幕間1 光の精霊と異世界の少年
私は光の化身。精霊である。名前はクレーヴェル。
訳あって人間の住処で眠っていた私は、力の補給源を失い、その存在を消滅しかけていた。理由に関しては私の不徳の致すところなので、詳細は割愛させてもらう。
そんな私を目覚めさせてくれたのが、異次元からやってきた少年、トモヤだ。
トモヤは年は14だそうだが、人間の年の割にひどく幼く小さい。人見知りもひどく、その上度を越した後ろ向き思考で何事も悪い方悪い方に考える困った子だ。
しかしそのマナは素晴らしく、側にいるだけで私のマナを回復させ、作り方を一度教えただけで中級の錬金術を成功させて見せた。
どうも身体に巡るマナの質が良いだけではなく、無意識なのに使い方が上手い様だ。
その証拠に、製作過程で薄くマナを纏わせた様で、初めて作った魔道具もとても質が良いものになった。
引きこもりたがるトモヤを説得し、人間の町に金銭と食料を得に行ったのだが、完全に失敗してしまった。
ただでさえ後ろ向きなのに、せっかく得た他民族の言葉を翻訳する魔道具を強引に外され、トモヤはパニックに陥り私に助けを求めた。これ以上この場にいた所で、事態は好転しないと見て、私は迅速に転移魔法を構成し、トモヤをうちに連れて帰った。
トモヤはしばらく落ち込んで部屋に篭ってしまったが、食事用に採ってきた木の実を差し出すと、そろそろと部屋から這い出てきて、自分で調理場で加熱したりして手を加えて食していた。食欲はあるようでホッとした。
食事後、少し落ち着いたのか、トモヤが私にあの店の店主がかけていた物について尋ねてきた。あれは視力を矯正するものだと説明したら、作り方を書いた本はあるかと聞いてくる。トモヤは目が悪かったのだろうか?
私が本を探して一通り読んでやると、トモヤはまた部屋に篭ってしまった。
そして翌日、何と翻訳機能を付加した眼鏡を作り上げていた。
翻訳の石で得られる効果は、あくまで「音」のみなので、それを目にも応用出来ないかと考えたらしい。何という発想力だ。おまけにそれを成功させる腕も持つ!
『トモヤ、貴方は錬金術士としてとても筋が良い。この世界で生計を立てるなら、その道に進むのが良いだろう』
「そう……かなぁ?本読んだらその通りに作れたから、錬金術士っていっぱいいそうで生計立てるの難しそう」
そんな事ない。貴方はとても才能があるし素質もある、そう根気強く説得を続けて小一時間、ようやくトモヤも納得してくれた。
「もともと、こういうチマチマした作業好きなんだ。未知の物を作るってのも楽しい……かも」
『それは良かった!これで今後の見通しがついたな!
幸いこの家には錬金術に使う道具や本が沢山ある。其方はこのままここに住めば良い』
「クレーヴェルは?」
『え?』
「クレーヴェルはこの後どうすんの?」
特に何も考えていなかった。と言うか、流れ的にもマナ的にも私もここにいるつもりだったんだが……。
「クレーヴェルが何目的でオレの傍にいるのかイマイチ分かんなくてこわい。精霊って言ってるけど、悪い精霊かもしれないし、オレを育てて食うつもりとか…」
待て待て待て!!
精霊は人間を食べない!!いや、そうじゃなくて、そこまで信用ならないか私は!!
あの町で私に助けを呼んだトモヤはどこに行ったのだ!?
「そんなに助けてくれるなんて、何か狙いがあるとしか…」
『無い!無い!いや、其方のマナは良質なので、傍にいさせてもらえるだけで力が蓄えられるのだが』
「力を蓄えた後、用無しになって殺すとか……」
『なぜそうなる!!!????』
どこまで後ろ向きで用心深いんだ。そうまで他者を信用出来なくて、大丈夫なのかこの子は!?
『………分かった、では【
「コンタクト?」
『あぁ。私は今後、貴方を主として仕えよう。代わりに傍でマナの波動をもらう。これでどうだ?』
「コンタクトって何するの?」
『魔導の契約書で契約を結ぶ。私と其方のマナの糸を結ぶのだ。契約内容を違えば、そのマナは断ち切られ破った方のマナは奪い取られる。マナが不可欠な私は消滅だ』
魔法で契約書を構成する。
「本当は違う事が書いてあって、契約した瞬間にオレを殺したりしない?」
『しない!!!!何の為のその翻訳の眼鏡だ!其方にも読めるはずだろう、自分で読んで納得したら署名しなさい!』
トモヤは恐る恐るといったていで契約書を受け取り、目を滑らせる。本当に読めている様だ。恐ろしい才能だ。
契約書
一、甲は乙を主人とし、助けになる事
一、乙は甲への最低限のマナ提供を義務とする事
一、契約を【解除】するまでは、以上の事を履行する事
一、契約を反故した場合は、一刻の猶予の上、マナを相手に捧げる事
「……うん。まぁこの位なら……オレはマナが無くなるとどうなるの?」
『錬成や魔法に影響は出るが、日常生活を送る上では問題無い』
マナは生体エネルギーの波動だ。それが減った所で人間の生命機関には問題は無い。
「魔法?そういえばオレって魔法使えんの?」
『いや、どうだろう。さっきも言ったが、マナと魔力は違う。見たところ魔力はゼロではないが…これも修練次第かな』
「オレのような虫以下の存在には無理って事か」
『だからどうしてそうなる!?頑張れば出来るかもと言ってるんだ!』
トモヤは諦めた様に嘆息しているが、これだけの錬成の腕があれば、魔法なんて必要ない気もする。なぜこうも自分に自信が無いのだろう。
「まぁそれはいいや。とりあえずはい、サインした」
契約書には見た事のない字が書かれているが、おそらくトモヤの国の文字での名前なのだろう。契約は魔法を使うので、読める字で書く必要はない。要は自分の意思とマナさえ乗せれば良いのだ。
私の名前は、契約書を構成した時点で刻んである。
『
青い光が、契約書を包み、契約書が消えたと同時に私とトモヤの体を包む。寸刻後、その光も私たちの体内に吸収される様に消えた。
『—―――以上で契約は結ばれました。
改めて宜しくお願いします、我が主人マスター』
こうして私は、後ろ向きで、人見知りで、引きこもりなマスターを得た。
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