レシピ21 ネガティブ錬金術師と職人ギルド

『忘れ物はありませんか? 詐称のネックレスは?』

「持ってる」

『翻訳メガネは……掛けてますね。ゴーグルは?』

「首に掛けてる」

『紙とペンは?』

「ある」

『お金は?』

「持ってる」

『あと……あ、回復薬は?』

「もちろん…………持ってる!」


 徹夜で作った【普通の回復薬】。

髪もアイハと同じ薄茶色に染めた。

準備は万端。


 目立ちにくい灰色のローブを目深に被って……職人ギルドに、行ってきます!!




 職人ギルドは、他のギルドのある大通りには無かった。

マリエルに大体で教えてもらった道を行くと、大通りから横道に入り、更に奥まった所にポツンと2階建ての建物があった。冒険者と商人のギルドが併設であった事を差し置いても、小さい。どことなく古臭い感じも”喫茶店”って雰囲気だ。

本当にここが……?

木の引き戸を恐る恐る引くと、カランカランと訪問者を知らせる音がした。本当に喫茶店みたいだ。

「やあ、いらっしゃい。ご依頼ですか?」

 受付らしきカウンターにいたのは、商人ギルドの様に若いお姉さんではなく、喫茶店のマスター風の白髪壮年の男性だ。

中は丸みを帯びたカウンターと別に、机と椅子がいくつか並び、背の高い本棚が存在感を出している。奥の方に階段が見えるので、2階もギルド内なのだろう。

しかし1階だけ見るとやっぱり喫茶店ぽい。頼んだらコーヒーでも出てきそうだ。オレコーヒー飲めないけど。


「いや、あの、えっと……と、登録をしたくて……」

「ほぉ! その年で!?

いや、失礼しました。実力さえあれば年齢は関係なく職人として認められます」

 年齢はこの世界では成人ではないけれど、働いていてもおかしくない年齢なのだが……やっぱり子供に見られるのか。しかしいちいち落ち込んではいられない。オレはここで身分証を貰って図書館に行くという目的があるのだ。その為にこの普通の回復薬を徹夜までして作ったのだ。



「では試験を受けてもらいますので、こちらにご記入お願いします」

 


 え?



「し……試験?」

「はい、商人などと違って特殊な職ですから、こちらで身分を証明するにはその証拠を見せていただかないといけません」

 ここまでは予想通りだ。

「あ、はい。だから作った物を持ってきたんですが……」

 そう言ってマジックバッグから回復薬を取り出そうとすると、喫茶店マスター風の受付にやんわりと止められた。

「いえ、それがあなたが作った物であるという証明は出来ませんから。

 こちらで用意する物で職人の仕事を見せていただくのが試験です」

「!!!!」


 ああ――――――――!!!


 たしかに―――――――――――!!!!


 言われてみればそうだわ!買ってきた物出して「オレが作りました」で職人の身分証明貰えるなら、誰でもなれるわ!ああああああ何で思いつかなかったんだよ。徹夜したよ!


「ひとまずこちらにご記入をお願いします」

 オレの動揺や後悔など完全に興味が無いのだろう、全く意に介さずマスターさん(仮)は書類を差し出してきた。

今回はアイハの時と違って翻訳メガネを掛けているので、どんな文字でも読める。と言っても、内容は商人ギルドや図書館の時と同じように、名前年齢居住区位しか聞かれていない。違うのは『希望職』という欄がある位だ。オレは迷わず『錬金術師』と書き込むと、マスターさん(仮)の目がキラリと光った気がした。


「それにしても稚拙な字ですね」


 字がすぐに上手くなる薬か、代わりに書いてくれるペンの制作をしようと心に決めた。



◇◇◇◇◇



 書類記入後に通されたのは、2階の部屋だった。

階段を上がってすぐの扉に入るマスターさん(仮)の後を付いて行くと、10畳ほどの部屋の中に、長机が2列並べられて、その上には色々な植物や鉱石……そして錬金術の機材が並べられていた。


「ここにある物を使って、何か作ってください。制限時間は3600秒です」


 えっ!? きゅ、急にそんな……!

 3600秒って…÷60で……1時間か。

「何かって、何でも良いんですか?」

 薬でも生活品でも武器でも?

「はい。錬金術と言っても幅広いですし、得意分野もありますでしょうから。お好きに制作ください」

 マスターさん(仮)はオレの質問に鷹揚に頷き、懐から出した金色の懐中時計をパチンと開いた。

始まってんの!? 有無を言わさないなオイ!!


 オレは慌ててゴーグルを着けて、その場にあるアイテムを鑑定する。

【カネーリ石】【グルフィ草】【ラズール草】【グルの実】【インセリウム】【硬化剤】【中和剤】【冷却石】……

 正直いくつかのアイテムは作ってみたが、どれも本を見ながら忠実に再現か、それを参考に少し材料を変えてみたりの四苦八苦の結果だった。今この状況でソラの状態で作り出せるものなど……何度も作って徹夜で試行錯誤した【回復薬】しかない!

 しかし他のギルドと比べ本部の規模が小さいとはいえ、なるべく目立つ行為は避けたい。

 ここはひとつ、心を〈無〉にして【普通回復薬】を作るのだ……!



 結論から言おう。

 オレは頑張った。

 いや、心意気だけの問題じゃない。無事徹夜の甲斐あって【普通回復薬】を作る事に成功し、職人登録を出来るという所まで行ったのだ。


 が。


 合格の言葉を貰えて浮かれるオレの元に、台風の様な声が響いた。


「我が職人ギルドにようこそ!!

 お前が幼いながらに錬金術の技を身に付けた小僧か!!」



 激しい音と共に現れた台風は、燃える様に赤い髪と瞳、そしてノースリーブの腹出しスタイルで立派な筋肉を晒した女性だった。

 そしてその耳が……尖ってる?


「ギルマス。わざわざいらっしゃらなくても」

 マスターさん(仮)の言葉にもう一度女性を見た。

ギルドマスター!? この人が!?

若いし、女性?とも思ったがそんな事より、何で目立たない様に頑張ったのに、珍しく成功したのにホイホイ出てくるんだ!?これも妖精の呪いなのか?

 しかしこちらの動揺も踏み潰す勢いで、職人ギルドマスターはドカドカとオレの目の前に来た。

「何を言う。職人ギルドの未来を担う新しい職人だぞ!

 ギルドマスターの私が会わなくて誰が会うと言うのだ!」

 そりゃ受付とか試験官の人なんじゃないですかね。そう思ったが女性の気迫に言葉が出ない。

「ようこそ新たな職人よ!

 私はこの職人ギルドでギルドマスターをしている、カイサリオスという!」

 ズイッと出された女性のとは思えない肉厚な手に、恐る恐る手を重ねると温かさを感じる暇も無く、強烈な握力で意識を飛ばしかけた。



 マスターさん(仮)の勧めで1階に戻り、あの備え付けのテーブルと椅子でオレ達3人は向かい合っていた。

 受付カウンターには、先ほどいなかった別の女性が座っていた。当たり前だが他にも職員がいるらしい。


「改めてようこそ、我が職人ギルドへ!」

 席に着くや否や、ギルマスのカイ……カイサ……リオン?………カイサさんは笑顔でまたも手を差し出してきたが、オレはまだ痺れの残る手を出す勇気が無く飲み物を持ってきたマスターさん(仮)に救いを求めて視線を送った。

「ギルマス、大事な職人の手を貴方が潰してどうするんですか」

 カチャンと置かれたカップには黒い飲み物と酸味を帯びた香りが……。コーヒーっぽい……コーヒーだな……。ミルク沢山入れたら飲めなくもないけど、頼める雰囲気では無い。

「む、そうか」

「失礼しました、トモヤ様。

 私はこの職人ギルドで副ギルドマスターを務めております、グエルラッツィと申します。以後お見知りおきを」

 そう言ってマスターさん(仮)改め、グエルさんはカイサさんの隣に腰を掛けた。2対1の圧迫面接配置の出来上がりだ。


「すまないな、この職人ギルドは少々人手不足でな。新しい職人が来ると言うので浮かれてしまった」

 少々…………なのか? 

「商人ギルドや冒険者ギルドに比べ、小じんまりとしているでしょう?」

「え、いや……そんな……」

 その通りだと思いますが。

「あの2つと違って、職人ギルドは歴史も浅いですし、まだまだ認知自体薄いのです」

「だが職人の地位を確立するためには、職人ギルドは必要な施設なのだ! それをあの金の亡者共は……」

 グエルさんの言葉に被せてカイサさんが声を荒げ、机を拳で叩いた。机が割れた。………………え。


「ギルマス、備品は大事にしてくださいと何度申し上げれば」

 いつの間にかコーヒーカップ3つを手に持ったグエルさんがため息を吐くと、そそくさと背の低い男性が出てきてヒョイと真っ二つになった机を片づけて行った。え、何なのココ?

「すまん、つい……」

「家具職人はいますが、タダではないのですからね。

 ……失礼しました、トモヤ様。あちらの机に移動していただけますか」

 流れる様に後ろの同じような机に移動させられた。慣れすぎている。オレの中で警戒ランプの色が濃くなってきた。エマージェンシーエマージェンシー。


「さて、それじゃあトモヤ。君は【錬金術師】合格という事で、職人ギルドカードを渡す」

 ピクッ!

 ギルドカードの単語にオレの耳が反応する。


そうだ、それを手に入れる為に来たのだ。徹夜が無意味だったり、手の骨を粉々にされそうになったり、机を真っ二つにされたのに衝撃を受けて忘れかけていたが、目的は無事達成出来そうだ。

「では、入会費の100Gと契約書にサインをお願いします」

 入会費ね。うん、今回はちゃんとお金がある。商人ギルドの時みたいな恥ずかしい事にはならないぞ。あれは本当に今思い出しても悶える恥ずかしさだった。

 差し出された1枚の紙を受け取り、過去の失態から現実に戻る。……契約書って言ったな。

 改めてメガネ越しに書類に目をやると、そこにはビッシリと文字が書かれていた。翻訳メガネに読めない文字は無い……が、その内容が。



「職人ギルドに属する者は、制作物をギルドへ登録し、売買はギルド経由で行うものとする……?」



 え……と、どういう事だ?

落ち着いて理解するんだ。契約書をちゃんと理解しないと不利な契約を結ばれる可能性もある。

 この紙に書いてある事をオレが読んだまま要約するなら、こうだ。


 職人ギルドに登録した職人は、制作物を職人ギルドに持ってくる。

 それをギルドが商品権利ごと買い取り、職人はお金を貰う。

 買い取った物はギルドが他に売り、そのお金はギルドの物になる。

 そしてギルドに登録された物を作って売るには、職人ギルドにいくらか支払わなければならない。


「職人ギルドは、駆け出しの職人に仕事を与え、また制作した物をギルドに登録していただく事で、権利を保障します」

 契約書をマジマジと見るオレに、グエルさんが補足してくれた。

「オリジナルの発想力も立派な財産だからな!我々はその権利を確立させているのだ」

 なるほど、理にかなっている。

 商標登録ってやつか。確かに新しいアイテムを作っても、それをすぐに他の人がマネして作ってそっちが売れたんじゃ、最初の人は商売あがったりだ。

それに、ギルドの存続にも金が要る。

 そもそもギルドの運営費はどこから出ているのか。

 冒険者ギルドは依頼を仲介する事での仲介料が主で、その他素材の売買。

 商人ギルドは登録商人たちの年会費とアイテムの売買。

 そしてこの職人ギルドは、職人たちの”技術の管理”か。


「職人達の地位向上の為にも、育成のためにも、技術力と言う物は目に見える形で誰かが管理すべきだと私は思っている」

 カイサさんが筋肉の上にある胸をブルンと震わせて張った。その目には強い意志が込められていた。

「だが商人達は、そんなものは商品ではない。金を払わないとのたまう上に、昔ながらの職人達もそんな物無くても自分はやっていけると言って登録しようとしない」

「ここに職人ギルドを構えて、かれこれ30年となりますが、ご覧の有様でございます」

 あ―確かに。今まで無料だったものに後から金払えって言われてもなかなか了承は得られないよな。熟練の職人さん達にいたっては、プライドがあるし仲介させない方が儲かるもんな。

…………ん?

「……30年?」

 グエルさんは分かるけど、カイサさんも30年前からいるみたいな言い方だったけど……。生まれてるかどうかもあやしい容姿だぞ?

「ん? ああ、私はドワーフなんだ。こう見えてもそこそこ長生きをしている」

 オレの視線に気付いてカイサさんがケロッと言ってのけた。

ドワーフ!確かに耳尖ってるな~とは思ったけど!

何気に人間以外の種族見たの初めてじゃないか?精霊と妖精は除く。

それにしてもドワーフって、もっとずんぐりむっくりなイメージだったけど、カイサさんはオレより背が高いし普通に美人に入るし気難しくも無い。とりあえずドワーフとは友好な関係が築ける様だ。人間は無理だけど!

「トモヤもその容姿で14歳って事は、人族の他の血も混じってるのか?」

 前言撤回、ドワーフは無神経、と心にメモしておく事にした。



 でも困った事になった。

 それならオレは……



「職人ギルドには登録出来ません」



 そう言って前を見たら、赤毛の鬼が、そこにいた。





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