レシピ7 ネガティブ錬金術師と二人のギルドマスター2
白スーツのギルドマスターに連行されたのは多分商人ギルドマスターの執務室だろう。
大きな窓を背にした質の良い机と椅子との更に手前に、ソファと低いテーブルが置いてあって、そこに座る様に言われた。恐らく応接間も兼ねているのだろう。
シンプルだが高そうなフカフカソファに座る。隣に髭のオッサンが座って体が沈んだ。
「オイ……貴様はあっちだ」
それに白スーツが異議を唱え移動させてくれた。
位置は窓側が白スーツ、正面にオレ、そして横に髭のオッサンだ。
秘書らしきキツそうだけど金髪の美人のお姉さんが、全員の前にお茶を置いてくれた。ふわりと良い匂いがして、思わずそれを許しも無く口に含むと、紅茶っぽい味がした。
「私はこの商人ギルドの長をしている、イーサン=バルタザードだ」
久しぶりのまともな味に感動していると、スッと通る声で白スーツが言った。あ、はい。
「…………?」
「…………」
「…………」
「……自分の名前を名乗る礼儀も無いのか」
「!(ビクッ)」
白スーツ……イーサンさん(響きが面白い事になっている)の声の温度が2℃は下がった。
「イーサン! 脅すなよ~、緊張してんだろ」
髭のオッサンが笑って間に入ってくれた。
「俺はアガト。アガト=レイヴァース。隣の冒険者ギルドでギルドマスターなんてのをやってる。
はい、次は君の番だ」
「え……あ、アイハ……です」
そのあと少し沈黙があったが、これ以上オレに語るべき事など無かった。
アガトさんは苦笑して、イーサンさんは溜息を一つ吐いた。
「……ひとまず、これを渡しておこう」
そう言ってイーサンさんが机の上に置いたのは、金貨?
「?」
「君の持ってきた回復薬の代価だ。受け取りたまえ」
「……えっ!?」
ちょっと待て、回復薬って練習用に作ったあのちっさい瓶5本だけだったよな⁉
それが金貨1枚!?
え、確か金貨1枚って10万円位の価値だったよ!?
物価的に今の日本円に換算したらもっと上だ。何せこれで家族4人が1月暮らしていけるらしいから。
対してクレーヴェルに聞いていた回復薬は1本せいぜい銀貨1枚だ。元手的には銅貨2枚も有れば1本出来る。ど、どういう事だ!?
「な……何で?」
オレの質問に、イーサンさんは眉を顰め、アガトさんは大げさに驚いて見せた。
「何でって、君これの価値が分かってなかったのか!これはそこいらの回復薬なんて目じゃない。なかなか出回らない上級回復薬だ。それもとびきり上質な!」
え、普通に家にあった『はじめての錬金術』って本に書いてあった通りに作ったけど???
「この回復薬を作った者に頼まれて売りに来たと言っていたな?詳しく説明されてなかったのか?」
詳しくも何も、作ったのオレだし……。
「その錬金術師の事を詳しく教えてはもらえないか?もちろん、タダでとは言わない」
うえ!?
「い、いや、む、無理……。オ……あの人は、人と関わりたくない……って言ってたから……」
その為に”アイハ”になってここにいるんだ。
しどろもどろになりながらも、何とかそれだけは阻止しようと頭を回転させた。
この人たちの目的が何なのかは分からない。でも絶対に、絶対にオレの望んでいるものとは違う事は分かる。
「…………それは本当みたいだな」
ポツリとイーサンさんが何か呟いたが、小さすぎてよく聞こえなかった。
隣のアガトさんもチラリとイーサンさんと目を合わせて頷いた。
これ2対1になってない?オレ詰んでない?
「じゃあ質問を変えよう。
その人物は、今後も作品を君経由で町に売りに来るつもりはあるか?」
それはもちろんあるので頷いた。そうしないと食べていけないからな。
「そうか……その際にはこの商人ギルドに来てくれると約束出来るか?」
約束はどうだろう?
オレは首を傾げた。
「正式に契約を結んでもらえるならば、それ相応の対価は用意する。
君は商人ギルドに登録したそうだな。ランクも上げるし、年会費も免除で良い。何なら入会費も返そう」
「え、イヤ」
「なんだと?」
思わず反射的に拒否したら、爬虫類みたいな金色っぽい目がまたキロッとオレを睨んだ。
そう言われても、オレがこの町に来て見たのは、まだあの横暴な店主の魔導具屋と、赤毛のツンデレ幼なじみのいる武器屋、あと服屋1軒とこのギルドだけだ。
他にどんな店があるか分からない上に、この商人ギルドのルールや状態もまだ理解出来ていない。下手に契約なんかして、今後支障が出ないとは言い切れない。
しかしココはその商人ギルドのボスの部屋。断るとえらい事になるかも……。それこそ町中の店出入り禁止とか。
「だって……あの……」
どう答えたら穏便に済むか考えあぐねいていると、いつの間にか横に来たアガトさんがオレの頭をそのでっかい手で撫でてきた。
な、何!?
「イーサン苛めんなよ、アイハちゃんめちゃくちゃ困ってんだろう」
「人聞きの悪い言い方をするな、交渉だ。商人たるもの、その場に応じた即座な対応が要求される。
あとその行為はセクシャルハラスメントだ。ギルドマスターとして見過ごせないな、退室を命じる」
そう冷たい声で言った後、爬虫類の目が更に細まった。
「……だが、その用心深さは気に入った。商人としては美徳だ」
どうやら笑顔らしい。
この人笑顔こわっ。
「まぁその話はおいおい口説くとして、他に何かその錬金術師が作った物を持っていないか?言い値で買おう」
アガトさんの首根っこを掴んで横のソファにぶん投げてから、イーサンさんがこちらに向き直った。
元の無表情に戻っているが、無表情であのでかいアガトさんを片手で投げるって、この人もしかして強いのか?物理的な意味で。
二重三重に怖いイーサンさんに促され、オレは慌ててカバンを探る。えっと、たしか……前回の散策の時に入れてたやつが、そのままあったはず。
「……こんなのしか無い……ですけど」
机の上にコロンと置いたそれは、一見すると木の実。
「これは……?」
アガトさんもイーサンさんも興味深そうにそれを指でつまんでマジマジと見る。
「爆弾です」
「爆弾んんんんっっっ!!!???」
おおげさに驚いて放り投げた後に慌ててキャッチするアガトさんに、イーサンさんも目を見開いた。開くのか、その目。
「あ、爆弾って言ってもそんなに大げさな物じゃなくて、衝撃だけじゃ爆発もしないし、爆発しても怪我もしません」
あくまで護身用の物だ。
そんなすごい爆発する物なんてオレも怖くて鞄に無造作に入れるなんて出来ない。暴発したらまずオレが怪我するじゃないか。
「そこの横にあるボタンを押したら、5秒後に爆発するんです。
爆発と言っても、光だけで、相手の目を眩ましてる隙に逃げるってだけの物で……」
ただの時限式の閃光弾だ。ボタンがバネに繋がっていて、それによって中で固定している刺激を与えると光を放つ鉱石へと力が加わる。
「この小ささでそんな詳細な事が出来るのか!?」
アガトさんが声を上げた。小さくないと持ち運びに不便じゃないか。護身用なんて目立たず密かに持っておくべきだろう?
「……よし、君さえ良ければその3つをまとめて銀貨15枚でどうだ?」
銀貨15ぉ!?
銀貨15枚って言うと、えっと、約1万5000円だけど、さっき銀貨2枚で服と靴を揃えれた事を考えると、倍くらいの感覚か。
これが!?これが1個1万円!?
え、おかしくないかこの人!?
アガトさんを見ると、真面目な顔で頷いている。
「これはウチでも扱いたいな。譲ってくれないか?」
「は?何横からしゃしゃり出て来てるんですか?と言うか退室しろと言ったはずですが。この部屋の主である私が」
「いやいやいや、マジな話。これは初心者の冒険者達に持たせてやりたい。譲れイーサン」
「バカですか?よく聞きないさい脳みそ筋肉。
これは力を持たない一般人こそが必要とする者です。我がギルドで扱います」
何か目の前で不穏な空気が漂ってきた。
割って入る訳にもいかないので、なるべく離れて紅茶の続きを飲んだ。あー味のある飲み物最高。
その後も舌戦を繰り広げた結果、アガトさん1、イーサンさん2の取り分となり、尚且つ価格も銀貨20枚と値上がりしていた。
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