レシピ20 ネガティブ錬金術師と普通の回復薬
「ただいま~!」
無事アイハの姿のまま明かりの灯った家にたどり着いた。
オレは明かりそのもののクレーヴェルに向けて声をかけて、マジックバッグをドサリと置く。重さはほとんど感じないが、やはり重量感があるのだろうか。
『おかえりなさいマスター! 今日は上手く行ったみたいですね』
家中の明かりを灯しながら、クレーヴェルはオレの表情を正確に読み取りそう出迎えてくれた。家の明かり用にアカリ草を使おうと思ったけど、クレーヴェルに言ったら「光が欲しいのでしたら私に言ってくださればよいのに」とオレの願う場所全てを照らしてくれた。光の精霊は伊達では無かった。オレのランプ作りの夢は、終了した。
「うーん、どうかな……。商人ギルドのお姉さんには叱られたし、図書館の受付には無視されたな…」
『え!そうなんですか!? 何でまた!』
「商人ギルドは商人としてちゃんと一般常識を身に付けなさいって。
図書館の人は分かんない。オレの見た目が気に入らなかったとかじゃない?」
答えながら買ってきた食料を冷蔵庫と保管庫に移す。お腹は減ってるけど、もう遅いし作る暇も無い……と思って露店で牛串っぽいのとフライドポテトっぽいの買ってきた。ジャンクフード最高ー!
このままでも良いけど、せっかくだから屋台飯らしさをもっと高めたいと、自家製ダレで二度焼きする事にした。
「何だ、良くしてくださったんじゃないですか。そうマイナスマイナスに見るのはやめなさい」
お姉さんが優しかったのは分かってるよ。美人だし。おっぱいも大きかったし。
しかしそれに付随する自分のふがいなさを口にするのは悶えるしんどさなんだ。
「オレの作る回復薬、純度高すぎて売りに出せないんだって……」
『それは何度も私も言ったと思いますが……。そうですか、人間の世界は色々ややこしいですね』
「それな。クレーヴェルからしかこの世界の事教わってないから、人間世界の事サッパリなんだよ」
『いや、マスターはそもそも
クレーヴェルは発光生命体でありながら、眉をひそめるという器用な事をしてのけた。
タレ付牛串とフライドポテトでジャンクフード夕食を済ませたオレは、例の水道システムを分配させて火の魔石を入れた湯沸かし器を使って、物置だった部屋に防水加工をして作った簡易風呂に入った。
やはり日本人は風呂に入らないとダメだ。体の中から疲れが溶け出ていく感じがする。
「それで中級回復薬? ての作りたいんだけど、レベル落とすのってどうすれば良いんだろ」
『う~ん、私は錬金術には精通していませんので何とも。今回作ったのが前回より上級だったんですよね』
「うん。それは多分水のせいだと思う。シルヴェールが引いてくれた水って結構特別みたい」
『あぁ……そう言えばそうですね』
そういう材料の効能がダイレクトに出るので、錬金術って結構単純だ。
「水は井戸水に戻すとして、あとは何したら落ちるかな~? 薬草すり潰す時間短くしてみるとか?」
『確かに質は落ちそうですが、それだとただ単に混ざりの悪い手を抜いた回復薬が出来ません?』
むぅ。となると、材料の量を少しずつ変えてみるか、あとは加熱時の温度を変えてみるとかか。
『そもそもマスターは、マナを手から放出して作品に込めているので、それが品質向上にもなってるんですよ』
えー、知らないし。勝手に出てる物どうやって引っ込めるんだよ。
人間が皮膚で微かにしている呼吸が止めれるのかって話だ。この微生物以下のオレは皮膚呼吸も許されないって事か。
『マスターは錬金術を行っている時、何を思ってるんですか?』
「何って……」
クレーヴェルの唐突な質問に湯気で曇った天井を見上げる。
「この作業したら次どうなるかなーて何パターンも考えてるけど」
『どうなるって、一度作った事ある物もですか?』
そりゃあ……
「そうだよ。気温とか湿度とか作業速度も関係してるかもしれないし、同じ事やっても同じ結果になるとは限らないだろ?」
それこそ前回上手くいっても、失敗する可能性だってある。
『ものすごく後ろ向き……いえ、思慮深いと言うべきなのでしょうか』
いいよ別に。そんな気を使った言い方してくれなくても。
『いえ、本当に。シルヴェールのやつも言っていましたが、マスターのその性格は錬金術師にピッタリなのでしょう』
どういうこと?
『マナは大気中に漂う〝気″で、その実体は掴めない物とされています。ですがマスターは時空を越えた事でマナを宿し、全ての可能性を考える事で、マナに触れ、コントロール出来るのではないでしょうか?』
「時空を超えるって、あの事故たまにあるんだろ?」
『そうですね、私の知る限り200年に一度ほどですが。それに時空を超えたからと言って、マスターの様に後ろ向きで何事も悪い可能性を何通りも考える者などいないでしょう』
全く褒められている気がしないが、クレーヴェルの輝きが増しているから、どうやら良い話みたいだ。いや、完全にディスられてるけど。
「あー……じゃあつまりレベルの低い回復薬を作るには、考えながらしなきゃ良いって事?」
『その可能性もあります。マスターの思考がなければ、マナを作品に移さなくて済むかもしれません』
果たして上手くいくのだろうか?そもそも悪い方に考えずに何かするなんてした事が無い。「息をする様にネガティブ思考をする」と幼なじみの徹に言われた事があるオレだ。
でもまぁ他の案と共に試す価値はあるか。上手くいかないかもしれないけど。
「じゃあ風呂から上がったら早速試してみよう」
そう言ってザバッと湯船から出て、クレーヴェルが持って来てくれたタオルで体を拭く。先週初買い物で一緒に買ったタオルだが、使い古された安物のタオルみたいな肌触りだ。
『これからですか? 明日は職人ギルドに行くのでしょう? それもそのままのお姿で。
早めに寝て備えられた方が良いのでは?』
何言ってんだこの精霊。
「だからだろう?
職人ギルドがどういうものか知らないけど、職人と名前が付くんだ。商人みたいにお金さえ払えばなれるとは思えない。そしたら自称職人だらけになるじゃないか。
だから最初から作品を持って行くんだよ」
『なるほど、さすがマスター! 思慮深い!!!』
さっきの今だから、その言葉全然良い響きじゃないからな。
「あ、そう言えば」
忘れてた。
「図書館で【精霊】に会ったんだけど」
あの図書館での【検索さん】達の事をクレーヴェルに訊こうと思ってたんだった。
「図書館出来る前からあった木の精霊らしくてさ、最初に見たクレーヴェルみたいなちっちゃい光がふよふよ浮いてるだけなんだけど、本の場所とか知ってて聞いたら案内してくれるんだ」
言葉は喋らないけど、聞き取りは出来て、人型にはならないけど、知能はあって協力的。今までクレーヴェルという精霊しか見た事無かったオレには、どちらが標準なのか分からない。
『あぁ、木の精霊は、穏やかで知識欲が旺盛ですからね』
クレーヴェルは訳知り顔で頷くが、それはマリエルに聞いたから知ってる。
「そうじゃなくてさ、精霊ってあんなに沢山いるものなの?」
『精霊とは【概念】の集合体ですからね。木の様なハッキリとした存在には宿りやすいのですよ。
ましてや長い年月大事にされた宿り木で、その後も図書館の柱として使われているのでしょう? 精霊の存在の元である【精神】が溜まってるのでしょう』
前に聞いた話と合わせると、精霊は【精神体】で出来ていて、【マナ】を力の源として、【概念】の集合体……日本の神仏の扱いに少し似てるかな。人の概念によって生まれ、祀られないと存在し続けれない。
ハッキリとした存在って事は、固体>液体>気体の順に精霊が宿りやすいのかな?あれ、そうなると
「光の精霊って数が少ないの?」
思い切り気体のクレーヴェルって希少種?あ、そういえば【
『……数と言うより、自我を持ちにくいですね。私は少し特殊な例で、意志を持った光の精霊というのは、私自身は他に見た事がありません』
は~~さすが高位精霊様!存在そのものが稀少とは、ミトコンドリア以下のオレとは大違いだ。
『いや、マスターも十分レアケースですけど……』
世話焼きクレーヴェルのいつものフォローは聞き流す事にして
「じゃあさ、オレのマナをその木の精霊にあげたら、クレーヴェルみたいに大きくなって喋れる様になるかな?」
『まぁ、可能性は無くはないですが……木の精霊は数が多い分さほど力を持ちませんからね……。あまり期待しない方が良いかと』
確かに、クレーヴェルは光の塊の状態でもう喋ってたからな。でもオレと接する事で喋れる様になるかもしれないなら、図書館で得た知識の事とか教えてもらえるかもしれない。
人間とコミュニケーション取るよりよっぽど楽である。
ダメ元で精霊育成を試みてみよう。
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