レシピ0-4 ネガティブ少年と金色の騎士

 出来る事ならあの家から出たくなかったが、2時間に及ぶクレーヴェルの説得に負け、オレはまた、この場所に立っていた。

陥落の要因はメシだ。オレだって育ちざかりの男子中学生なのだ。採って来てもらっておいて何だが、今後もずっとあの生の木の実とキノコの生活を思うと腰も上がる。


町に行けば!肉が!食べられるんだ!!


オレはそう言い聞かせて家の中にあった比較的キレイだったローブを纏い、なるべく頭と顔を見せないようにしてから町に来た。

 昨日の夜は死ぬ気で走り抜けたので、かなりの距離があると思ったが、あの家はあくまで町の一部であった。大分外れの方ではあるが、門内だ。

クレーヴェル曰く、町の名前はアスナヴノーイといって、この地域ではエテリア王国の城下町としてかなり栄えているらしい。市場や職人通りも活気があって、流通の中心的存在の様だ。

『と言っても私も30年ぶり位に訪れる。相変わらず賑やかな町で良かった』

「何が良かったんだ」

 賑やかで人が多いなんて、地獄でしかないんだが。

『流通が発達した町なら、其方も資材の売買などしやすいだろう?

 それに職人や商人たちは皆気が良い。この町は亜人も差別なく暮らしている。其方が危惧するような事は無いだろう』

「何でそう言い切れんの?」

 現にオレは昨夜、そうたった1日しか前じゃない昨夜、ここで大声で追いたてられた。あの恐怖は忘れない。

『いやでも、それも其方を心配しての行為かも……』

「いや、あれは部外者を迫害する顔だった。多分意味も「殺せ」とかそういうのだ」

『決めつけは良くないぞ!?』


ドンッ


「おっ、と……ゴメンよ坊や」

路地裏から様子を伺っていても埒があかないので、クレーヴェルに促されるまま街路に出た途端、荷物を抱えた男にぶつかられてバランスを崩す。ほら見ろ、一歩目からこれだ。オレに安穏たる未来など無い事を予見してる様だ。

「すまん、すまん。前が見えていなかった。怪我はないかい?」

普通に日本語に聞こえる。という事は、腕輪は成功か。

「大丈夫……です」

「なら良かった!坊やおつかいかい?えらいねぇ」

どうやらオレの言葉も伝わるらしい。

手を振り去って行った男の後ろ姿を見つつ、ひとまず安堵の息を吐いた。


『ほら、気の良い人間ではないか。翻訳の石も上手く働いてる様だし、何も心配する事はない』

「今の人がたまたま優しい言葉を言っただけで、他の人は迫害するかもしれない」

『なぜそんなに全部後ろ向きに考える!?前向きになりたまえよ!!』

クレーヴェルはそう言うが、オレには今ひそかに落ち込んでいる事がある。

「坊やって……言われたし……」

『?其方は確かに年の割にはしっかりしてるが、まだ10歳そこらだろう?坊やと言われても気にする事など無いだろう』

「クレーヴェルとはしばらく口を聞きたくない」


ともかく言葉は通じる事は分かったので、とりあえずこの石を売ってお金を手に入れたい。

出来れば老人とかがやってる小さな店が良いが、クレーヴェルも今の町の地理までには詳しく無い様子。

これは誰かに聞かないと辿り着けないパターンだ。詰んだ。

『詰んでない詰んでない』

人目につかない様に道の端に避けていたが、それが裏目に出た。


「子供。どうした?」


掛けられた言葉に、オレ宛ではないと言い聞かせて視線を反らせていたが、声の主はめげる事ない我が道を行くゴーイング・マイウェイタイプだった。

「親はどうした?どこか悪いのか?」

イケボ、と呼ぶに相応しい低く通りの良い声の主が、オレの腕をつかんだ。気付かないふりが出来ない。

「……この近くに孤児院もやっている教会がある。連れて行ってやろう」

これはもしや。

意を決して視線を上げるとそこには、金髪イケメンがそこにいた。

意志の強そうな眼に、通った鼻筋、身なりも良い。ゴテゴテ飾り付けではないが、布とか素材そのものが良いものなのだろうと感じる格好だ。


「その目の色……言葉が分からないのか?」

そう言うとイケメンはあろう事かオレを抱き上げた。

「心配するな。この国は移民の孤児にも手厚い」


やっぱり孤児に間違えられてる!!!


「ち……ちが、はな……っ!!」

焦って言葉が上手く繋げれない。

「これはジェレミ様!どうかしましたか?」

どうにか下ろしてもらおうともがくオレと、それを軽くいなすイケメンに商人風の男が話しかけて来た。

「あぁ、移民の孤児の様なので教会で保護しようと思う」

「何と!非番の日まで市民のためにその様な事を!

 さすがは公爵家嫡子でありながら、王国騎士団に属してらっしゃる傑物のお方だ!」

「ジェレミ様?」

「ジェレミ様がいらっしゃるの?」

「本当だわ、ジェレミ様よ!」

「今日もお美しいわ~」

「あのジェレミ様が抱いてらっしゃる小汚い子供は何かしら?」


商人風の男の説明じみた言葉に、街中の人々、特に女性がざわめきだす。

ちゅ、注目されている!何これつらい!!

注視されてるのがオレにじゃないと分かっていても、こちとら思春期ど真ん中の中学生だ。つらいつらいつらい!!

「孤児じゃない!孤児じゃないから離して、くださいっ!!」

もはや半泣きだ。


「言葉は分かるのか」

ジェレミ様とやらはどうにか下ろしてくれたが、なぜが逃さない様にオレの腕を掴んだまま離さない。まぁ離したら逃げるけど。察したのか。

「困ってないし、子供でもない……から、もう行って良いですか」

「子供ではない?そんな小さな体で、ボロを着て何を言っている。何も怖い事はない。安心しなさい」


善意が迷惑~~~~!!


そうしてる間にも周りに人が集まってきてる。ジェレミ様とやらはよっぽど人気者らしい。

そんな人気者の側にいるのを見られたら、後で過激派に絡まれたりするじゃないか。いやだいやだ。

そしてこのローブは端から見るとそんなに酷いのか。あの家の中にある中ではマシな方だったが、一日で感覚が乱れていたみたいだ。


「こ、これはたまたま汚れていただけで、新しいのを買おうと思ってたんです。だから大丈夫です」

これ以上の注目は本当に勘弁して欲しいので、意志を込めてイケメン騎士に説明する。

「年はいくつだ」

14歳はオレの世界ではまだ子供だが、中世ヨーロッパ風のこの世界なら一人前とまではいかなくても、少なくとも孤児院に入る年ではないだろう。

「14歳です」

「なに」

『え!?』

クレーヴェルあとで覚えてろ。

イケメン騎士は瞠目で驚きを隠せずにいたが、咳払いをしてようやくオレの腕を離……そうとしてもう一度掴んだ。なぜだ。

「その割には発育が悪い……ちゃんと食べられているのか」

成長期が遅い事はこうまで槍玉に挙げられなければならないのだろうか。きっとこのイケメン騎士様は、幼い頃から体格が良くエリート街道を突き進んできたから、成長の遅い生き物が理解出来ないんだろうなぁ。分かり合えない人種なのだ。

「食べても成長が遅いんです……そういう人間もいるんです……」

「親は?」

補導されてる気分になってきた。

オレが何をした。何もしていなくても不審なのか。そうか。

「親は遠い所にいます。

これから鉱石を売って服と食べ物を買いたいので、失礼します」

ようやく手が離れたのを好機と踵を返して駆け出そうとしたが

「待て」

イケメン様のよく通る声に止められた。なぜそうも構ってくる。どうやってこいつの詰問に上手い事答えてこの場を離れるか頭を働かせる。



「私も一緒に行こう」



はい、詰んだ。


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