レシピ0-3 ネガティブ少年と翻訳の腕輪

 皆さんこんにちは、豆乳の出し殻であるおからですらも抗がん作用があると言うのに、何の役にも立たないオレです。

 昨日の夕方に事故で時空の狭間に落ちて、言葉も文化も分からない異世界で無一文です。チートスキルなんてありません。それでも生きています。



 死なないのなら、これからどうするかを考えなければいけない。

そこにきてようやく、この廃屋の中を見渡す。昨日は暗いし疲れていてすぐ寝たので、室内をまともに見る事も無かった。

石造りっぽい家だが、中は木製の家具が多い。

 ホコリやカビくささ、それから張り巡らされた蜘蛛の巣に、相当の間人が住んでいない事がうかがい知れる。

乱雑に積もれた本や、化学実験の様な器具や何に使うか分からない道具の数々。そこかしこに転がる謎の石や瓶たち。その中身も固形から液体、粉、色も様々だ。どこをとっても怪しげな家だ。

 クレーヴェル曰く、ここは錬金術師「もどき」の男が昔住んでいたらしい。


「錬金術師って、オレが知ってるのは薬草から回復薬作ったり、鉱石から魔法のアクセサリー造ったりするのだけど、合ってる?」

『まぁ大体そんな感じだな。ここに住んでいた人間は、せいぜい効能の薄い回復薬くらいしか作れなかったが』

「あと物体を変形させたり、命を吹き込んだり」

『それは魔法使いだな』

 魔法。やっぱりあるのか。

「じゃあ手を叩いて腕を剣にしたり、指をはじいて炎を出したりは?」

『それも魔法使いだな。いや、でも無詠唱で発動となると、精霊術使いか』

 そうか、あれは錬金術師ではないのか…。

 クレーヴェルはマナを多く含んだ鉱石に惹かれてこの家に住んでいたが、眠りについている間に住んでいた男が鉱石を手放し、気が付いたらそのまま永眠するところだったらしい。うっかり異世界に来たオレが言える事じゃないが、ちょっとマヌケなんじゃないのだろうか、この精霊は。


『それで其方はこれからどうするのか?』

 クレーヴェルが訊いてくる。

どうするも何も、言葉も分からない土地なのだ。衣食住を得るにも、何も持って無く何も出来ないオレだ。

『言語についてなら、言葉を訳する石の付いたアイテムの作り方がどこかに書いてあったぞ』

 何と!あるのか!?便利アイテム!!?

「え、どこ!?」

『前住んでいた人間が読んでいたのを見たから、この家のどこかにあるはずだ。

 たしか赤い表紙の……』


ぐ~~~~~~


「……」

『……』

 そう言えば昨日の夜から何も食べていない。生産性の無いクズなオレでも、腹は減るのだ。

『空腹なのだな?その辺にある鉱石を町に売りに行けば、食事代くらいは稼げると思うから……』

「ムリ!!!」

『え?』

 言葉も通じない他人に、自分でもよく分からない物を売りつけるなんて、そんな高等技術がオレに出来る訳が無い!

足元見られて二束三文で買われるか、買ってもらえるかどうかも怪しい。

そもそも昨夜の事を思い出すと、異人と迫害を受けるかもしれない。しかも昔のヨーロッパ風のこの異世界。奴隷制度なんかもあるかも。奴隷落ちして異人は珍しいと見世物小屋に…

『待て待て!!何で空腹からそこまで話が飛躍する!?

 近くの森に人間も食べられる木の実があるから……』

「森!?こんな整備されていない世界の森なんて、いつどこから猛獣が出てくるかも分からないじゃないか!

 て言うか魔物!こんなファンタジーな世界なんだから、人間を殺す魔物なんて出たらオレの方が食料だろ!」

『分かったから!私が採りに行ってくるから待っていなさい!』

 それから小一時間して、クレーヴェルが採って来てくれた見た事の無い赤い木の実(ブドウに似ていたけど酸っぱかった)とマッシュルームに似た物を食べ、汲んで来てもらえた水を飲んで一息ついた。

精霊は食物を食べたり飲んだりしない。その為調理の習慣も無く……すべて生だった。

味はともかく……腹は満たされた。

一応、クズなオレでもクレーヴェルが食料を調達してくれている間、何もせずに肺呼吸を繰り返していただけではない。

窓を開けて換気をし、蜘蛛に土下座してから蜘蛛の巣を撤去して、見つけ出したハタキと箒で軽く家中を掃除しながら本を探した。と言っても字は読めないので、クレーヴェルが言っていた赤い表紙の本を集めただけだが。この中からクレーヴェルに本を探してもらった。

 もちろん本の中身も、必要な材料も分からないのでクレーヴェルに指定してもらう。精霊におんぶにだっこだ。


 運が良い事に、翻訳アイテムを作る材料は前の住人が集めていた大量の資材の中に全てあった。

それとクレーヴェルに作り方を読んでもらいながら組み合わせる。

 インセリウムという鉱石を削って、5g。分銅と秤で量って、容器に入れる。火にかけ、そこに緑色の液体をダマにならない様に少しずつ入れて溶かしていく。理科の実験みたいだ。

だんだん色が変わってトロトロになってきたら、前もって砕いておいたターコイズを2gと、赤銅1.2g。

最後に型に入れて、硬化剤を一滴垂らして冷やす。


 完成したまだら模様の石を合金と繋げてブレスレットにした。首から下げると失くしそうだし、指輪も邪魔くさそうだったので、手首に着ける事にした。

これで身に着けた事により、石の効果が体を包んで音を理解出来るものに変換してくれるらしい。

「良かった、思ったより簡単だった」

『……そうだな』

 もともとプラモデルが趣味だったので、こういう細々した作業は好きだ。工具もいくつかは使っていた物に似ていたし。

まぁ成功しているかどうかは、効果を試してみないと分からないのだが。形だけ上手くいっても、実際全く使えないガラクタの可能性も高い。

『だから何でそう悪い様にばかり考えるんだ……。

 じゃあ効果を試しに、町に石を売りに行こう』

「え」

『いや。え、じゃなくて。

 その為に作ったんだろう?』

 いや……まぁそうだけど…………。

 でもコレがもし失敗作で、全く効果が無くて相変わらず言葉が分からなかったら……。と言うか、異世界人で迫害を受ける可能性は変わってないのだ。

仮に、仮に異世界人として迫害を受けないとする。

それでも金銭のやり取りという危険な橋を渡るのだ。金は人を狂わせる。買取の相手にはきっと上手い事言われて安く買い取られるであろう事は想像に容易たやすい。

よしんばお金を手に入れたとしても、オレの様な貧弱なガキはすぐにゴロつきに絡まれて、お金は奪われ残ったのは痛みと傷のみ……なんて


『待て!待て!!落ち着け!!どこまで悪い想像を膨らませていくつもりだ!?もっと前向きに考えなさい!!』


 それからオレが町に行く覚悟をするまで、優に2時間は要した。

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