レシピ29 ネガティブ錬金術師と蜘蛛の糸

 マリエルとの食事を終えて店の外に出た途端、ひっつめの頭をした壮年の女性が「お嬢様!お一人で出歩かないでくださいませ!」とマリエルを連れ帰っていった。

すごい、メイドだ……と眺めていると、マリエルは慣れたものなのか引きずられながらオレに笑顔で手を振って行った。……そういえば3回ともマリエル1人だったな。常習なのか。

これぞお嬢様!て感じなのに、もしかしたらマリエルっておてんば系?


 さて、腹ごしらえも済んだ事だし、1人になったオレは予定通りカラばぁの店へを向かった。

 ただし前回と違い、オレは友也の格好だ。人目を避け、例の緑ターバン、オレのトラウマとも会わない様細心の注意を払う。

 かと言ってオレはこの町の地形にもまだ詳しくないから、あまり裏道なんかは使えないんだけど。

暗視機能を付けたこの鑑定ゴーグル2号だが、スキル鑑定機能を足す前にマッピング機能を付けた方が良いかもしれない。ゲームとかでも、画面上に地図が出るのと出ないのでは進行のスムーズさが違う。

図書館で見た地図をインストールして、方角と距離の縮尺を反映させれば出来そうだ。解析機能を追加する為の素材と方法はまだ調べ中だし、ひとまず地図機能だ。


 そんな事を考えている内にカラばぁの店が見えてきた。

 物陰に隠れ、周囲を見渡して店に向かう人、出てくる人がいない事を確認する。どう見てもオレが不審者だ。分かっている。分かっているが安全の為だ。オレに対する不信の視線は見ないふりをする。

「……っ! やば!」

 警戒を緩めようとした矢先、店のドアが動いて慌てて再び建物の影に全身を隠した。

 数秒待って、そっと様子を伺うと、オレのトラウマ2号が店から出てくるところだった。


 あっっっぶね~~~~~~~~~!!


 やっぱりか!やっぱり常連だ、あの緑ターバン!!

 警戒して良かった!次元の狭間に落ちる位運が無いオレだ。そういう巡り合わせの運も無いだろうと、予想しておいて良かった!ステータス表示には出ないけど、オレは運が無い!!よし、理解した!!


 自分の運の無さを再確認した上で、緑ターバンが見えなくなるまで隠れた後、もう一度辺りを見渡してから、慎重にそして迅速に店へと入る。

 今の居住家を思い出させる匂いと物の乱雑さ、あと薄暗さにホッと一息つく。この町でこうして安心出来る場所は、図書館がそうでなくなった今、家の他にはこの店だけだ。

 カラばぁに声を掛けようかと思ったが、友也で来るのは初めてだった事を思い出し、道具売り場の方に足を向ける。

 家と本で少し学習したが、まだまだ見た事が無い道具も多い。半楕円型の隙間から鍵みたいなのが飛び出してるコレなんて、何にどうやって使うのだろう。

 ホームセンターみたいで見ていて飽きないが、今日は目的があるのだった。靴を作る為に、あとその内マジックバッグを作る為に、裁縫道具を買わなきゃ。

元の世界なら、手芸屋さんとかデパートに置いている物だろうが、錬金術に使うのだから錬金術屋にもあるだろうという安易な考えで来た。無かったらどうしよう。と言うか、並びを見ていても無い気がしてきた……。


「何かお探しかい?」

「わぁっ!!」

 道具前で考え込んでいたから、背後から忍び寄ってくるカラばぁに気付けなかった。て言うか前回もこんなじゃなかったか?この婆さんは人の背後から忍び寄るのが趣味なのだろうか。

「おや? あんた……」

 え?何かバレたか?この姿で会うのは初めてのはずだから、初対面のフリをしなければ!と言ってもオレに演技力など無い。余計な事は喋らない。それしか手は無い。

「あんたの付けとるそのゴーグルとネックレスは……」

 あ―――――――!

使い回してます――――――――――――!!!

 さすが錬金術屋店主!お目が高い!!とか脳内では大騒ぎだが、何とかそれを押し込めて知らない振りをする。


「え?何ですか?」

「いや、あんたが付けとるゴーグルとネックレス、鞄。あと形状は違うがそのブレスレットの石も、全く同じ物を付けた女の子がこないだ来たからのぉ。

 と言っても、どこにでもある物じゃなくて、稀少な錬金術アイテムばかりじゃ」

 偶然……は通じない事は分かった。となると、やはり言うしかないのか。

「それは多分、オレの妹です。2人で同じ物を使ってるので」

 ここでも使うぜ!双子の兄妹設定!

 本当はなるべくボロを出さない為にも使わない方が良いのだろうけど、どちらの姿にも会ってる人に相互点を突かれたら、こう言うしかないよな。……何かどんどんドツボに入っていってる気がする。やはり友也では出歩かない方が良いか。


「ほぉ! この店に来るという事は、兄妹2人して錬金術師なのかい?」

 一応兄妹説を信じてくれたみたいで、カラばぁは感心したように声を上げた。

 オレはどう言ったら矛盾が生じないか少し悩んだが、この人はアガトさんとも繋がりがある事を思い出し、初期設定のままを話した。

「錬金術師はオレで、妹にはそれを売買してもらったり、素材を集めて来てもらってるんです」

「ほぉほぉ、前回お嬢ちゃんが買って帰ったのは、あんたに頼まれた物じゃったか。……ああ、そう言えば」

 カラばぁがふと思い出したように、オレの顔をじっくりと見た。元から人と目を合わすのは得意な方ではない上、こっちに来てから黒眼を散々イジられたのであまり良い気分はしないが、あからさまに隠す訳にもいかず、おずおずと視線を外すだけに留まったが、カラばぁには通じたみたいで「ああ、すまないね」と謝罪された。


「黒水晶みたいな眼の黒髪少年錬金術師……髪の色は違うが、あんたの事かねぇ」


「!!」 


 ギクッと体が強張るのが分かった。

 誤魔化すにも、もう錬金術師と自己紹介した上、黒眼も若い錬金術師も珍しいらしいからカラばぁも確信を持ってるみたいだ。

 ……どれだ?誰からの情報だ……?黒髪、と言ったからには髪を染める前だ。となると、最初に町に来たあの日に絞られる。

普通に考えたらこの店を出入りしているらしい緑ターバンだろうが、騎士様はやたらとしつこかったし、ここでいらない事を言ってこれ以上墓穴にハマるのはゴメンだ。

心臓の音を響かせながら、カラばぁの次の言葉を待つ。


「いやね、この店によく来る同列業者の奴がアンタの事探してるみたいでねぇ……何度もうちに来てないかって聞きに来たんだよ」

 間違いない。緑ターバンだ。

「すごく出不精な奴だからね、ずいぶん熱心に探してるみたいだから来たら教えてやるとは言ったんだけど……」

 チラリ、とオレの顔を見られ、オレは慌ててブンブンと頭を横に振る。

「……みたいだねぇ。良いよ、客の情報を流すほど耄碌しちゃいないよ。黙っといたげる」

 オレの必死な様子を見て、カラばぁは困った様に笑ってそう言ってくれたが、なぜこっちを優先してくれるのだろう。

疑問が顔に出たのだろう。カラばぁは今度は体を揺らして笑った。

「金貨1枚の本をポンと買えてしまう上、ずいぶん才能のある錬金術師みたいだ。これからも店にお金を落としてくれる客を手放したりしないよ」

 なるほど、金銭的利益か。それなら理解出来る。


「あんたも随分事情がありそうだけど、アイツもね、口と態度は悪いが悪い奴じゃないんだ。気が向いたら相手してやっとくれ」

 それ前に騎士様も言ってたけど、口と態度が悪かったらもう8割がた悪い奴だろう。

「あんたが預けた物も返したいって言ったよ」

 預けた物?そんな物……あぁ、売るつもりだった鉱石か。

「返さなくて良いから探さないでって言っておいて」

「良いのかい? 私がアンタと会った事伝えてしまって」

 あ、そうか。

 オレがまた首を横に振ると、カラばぁはふと目を和らげた。まるでデキの悪い孫を見る様な視線だ。


「まぁ、アイツの話は置いておいて、今日は何を探しとるんだ?」

「あ、えっと……」

 言いかけて止まる。

そもそも裁縫道具って何を指すのだろう?いるのは針と糸だ。

ハサミはわざわざそれ用でなくても良いなら持っている。

小学生時代の家庭科の時間に買わされたセットを思い出すが、糸切バサミとか、予備のボタンとか、ペンシルとか、代用出来そうな物ばかりだ。あと何だ?針の糸通し……いらないな。

「針と、糸が欲しいんですけど、ここに置いていますか?」

 とりあえずはこの2つで良いか。

「ふうむ、何を作るか聞いて良いかの?」

「えっと、靴と……バッグを作ろうと思って」

 そう言うと、カラばぁは道具売り場の下の引き出しから小さな包みを取り出してきた。

「革製品に使うならこの針じゃな。皮の具合によって使い分ける者もおるが、とりあえずはコレでええじゃろ」

 包みを開いて見せてくれたのは、向こうの世界で言う長針くらいの長さの、銀色よりも少しくすんだ色合いの針だったが、ちゃんと針穴も付いていて大体同じ物みたいだ。

「これいくらです?」

「120Gじゃな」

 2400円位か。道具だし、皮製品用なら普通のより丈夫だろうし、まぁそんな物か。買います、と頷くとカラばぁは包み直してくれた。


「あとは、糸か」

「はい」

 針の時と違い、カラばぁは少し迷う様に首を傾げる。

「糸は無いんですか?」

「いや、違う。逆じゃ」

「逆?」

 それだけ言うとカラばぁは店の奥の方に言ってしまった。

ぼんやりその後ろ姿を眺めていると、「早く来なさい」と叱られた。付いて来いっていうなら、先にそう言ってほしい。

 しかしカラばぁの後を付いて行って呆然とした。

 一畳分はあるかって位の壁のスペースに貼られた、無数の糸に。


「糸は色んな物に使うからねぇ、素材としても特に種類が多いんだよ。

 アンタ察するに、糸を使う錬金術は初めてだろう? この中から欲しいの選べるかい?」

 そんな物無理に決まってる。オレは首を振る。

元の世界にいた時だって、家庭科でしか針と糸に触れていないのだ。糸の違いなんて分かるか。

しかもここは異世界だ。糸にだってとんでも効果が……効果?

「あ」

 効果なら分かる!

効果重視で選ぶのだったら出来る!

 オレは首に掛けていた鑑定ゴーグル2号を装着して、ボタンを操作して【鑑定】モードにして選択していく。

 

 そもそもオレはどんな糸が欲しいのか?

 元々はただ靴とバッグを作る為に必要な【部品】としてしか考えていなかったのだが、水で回復薬の効果が変わった様に、過程の【部品】の効果も反映出来る。

糸にも【効果】があるのなら、出来るだけ活用していきたい。

こちとらスライム以下の下等生物なのだ。装備品に付加価値を付けなきゃやってられない。

 バッグは【時間経過】が止まる効果はトーンブルフの胃袋に付いてるみたいだから、あと欲しいのは【耐久性】と【軽さ】かな。いや、ここは異世界なのだから、もっと備えておかなければ危険だ。中のアイテムが駄目になる可能性は1つでも潰しておきたい。となると【耐水性】や【耐熱性】か……。いやでもコレ糸に求めれる事じゃ無くないか?どちらかと言うと布だろう。

となると、やっぱり【軽さ】だな。

 そして本命の靴だが、こちらもまずは【耐久性】だ。せっかく作った物がすぐに壊れては困る。

 あと【敏捷性】と【瞬発力】はシェイバードの皮と羽に期待するとして……いやでも品質向上は1つでも上乗せ出来る物ならしたい。そもそも速く逃げる為の靴を作りたいのだ。

となると……

「これ……この【風切蜘蛛の糸】が良い」


 糸展示スペースの一番上。背伸びして手を伸ばしても届ききってない場所に展示されている銀色の糸を指さした。チビに優しくない店作りだが、カラばぁも小さいのにどうしているのだろう。

「ほぉほぉ! 風切蜘蛛の糸かい!」

「うん」

 これがココにある糸で一番耐久性が強い上に、【敏捷上昇】と【重力抵抗減少】効果があった。

「【風切蜘蛛】は標高1万メートル以上の岩肌に生息する珍しい蜘蛛で、強風の中影響を受けないどころか風を味方に付けてる様な巣を作るんじゃよ。

 この蜘蛛の糸で上手い事錬成したアイテムには、風の加護は付くらしいぞ。よう見つけたのぉ」

 そんな蜘蛛がいるのか。さすが異世界、何でもアリだな。

「そのゴーグルは、文字の翻訳だけじゃなくて【鑑定】までするのかい、すごいねぇ」

 カラばぁは感心した様に言ってるが、オレは騙されない。クレーヴェルの時の事があるのだ。

これはゴーグルという形を取ってるのが珍しいだけで、他にもそういうアイテムがあるに決まっている。と言うか【鑑定】スキルはあるのだ。スキルを持たない弱者だからこそ、こうして道具に頼ってるに他ならない。


「それより、あの糸はいくら?」

「1メートル1000G」

 ん?

「1メートル1000G、だよ」

 1メートルだけで、2万円!?

「た、高くない、ですか?」

 ぼったくり?

「高いもんか! さっきも言っただろう。標高一万メートル以上の岩山に張られた糸だ。もちろん魔物も出る場所だ。

 そんな所まで上がって採取してこなきゃいけないんじゃ、安い位だろうて」

 た……確かに……。富士山でさえ標高3千メートルくらいだって聞いた事がある。富士山3山分縦に重ねた岩山か……異世界イッツミラクル。


 しかし困った。靴と鞄を作るとなると、1メートルじゃもちろん足りない。かと言って、全財産を糸につぎ込むわけにもいかない。

冒険者ギルドにも依頼を出しているし、何より食費もいるんだ。

 マジックバッグは既に1つあるからな……。優先順位で考えても……やっぱり靴分だけの糸を買う事にしよう。


 オレは諦めて靴分だけの糸を購入して店を出た。

 何をするにも、先立つ物はお金だなぁと改めてお金の大切さを噛みしめながら。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る