


 突然降ってわいた鈴の音色の様な声は、忘れる訳もないマリエルのものだった。

 焦った顔でこちらに駆け寄るマリエルに、目を瞬く。

 何でこんな所に?

「ああ、良かった! 図書館にいたら、何だかすごく嫌な予感がして、頭の中にアイハが男に襲われる絵と、その場所の地図が浮かんだの! すごく不思議だけど、もしかしてと思って来てみたら……っ!」

「わっ!」

 感極まった様にオレに抱き付いたマリエルに、どうしたら良いか分からずあわわと手をウロウロさせるオレ。いややっぱり固くてむさい男より、女の子の感触の方が良いわと見当違いの感想を思いながら、マリエルの言った言葉に首を傾げる。


 オレの情景と場所の地図が頭に……?いた場所は図書館……となると、芙蓉の仕業か?


現にオレに情報を同期してくれた芙蓉だ。

木の精霊だから自分で動けないのかな?

それでオレと顔見知りのマリエルに情報を送ったのかもしれない。


「失礼、ガルシン家のマリエル嬢でいらっしゃいますか?」

 オレがマリエルの感触と情報を堪能してる間を割って、女騎士様が確認を取った。

その声にマリエルがハッとした様に、オレから離れ居住まいを正す。さすが貴族のお嬢様だ。

もったいないが、あれ以上抱きしめられてたら心臓が爆発しそうだったので、助かったとも言える。


「ええ、貴方は……?」

「カサンドラ伯爵家息女、リズボンと申します。マリエル様のお兄様であられる、ジェレミ様の同僚にあたります」

 マリエルに対し、礼を持った挨拶をするリズボンさん。同じ貴族でも、位があるのか。そしてマリエルが上の方なんだな、やっぱり。

「まぁ、ジェレミお兄様の!? という事は、貴方も騎士なのですね! 私の友人を助けてくださってありがとうございます!」

 騎士様の名前に、マリエルの顔はパァっと華やいだ。

やっぱり王国騎士の肩書が強い様で、おまけに今拘束されている男達がいたとしても確証が無かったオレが助けられたという事実が確認出来て安心したみたいだ。

「いえ、偶然ですが、間に合って良かったです。彼女はその……マリエル様のご学友で?」

「いいえ、でも友達ですわ! アイハは商人として活動していて、よく図書館なんかでお会いするんです」

「へぇ……」

 そう言えば自分で自己紹介してなかったな。でもマリエルがもう言ってくれたからいいか。

「この下種共はこのまま衛兵に突き出します。詳しいお話も聞きたいのですが……」

「そんな! 襲われたショックでこんなに震えているのに……!」

「ええ、ですので後日改めてと思いまして。彼女へのご連絡は、マリエル様を通じても?」

「もちろん、良いですわ!」

 オレの意見を挟む事はなく、話がトントン拍子に決まっていく。

今日はもう帰っていいみたいだ。精神疲労がひどいので、そうしてもらえるなら助かる。

 そう思って一息吐いてクレーヴェルと目を合わせて少し笑えた時、


「ところで、トモヤという名の錬金術師をご存知ですか?」


 リズボンさんの突然の問いかけに固まった。

「ええ、もちろんですわ。アイハの双子のお兄様よ」

「なるほど……」

 またしてもオレではなくマリエルが答え、それにリズボンさんが頷く。


 何で……あっ!そうか、ゴーグル!

あの時このゴーグル着けてたオレ!!


「どうしてカサンドラ様が、トモヤをご存じですの?」

「以前偶然会った事がありまして……とてもよく似ていた・・・・・・ので」

 うん?

「まぁ、それは偶然でしたね。そう、トモヤは眼鏡を外すとアイハにそっくりなんですのよ。さすが双子ですわよね」

 ニコニコと話すマリエルは超絶カワイイが、ちょっと引っかかる物がある。

 

 オレあの時、ゴーグル外したっけ……?



「それでは、私はここで失礼します。アイハ嬢の事は、マリエル様よろしくお願いします」

 いつの間にか路地を抜け明るい大通りに出た所で、リズボンさんが再び敬礼をしてゴロツキどもを引きずって行った。

「もちろんですわ! 友達の! お世話をするのは、淑女として当然ですわ!!」

 なぜか爛々と輝く顔で張り切るマリエルの宣言に、オレはその事を忘れた。





◇◇◇◇◇


 

 とある貴族の夜会。

 豪華絢爛の装飾を施された会場で、騎士という肩書を持ちつつも「そろそろ結婚を……」などとうるさい親をごまかす為に参加したリズボンは、ガーデンで夜空を見上げていた。


(あの精霊の気配は……間違いなかった)


 思うのは昼間会った少女の事。

 裏路地で起こった婦女暴行事件だったが、事はそう単純ではないらしい。捕まえたゴロツキは叩けば叩くほどホコリが出てくる輩で、最近は大商会メルリエルの店を出入りしているという情報も得た。

しかし国一番の魔導具屋を摘発するとなると、上から待ったが掛かった。何だったらそんな面倒な相手を捕まえてきたリズボンに顔を顰めたが、現在王令を承っているリズボンに直接文句を言う事は出来なかった様だ。近衛隊長の禿げ頭の皺がそれを物語っていた。

本当に、政治の世界はややこしい。


 しかしリズボンが憂いているのは、その事では無かった。

 アイハと呼ばれていた少女は、偶然にもリズボンの同僚である公爵家ジェレミの妹と友達だった。……いや、果たして偶然なのか?


 あの錬金術師の少年にひどく執着しているジェレミと、アイハという少女の友達が妹のマリエル。そこに繋がりは無いのか?

 本当だったら偶然とある兄妹が、他の兄妹と知り合ったで済む話だが、リズボンには違って見えた。

 そう、見えたのだ。

 あの少女にも。


 あの時会った少年の、あの特殊な、強い精霊の気配を。


 それがただの精霊の気配であったなら、同種の精霊の加護を受けていると思ったであろう。

だがあの精霊は、今までリズボンが見た事の無い特殊な色をしていた。兄妹だから同じ精霊が憑いている?……そんな都合の良い事があるのか?

 おまけに、2人はそっくりの顔をした双子だという。



「リズボン、ここにいたのね」

 振り返ると、淡いブルーのドレスを身に纏ったササール子爵家のパルフェが立っていた。

パルフェとは年が同じで、家柄も同等位で何より気が合う幼馴染みだ。

「どうしたの? いつもより更に難しい顔をして」

 リズボンは任務中の様に真剣な顔で俯き、覚悟を決めた様に顔を上げて口を開いた。


「ねぇパルフェ、全く同じ顔の……男女の双子が実は同一人物とか、どう思う?」


 リズボンの言葉を理解するためか、パルフェはドレスと同じ青い瞳をゆっくりと瞬いた。

 しばしの逡巡の後、夜会用に彩られた濃いピンクの唇を開いた。


「それは…………めちゃくちゃたぎるわね」





「でしょ――――――!? しかもその子が、男モテすごいの!!」

「え? え? もちろん本当は男の子なのよね!? 男装じゃなくて女装よね!? それで男に襲われたりするんでしょ!?『オレ本当は男なのに……!』的な展開でしょ!?」

「そう! 正に! それ!!!」

「ひええええ萌える!! 更に女の子の姿より男の子の姿の方に寄ってくるキャラとかいたら最高!」

 

パルフェの言葉に脳裏に走る同僚の姿(複数)。

 リズボンは散々塗りたくった睫毛液が付く事も厭わず、ぐっと目を瞑り、握りこぶしを作る。

「パルフェやっぱりあなた素晴らしいわ!!」


「え、何? あるの? て言うかこれ何の話? 本なら貸してよ、リズボン! 今日持って来てないの!?」



 リズボン=カサドランカの婚活パーティは、今日も親友と楽しく騒いで幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る