レシピ22 ネガティブ錬金術師とギルドカード

目の前にいた赤鬼は、その炎の様な赤い瞳を更なる火を燃やした様に赤くし、机の上に置かれた拳がブルブル震えている。

気のせいか、髪も逆立ってきている気がする。これは、オレもさっきの机の様にされてしまうんではないか?


「……トモヤ、お前そんな人畜無害なスライムの様ななりをして、金儲けに固執するのか……」

 え、オレ今スライム呼ばわりされた? この世界でも微生物形体って事?


「ギルマス、落ち着いてください。皆それぞれ事情があるものです。

 トモヤ様、よろしければ話してくださいませんか?」

 間一髪、グエルさんの仲裁で、怒れる猛獣はひとまず治まってくれた。


「実はあの……オレの妹が商人をしていまして……。

 オレの作ったアイテムを商人ギルドに売って生計を立てているんです」

 最初にこちらに来れば問題は無かったのだが、すでに商人登録を済ませ、商人ギルドにアイテムも買い取ってもらっていて、ギルドマスターにも今後も来るようにと約束させられた状態だ。

ここで急に職人ギルドに入ったので、そっちを通してしか売れませんと言ったら……言ったら…………あの爬虫類系の鋭い目のギルドマスターにどんな報復を受けるか……。


それにアイテムを職人ギルドで売るにしても、アイハでの活動を止めるつもりはない。素材集めや冒険者ギルドへの依頼、買い物、とオレの姿でやりたくない仕事は山ほどあるんだ。

それなのに売買止めた商人見習いがのこのこと他の用事でギルドに行った時の空気なんて、想像するだけで恐ろしい。相手は商人だから手回しをされてこの町では買い物が出来なくなる、なんて事も有りうる。

そこまでのリスクを負って職人ギルドに入りたくはない。


「妹が商人? 商人ギルドに登録しているのか」

 獣の目に理性が戻った。ここを逃さず何とか逃げねば。

「はい、そうなんです。なので生計の要のオレのアイテムを全部こちらに卸す事になったら、妹の商人としての立場が危ういと……」

「妹が商人登録しているのに、どうしてトモヤは職人ギルドに登録したかったんだ?」

 必要ないだろう、とカイサさんは不思議顔だが、あんたがそれを言っちゃ自分の活動全否定じゃないっすか……と思ったら後ろでグエルさんが頭を抑えていた。

「あ……えっと、身分証が欲しくて……図書館に、入りたいから……」

 真っ直ぐが過ぎるくらい真っ直ぐなカイサさんに嘘を付いてもロクな事にはならないと思い、正直に答えたが、これも「そんな事で」と怒りを買うかもしれないと多少声が震えた。

 案の定、カイサさんが眉を顰め目を見開いて怒鳴る。


「図書館で本を読みたいから、職人ギルドに登録したかったって言うのか!?」

 ドワーフだからか声がすごく大きい。ビリビリと震える空気に固まりながら何とか頷く。

「グエルラッツィ! 聞いたか!?」

「ええ、聞きましたとも」

 振り返るカイサさんに、頷くグエルさん。

やばいやばい、早く帰りたい。



「何という素晴らしい職人だろう!!!」



 …………………え?



「生計の為ではなく、自らの腕を磨く為、知識を高める為にギルド登録に来るなんて!

 その向上心!探究心!これぞ職人だ!!」


 カイサさんが両手を広げたオーバーアクションで叫ぶ。その声も顔も喜色に溢れていて……あれぇ?


「やはり職人とはこうでなければ!自らの保身や金の事ばかり考えるのは、薄汚い商人どものする事だ!

 職人は自分の目指す頂に向け、ひたすら技術を磨く孤高で尊い存在である!!正に私の求めた理想の職人がココに!!!」

 商人に何か恨みでもあるのかこの人。高らかに叫び、カイサさんはグエルさんを再び振り返った。


「この素晴らしい職人に対し、我ら職人ギルドがギルドカードを発行しないなど、ありえないな?」


「有り得ないですね」


 グエルさんも笑顔で即答した。え?え?どうなってんだ?        

「錬金術師、トモヤ」

「はいっ」

 思わず返事をしちゃったよ。

 ハシャいでいたカイサさんが、急に真面目な顔になってオレに手を差し出した。え、また握手?と思ったが、その手には何か挟まっている。


「これはお前のギルドカードだ」


「は?」

 いや、だから職人ギルドのルールに従えないから登録は出来ないってさっき……

「安心しろ、お前にアイテムの権利を寄越せとは言わない。身分証が必要なのだろう?」

 え、まあ必要ですけど。その為にココに来ましたが。

「え、でも……」

「本当はもっと上のギルドカードを発行してやりたいのだが、そうなると制限が掛かるからな。銅カードで我慢してくれ」

 職人ギルドのギルドカードの単位は下から順に、銅・銀・金・白銀プラチナの4種だ。それぞれ職人ギルドへの納品の量も変わってくる。もちろん質の良いものを用意すれば、その分数も減る。

 「銅」レベルは、月々下級回復薬だと5本の納品をすれば良い。1日どころか1時間あれば作れる。もちろんそれだけでは生計は立てれないので、副業…他の制作物の売買も認められるらしい。そんな抜け道があるとは。


「我々の目標はあくまで、”職人の地位向上と育成”だ。

 お前の様に向上心のある職人をむざむざ見逃す事も、その成長を補助しない訳が無いだろう」

「ひとまず今月分の納品は、先ほどのテストで作っていただいたもので結構ですので、入会費の100Gをお願いします」

 怒涛の展開に目を白黒させてる間にトントン拍子で事が進み、オレは言われるままに銅貨1枚を払って契約書にサインをした。



「我ら職人ギルドはいつでもお前の味方だ! 困った事があったらいつでも頼りに来るが良いぞ!」

「月一の納品も忘れずに来てくださいね」

 それからギルドの前までギルマスと副ギルマスに見送られたのは目立って恥ずかしかったが、さほど人通りの多い道でも無かったので適当に頭を下げて、ギルドカードを手にオレは駆け出した。

何はともあれ、資格を得たのだ!いざ、図書館へ!!




◇◇◇



「いや~、今日は良い職人と出会えた!」


 職人ギルドマスターのカイサリオスは、そう言ってそのドワーフにしては大きな体をソファに勢い良く沈ませた。ここはギルドマスターの執務室。カイサリオスの自室だ。

商人ギルドのイーサン・バルタザードの執務室の1/3も無い上、シンプルな作りで机と椅子、キャビネットが2つとその前に向かい合わせのソファがあるだけの部屋だった。しかし室内の家具は地味だがどれも一級の鍛冶職人の作品で丈夫で木の艶やかさを放っていた。


「本当に、良い拾い物だったな」

 後から付いて来た副ギルドマスターである壮年の男:グエラッツィは先ほどまでの丁寧語と違い砕けた物言いと態度で、ドアをキッチリと閉めてから、カイサリオスの向かいに当然の様に座った。

「うむうむ、あの幼さにあの向上心。まだ商人達や金に取りつかれていない所も素晴らしい! 先が楽しみだ!

 ああ、そうだテストの結果も詳しく聞いてなかったな。どうだった?」

「あぁ、それなんだがな……」

 グエラッツィは手に持っていた紙をカイサリオスに渡す。


「ふむ……ふむ? この材料で”中級回復薬”か……。まぁ妥当ではあるが……掛かった時間は短いな。器用なのか?」

「書類的には、無難なのだが実際の作業は妙だったな」

「妙とは?」

「まず素材選びに躊躇いが無かった。的確に、制作物にいるものを選び取り、品質も寸分違わずの物を選んでいた」

「慣れているのではないのか? トモヤは回復薬を主に作る錬金術師とか」

「それにしては、品質の選び方が適切すぎた。

 それに、身に付けていた装備もおかしかったな。あれは確実に鑑定機能が付いてるな」

 テスト開始直後にゴーグルを装備したトモヤ。そこからザッと素材を見渡しただけで、それぞれ手に取る事も無く必要な素材だけを集め、機材を行使して最短の時間で作り上げた。


「ほう! トモヤは付与装備品も作れるという事か?」

「彼が作ったという確証は無いが、少なくともあんなアイテムは俺も見た事が無いな」

「300年は生きているお前がか! それはますます興味深いな!

 今度来た時見せてもらおう」

「それはどうかな。どうも隠しておきたい事が色々あるみたいだから、あまりつっつくと逃げるかも」

「それは困る!!

 でも、色々って? 何かか?」


 グエラッツィは上品そうな壮年男性の容姿に不似合いな動作で髪を掻き上げて、思案顔で唸る。

「ちょっと色々ありすぎて全部は感じきれなかったが、とりあえず精霊と妖精の気配があったな……」

「精霊の加護付きか!?」

「いや、おそらく契約を結んでいる。しかもそこいらの精霊じゃない、高位で珍しい精霊だな」

「ほー! じゃあその影響で錬金術に効果が?」

「それなんだが、テスト中何度かマナの気配も感じた」

「精霊のマナか」

 いや……とグラッツィは眉間にしわを寄せる。それには何か違和感があった。


「と言うより、溢れるマナを影響しない様に意識していた気がする……。

 多分がだ、マナは多分トモヤ自身の物だ」

「ん? んん~~~~~~~???

 つまりアレか? トモヤは、わざとマナを付与させない様にテストを受けたという事か???」

「そうなるな」

 あっさり答えたグエラッツィに、今度はカイサリオスの眉間に皺が寄る。

「どういう事だ? マナを付与する力がありながら、あえて実力を隠しつつ、その腕を磨くために勉強はしたいのか?レベルを上げたいのか?下げたいのか?どっちだ?」

「分からん。

 それと妖精の気配だが、こっちは魔力だった」

「妖精に魔法を掛けられたって事か? どんな?」

「分からん。入ってきた瞬間から妙に気になる気配はさせていたが、特に変わった事は無かったし」

 それこそがまさに魔法の効果の答えだとは知らず、グエラッツィは首を傾げる。


「さっきから分からん分からんばっかじゃないか!

 300年も生きてる知恵の化身の竜種の名が泣くぞ!!」

「300年生きて様が分からんもんは分からん!

 大体俺は竜種では若い方だ!!そもそも自分でも少しは考えろ、そんなんだからドワーフはバカだって言われるんだよ!!」

「はあぁぁぁぁ~~~~!? ドワーフがバカだなんて、どこのどの種族が言ってるって言うんだ!? それお前ら竜種だけだろう!!!」

「エルフもハーフリングもユヴェールも言ってるぞ! ドワーフは物作りばっかで他の事にはサッパリ頭が回らないバカばっかだって!!!」

「ユヴェールは滅びました~~~~~! 竜種の方が山に引きこもってばっかで常識知らずのバカばっかなんじゃないのか~~~~~????」

「何だと!?」

「そっちが何だ!!」


 2階で始まったお馴染みの騒音に、1階にいた家具職人と受付嬢は「またか……」とため息をついて片付けの準備を始めた。




 小一時間の争いの後、家具職人の修理作業の横で受付嬢と共に散らばった本や書類を拾いながら、ひと暴れしてスッキリした2人は落ち着いた声色で言った。



「何はともあれ、逃してはいけない人材という事だ」


「ああ、商人ギルドとの衝突は、免れまいな」



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る