レシピ30 ネガティブ錬金術師と廃屋

 先立つものはお金。

 しかしお金を稼ぐにも、生活あっての事。その生活にはお金がいる。

 鶏が先か、卵が先か。みたいな話になっているが、要は何かをするにしてもこの家がボロすぎて修繕や改築をしないと出来ないという話だ。


 随分前の様な気もするが、俺がこの廃屋に棲みついてから、まだ20日ちょっとしか経っていない。

 あの日逃げ込んだこの家は、町のはずれにあり、周囲に建物はあまりない上にあってもそこも廃屋だ。

 エテリア王国王都アスナヴーイは街の真ん中に芙蓉のいる図書館があり(と言うか、芙蓉を中心に街が作られた)そこから大きく四つに区間が分かれている感じだ。

俺が住んでいるのは南側の商業地域の奥の方で、東側はあまり行った事ないが、工場なんかが並ぶ工業地域みたいで、北側に貴族街があり、その奥にお城がある。あと怖くて行っていないが、工業地域の南側はスラム街があるとか。そんな所に俺みたいな貧弱な子供が迷い込むと、即有り金巻き上げられて殺されるに違いないから、絶対に近付かない様にしなければ。


クレーヴェルいわく、この家は少し前に錬金術師もどきの男が住んでいたそうだ。ちなみに寿命という物が無い精霊の言う「少し前」なので、建物の感じから言っても50年は軽く経っていると思う。

街の建物は石造りの物が多い中、この家は木造の二階建てに、後からくっつけた様な一部屋が二階に付いている。

1階は全部つながった部屋で、トイレと倉庫が2つあって、竈のある台所がある。二階へは梯子で上がる様になっていて、くっついている一部屋の他は棚に囲まれている一部屋だ。

まず最初にやったのは、穴の空いた屋根や床を塞ぐ事からだった。

木製だから単純に朽ちて空いてた所もあるが、腐ってる所も多かった。

廃屋に住むのに何が一番怖いって、汚くて病気になる事だ。その点で、クレーヴェルの存在は本当にありがたかった。

そう、光の殺菌だ。

光の大精霊、大活躍である。

クレーヴェルがいなかったら、日本育ちのオレが廃屋に住もうなんて思えなかった。病気の心配が無いと思えば、落ち着いて家の修繕が出来た。どちらにせよ、他に行く所なんて無かったから必死に整えた。クレーヴェルも精霊魔法を使ってちりやほこりを取ってくれたり、高い場所の修理の時に支えてくれたり手伝ってくれた。


トイレももちろん日本のキレイな物ではないから、どうにか簡易的な水洗にして、物置だった部屋の全面に防水の板を貼ってお風呂場も作った。

水はシルヴェールがキレイな水を持って来てくれるまでは人が居ない時間を見計らって井戸水を汲んでは貯めるか、クレーヴェルに出してもらうかだったけど、今は蛇口を回せば出るからすごく便利だ。


 何とか生活は出来る様に整ってきていると思う。キッチンで火を使う時は、枯れ木にライターで火をつけてるから、マリエルにマドレーヌを作った時は竈の火を保つのにずっとその場を離れられなかったけど。オーブン欲しい。

 家具や食器などは最初からあった物をキレイにして使っている。何せ前の住人が集めたらしい訳の分からない物で溢れている家だ。ちょっとずつ整理はしているんだけど、『用途不明品』を入れている木箱が詰まれている。


 ちなみに、錬金術の作業部屋は基本2階なんだけど、2階では火も水も無いので、大掛かりな作業は結局キッチンでやっている。道具を1階に下ろすか、水を2階でも使える様にするか、悩みどころだ。

 あと2階の後からくっつけた様な小部屋は寝室にしており、そこに付いているベランダは街を囲む壁のすぐ傍なので日当たりはあまり良くないが、天気の良い日は洗濯物を干すのと同時に、家庭菜園を始めた。

 ゆくゆくは自活生活をするのだ。野菜類などは自分で育てなければ。

 長方形のプランターが2つ、野菜の種と薬草の種をそれぞれ植えてみた。

 種も土もお店で買ったものだし、日光はなくとも光の精霊の光でどうにか育ってくれる事を祈っている。


 あと穴ふさぎの次に作ったのは、鍵だ。

 何とこの家、鍵が付いていなかったのだ!勝手に棲みついている身として言うのも何なんだが、これではいつ何時オレが不在の時に家を乗っ取られるか……いや、居たとしても戦力ゼロだからむしろ殺されて奪われるか分からない。

 なので玄関のドアと窓にはしっかり鍵を作って付け、家を出る時と帰ってきた時には必ず鍵を掛ける様にしている。

 クレーヴェルなんかは『私がいるのですから、そんなに強固にしなくても』と言っていたけど、オレの心の安定のためである。


 そんな訳で、この世界に来てから20日余り……正確には25日、家は大分住みやすくなっていた。

 次はやっぱり、2階への水の供給か、それかはしごを階段に改築するか……。これは穴の補強どころじゃないから、時間も材料も掛かりそうだしちょっと調べないといけないな。

 となると、まずはお金か。戻ってしまった。

 先立つ物を作るには、やっぱり錬金術だ。

 と言っても、アシェラの言う流通に適した”売れる物”となると、金額はさほど高くないので沢山作らなければならない。

 かと言って稀少価値の高い物を作ってもあまり売れない。その上アイハとしての商人の活動に支障が出る。


「お金を稼ぐって……難しい」

 ポツリと自分の無力感に苛まれて零した言葉は、バレー選手のレシーバーのごとく颯爽と現れたKY妖精にスライディングで拾われた。


『やぁっほ~トモヤ! 何なに? 今日は何で凹んでんの!?』


 わざわざ人が凹んでる事を口に出してくる所が、本当にこの妖精は空気を読めない。いや、読めてて言ってるから空気読まない派の奴か。リア充属性だ。一番苦手な相手である。


「何しに来たの?」

『用が無きゃ来ちゃいけない訳じゃないでしょ?』

 いけないよ。

何でいけると思ってんだよ。

「用も無いのに来られて騒がれるの迷惑。帰って」

『えぇ!? 言う!? 思ってもそれ言う!!!??』

 シルヴェールは驚愕を全身で表して抗議してくるが、なぜ自分が受け入れられていると思っているのかが甚だ疑問である。

オレはお前に男にモテる呪いを掛けられて、迷惑こうむっているというのに。




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