レシピ32 ネガティブ錬金術師と妖精の歌
とにかく、先手必勝だ。
昔の人は言いました。謝るが勝ち。
朝一番に気合を入れてアイハの身支度を整え、行きたくない気持ちと早く素材が欲しい気持ちを交差させながら、クレーヴェルにも『早い方が良いですよ』と背中を押されて、ここ冒険者ギルドにやって来た。
こんな時間に来るのは初めてで、そっと中に入ると、依頼の掲示板の前には前に見た時よりも多い人だかりが出来ていた。朝一に依頼が貼り出されるのだろう。
それよりも受付だ。受付自体はまだ混んでおらず、空いている所がチラホラ見える。しかしオレが目当ての男性職員は見当たらない。
どうしようか迷っていると、後ろから大声で名前を呼ばれた。
「アイハっ! お~い、アイハ~~~~~~!!!」
こんな大衆の面前で名前を連呼されるとか、何の罰ゲームだと振り返るとそこには、もはやお馴染みになった赤毛がいた。名前はまだ(覚えて)無い。
以前見た時よりボロボロ?の風体だが、どうしたのだろう。その後ろからやってくる3人の筋肉質の男も見覚えがある。前にここで声を掛けてきた冒険者だ。
「シェイバード! お前の出してた依頼のシェイバード、達成したの俺だぜっ!!」
「お前ひとりじゃねーだろ!」
「俺ら4人で死に物狂いでやった結果じゃねーか!!」
「馬鹿野郎! そんなかっこ悪い事言うんじゃねーよ!」
デカい男4人に囲まれて口々に喚きたてられては対応のしようが無い。こんなの恐喝だ。
いや待て。落ち着けオレ。今のオレは
女商人として成長すると決めたじゃないか。冷静に、現状を整理して話に耳を傾ける。
「えっと……皆さんがシェイバードを捕まえて来てくれたの?」
冒険者ギルドから昨日通知が来たのは、≪シェイバードの素材調達≫の方だった。
でもアレってCランクだったはずだから、この赤毛はまだ新人とか言われてなかったっけ?受けれるの?
「本当は俺1人で獲ってきてやりたかったんだけど……」
赤毛が無念そうにそう言うので、やはり冒険者のランクによって受けれる依頼も限られるのだろう。
「お前1人じゃ依頼受けるのも出来ねーから、俺らが組んでやったんだろが! 感謝しろよ!」
なるほど、何人か集まってパーティを組めば上のランクの依頼も受けれるのか。という事は、この人達は皆DかEランク冒険者って事か。まぁ何はともあれ、シェイバードの素材は早く欲しかったから
「ありがとうございます、助かりました」
ここでマリエルに教わった笑顔な!大丈夫かな?引きつってないかな?
「い……良いって事よ!!」
「俺が獲って来てやるって言っただろ!?」
言ってたっけ?何かそう言う事言ってた人がいた気がしたけど、赤毛だったっけ?
「おおおお俺バーズってんだ! また何かあったら俺に言えよ!」
3人組筋肉の1人、顔に傷のある男がそう言って前に出る。
「どけよっ! 俺はガスター! この中では一番頼りになると思うぜ!」
3人の中で1番細身で(でもマッチョ)背の高い男が更に前に出る。
「どいてろっ! 俺はドム。困った事があったら俺を頼りな!」
最後に、髭を生やした男がほかの2人を押しのけて出てきた。どんどん近づいてくるから、オレは後ずさりする事になる。
バス・ガス・爆発(ドム)……。
覚えやすくて助かる。
この流れで赤毛も自己紹介してくれないかと思ったけど、ここで打ち切りみたいだ。
「お前ら散れっ! アイハが困ってんだろ!!」
赤毛がそう言って3人の筋肉ダルマをうっちゃってくれた。圧がすごかったから、正直助かった。
「何だよスターリ、お前は元からアイハちゃんとは面識あるんだから、今位譲れよ~」
面識あっても名前覚える気無かったから覚えてなくて、今更聞けずに困っていたオレに救世主が現れた。
ドムさんGJ!! 赤毛の名前、ゲットだぜ!!
「あの~、本来指名依頼でもない限り、依頼者と冒険者が直接やり取りするのは困るんですけど~」
ようやく騒ぎにやって来たゆるい感じの喋り方をする受付嬢に、注意をされた。そうなんだ。
まぁ確かに、冒険者って言ったら戦闘能力のある人だもんな。かたや依頼者側は自分では出来ないから頼むのであって、戦闘能力が無くて金がある人物が多いだろう。
顔を覚えられて夜道で襲われでもしたら……え?めっちゃ危険じゃない!?冒険者ギルドに依頼に来るのって危険じゃない?オレ前回も衆人環視の元依頼出しちゃったよ!!
「普通は~依頼者の方は奥にある専用カウンターか~手紙や~通信用魔導具で依頼を出されます~~~」
「……初耳なんですけど」
あれ?前回出した時、アガトさんいたよね?ギルドに一番詳しいはずのギルドマスターいたはずだったよね???
「ギルマスは~そういうの~ユルい人なんで~……ごめんなさい」
ペコリとゆる職員さんに謝られてしまった。
しかし前回、衆人環視なら依頼を受けてもらえる可能性が増えそうとか打算したのもオレだ。その上女の子に頭を下げられては許さない訳には………………ああっ!!しまった、先手必勝が!!!先に謝られてしまった!!!!!
「ご、ごめんなさい!!!」
突然頭を下げたオレに、ゆる職員さんが顔を上げて首を傾げる。
「なんで~あなたが~あやまるんですか~~??
受付の仕方を~誤ったのは~うちなんですけど~~~?」
「い、いえ、その件じゃなくて!」
「お、なんだなんだ?」
オレがどうにか許してもらえないか試行錯誤しながら説明しようと試みた所で、アガトさんとイーサンさんのコンビが現われた。この人ら大体一緒だけど暇なのか?仲良しなのか?
「ギルマスが~付いていて~依頼を衆人環視で受けた件を謝罪していたんですけど~」
「何をやっているんだ貴様は」
ゆる職員の言葉に、イーサンさんがアガトさんを睨んだ。気がした。と言うのも、オレは未だ絶賛お辞儀中(90°)だからだ。
「いや、その場のノリで、すまん! ……で、なぜアイハちゃんの方が頭を下げているんだ?」
オレはそろりと頭を上げてアガトさんを直視出来ずに、視線をウロつかせつつ説明を試みる。
「あの、その、その件は良いんです。わたしも打算的な所もあったので……。それよりですね……大変申し訳ないのですが…………」
言うぞ~言うぞ~…………
「依頼達成の時用の受信機壊しちゃいましたすみません!!!」
ビシッ!と日本人必殺の、直角お辞儀をする。
「壊した?」
アガトさんの疑問符に神妙に頷く。
昨日シルヴェールと興味の赴くまま分解改造をしてしまったレシーバーは、元に戻る事なく今朝を迎えてしまった。ペネの実用にも受け取っていたので、冒険者ギルドにはいくつかあるのだろうが、魔石を使った魔導具となると安い物では無いのだろう。だからこそ、使い捨てでは無く返却の義務があるのだ。
「まぁ、あの受信機は失くしたりしたら弁償になるから金額はあるけど」
「オイクラマンエンでしょうか!!?」
払えない額だったら、今すぐ特級回復薬量産します。
「エン? あー、とりあえず受信側だけだから、元の魔石が返却できるなら1000Gだな」
2万円相当か……。思ったよりは安くて良かった。そう思ってオレはマジックバッグから銀貨を10枚を取り出す。
「しかし壊したって、何やってたんだ?」
「あ~壊したと言うか、
「改造?」
「待ちなさい」
困惑気味なアガトさんを押しのけ、イーサンさんがあの金色の目でオレにロックオンした。気がした。
「改造したと言ったな。それは例の錬金術師がか」
「えっと、まぁ、はい……」
例の錬金術師って、|友也(オレ)の事で良いんだよな?
「今持っているのか? 見せてみなさい」
いや持ってるけど、コレ冒険者ギルド所有の物なんじゃないのかな。なぜ商業ギルドのこの人が仕切っているんだろう。
しかし誰も文句を言わないし、オレも断ったらどうなるか怖くて拒否出来ず、おずおずと改造済レシーバーをバッグから取り出す。
「? 何も変わってないけど」
アガトさんが不思議そうに手に取る。まぁ外はイジってないからな。
「どう改造したのか試せば良い。送信側の魔導具は?」
「はい~ここに~~」
商人ギルドマスターのはずのイーサンさんの命令を、なぜか冒険者ギルドのゆる職員も当たり前に聞いて魔導具を差し出す。
それにイーサンさんが何か……魔力を流したのか?送信側の魔導具のボタンが少し光った。
♪~♬♬~~♫~~~♪~~♫~~~~
受信側のレシーバーは実験の時と同じく、シルヴェールの歌声を響かせながら赤く染まっっていった。
「!? 何だこの歌声は!」
「どこから……!?」
「なっ、色が変わったぞ!!?」
途端騒ぎ出すギルド内。音はそんなに大きくないのだが、シルヴェールの歌って何か通るんだよな。
「これは……一体何をしたんだ?」
イーサンさんも意外と開く金の目を見張ってオレに問いかける。えーと、何と答えたら良いやら。
「ごめんなさい、音が大きくてびっくりしたから、音楽とか流れれば良いのにな~と思って……」
つい。
ノリと出来心で。
「確かに~~あれうるさいですよね~~~」
ゆる職員の感想に、そう思ったのはオレだけじゃなかったんだと、ちょっとホッとした。
「反射音では無く、歌声を入れるなんてどうやって……そしてこの歌声は…………」
「え、あれ? マジかよ!?」
「ん? 何だこれ?」
イーサンさんが魔導具を色んな角度から見始めたら、今度は赤毛バスガス爆発たちが騒ぎ始めた。
視線を向けると、どいつも何だか気持ち良さそうに顔を緩めててちょっと気持ち悪かった。
「どうかしたのか? お前ら」
アガトさんの問いかけに、4人は皆緩んでいるが不思議そうに眼をキョロキョロさせている。
「いやあの、気のせいかその歌を聞いたら傷の痛みが引いたんでさぁ」
「おう、俺もだ。傷が治ってるわけじゃねえんだが、さっきより痛くねぇ」
「俺も」
何言ってるんだろう?
「痛みが……? なぁイーサン、お前片頭痛持ちで大体頭痛が痛いんだろ?」
あぁ、ぽいなぁ。
「頭痛が痛いとは言わない、バカが。まぁだがバカの言いたい事は分かる……今は痛みを感じない」
ん?んん?どういう事だ?
そんな急に痛みが治まるなんて、今起きた変事なんて…………シルヴェールの歌?
「アイハ、この歌声は何だ?どこで手に入れたか知っているか?」
どこって……家ですけど。
「いえ、家には楽器も何も無かったので……遊びに来ていた妖精に歌ってもらいました」
「「「「妖精!!??」」」」
全員がぎょっと目を剥く。
え?こっちの世界では妖精いるよね?オレだけに見えてるとか妄想乙とかじゃないよね?
「妖精!? 君の家には妖精が遊びに来るのか!?」
「妖精が見えるのかアイハ!」
あ、良かった存在は認識されてるっぽい。
しかし珍しい……んだ……。近くの森で、食虫花に喰われかけてたけど。
「その妖精は、よく来るのか?」
2~3日に1回は来るけど、言わない方が良い気がする。
もしかしたら珍しい妖精を見にオレの家に大勢の人が押し掛けてくるとか、妖精目当てに家を差し押さえられるとか、追い出されるかもしれない。
「いえ、極稀にです」
昨日も泊まったし、今もまだ家にいるかもしれないけど!
「そうなのか……しかし君は妖精とも心を通わせる事が出来るんだな……」
え、あいつめっちゃグイグイくるから、誰とでもすぐ仲良くなりそうだよ。
しかし言わない。お口チャック。
「妖精の歌声には、神経や精神を落ち着かせ、痛みを和らげる効果があるみたいだな」
「あんな美しい歌声なんだ。不思議は無い」
そう言えば本人も『私の魅惑の妖精ソング』とか言ってたな。本当に効果があるものだったんだ。あんまりにもなドヤ顔で自画自賛してたから、いつも通りスルーしてしまった。
「アイハ、君さえ良ければこれは買取らせてくれないか?」
「え?」
いや、買い取るも何も、もともとそちらの物ですけど。
「受信機としての性能もすごい。色が変わって後からでも確認出来るのは画期的だ。しかし、何よりもこの妖精の歌声を聴く事が出来る性能。あらゆる面で使える」
あ、そうですか?えっと、じゃあつまり……
「勝手に改造した事は許してもらえるんですか?」
オレの一番の杞憂に対し、アガトさんとイーサンさんは目をぱちくりしてお互いの顔を見た。仲良しか。
「あぁ、もちろんだ!」
「まぁ出来れば次からは事前に言ってください」
やった――――――!
怒られずに済んだ!
今日だけはシルヴェールに大感謝だ!!
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