レシピ0-5 ネガティブ少年と魔導具屋
どうしてこうなった。
目の前を颯爽と歩く金髪イケメン騎士の背中を眺めながら、オレは独りごちた。
何度かそっと離れようとしてみたが、その度に騎士は後ろに目が付いているかの如く、素早く振り返り「遅れるな」「そっちじゃない」と釘を刺してきた。
『でも良かったじゃないか、鉱石を売れる店まで案内してくれる上に、この人間は身分が高いようだ。店側からの対応も良くなるだろう』
クレーヴェルがまるでこれが幸運な事の様に言ってくるが、冗談ではない。
周囲からの目が半端ないのだ。特に女性陣が色めき立ち、自分の容姿か身分に自信がありそうな女性や顔見知りらしい人達は話し掛けてくる。
その度にイケメン騎士はオレを道具屋に連れて行くのだと言い、数々の誘いを断り、オレは憎悪と嫌悪の視線にさらされ続けた。
苦行である。なぜこうなったのだろう。
「そう言えば子。名前は?」
またしても美人のお誘いを断ったイケメン騎士が今更聞いてきた。
いいよもう名前なんて。その他大勢だからモブとでも呼んでほしい。
あと子供じゃないって知ってて何なんだ。お前如きは中身が子供だとでも言いたいのだろうか。その通りだから否定はしないが。
「人に名前を尋ねる時は自分から名乗るべきだな。失礼した。私の名前はジェレミ=ドミノフ=ガルシンだ。
ガルシン家の三男で、王国正規騎士団に勤めている」
オレの沈黙をどう受け取ったのか、騎士がイケボで自己紹介した。
よく分からんが家柄良くて王国騎士団にいるって事か。
あと付け加えるなら、金髪緑目の白人風イケメンででかい。180cmはあるだろう。完全なる人生勝ち組の野郎だ。こいつから見たらオレなんて石コロみたいなもんなんだろうな。
「子、お前の名前は?言えるか?」
未だに幼児のような扱いを受けてるのが気になるが、ここまで言われては答えねばなるまい。何せ相手は貴族だ。いつ無礼だ!とか言って手打ちにされるか分からない。
その恐怖感もあるのだ、こいつといると。だってこの人ずっと腰に刃物っぽいものぶら下げてるんだもん。こえーよ。
「……友也」
名字を言うか迷ったが、この世界で庶民に果たして名字があるのが分からなかったので、無難に名前だけを答えた。
「トモヤだな。良い名だ」
どこがだ。平凡を現したかの様な名前だろう。それともこの世界的には何か良い意味があるのか?自動的に翻訳されるからその辺の機微が分からない。
あと家族と徹以外に名前で呼ばれる事ないから何かゾワゾワする。
「トモヤ、これから行く店の店主は少し変わり者だが目は確かで悪い奴ではない。だから必要以上に緊張しなくても良い」
いや緊張してんのはあんたにです。あんたが腰にぶら下げてる凶器にです。
そんな事が本人に言えるはずもなく、オレは曖昧に頷いてドナドナの如く騎士に連れられ店に辿り着いた。
小さなログハウス風の店構えは、しかし地味で他の店に比べて商売っ気をあまり感じない。
騎士に促されて中に入ると、独特の匂いが充満し、店内にはこれといった商品も無いし客もいない。壁に掛けられたランプが不思議な色で灯っているのが目をつくが、何の店か分からない。もしかするとオレはこの騎士に騙されたのでは……?
そう思い立った所で、カウンターから眠そうな声が聞こえた。
「んあ~?何だよ、英雄のジェレミ様がどういう風の吹き回しだぁ?
こんな場末の店に何の用かな」
店員らしい、緑の髪にターバンを巻いた男だった。
年の頃は20台前半から中盤、騎士と同じか少し上かもしれない。痩せ型でヒョロリとしてるが背は十分にあり、民族風の衣装を身を纏っている。
騎士や町はヨーロッパ風と思ったが、店員は東南アジアの風を感じた。店の灯りや匂いと相まって、異国情緒を醸し出している。
「客を案内してきた。鉱石を買い取って欲しいそうだ、よしなに頼む」
そう言って騎士が何の心の準備も出来てないオレをズイと押し出した。ちょ、おま。
「客~?」
店員の眼鏡がこちらに向き合う。眉を顰められた。
「浮浪者の子供じゃねえか。どっから拾ってきたんだ貴族さまよぉ。うちじゃなくて孤児院にでも連れてきな」
そんなに汚いかオレは。
そしてまた子供と言われた。
「そう思ったのだが、これで年は14らしい。本人がそう言って自活している様なので、要らぬお節介はならない希望を汲んだ」
いや十分にお節介されてるけど。むしろ迷惑千万ですけど。騎士様の善意面倒くさいな。
「14!?ちっせぇな!
なんだ?亜人の血でも入ってんのか?」
「いや、人間の様だが移民みたいだ。それもあってお前の店にした」
そこで騎士がオレを見下ろす。
「トモヤ。彼はアーノンスノット=イットマン。この店の店主で亜人族だ。彼も移民として他の国からやって来たので、お前と通じるところもあるだろう」
亜人?よく見ると耳が少し尖っている。ターバンで見えなかった。
「種族はハーフリングだったか」
「と人間のハーフだ。クォーターリングってとこか」
店員改めて店主はおどけた風に言う。
「それで?人間の小さな移民は何を売りたい」
ようやく本題に入れた。オレは早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいで、持っていた鉱石を全てカウンターに素早く出した。
「これ」
クレーヴェルのアドバイスの元、あまり珍しくも無いが、そこそこの金額になるという鉱石を10個ほど見繕ってきた。恐らく銀貨位にはなるだろう。
ちなみに、クレーヴェルに聞いて換算したおおよそのこの世界の貨幣価値は
金貨=10万、10000G
銀貨=1000円、100G
銅貨=100円、10G
鉄貨=10円、1G
といった感じの様だ。
物価としては日本より大分安い。金貨1枚あれば、家族4人が悠にひと月暮らせるらしい。
感覚的には、金貨1枚で20万円くらいかもしれない。
「ふぅん……なかなか質が良いな。どこで拾ってきた?」
え、言うのか?
クレーヴェルはあの家の主人はとっくに亡くなってるから、好きに使えと言っていたが、もしやオレのやってる事は空き巣からの盗品売買になるのではないか?
おまわりさんみたいな騎士も側にいる事だし、正直に話したら逮捕なんて事も……。
しかもこの世界だ。即効死刑とかもありうる。
かと言ってこの辺のどこで鉱石が手に入るかなんて知らないから誤魔化しようが無い。大人しく捕まるか……。
「ま……町外れ……」
「町外れ?そう言えば以前錬金術士もどきの男が住んでた家があったな」
店主は知っていたらしい。
「家?トモヤ、お前はそこに一人で住み着いてるのか?」
騎士はオレを猫の子の様な扱いをしてくる。どう答えたものか。不法侵入とかその辺もやばいかもしれない。
滝汗を流して考えていると、事態は一変した。
「ア―――――ノ――――――――――ン!!!!!」
バタ――――ン!!!
けたたましい音と声ととともに、一人の男が飛び込んできた。
さほど広くない店内で、案の定壁に激突する。
「てめっ……!店を壊すなと何度言ったら分かるスターリ!
マジで出禁にするぞ!?」
「だってよ、聞いてくれよアーノン!親父のやつ、この後に及んでまだ俺に冒険者辞めて家継げって言うんだぜ!?」
飛び込んできたのは赤毛の若い男だった。騎士程ではないがガッチリとした体格で意志が強そうな目鼻立ち。若干の幼さは残るものの、本人が言う様に冒険者なのだろう。強そうな外見をしていた。はい、苦手なタイプです。
「知るか。ここはお悩み相談所じゃねーんだよ。今仕事中なんだ、ガキの相手なんかしてられるか」
さっさと失せろ。そう言って犬猫を払う様に手を動かす店主に、赤毛が店内に他に人がいた事に気付いた。
「え!?マジ!?王国騎士団のジェレミ様じゃん!!
ひえ~ファンです!握手してください!!」
「ん?あぁ……ありがとう」
はい、空気ですね。視界に入りませんね、こんなミトコンドリアは。
だがこれ幸いにと、とっとと用事を済ませてここを出よう。これ以上人に関わりたくない。
「いくらになる?」
カウンターの店主に問いかけるが、返答は後ろから投げられた。
「あ?何だこの乞食のガキ?」
だから何で皆して子供と断定するのか。て言うか乞食認定されてる。有無を言わさずか。オレからそんなに惨めな物乞いオーラが出ていたか。腹は減っているが。
「乞食ではない。トモヤは14歳の自活している子だ」
なぜか騎士様が反論してくれるが、14歳でも子って呼び続けるのか。何なんだこのブレなさ。
「14~!? 俺と2つしか変わらねーじゃねー!! チビすぎだろう!!」
余計なお世話だが、2つだと!?
赤毛の男は見たところ大学生くらいだ。
あれ?何かずっと違和感があったけど、もしかしてこちらの世界の人間から見て、日本人は幼く見られるのか?
そう言えば欧米人から見た日本人はどれも童顔で小さく、年より幼く見られると聞いた事がある。それでか、この怒涛の子供扱いは!
モヤモヤが1つ解けたところで、油断していたのか、赤毛にカウンターに出していた腕を掴まれた。
「腕もこんなほせーし、何食ってんだ……ん?」
昨日今日は水と木の実とキノコのみです。
「変わった腕輪してんな」
赤毛がそう言って翻訳の腕輪を指に引っ掛けた。
それにいち早く反応したのが店主だった。
「見せてみろ」
腕ごと店主に差し出される。オレは物か。
「翻訳の石……か?これもあの家にあったのか」
店主が赤毛の手をどかしながらオレを覗き込む様に尋ねて来た。あまり目をじっと見られるのは好きではないの、で目線が右往左往してしまう。
「これは……オレが作った……」
「作った?これをお前がか?…………よく見せてみろ」
そう言って、あろう事か店主は
オレからその腕輪を抜いた。
「あ……」
世界が一変する。
「$+%☆○*〆-%?」
店主が眼鏡を押し上げながら、何かを言ってくる。
「や、やめ……かえし……」
「*○☆\$%▲○○◉!?」
それを聞いて赤毛が何か大きな声を出した。 頭が混乱してくる。
「○〓◆#%⁂?」
後ろから騎士が肩を掴んできた。それを反射的に振り払う。昨夜の恐怖が甦り、オレは必死で店主から腕輪を奪い取った。限界だ。
「く……クレーヴェル!クレーヴェル!!助けて!!帰りたい!ここから離れたい!!!!」
『少し、衝撃があるが我慢するんだぞ』
オレの泣き叫ぶ声を包む様に、クレーヴェルの優しい声がした。と思ったら、辺り一面を覆い尽くす眩しさ。
こうして、オレの町での第一歩は、見事失敗した。
■■■
「今のは……転移魔法?」
一面に放たれた眩い光が消えたと思ったら、少年も光とともに消えていた。
「まさか精霊術使い……!?」
「魔法使いには見えなかったけどな、あのガキ」
スターリが目をパチパチさせながら頭を振る。
「それより何故あの子の物を無理やり奪う様な真似をした。あんなに怯えて、我を忘れて自国の言葉を泣き叫んでいたぞ!」
「我を忘れてじゃねーよ、元からあのガキはこの国の言葉は喋れねーよ」
「何を言って……」
アーノンはトモヤの置いて行った机の上に散らばった鉱石を拾い集めながら憮然としていた。
「あの腕輪に付いてたのは翻訳の石っつーレアアイテムだ。あれがありゃあ他種族や他国の言葉が聞き取れて喋れる様になる。マジで移民みたいだな、あのガキ」
「何だそれ、めっちゃ便利じゃん!」
「だからレアアイテムなんだよ、ノータリン冒険者。市場に出りゃ5000Gはいくな。おまけにやけに質が良かった。くそ……もっとちゃんと鑑定したかったぜ」
「迷宮のアイテムなどとしては見た事があるが、あんなに大きな石だったか?」
「だからだよ。あのガキ、それを自分で作ったとか言いやがった」
「えっ作れんの?」
「お前は本当に一から冒険者やる前に勉強してこい。
作れる事は作れる。かなり修練を積んだ錬金術士なら」
「錬金術士?……トモヤがか」
「トモヤっつーのか?あのガキ。
本当、どこで拾ってきたんだよ騎士様よぉ。あんなガキ」
どこと言われても、町中で隅っこにいただけなので答えようがなく、ジェレミは口を閉ざした。
「おまけに話聞く前に逃げられちまったしな」
「いやそれはアーノンのせいだろ」
「これ取りに来ねーかなぁ」
スターリの言葉を無視して、アーノンはトモヤの鉱石を丁寧に袋に詰めた。
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