レシピ17 ネガティブ錬金術師と商業副ギルドマスター
先日の【貴族騎士取り囲まれ事件】から学んだ「逃げ足の速い靴」か「見つからない服」は残念ながら実装には情報が少なく、オレは悩みつつも食料の為に町に出ていた。
まずは資金作りで、約束通り商業ギルドに来たのだが……相変わらずの盛況ぶりに及び腰になっていた。
ちなみに今日のオレの装備は、ピッタリとした黒のノースリーブで丈の長めのシャツにショートパンツ、ニーソックスに短めのブーツで、上からポンチョ風のローブを羽織っている。それに詐称のネックレス、翻訳のブレスレット、鑑定ゴーグルは町の中で着けているのは変かなと頭に装備している。
動きやすさを重視しているので、商人と言うより冒険者風の格好であるが、さほど浮いてはいないようだ。
それはともかく、今日は先日と同じく回復薬を10瓶・閃光弾10個と散策して見つけた素材を使いたくて作った解毒剤3瓶・麻痺消し薬3瓶だ。この間の値段設定でいくと金貨2枚と銀貨65枚にはなるはずだから……日本円にして40万円以上にはなるはずだ。
ほぼ1日で作れた物だし、材料もタダみたいなものだから、とんでもないなとは思うが、錬金術のお店に行った時見た道具や材料を見たら、これまたとんでもない金額だったので、そういう意味ではバランスが取れてるのだと思う。
それにまだ先の話だが、素材を手に入れるために冒険者ギルドに依頼を出すにはもちろんまとまったお金が必要となる。あまり無駄遣いせずに貯めておかないとなー。
で、さっさと売り払って散策に出れば良いものを何を二の足を踏んでるのかと言うと、買い取りを出したらまたギルドマスター呼ばれんじゃないのかという危機感にだ。
先日来た時よりも人目は気にならないのは幸いなのだが、またあの爬虫類系の眼に始終監視されるのは勘弁願いたい。自由に買い物も出来ないし。
どうしようかと受付から離れた所でコソコソ様子を伺って幾分かの時間が過ぎた。ギルド受付は天井の高いエントランス風で、依頼人と商人、冒険者が集う場所なので広々していて、オレ1人が柱の影でコソコソしていても目立たない。と思っていたら突然背後から声を掛けられた。
「あなた、先日商人登録された子でしょう? 何をしているんですか?」
涼やかな女性の声に恐る恐る振り返ると、スーツ風の服を着た金髪美人が立っていた。だ、誰だっけ……?
スラリと背が高く、光が当たると白くも見える金髪……白金てやつか?を後ろでまとめて、白いシャツに黒のスカート。キリッとした青い目も相まって、いかにもデキる女!という雰囲気を醸し出す20代中盤くらいのキレイなお姉さん。こんな美人の知り合いいたっけ?いやでも向こうも親しげではないから、見た事ある程度の感じ……商人ギルドに登録したの知ってるって事はココの職員さんなのだろう。そんな感じだ。
「あぁ……自己紹介がまだでしたね。わたくしの名前はアシェラといいます。ここの商業ギルドで副ギルドマスターを務めさせていただいています」
あ!あの時の秘書のお姉さん!!
オレの脳裏に、イーサンさんの執務室でお茶を出してくれたお姉さんが蘇る。そうか、お姉さんは秘書ではなく副ギルドマスターだったのか。
「あ、アイハです!」
この間イーサンさんに怒られたので、オレも慌てて名前を言って頭を下げた。それにお姉さん……アシェラさんが頷いたので、正解だったのだろう。
「それで、こんな所で何をして……あぁ、ギルドマスターを呼んできましょうか?」
「いいえ呼ばないでください!!」
アシェラさんはオレがギルドマスターを呼ぶのに尻込みしていたと勘違いした様で、提案してくれたのを被せる様に否定した。呼ばれたくないから尻込みしてたんです!
アシェラさんは少しだけ目を見開いて、ちょっと幼げでカワイイ顔をした後、なるほどと呟いた。
「私でよろしければ、お伺いしましょうか?」
「お願いします!」
そう言って連れてこられたのは、2階の執務室ではなく1階の奥にあった個室だ。
商人らしく、秘密や重要な商談をする為にある個室らしい。中は本当に簡素な4畳半ほどの部屋に机と椅子があるだけだった。
アシェラさんに促されて椅子に掛ける。向かいに座るアシェラさん。椅子に座る際の前のめりの体勢に胸元がチラリと見えてドキッとした。金髪美人で巨乳のお姉さんと密室に2人きりと言う状況に今更緊張してきた。
いやまぁ何も無いんだけどね。あるはずがないんだけどね。第一にオレ今女だし。
それでなくてもミトコンドリア以下の乞食風の子供だもの。こんな金髪美人(巨乳)に相手にされる訳がないんですがね。分かってます。
「それで……今日は買取りですか?」
オレが心の中で血の涙を流している内にアシェラさんは商談に入っていた。
「は、はい。前回の回復薬と閃光弾と、あと解毒剤とかも少し持ってきました」
慌てて品物を机の上に並べる。
あ、そう言えば鑑定はどうするんだろう?と思ったけど、心の声が聞こえたのかアシェラさんはアイテムの鑑定は商業ギルド職員の嗜みだと答えた。鑑定スキルとはまた違うらしい。美術品や骨董品の鑑定師の様なものか。
デキる女風の見た目通り迅速に作業していくアシェラさんだったが、最後の回復薬で手が止まった。何?前回と同じ様に作ったから、問題無いはずなんだけど……。
「これは……前回の物と違いますね」
「え!同じですよ!?」
何言ってんだこの人。材料の容量も寸分違わずしっかり量って作ったぞ?失敗したら怖いから。
「いいえ、違います。
前回のはなかなか出回らない”上級回復薬”でしたが、これはそれよりも純度が高く効果も高い”特上回復薬”です」
ええ?何でそうなるんだ???
「これを作った錬金術師は何か言っていませんでした。用法を変えたとか、材料を変えたとか……」
アシェラさんは「こんな物が拝める日が来るとは……」と呟きながら矢次に質問してくる。えぇ~作ったのはオレだけど、本当に前回と違う事なんて…………あ。
「そう言えば、水を変えた……」
そうだ、シルヴェールに引いてもらったキレイな水を使ったんだ。と言うか生活水も何もかんも今はその水を使ってるからな。思い付く事と言えばこれ位なんだけど。
「水ですか! それでこんな純度に……。さぞや特別な水なのでしょう。どこで手に入れられたかは聞いていますか?」
「いや、分かりません」
シルヴェールに「キレイな水引いて」て言ったら持って来てくれた水だから、遠い所とは言ってたけどそういえばどこの水か聞いていない。まぁ聞いたところでオレはこの世界の地理に対してはサッパリだから分からないだろうけど。
「そうですか……しかし困りましたね」
オレの答えにだけではなく、アシェラさんが困り顔をした。美人はそんな顔も絵になるが、何か問題があるのだろうか。
あ、水泥棒か?どこからか貴重な水を取って来てるのが問題なのか。
まさか回復薬から水泥棒が露見するとは思わなかった。盲点だった……どのくらいの罪になるのだろう。オレが段々と顔色を失っていっているのには気付かずアシェラさんはその理知的な青い目をこちらに向けた。
「これほどまでに純度の高い回復薬では、市場に出せません」
え?
「前回の回復薬でも十分の効果を持っていてかなり高級な類に入りましたが、重病重症患者に使えるとの事でお抱えに使いたい貴族や王族、高名な冒険者に売れたのですが、ここまで純度が高い物はちょっと……」
え?え?どういう事?
「あ、もちろん買い取りはさせていただきますよ。こんな貴重な物を逃すなんて、商業ギルドの名折れです。
1瓶金貨1枚でどうでしょう」
高っ!!1本20万!?
原価300円位で作ってるのに、もはや詐欺師の気分になってきた。
「ですが今後はこれよりも効果の薄い回復薬をお願い出来ますか?」
「え」
アシェラさんが居住まいを正してオレの目を真っ直ぐ見つめた。
「あなたも商人として生きるのならば、世の中の情報常識を知るべきです」
親身になってくれている学校の先生に諭されている様で、オレも居住まいを正す。
「今の世の中、女性も積極的に社会に出るべきだと私は思います。特に商業の世界では男女性差は関係無く、自立した1人の人間として生きていけます」
いやすいません、オレ本当は女ではないのですが……。
「貴重な物、高価な物を取り扱えばそれは確かにお金になるでしょう。
ですが民衆の求める物を安価で安定して届けると言うのこそ、流通には必要という事を商人として心得ねばいけません」
えっと……つまりあんまり珍しくて高価な物ばっかじゃなくて、安くてそこそこの物を持って来いって事?
確かに、あんまり珍しい物ばっか持って来てると悪目立ちするし、それが売れるとも限らないもんな。それなら絶対売れる人気商品を持って行くべきだ。
な、なるほど。勢いで商人になったけど、ものすごく正当に「常識知らず」と諭された気分だ。いやもう本当にその通りなんですが。
こんな常識外れは移民扱いされて当然ですよね。だって移民には違いないもの。
錬金術の前に、この世界の事をもう少し知らなければとんでもない事になりそうだと、転移半月後に気付いた大馬鹿者が、オレです。穴があったら入りたい。
オレはもう縮こまって蚊の鳴くような声で「すみません」と言うしかなかったが、アシェラさんは無表情だが優しく慰めてくれた。
「叱っているのではないのです。あなたには期待していますし、名声を求めている様でも無かったので、少し提言させていただいただけです。
反省をしているのなら、それを今後活かせば良いです」
ただ作りたい物を作って売るだけでは、商人としてはやっていけないのだと痛感した。
かと言って【アイハ】という商人の存在なくしてオレの生計は成り立たない。もう少しちゃんと勉強して、商人としても頑張らなければならないのだ。
「……ありがとうございます。オ……わたし目が覚めました。これからは商人としてもっとちゃんとします!」
オレが決意を込めてアシェラさんに感謝を述べると、アシェラさんは初めて目元を少しだけ緩ませてくれた。
「……分かっていただけて良かったです」
その後アシェラさんに、簡単な流通の流れを教えてもらい、今商業ギルドで不足しているのは【中級回復薬】【麻痺消し薬】などであるといったアドバイスを貰って、町の図書館と本屋を教えてもらった。
そこに行けば経済のイロハの本も、錬金術の新しい本もあるかもしれない。
人に教えてもらうのは難しいので(コミュ障的な意味で)本で勉強するしかない!
幸い時間はあるのだ。頑張ろう。
アシェラさんに再びお礼を言って、商品の代金も貰い、無事ギルドマスターに見つかる事なくギルドを後にした。
ちなみに商品の代金は全部で金貨8枚と銀貨5枚。およそ170万円相当だ。正直怖い。外歩くのめっちゃ怖い。カツアゲとか強盗にあったらどうしよう。
早めに護衛を雇うか、もしくは逃げ足の靴と隠れ蓑を作らなければ。オレはマジックバッグをギュっと掴んだ。
それにしても、このオレがまさか金髪美女(巨乳)とお近づきになれるとは、異世界転移も悪くないのかもしれない。
まぁ異性としては見られてませんがね!!
◇◇◇◇
「アシェラ……この書類は何だ?」
「何か問題でも? ギルマス。今日の取引の一覧ですが」
【仕事の鬼】【冷血周算男】イーサン・バルタザードの冷徹な視線を、部下のアシェラ=ドミノフ=ガルシンはさも日常の様に受け答えした。
「何だじゃないだろう。アイハが来たら私に連絡するように言っておいただろう」
「申しわけございません、ギルマスはその時会議中でしたので、私が対応しておきました」
「それならば時間まで引き留めておけば良いだろう」
「まぁ、商人の頂点に立つギルマスともあろうお方が、貴重なる時間を無為に過ごさせよとは」
アシェラの明らかなる揚げ足取りの言葉に、イーサンは奥歯を噛みしめた。
有力貴族の長女でありながら、こうして商人としてギルドの門を叩いて来た時はそれはもう驚いたが、更にその優秀さにも目を見張った。
貴族界を悠々自適に泳ぐ彼女の教養と人心掌握はさすがで、あっという間に副ギルドマスターにまで上り詰めた。彼女自身、金銭を稼ぐ事よりも自立した女性の見本となるべく、そして女性達の支えとなるべく事を目標としていたからだ。
そんな彼女が新米駆け出しの商人見習いの少女に肩入れするのも頷ける事だが……
「……妙な気を起こすんじゃないぞ」
イーサンが地の底から出る様な声でそう忠告すると、彼女はその美しい唇で弓を絵描いた。
「嫌ですわギルマス。私はただ小さく可愛いものを愛でるのを良しとするだけですわ。
いくら小さく可愛らしくとも、同じ女性に対しては純粋なる慈しみと助力の気持ちしかございません」
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