幕間4 王国騎士ジェレミとガルシン家の人々

 ガルシン家は由緒正しき四大公爵家のひとつであり、遡れば王族の血も入っている。かと言って血だけの無能な貴族とも違い、代々優秀な人材をもって、国の政治を支えてきた。

 そのガルシン家の現在の家系はというと、当主であるオルマと夫人シュティール、そして三男二女の5人の子供たちで形成されていた。


 王都にある立派な門構えの屋敷。そこがガルシン家の主宅であった。

高価でありながら派手派手しくない、センスのある調度品が配置された広い廊下をジェレミが歩いていると、すれ違う使用人たちは壁際により一礼をした。その後ろから、閑麗な雰囲気に似つかわしくない男の声が掛けられた。


「ジェレミ! これからまた仕事か?」

 現れたのは2番目の兄であるハリスであった。

 赤みががかった金髪に、緑の眼。スラリとした体躯で高級な服を着こなしているが、いかんせん表情にその軽さが出ていた。


「いえ、今日は公暇なので町に出ようかと」

「おー、遊べ遊べ! 良い女と知り合ったら俺にも紹介してくれ!」

「ハリス兄さん、私はそういう目的で町に出るのはありません。兄さんも女性関係もほどほどにしませんと……」

 ハリスは自他ともに認める遊び人の女好きだ。

長兄は既に結婚しており、ゆくゆくはこのガルシン公爵家を継ぐ事は決まっているためか、次男であるハリスはやりたい放題だ。

と言ってもスキャンダルになる様な事はせず、遺恨を残さないライトな付き合いがほとんどだ。しかし24にもなって婚約者もおらず、家の手伝いをたまにする程度でフラフラしているという絵に描いた様な道楽息子であった。


「お前ら皆マジメすぎるんだよ。せっかく見目良く金持ちに生まれてきてんだ、遊ばないでどうするんだ。

 姉さんもお前も社交界にも関係ない所であくせく働いて、何が楽しいんだ?」

 ジェレミは公爵家でありながら王国騎士団に属しており、長女も今の時代女も手に職を持つべきだと、社交界を離れ町で働いている。

当然長男は次期公爵として、既に王城に出入りして政治の中枢にも入っている。1人年の離れた次女は、まだ学生だ。

少々変わり者ではあるが真面目で平民たちからの人気が高いガルシン家の中、ハリスだけが浮いていた。

しかし人は人、自分は自分というスタンスを全員が持っている為、兄弟仲は比較的良かった。



 不真面目な方の兄の色への誘いを断り、ジェレミは町へ出た。

 道中女性陣から掛けられる声をスルーし、たどり着いたのは教会であった。


「まぁジェレミ様! ようこそおいでくださいました!」

 教会の前で掃除をしていたシスタークリスが喜色を浮かべてジェレミを出迎えた。

「こんにちは、シスタークリス。お邪魔でしたでしょうか?」

「いいえ! どうぞどうぞ! 子供たちも喜びます! あっ、院長を呼んできますねっ」

 そう言ってシスタークリスは箒を立て掛け、駆け足で中に入っていった。勝手知ったる何とかで、ジェレミは教会の裏庭へ向かう。そこから孤児院へと繋がっているのだ。

 裏庭には3~7歳くらいの少年少女が15人程遊んでいた。もう少し大きな子もいるが、彼彼女たちは孤児院の手伝いをしている。


「あっジェレミさまだ!」

「ほんとだ、ジェレミさま~」

 ジェレミの姿を見つけるや否や、子供たちが駆け寄ってくる。それに子供の相手をしていた2人の年若いシスターも負けじと掛けてくる。

清廉たる神に仕えるシスターと言えど、年頃で家柄容姿性格収入申し分のない男性が現われると、冷静ではいられないのだ。

「ジェレミさま、こんにちは!」

「今日はあそべるの?」

「まぁあなた達、ジェレミ様はこの孤児院のお世話をしてくださってる貴族様なのよ? 一緒に遊んだりなんかは出来ないの」

 シスターメイネルの言葉に、子供たちは抗議の声を上げるが、当のジェレミが「今日は時間があるから少しなら大丈夫だ」と答えた途端、パッと花咲く様に顔を輝かせた。


ジェレミはこの孤児院に個人的に出資をしている。家の者も知っているが、ジェレミ個人の資産からであるし、家の評判も上がるので自由にされていた。

そうして月に何度か、こうして孤児院に足を運んではシスター達から何か困った事は無いか聞き、子供たちの相手までしている。

人はジェレミを、高貴な家柄でいながら、弱者に救済の手を差し伸べる聖人君子の様な男だと。

 別に間違ってはいない。

 だがジェレミは、ただ自分の心の赴くままに行動してるに過ぎない。


「ジェレミ様。いつもありがとうございます」

 子供たちとの追いかけっこを終えたジェレミに、院長であるシスターローベルが声を掛けた。齢60は越えているだろう、落ち着いた中にも聖職者たる凛とした雰囲気を持つ女史であった。

「いえ、好きでやっている事ですから」

 出されたお茶に手を伸ばしながら、ジェレミは微笑んだ。普段の公務や家での生活でもなかなか見せない微笑みであった。

ここに来ると本当に満たされる想いがする、とジェレミは飲み込んだお茶だけのせいでなく暖かくなる胸中を感じた。

視線は裏庭で飽きず駆けまわる子供たちに向けられていた。

 子供はやはり楽しげに走り回るのが一番だ。

そう思った時、先日会った少年の事を思い出した。


 初めて会った時は、その頼りない体躯で道の隅で更に縮こまらせていて、一層哀れさを誘った。ボロボロのローブに身を包み、この辺りでは見ない真っ黒な髪に黒水晶の様な瞳を不安気に揺らして自分を見上げてきた少年。

どう見ても10歳そこそこだと思ったが、本人は14歳だと言い張り、おまけに錬金術師をやっていると言っていた。

しかし聞く話すべてが曖昧で、何か深い事情でもあるのかと勘ぐってしまう。

 とりあえず町に慣れていない様子だったので、鉱石を売れる馴染みの魔道具屋に連れて行ったのだが、現れた冒険者と態度の悪い店主に怯えて消えてしまった。

聞くところによると、やはり移民の様で言葉が不自由で、それをマジックアイテムでカバーしていたらしい。それを店主に無理に外されてパニックに陥った様だ。何とかわいそうな。


 あの可哀想な移民の小さな少年の事はあれ以来ずっと気に掛かっていたのだが、先日の郊外視察の際に運良く再会出来た。

 初対面の時よりも幾分マシになったローブで髪を隠し、不思議なゴーグルを着けていたが、見た瞬間分かった。あの時の少年、トモヤだと。

 同隊のノーブルなどは疑っていたが、トモヤが悪さなどする訳が無い。グラースの鑑定でも錬金術師という事が証明されたのだ。森で素材を探すのは当然だ。

だが森には獣や魔物がいる。か弱いトモヤでは危ないと家まで護衛して、今後の散策にも注意しようとしたが目を離した隙にいなくなっていた。恐らく前回と同じく転移魔法を使ったのだろう。

 鑑定持ちのグラースに聞くと、トモヤに魔法スキルは無かったそうだ。だが装備アイテムにグラースの鑑定では見抜けない物がいくつかあったので、翻訳と同じく転移魔法を使えるアイテムがあるのだろう。錬金術師なのだから持っていてもおかしくない。

そう言うとリズボンとノーブルがそんなレアアイテムは、国のお抱え錬金術師でもないと無理だと騒いでいたが。


「……ジェレミ様? どうかなさいましたか?」

 掛けられた声に思想の中に沈みかけていた意識を浮上させると、シスターローベルが不安げにこちらを見ていた。いけない、トモヤの事を思い出す度、胸が締め付けられる。

あんなに小さな体で言葉も分からぬ恐らく文化も違うであろう見知らぬ土地を生きるのは、さぞやつらいだろう。彼の助けになりたい。ジェレミは心の底からそう思った。

 そう言えば町はずれの廃屋に住んでいるとか言っていた。

町はずれと言ってもこの町は広いので探すのも大変だ。しかしそうだ、あの魔導具屋、アーノンイットマンは知っている風だったな。

今度機会があれば聞いてみよう。そう結論を出し、ジェレミは再び視線を子供たちに向けた。



 国の宝、小さく愛しい、守るべき存在に。




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