レシピ9 ネガティブ錬金術師とマジックバッグ

「それで?何を買いたいのだ?」

 よどみない足取りで前を歩いているイーサンさんが、当然の様に場を仕切った。

「食料を……」

「アイハは食料の買い出しをしたいんだよ!あんた達が面白がる様なものは何も無いッスから!」

 オレではなく赤毛が答えてくれた。まぁそうだ。でも思いのほかお金が入ったから、工具も少し見たいな。

何せ金貨1枚に銀貨30枚だ。立て替えてもらった入会費と年会費を払ったから、正確には金貨1枚と銀貨27枚だが。つまりオレのいた現代の日本円にして、およそ22万以上の価値のはずだ。

一週間分くらいの食料を考えていたが、もちろんおつりが出る。

やばい、そう考えると露店街がキラキラして見えてきた。


 今歩いているのは、ギルドがある大通りだから、大きな店がドン、ドンと建っている。さすがにそこに入っていく勇気はないが、ショーウィンドウに飾られた見た事の無い道具や服に目移りしてしまう。

「アイハちゃんは町が初めてなのか?」

 田舎者丸出しだった様で、アガトさんがオレを覗き込みながら問いかけてきた。

アガトさんは本当にでっかくて、オレとの身長差は優に30cmはある。もしかしたら40cmいってるかも。腰から曲がってくれないと、目が合わないのだ。

それでも瞳を見られたくなくて、顔を避けながら返事をする。

「はい」


 オレに顔を背けられてアガトさんは少し困った顔をしたが、ふと思い付いたかの様に自分のバッグからある物を取り出した。

オレの持っている肩掛けのバッグと大して変わらない大きさの、よくありそうな簡素なバッグだ。それをオレに差し出す。

「食い物なんかを沢山買うのなら、これをあげよう。マジックバッグだ」

 マジックバッグ?

オレは首を傾げてアガトさんの差し出す布製のバッグを見上げた。

「このバッグはな、亜空間に繋がっていて、荷物が見た目の10倍は入る。その上重さも感じず、劣化も遅い。

 物を取り出す時は、そのものを思い浮かべて手を差し入れて出せば付いてくる便利な物だ」

 何それ便利過ぎない!?

 未来の猫型ロボのポケットかよ!!

 興味が先立って、アガトさんからバッグを受け取って外中とマジマジと眺める。さわり心地も他のバッグと変わらない。すごい。ファンタジー世界すごい!


「あ、でも……」

 興奮が落ち着いて、ふと思い付く。

「これって、めっちゃ高いんじゃ……」

 いくらファンタジー世界でも、こんな便利な物ごろごろ転がってないだろう。となるとレアアイテム……お高いに決まっている。

予想外にお金は入ったが、オレの所持金は全財産で所詮は一家族ひと月分の生活費程度だ。そんなはした金で買える訳がないだろう。

「子供はそんな事気にしなくて良いんだぞ。俺があげるって言ってるんだから」

 また子供扱い……と思ったが、アガトさんから見ればオレは確かに子供だったので仕方ない。

 大丈夫……だよな?後でやっぱり対価を寄越せとか、その時には利子が付いて何十倍、とか無いよな?

「貰っておきなさい。それは中級以上の商人なら普通に持ってる程度の物だ。冒険者にも持つ者は多い。

 むしろその程度で君に冒険者ギルドとの繋がりを持たせようとしているこの男の方が、よっぽど欲深く浅はかだ」

「いやいや、俺はただアイハちゃんに必要だろうと思って、親切心でプレゼントしただけだぞ?」

「どうだか」

 ハッとイーサンさんがバカにした様に息を吐いた。

 なるほど、これで冒険者ギルド優遇しろよってアピールなのか。それなら貰っておいても大丈夫かな。

オレは恐る恐る礼を言って受け取った。

実際、その後の買い物ではマジックバッグは大活躍で、赤毛に預けていた服も難なく入った。ファンタジーすげえ。


 ところで。

 そう前置きをして、イーサンさんが再び口を開いた。

「これまで君はどこに住んでいた?なぜこの町に来たのだ?」

 イーサンさんが矢継ぎに質問をしてくる。ま、待って。ちょっと整理させて。

「え、えと……遠くの国に……」

「どこの国だ?なぜこの町に来た?錬金術師とはどこで知り合った?その人物との連絡方法は?」

 増えてる!1個答えたら3個増えるってどういう事!?永遠に終わらないじゃないか!

「……オイッ!アイハが困ってるだろうっ」

 赤毛が割り込んでくれるが、イーサンさんの一睨みで固まった。イーサンさんの方が体格は小さいのだが、威圧感が半端ないのだ。

「……先ほどから君は何だね?見た所冒険者の様だが、年長者に対する礼儀も知らないのか?」

 氷の一瞥と声に、赤毛はオレ共々固まるしかなかった。無理だ。勝てる気がしねぇ。


「まぁまぁ、コレでも食って落ち着けよ皆」


 いつの間にかいなくなっていたアガトさんが手に持った何かを差し出してきた。

この人肝心な時に何を……………………



 肉だ―――――――――――――――――――!!!!!!!!!!



 目の前に差し出されたのは、紛れもない肉!肉だ!!匂いも肉だ!!!これで実は肉に見える野菜とかいうオチは止めてくれ!

屋台なんかで見かける牛串に似ている。鉄串に刺さった一口大の肉。4切れ。4!切れも!!

何かしらのタレが塗られており、空腹を凶悪に刺激してくる。これはやばい!!


「ほら、そこの露店で買ったもんだが、俺の奢り。食べな」

 ウィンク付きでアガトさんが言った。いや、もうアガトさんなんて呼び方じゃ失礼だ。お肉サマ。彼はお肉サマだ。

 震える手で受け取る。

「人が白い服を着ている時に嫌がらせか」

「え、あ、俺も良いんスか!?」

 肉汁とタレがしたたる肉に、恐る恐る食い付く。

「大体女性へのプレゼントが肉ってあなた……!?」

「え!? アイハどうした!?」

「く、口に合わなかったのか!? もしかしてアイハちゃんの国って肉食べない!?」

 オレを見た3人がギョッと目を見開き慌てる。

 しかし、そんなのに構ってる場合じゃない。


「おいしい~~~~~~」


 一週間ぶりのまともな食事!しかも肉!全男子中学生の大好きな焼肉だ。

 これが泣かずにいられるか!!

 オレはボロボロ涙をこぼしながら肉を食べる事を止めなかった。

うぅ、何の肉か分かんないけど美味しいよぉ。肉最高。肉最強。オレもう肉と結婚する。


「アイハ……君は……」

「おおおおアイハちゃんそんなにひもじい思いをしてきたのか!俺のも食べな!沢山食べな!何ならまだ買ってくるよ!?」

「アイハ腹減ってたなら言えよ!俺のも食うか!?」


 牛串もどきを1本食べきった所で、ようやく一息ついた。あぁ美味しかったぁ……。

 差し出された白い布に顔を上げると、イーサンさんが無表情でこちらにハンカチらしき物を差し出していた。

 あ、オレがひどい顔をしてるからこれで拭けと。……いやいやいや!そんな真っ白な物使ったら汚しちゃうから無理だわ!!

 慌てて首を振るも、頭を掴まれて乱暴に顔中を拭われた。

この人アガトさん投げた時も思ったけど、見た目神経質そうなのに結構大ざっぱだな!?

 ようやくマシになった様で、満足げなイーサンさんに一応謝っておく。

「あの、すいません洗濯……」

「問題ありません」

 そう言ってイーサンさんがハンカチを上に放り、口の中で何か呟くと、オレの涙と牛串のタレでグチャグチャだったハンカチは、見る間に真っ白に戻っていった。

「何ですそれ!?」

「【洗浄】です。生活魔法の一部ですが、知らないのですか?」

 え、何その便利な魔法!いや、魔法って便利なものだけど!

てゆーかそんなの使えるなら、牛串渡されて嫌味言う必要もないんじゃ……?

そう思ったが、口に出さないでおいた。多分過程ででも汚れるのが嫌いなのだろう。

「イーサンはケッペキだからな。水魔法と風魔法を組み合わせて自分の為に開発までしやがった!」

 あぁ、ぽいぽい。

 それより、魔法って組み合わせ出来るのか……。ふぅん、なるほど。

「そんな事より、君は今までまともな食事をしていなかったのか?

 どんな生活をしているんだ」

 また質問が増えてしまったが、これはまぁ当然の疑問だろう。一週間ぶりの肉に我を忘れてしまったが、さっきのオレの欠食児童ぶりは乞食と言われても仕方ないレベルだった。

「いえ、この国に来て9日間ほど、まともな食事が出来てなくて……」

 この言い方はオレの為に木の実やキノコを採って来てくれてたクレーヴェルに失礼か。

いやでも、アイツ自分が食物を必要としないから、食事量とか味付けとかに全く意識が行ってなくて、ただ人間にとって毒じゃない物を採って来てくれるだけなんだもん……。試行錯誤で調理してみたが、調味料もろくに無いので、ほぼスープにして腹に溜めるしかなかった。


「そっかぁ……苦労してんだなぁ」

 お肉サマが優しく頭を撫でてくれ、赤毛が勢い込む。

「何か困った事があったら俺に言えよ!?」

 イーサンさんも無言で頷いている。

 初対面でここまで親身になってくれる彼らに、オレは


 大変な罪悪感を抱いた。


 妖精の呪いのせいとはいえ、オレにこんなに優しくしてくれて……これ呪いが解けたり、オレが男だとバレると殺されるんじゃないのか?全員戦闘力やけに高そうだし。もやしのオレなど瞬殺だろう。

これ以上は、なるべく関わらない様にしたいと、お肉サマと赤毛が差し出す肉は断腸の思いで断った。いいんだ、あとで自分で買って帰るから。

「そうだ、あまり食べすぎるな」

 遠慮しなくて良いんだぞとオレに肉を差し出す2人に、イーサンさんが釘を刺した。うん、大丈夫です、調子に乗りません。


「今夜、私がこの町一番の食事をご馳走してやろう」

「え」

 イーサンさんがふんぞり返っている。え、今何て?

「この町でそんなひもじい思いをする事は許さない。

 アスナヴーイの町がどれだけ豊かで美食で溢れているか、その身に実感させてやろう」

 ホワイ?

 どうしてそうなった。



 しかしあのイーサンさんが自信満々に推す美食の誘惑に、オレの、男子中学生の胃が抗い切れるはずもなかった。オレのバカ。

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