レシピ19 ネガティブ錬金術師と図書館と美少女

 オレのトラウマ1号とのニアミスはあったものの、相手はオレなど眼中に無かったのが幸いして事なきを得た。

 ビビった。本当にビビった……。

 考えてみれば類似性のありそうな店だ。

トラウマバンダナも訪れる可能性を考えねばいけなかった。次からはどんな場所でも油断せずにいこう。


 ひとまず、一番の目的である食料と、錬金術の道具は無事に手に入ったので、事前に掲げていた目的は達せた。あとは図書館だ。この世界の基礎知識と商人としての知識を得ねば。出来れば錬金術関係の本も読みたい。

本屋でも良いのだが、この世界の感じでは現代日本の本屋の様に”ビジネス本コーナー”や”資格取得コーナー”があるとは考えにくい。てゆーか絶対無い。ある訳無い。

そうなると本のラインナップは本屋より図書館の方が期待出来るし、出来れば「買って帰って読んでみたらハズレだった」現象もなるべく避けたい。引きこもりは金が要るので、節約に越した事は無い。


 カラばぁに言われた通り、ギルドのある大通りを北西に進む。

北西……えっと、今昼前くらいで太陽があっちだから……多分、こっち……と頭の中でウロウロしながらもメインストリートは1本なので意外とすぐたどり着いた。

え、お城?て位の立派な白い柱の立った大きな建物だったが、現代日本の図書館もそういえばこんなだった気がすると思い直して入った。…………が、さすが異世界。

勝手が全っ然分からん!!!


 開け放されていた大きな門を入ると広いエントランスの先に、出入り口らしき箇所はあるのだが、受付らしき壮年の男性はこちらを見向きもしない。しかも恐ろしく静かな空間に軽々しく声も掛けれない。

これは俗に言う『一見さんお断り』的な事なのか!?

カラばぁは行けば良いみたいに気軽な感じで言っていたが、もうかなりのお年っぽかったし、その時から仕様が変わってるのか。

いや、もしかしたら「行けるものなら行ってみろ」って意味だったのかもしれない。それを勘違いしてオレはノコノコ……

 羞恥心に打ちひしがれそのまま回れ右をしたオレの目の前に、まさか前の人間が突然こちらを向くとは思ってなかったのであろう、目を丸くした少女が立っていた。


 エントランスの高い位置にある窓がから入る光で、キラキラと光る金髪に深い海みたいな青い大きな目が勝気そうに輝いていた。

黒いブラウスにピンクのヒラヒラスカートで、どこから見てもお金持ちそうな……そう、金髪美少女がそこにはいた。


 現代日本にいた時でさえ全く関わり合いになっていないと言うか、むしろテレビの中の人物レベルの美少女だ。

その上金髪碧眼なもんで、さらにその近寄りがたさは増していた。

翻訳ブレス付けてるけど思わず「アイキャンスピークイングリッシュ」とか口走りそうになるのを必死に押しとどめた結果、オレ達は無言で見つめ合う羽目になった。

そんな沈黙を先に破ってくれたのは、金髪美少女だった。


「あなた図書館に用があるの?」

 ツンと白い顎を逸らしながら、美少女が鈴を転がすような声で言った。美少女は声まで可愛かった。もうコワイ。

「あ、は……はい」

 美少女から声を掛けられた感動に震えてる場合じゃないと慌てて返事をした。すると美少女は少し眉を上げて感心するようなそぶりを見せた。

「へぇ……あなたみたいな子がねぇ……。

 まぁいいわ。それで何で受付前でウロウロしてるの?」

 あなたみたいなと言うのは、子供と言う意味か、貧乏くさいという意味か、頭悪そうと言う意味か……多分全部だな。

「は……初めてで……利用の仕方が分からなくて…………」

「なんだ、それじゃあ私が案内してあげるわ!」

 そう言うや否や美少女はオレの返事を聞かずに手を引っ張った。

この強引さには覚えがあるが……この世界の人間って皆強引なのかな。

しかし美少女に手を繋がれた衝撃にオレの頭は真っ白になる。ミトコンドリアなオレは女子と手を繋いだのなんて、小学校低学年児の集団登校以来だった。


 美少女があの無愛想な受付の男性の元に行き「入館書類をちょうだい」と言うと、受付は返事もせずにカウンター内側から何やら紙を取り出した。

美少女は気にせず「ありがとう」と書類を受け取り、オレに見せてきた。

「これが図書館への入館許可証を作る書類。あと誓約書ね。これに記入して、身分証を呈示したらすぐに入館許可証は発行されるわ」

 一応少しだけではあるが、この世界の文字は勉強したのでゴーグル無しでもその基本的な書類は何とか読めた。名前と連絡先と年齢、性別、職業を記入するんだな。あと……

「身分証?」

「そう。あなた持って無いの? 市民カードか学生証。あぁ、ギルドカードでも良いわよ」

 あ、そういう事か。お店の会員証とか作る時には提示を求められるもんな。ギルドカードならあるある…………無い!!!!

「どうしたの?」

「う、ううん! 何でもない! コレで大丈夫かな?」

「あぁ! あなた商人なのね! うん、大丈夫よ。記入はそこにペンがあるから……」

 ローブの内側に作成したポケットから出した商人ギルドカードを見せると、美少女は笑顔で頷いてカウンター隅にあるペン立てを指さした。

オレはお礼を言って何とか書類を書きながら内心焦っていた。ギルドカードはある。……こっちの姿アイハには。

さっき少しだけ読んだ誓約書にはこう書かれていた。


『本の持ち出し禁止』


と。


 図書館だから貸し出しがある物だと考えていたが、ここは異世界なのだ。

剣と魔法は発展してるけど文明的にはいまいちっぽい異世界。

本の大量印刷は難しいのだろう。図書館も無いかもと思ってたのだから、予想すべきだった。図書館=本を読める場所であって、貸し出す所ではないと。

そうなってくると時間制限のあるアイハでは長時間の読書は難しい。しかも変化薬には今の所限りがあるのでなるべく使いたくない。しかしコミュ障の自分には、本が唯一のこの世界の情報を知る場所なのだ。クレーヴェルじゃ精霊目線なので、人間の生活までは分からない。

幸い時間だけはたっぷりあるから、どうにかして図書館までは友也の姿でやって来て籠って情報収集をしたい所なんだけど……オレの本来の姿で身分証明書など無かった。

そうだ、本当のオレはこの世界では自分の存在の証明すら出来ないんだ。


「書けた?」

 落ち込むオレに構う事なく、美少女がヒョイと手元を覗き込んできた。最初からずっとそうだが、この美少女距離感が近い気がする……と思ってはたと気付く。そうだ、オレ今女なんだ。これが同性同世代女子の距離感ってやつなのか……!

「何だ、もう書けてるじゃない。でもあなた字汚いわね~」

「うっ」

 まだ字は練習中だから、確かにひどいかもしれない。もう少し頑張ろう。

「はい、じゃあこれお願いね!」

 美少女はテキパキとオレから奪った書類を受付に渡し、受付の男性はまたも無言で受け取り奥に引っ込んだ。

「少し待てばすぐ発行されるから、ちょっと待ってましょ。

 あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね、私はマリエル。ここから少し離れてる学園都市ハクバの魔法学校に通っているの。今は長期お休みで帰省中なの」

 そう言ってマリエルは長いまつげを惜しげも無くパチパチさせ、人好きする明るい笑みを浮かべた。フレンドリーな美少女なんて存在したのかよ。さすが異世界。


「あ、アイハ……です。商人やってます。最近、この町に来た……んです」

 美少女スマイルにしどろもどろになりながら、何とか返す。

「アイハね、よろしく! 年はいくつ?」

「え、14……」

 あ、しまった。せっかくだから盛れば良かったか。

「何だ、同じじゃない! そんな畏まった話し方しないで、普通に話して良いのよ?

 14歳でもう商人として一人立ちしてるなんてすごいわね、字も読めるし、下手だけど書けるし」

 え、同じ年!?

年上だとばかり思ってた。やっぱりこの世界基準の人々は発育が良い。

あと14歳で商人として一人立ちは、ちょっと早いけどそこまでおかしくはないと……。

今後聞かれたらそのまま答えて良いか。あ、てゆーか商人ギルド登録した時普通に14歳って書いたわ。今さらだった。

「学校以外であんまり同じ年くらいの子で勉強する子を見ないから、思わず声掛けちゃったの。でも役立てたみたいだから良かったわ」

「はい。あ、うん。ありがとう。すごく助かった」

 マリエルは得意そうに笑った。

「ふふん、他に困った事があったら何でも聞いて。図書館の事も、この町の事も、私はここで生まれ育ってたから大体答えれると思うわ」

「遠くの魔法学校行ってるって、いつから?」

「10歳からよ。学校は大体10歳から16歳で行くものだからね。

 ほら、16歳で成人の儀を受けるじゃない?」

 そうなのか。オレが思いきり分かってない顔をしたのだろう。

「あ、そっか。アイハはこの国の人じゃないのね。この国じゃ16歳から成人なの。

 でもまぁ生活に余裕の無いお家の人とか、商売してる家なんかは子供から働くからアイハ位の年で働いてるのも別に不思議じゃないわよ」

 なるほど、やっぱり貧困とかあるよな。学校は皆が行くところじゃないから、教育にもバラつきがあってオレが字を読み書きできるのも驚かれたのか。

「アイハはどこから来たの?」

「えっと……東の方の……すごく田舎だから言っても分からないと思う」

「ふぅん、一人で? 家族で?」

 えぇと……

「あ、兄と2人で」

 そういう事にしておこう。アイハの方が年が上に見える様にしたが、この辺はオレの微かなプライドが14歳より下に思われたくないともがいた。

「へー、お兄様いるんだ! 私もいるんだ~」

「へー」

 それはそれは、金髪碧眼のさぞや美形なんだろうな。

マリエルは遠くの魔法学校に留学までしてるんだ。家も裕福に違いない。

あ、そうだ。この流れで……


「あ、あのね! それでその、兄がね、錬金術師をやってるんだけど、身分証を持って無くて……どうすれば図書館に来れるかな?」

「お兄様錬金術師なの!? すごいわね。商人じゃなかったんだ。

 んー、そうね、錬金術師なら、”職人ギルド”に登録したら? そしたらアイハと同じ様にギルドカードが持てるわよ」

 職人ギルド!?

まだあったのがギルド!でもまぁ確かに、商人と冒険者とは全く別物だから何かしらの組織はあるか普通。

 しかし職人ギルド……。

ギルドに登録に行かないといけないんだよな……友也の方で。

図書館のみならどうにか人に掴まらずダッシュで行けるかと思ったが、職人ギルドとなるともちろん人はたくさんいるだろうし、何より登録作業で否応なしに人と喋らねばならない。

乞食のガキ呼ばわりされたオレの本当の姿で……。

う……考えただけで胃が痛い。


「あ、ほら出来たわよ」

 マリエルに言われて振り向くと、受付の男性が帰って来ていた。無言で差し出されたカードを恐る恐る受け取ると、マリエルがまた手を引いてきた。

「さぁ、行きましょう!」

 図書館内で走って良いのかなと思ったけど、マリエルもその辺は心得ているのか決しては知らず早歩きだった。

 重厚な扉に許可証をかざすとギィ……と扉が開いた。

え、ハイテク!?と思ったけど、魔法の力の様だ。なるほど、カードに込められた魔力に反応するのか。そっかそうすれば自動改札機みたいな事も可能なのか。何かに使えそう。


 開け放たれた部屋には、本、本、本!

「すご……」

赤絨毯が敷かれた床に少し暗めの照明の中、2階編成で構成された部屋は見上げるばかりの高さの本棚がズラリと並べられており、その棚にはすべてにギッシリと本が詰められていた。圧巻の情景にオレが口をあんぐりと開けて眺めていると、マリエルがまた得意そうに笑った。

「アスナヴーイの図書館は、ここらじゃ一番の蔵書数なのよ。

 それでアイハは、何の本が見たいの?」

「あ、えっとね、この国の歴史とか生活が書いた本と、商業に関する本なんだけど、あるかな?」

 目的を見失いそうになったが、どうにかマリエルの質問に答える。

「んー、あると思うけど私はその辺の本読んだ事無いから、検索さんに聞こう」

「けんさくさん?」

 マリエルに促されて図書館の真ん中にやってきた。そこには1本の大きな木があり、その周りを小さな光がふよふよ飛んでいる。


「あれはこの図書館の宿り木の精霊なの。

 ここには元々精霊の宿る大木があってね、当時の王様がそこを中心にあとから図書館を建てたの」

「え、そんな事して精霊は怒らないの?」

「もちろんちゃんと最初に相談して、許しをもらってるわよ。木の精霊は知識欲が旺盛だからね、こうして図書館が出来た後も協力してくれてるの」

 マリエルいわく、この光の木の精霊たちは図書館内の本を全て知り尽くしていて、どこに何があるか聞けば案内してくれるらしい。なるほど、それで「検索さん」。


「こんにちは、精霊様。この子がこの国の歴史と生活が分かる本と商業の本を探しているの。案内してくださる?」

 光に向かってマリエルがそう声を掛けると、その内の1つがスウッと飛び出してきてオレの周りを一周回ってから付いて来いと言う様に動き出した。

マリエルの方を見ると頷くので、大人しく光に付いて行くと、そこには『王国の歴史』と書かれた本を始め歴史本が1棚ズラリ。次に連れて行かれた生活本も1棚。商業本にいたっては2棚に渡ってあった。

1棚200冊はありそうだ。全てを読みたいわけではないが、アイハの姿でいられる時間だけではとても足りそうにない。

マリエルが魔法本の方に行った時にこっそり光に「錬金術の本はある?」て聞いて連れて行ってもらった棚はこれまたすごい量だった。これは本気で職人ギルドカードの取得を頑張らねばと心に誓った。



 その後2時間ほど本を読み漁り、マリエルに誘われて図書館前のカフェで昼食を取った後また図書館にこもり、時間ぎりぎりまで粘った。

前回の反省を踏まえて、時計に細工して無音振動型のアラームを付けておいたのだ。

 マリエルはオレより早く退館したが、「休み中は大体ここに来てるから、また会いましょう」と言っていた。美少女に「また会いましょう」と言われてしまった……!オレ今女だけど!!

 アイハで会えるのはまた一週間後になると思うが、オレは覚悟を決めていた。



 明日、友也で職人ギルドに行く。




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