レシピ28 ネガティブ錬金術師とマドレーヌ
突然の王国の核精霊の発覚と、それをコキ使ってしまったクズです、こんにちは。
これバレたら確実に極刑ものだと思うんですが、どうでしょうか。
ひとまず精霊……名前は本人(?)が気に入っているので、そのまま芙蓉と呼ぶ事にした。エテリア王国始祖の木の精霊には口止めはしたけど、オレの命が尽きる日も近いかもしれません。
それでも芙蓉はオレに名前を付けられたのも、こうして話すのも楽しいと固い口調で言うので、悪い気はしない。
思えばこの世界に来てから、友也の方の姿でまともな交流を出来ているのは、精霊・妖精・ドワーフと人外ばかりの気がする。あ、グエラさんは人間か。
【
友也の姿で会った人間を思い出す。
……………うん、無理だな。
オレは早々に結論を出して、精霊との交流に身を投じた。
そうは言っても、ずっと図書館の隅に隠れて芙蓉とおしゃべりしてばかりもいられない。
オレは読みたかった錬金術の本を持って来て、寂しそうにする芙蓉の為に席には着かず、また隅の本棚の影で座りこんで読む事にした。少し暗いが、こんな時こそ『鑑定ゴーグル2号』の出番だ。思わぬところで暗視機能が役に立ったぞ、やったね。
『トモヤは錬金術に興味があるのか』
「うん、オレ錬金術師なんだ」
興味深げにオレが本を読むさまを肩に乗って覗き込む芙蓉を、小さな子供に懐かれている気分になりながら答える。
「芙蓉は図書館の本を読むの?」
【検索さん】と呼ばれ、全ての本の位置を覚えている知の精霊だ。中身も読んでるかもしれない。
何気なく聞いたオレの質問は、芙蓉は事も無げに答えてくれた。
『勿論だ。全て読んでいる』
すべて?
全てって言ったか今!?
「え、全部中も読んでるの!?」
何千……いや、万もいってるだろうこの本を全部!?
驚いて芙蓉を振り返ると、芙蓉はきょとんとしている。
『当然だ。私はこの図書館の設立前から存在する。正確には322年の間、此処にいる』
なるほど、建設時から24時間ずっと図書館にいて本を読んでいたら全部読めるのか。精霊だから体や目の疲労も無いみたいだし。
「クレーヴェルから、木の精霊は知識欲旺盛だって聞いてたけど、本当だったんだな」
『私は始祖の精霊だから、他の精霊たちより自我が強い故もある。
クレーヴェルというのは誰だ?』
「オレと契約してる精霊だよ。クレーヴェルもオレのマナで人型になったんだ」
『トモヤは既に契約精霊がいたのだな……』
そう言ってショボンとする芙蓉だが、いやお前もう王様と契約してるんだろう?
【
いや、2人の意見を聞く所【マナ】の方だな。精霊はマナを栄養とするみたいだから、オレは【エサ】として魅力の様だ。
エサとか考えたらお腹が空いて来た。
図書館にある大きな金時計も、12の位置を過ぎていた。
今日はこの後裁縫道具を探しにカラばぁの所にも寄りたいから、昼飯がてら読書はこの辺にしておくか。芙蓉と喋っててほとんど読んでないけど。
それでも欲しかった情報、トーンブルフの生態の確認とついでにこの国の成り立ちも知れた。オレにしては上出来の成果だと思う。
ついでに、今まで以上に友也の姿では隠れ住まなければいけないという決意も出来た。
あ、そうだ。
「芙蓉、オレ7日に1回くらい、姿が変わってるから、その時は友也って呼ばないでね」
『何故だ。姿が変わっていようがトモヤはトモヤだろう』
精霊的には違いは無いのかもしれないけど。
「その姿の時は、友也とは別人って事にしてあるから、友也って呼ばれると困るんだ。出来ればそっちには話しかけないで貰えると助かる」
『……トモヤが困るのであれば……耐えよう』
ムスゥとした雰囲気だが、芙蓉はそう言って一応了承をしてくれた。
何百年も生きている偉い精霊だが、そうしていると本当に小さな子供の様に見えて、兄しかいないオレの少しだけあった『お兄ちゃんになりたい欲』が刺激された。
「明日も友也で来るから、その時は喋ろうな」
芙蓉と約束をして、図書館を出る。
館内と門周辺をうろつく変わった格好のおっさん達(多分神官)とキッチリした高そうな服のおっさん、その護衛と思われる森で会った騎士達より多少簡素な鎧の男たちから、気持ち隠れる様に少し足早になる。そちらの方に意識が向いていて、周囲に気を配れていなかったのだろう。
「きゃ!」
「あ! ご、ごめんなさい!」
図書館から出てすぐ人にぶつかってしまった。と言っても、オレ自身の体重が軽いせいか、お互いよろめくにだけに留まったが、謝罪して顔を上げてギョッとした。
「平気よ、私もよそ見をしていたの」
見覚えのある金髪と緑の眼。今日は緑色の大人しめのワンピースに身を包んだマリエルだった。
「いや! オレが悪いんだ! ちゃんと前見てなかったから! 本当にゴメン!!」
よりによって高貴な美少女にスライム以下のオレがぶつかるとか、万死に値する行為だ。
土下座せんばかりに頭を下げるオレの頭上から、マリエルの可憐な声がフフフと弾んだ。
「トモヤって、大きい声も出せたのね」
確かにオレは普段あまり大きな声は出さないけど、そう言われると恥ずかしい。
気まずさにチラリと視線を上げると、マリエルはイタズラっ子の様に目が輝かせてこちらを見ていた。
金髪美少女が、ぶつかって来たオレの事を楽しそうに見ている訳がない。
そう思ったが、マリエルに「お昼まだでしょう?」といつものカフェに強引に連れて行かれてしまった。
アイハならともかく、と思ったがマリエルはお構いなしだった。
オレは男に入れられてないのは確実として、この貧相な格好のオレとよく一緒に食事する気になるものだ。
だがオレ自身もマリエルに用事があったので、ちょうど良かった。アイハになれるのはまた6日後になるので、友也でも話せるなら越した事は無い。緊張するけど。
「あの……マリエルに渡したい物があるんだけど……」
「まぁ、何かしら?」
カフェでマリエルは赤い貝みたいな具材の入ったパスタもどきを、オレはピグーの肉を薄切りにしてタレを付けて焼いた物……豚肉の生姜焼きぽい物を食べつつ切り出した。めっちゃ米食べたい。
オレの絞り出した声に、マリエルはごく自然に返してくれた。お嬢様っぽいし、これだけ可愛いのだから、人から贈り物をされるのに慣れているのだろう。
「これ……なんだけど…………」
マジックバックから取り出した箱をテーブルの上に置く。
「あの、全然大した物じゃないんだ、本当に!
ただアイハと友達になってくれて、色々アドバイスもしてくれたみたいだからお礼がしたくて……でもオレじゃ大した物用意出来ないから……」
消え物が……一番かなと……。
「まあ」
箱を開けたマリエルから、喜色を含んだ声が出た気がするが、オレの希望による幻聴かもしれないので、表情は緩めないでおいた。
「甘い香り。これは……お菓子なの?」
「あ、うん。マリエルはいつも甘い物を食べてたから、お菓子が良いかなって。あの、ほら、いらない物贈られても困るだろうから、食べ物の方が良いと思って……」
「見た事ない形。カワイイわね」
お菓子を作ろうと思って錬金術の食べ物系の書物を読み漁った結果、マドレーヌにした。
比較的簡単だし、ふくらまし粉には凝固剤にも使える重曹がカラばぁのお店で売っていたからだ。
器はどちらにせよ作らねばいけなかったので、基本に忠実に貝殻型にした。
どうやら好評いただけた様でほっと一息つく。
「食べても良いかしら?」
「え!?」
マリエルが瞳を輝かして言ってきた。オレは良いけど、ここお店だから良いのかな?持込みOKのお店なのか?
「内緒で……ちょっとだけ」
そう言ってマリエルが笑ってこっそりマドレーヌを一口齧った。さすがお嬢様、気品のあるつまみ食いだ。
「……おいしい!」
パァツと口元を覆って喜ぶマリエルに、今度こそ肩の力を抜いた。良かった……こっちの世界の人には口に合わないとかが無くて。
「すごいわね、こんなお菓子作れるなんて」
「いや、錬金術の延長だからそんな難しいものじゃないんだ」
「え? アイハじゃなくて、トモヤがつくったの?」
あ
しまった~~~~!
アイハってことにしとけば良かった!
そうだよ、基本お菓子作りをするのは女子だよね!こんなしょっぱいチビ男じゃないですよね!?
後悔に冷や汗をダラダラ流して固まってしまったが、時は残酷に流れるもので。
「錬金術ってお菓子も作れるの!? すごいわね!」
「え?」
こちらの動揺をお構いなしに、マリエルは目をキラキラさせていた。えっと…別に、キモがられてはない……?セーフ……なのか?
「それにお礼を言うのは私の方なのよ」
マリエルは残りのマドレーヌを大事に包み直しながら口を開いた。
「え? 何で?」
オレはマリエルに図書館の使い方を教えてもらって、更に服や女子力についてまで教えてもらった。そもそもこんな身なりのオレに話しかけてくれただけでも女神である。
オレが首を傾げると、マリエルは少し寂しそうに笑った。
「私……学校であんまり友達いないの」
そんな!
学園ヒエラルキー絶対的頂点だろうマリエルに友達がいないとか!
嘘だろ!?
オレが無言で目を見開いて驚いている間にも、マリエルの話は続いた。
「私が通っている学校は、魔法学校でも随一って言われる学校で、もちろん貴族が多いんだけど、平民の子とかもいるの」
教育環境と費用の関係上、普通学校に通うのは貴族らしい。
しかしマリエルの通う魔法学校は、世界きっての教育機関で実力主義な事もあり、平民の入学も認めているだとか。奨学生とかそんな感じかな?
マリエルは貴族の中でもかなり上位らしく、おまけに魔法の成績も良いらしい。それゆえに周りからの目が厳しく、あまり人が寄ってこないとか。ヒエラルキーの上も上で大変なんだな。
「上級生や先生方とは仲良く出来てると思うのだけど、私って強引で高飛車な所があるから……同級生からは疎まれてるの」
まぁ強引は強引だが、それはもう持つべき者として備わっていて不思議でないと思うけど。
「学校でもクラスの子が困ってると思って、勉強を教えてあげようと思ったんだけど、それが傲慢だって……」
なるほど、世界屈指の魔法学校だから生徒皆のプライドが高いのか!それを見た目も家柄も成績も完璧なマリエルが手助けしようとしても、上から目線にしか見られないと。
と言うか実際上からなのだから、受け入れれば良いのに。大変だな、プライドある人って。
「だからね、私と普通にお話してくれるアイハの事『だったら良いな』って気持ちで『友達』って言っちゃったんだけど、それを受け入れてくれて本当に嬉しかったの」
ああ!それでか!
一体いつ友達になったっけと驚いたが、マリエルのダメ元発言だったんだな!
良かった、どっかでフラグ素通りしたかと内心焦っていたんだ。友也ではアイハの事全て知ってると言う訳にはいかないから。
「アイハは、本当にマリエルに助けられたって言ってたから、気にする事ないよ。
学校での事だって、えっと、マリエルが親切なのを、相手がその、素直に受け入れられないだけで、えっと、マリエルに非はないと思う、よ?」
人を慰めた事なんか無いから、上手く言えてるか分からないけど、オレは必死で言葉を重ねた。
こんな事ならもっと人と交流しておけば良かった。初戦の相手が貴族の美少女とか鬼ゲーだろ。
オレの必死の様子に、マリエルがやっと目線を上げてくれた。良かった。泣かれでもしたら本当にどうしたら分からない。
「友也も……私と友達になってくれる?」
「もちろん!」
やっと聞けたマリエルの声に、オレは一も二も無く返事をした。
…………ん?
あれ、これややこしい事になってない?アイハだけならともかく、友也でもマリエルと交流深めるってヤバくない?
「嬉しい! ありがとう友也!!」
満面の笑顔を浮かべたマリエルは、天使と見紛う可愛さで、オレは今更否定の言葉を吐く事などもちろん不可能で、曖昧に笑った。
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