レシピ40 ネガティブ錬金術師とシェイバードの靴
久しぶりの和食は最高だった。
あの後魔力回復薬を作って即行飲んでしょうゆの樽も1年進めて、無事醤油の摘出にも成功した。
そして夕食は大根っぽいワトンクという白い野菜で作った味噌汁とシェイバードのしょうゆ炒め。めちゃくちゃ米が欲しかったけど、贅沢は言えない。次の目標として掲げよう。
次は米。そして魚だ。
そう言えば豆腐の材料のにがりは海水から作られると授業で習った。米と海を目指そう。そうだ、ゆくゆくは山の中で引きこもり生活をと思っていたが、無人島とかも良いな。
そして自分で米を作って、ご飯・豆腐の味噌汁・焼き魚を食べるんだ!!
夢を膨らませた所で、今出来る事からコツコツだと分かっている。
念願のシェイバードが手に入ったのだ。いち早く肉は昨日食べちゃったけど、そもそも速く走れる靴を作りたくてシェイバードの捕獲を依頼したんだった。
あのス……ス……スターリ!とバスガス爆発トリオが頑張ってくれたおかげで、ほとんどの素材が手に入った。お金もその分使ったが、背に腹は代えられない。
図書館で写本した服飾関係の本の靴のページを確認して、靴の作り方は大丈夫だ。道具も揃っている。
出来れば走りやすいシューズを作りたかったが、面積が大きい方が効果が高いかなというのと、もし走ってる最中に脱げたら目も当てられない思ってショートブーツにする事にした。
革の
羽は内側と飾りに使って、嘴と金属で留め具を作って接着する。
錬金スキルのおかげで、靴まで作れる。スキル様様である。
作ってる時に出来るだけシェイバードの速さと跳躍力を考えたから、効果も付与されたはず。
よし!鑑定ゴーグル装着だ!
シェイバードの靴
効果:敏捷力+50
【韋駄天】【跳躍】
「おおおお!?」
想像以上の効果で変な声が出た。
下のってもしかしてスキル!? 装備でスキルまで付くの!?
しかも敏捷力が50も!数値の基準が分からないけどすごそう!
サイズも余裕を持って作ってるので、上の金具を締めると脱げる心配も無い。履き心地も悪くない。錬金スキルってつくづくすごいな。
こうなってくると、敏捷力+50っていうのがどの位のものか試してみたくなる。
【韋駄天】と【跳躍】ってスキルも気になるし。多分早く走れるってのと、高く跳べるって事だろうけど。
今日は朝からクレーヴェルが出掛けていていないので、試しに外に出るにしても1人という事になる。今日に限ってあのやかましい妖精も来ない。でも試したい。
「…………よし」
回復薬と毒消しや麻酔解除の薬もマジックバッグに詰め込む。あとは何だろう?閃光弾と作業用の小さいナイフも入れておこう。
あ、そうだ忘れちゃいけない弁当と水筒。今から揚げ物する気にも慣れないので、簡単な玉子サンドとハムサンドを作った。本当はおにぎりが出来れば最高なんだけどな。
準備が出来たら人目に付かない方が良いだろうから、鑑定ゴーグルとフードを目深に被っていつも通り家の裏の塀から出て、森へは歩いて行った。
森に着いたら、すぐには実験せず少し奥まで入る事にした。危険かもしれないけど、人目に付くのが嫌だったし、以前薬草取りに来た時も獣も魔物も出なかったしな。
人間は出たけど。しかも4人。しかも貴族。
思い出して鬱な気持ちになりかけるが、気を取り直して実験だ。これが成功すれば、次に貴族に囲まれた時もダッシュで逃げれるぞ!
ひとまず少し開けた場所で思い切り走ってみる。
「わあ!」
徒競走という徒競走で、万年ビリかビリから2番目だったオレには信じられない速さで走れた。計れてないけど、これ100m10秒くらいで走ってない?
次にスキル【韋駄天】を使用して走ってみる。あのちょっと大きな木まで走ろう。200mって所かな?
「うわわ!?」
瞬く間に着いてしまった!あまりのスピードに木にぶつかりそうになって慌ててブレーキを掛けるも、少し逸れてすっ転んでしまった。
「あいたた……車は急には止まれないって言うもんな」
しかしすごい速さだった。あの距離を3秒も掛からなかった。おそらく【韋駄天】の効果は、元の敏捷を何倍かにするのだろう。元の敏捷力も底上げしてるから、スピードに慣れるまでちょっと掛かりそうだ。
でもこれだとアレが出来ちゃうかもな……。
アレ……あの忍者漫画でよく見る木から木へ飛び移るやつ……。
試したくてドキドキしたが、クレーヴェルもいないんだった。もしも怪我……枝から足を踏み外したり、枝に顔をぶつけて目を潰してしまったり、突然現れた魔物や獣にサクッとヤラれたら助からないもんな。危ない事は、
あ、でもまだ【跳躍】は試してなかったな。飛ぶだけなら危険も無いだろう……多分。
【韋駄天】で結構森の奥まで来ちゃったけど、ちょうど木の茂りが薄い所なので、ここで【跳躍】をしてからまたダッシュで帰ろう。お弁当はもう少し森の出口近くで食べる方が危なくないよな。
そう考え、オレは落としたらいけないからマジックバッグを脇に置いて、【跳躍】スキルを意識して、グッと足に力を入れて屈んだ。
自分自身の軟弱さを忘れて。
【跳躍】スキルはすごかった。
思いきりジャンプしてみたら、大きな木も何のその、飛び越えて町が一望出来てしまった。なるほど、森もこんなに続いているんだな。そう言えばこの世界に来てから、町の一部と森の一部にしか来ていない。街も森もこんなに大きかったんだなぁ。森の向こうに見える平原が、もしかしたらシェイバードのいるっていうシノラス平原か?
鑑定ゴーグルの拡大機能を使ったら、平原の中に村らしき集落も見えた。
オレが高度100mほどの景色を堪能しつくす前に、落下が始まった。
不思議と体勢は崩れないから、跳んで着地までが【跳躍】スキルなのだと思う。
そう、オレは高をくくっていた。
オレにしては考えなしだが、なんせ異世界で初めて使うよく分からんスキルだ。今まで何となく使って効果を得て来ていたから、「スキルを使う」という意識が薄かったのかもしれない。
そしてオレは地面に着地し……へたり込んだ。
「あ……あれ?」
おかしい。立てない。
足に力を入れようとするも、震えて上手く動かない。あと何かじんじん痛い気がする。
「なんだこれ?」
自分の足をゴーグル越しに見る。
【負傷】の2文字。
「ふ……負傷?」
ジャンプして着地しただけなんだけど……ま、まさか……。
「着地の衝撃で!?」
その辺はファンタジーなスキル効果で何とかならないの!?ならない程オレが貧弱だって事!?そんなの……納得だわ!!
いや、逆に言うならあの高さから飛び降りて着地したとしたら、膝から骨付き出る程の衝撃のはずだから、ファンタジーはちゃんと作用してるのかもしれない。
オレの膝はキレイなものだが、痛みはともかく動かない。あ、違うわ。これ噂に聞く「怪我したばっかの時はアドレナリン出ててあんまり痛くない」ってやつじゃない?これから激痛来るんだじゃない?
うおおおおおやばいやばい!早く回復薬!オレが痛みでショック死する前に!バッグ!!バッグ!!!
オレが動かない足の代わりに匍匐前進の要領で腕を使ってマジックバッグに近寄る。ポーチ型のマジックバッグ元気になったら作ろう、絶対!
そんなオレを、運命の神はせせら笑った。
「そこで何をしている子供!!」
ギャ――――――――――――――!!!!!
騎士が出た――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!
こないだ率先してオレのカツサンド奪った紺髪の騎士が出た――――――!!
オレは逃げ出そうとした!!
足は動かない!!逃げられない!!
助けてクレーヴェル―――――――!!!!
慈悲など無かった。
「!? 怪我をしているのか!? 見せてみろ!!」
オレが全てを諦めかけてガクリを頭を垂れた様子を見て何か気づいたらしく、紺髪騎士様が駆け寄ってきた。やめて、来ないで。
「これは……ひどいな。恐らく膝の骨にヒビが入っているだろう。腱も傷付いているかもしれん」
そこにあるバッグに上級回復薬があるから、飲めばすぐ治ると思うからほっといてくださいお願いします。
オレの声にならない願いは、もちろん紺色騎士様に届く訳は無く、パクパク開く口に違う解釈をされてしまった。
「痛むのか!?
クッ……回復薬は無いか……。ジーニがいれば水魔法で炎症を留めるなどが出来たのだが、俺は火魔法しか使えんからな……」
いや、悔しそうに言われてますけど、回復薬ならそこにあるんです。何かしてくれる気があるなら、バッグ取ってくれ……。
「よし、待っていろ!」
そう言うや否や、紺色騎士様は立ち上がって走り去ってしまった。せめて……バッグを…………。オレの切実な祈りは騎士様の背中には届かなかった。無念。
じゃなくて!
痛みが来る前にどうにかバッグにたどり着かねば!
何かだんだんじんじんが大きくなってきた気がする。気のせいかもしれないけど、人って思い込みで死ねるらしいじゃん?オレみたいなノミの心臓は可能性大だ。
オレは精一杯腕を伸ばして、どうにかバッグを掴もうとする。あと1mくらいの距離がもどかしい。さっきの【韋駄天】なら本当に一瞬なのに。いや、【韋駄天】使わなくても一瞬だよ、こんな距離。やばいな、そろそろ思考がおかしくなってきたぞ。
やばい、死ぬ。スキル試しに使って死ぬとか、間抜けにも程がある。いや、オレにはお似合いの死に方か……。あぁ、でも死ぬ時はあんまり痛くない方が良かったなぁ。痛覚麻痺の薬とかあったら良いのに。そんで何かあった時の為に奥歯とかに仕込んでおくんだ。奥歯に仕込むってスパイっぽくてちょっと良いよな。ああ、やっぱり思考がおかしい。あれ、いつもこんなかオレ。
「待たせたな!!」
薄れゆく意識をけたたましい足音と声に無理やり浮上させられた。
「はぇ……?」
見上げるとそこには、汗だくの紺色騎士様が立っていた。何でいんの?
「奥の湖で水と薬草を摘んできた!
酷く腫れるだろうから、まずは冷やせ!その後に薬草を塗りこんでやる」
そう言って紺色騎士様は上等そうなスカーフを取り出し、ビリビリと裂き始めた。
「え? え???」
目を瞬いている内に、汲んできたという水にスカーフの切れ端を浸けて軽く絞った後、オレのズボンをたくし上げて靴を脱がし、膝と足首にそっと乗せてくれた。あ、何かひんやりして、じんじんが少し治まった気がする。
うつぶせの状態から足を伸ばして座った状態にされたオレの横で、紺色騎士様は今度は薬草をその辺にあった石と石でゴリゴリすり潰し始めた。オレが回復薬作る時の前段階でするやつだから、簡易湿布薬って事か?
冷やしていた布を退けた後は、膝に添え木をされて、薬草をすり潰した物をべったり付けたスカーフ切れ端を巻かれた。
「ここで出来るのはこれ位だ。足は動かせないから、街の医者まで連れて行ってやる」
手を薬草の緑だらけにした紺色騎士様が、それを残りの水とスカーフで拭いながらそう言った。
「な……なんで?」
何でそんなにしてくれるんだ???この人貴族で王国騎士?とかで偉そうでえらい二度目ましての人だよな?
「市民を守るのが騎士と貴族の役目だ! 当然だろう!」
紺色騎士様は初めて会った時の様にふんぞり返って仰った。
圧倒されて、口からは「は、はぁ……」としか返事が出来ない。
口の代わりに何が返事をしたかと言うと、腹の虫だった。
この状況で、キュルルと空腹を訴えるオレの腹。
は……恥ずかしい……。さっきまで生きるか死ぬかって思ってたのに。いや、死ななかった事によって体が生にしがみつく為栄養を欲したのかもしれない。良い感じに考えてみた。
「腹が減っているのか?」
しかし恥は変わらなかった。
「ちょうど良い、俺の昼食を分けてやろう。以前の返しだ。遠慮せず受け取れ!」
少しは前回オレの大事な大事なカツサンドを奪った事を悪いと思ってるらしい紺色騎士様が腰に付けていたポーチを探る。そんなに大きくないポーチから昼食を出すという事は、これもマジックバッグか。さすが貴族騎士様。
「騎士たる者食事は携帯食で良いと思っていたが、可能であれば栄養バランスの取れた美味なる物を食べた方が、精が付くからな。決してお前の弁当を真似したわけではないぞ、子供」
紺色騎士様が何か色々言っているが、オレはそれを右から左に聞き流しながら、神経は全て紺色騎士様が取り出した包みに向かっていた。
「これはな、東の他国から輸入した貴重な食材で作った物で、我が一族の様に政治的に有力な者だからこそ手に入れられた……」
「おにぎりだ―――!!!」
オレは痛みも忘れて飛びつきそうになったが、残念ながら体が付いてこなかった。
そう、紺色騎士様が取り出した物、それは白く光輝く……しおむすびだった。
「う、うわぁすごい……。あったんだぁ……」
オレが探し求めていた物が、今目の前にあるという感動に涙が溢れそうになる。
一方紺色騎士様はオレの感動に一瞬引いたが、すぐに持ち直して自慢を始めた。
「ほう、”オニギリ”を知っているとはなかなか博識だな。
そしてこの貴重さも分かっていると見た。そうだ、これは他国との貿易を行える者だけが手に入れる事の出来る、大変貴重な……」
そんな紺色騎士様の言葉を、オレはうんうんと頷く。
この世界に来てちょうど30日目にして、ようやく出会えた【主食】の存在に、もはやひれ伏すしかない。
「うむ! お前は怪我人であるし、なかなか見どころがあるからコレを授けよう」
「ありがとうございます!!」
差し出されたしおむすびを恭しく受け取って、しばらく眺めた後、ゆっくりとかぶりついた。
少し塩気が多い気はしたが、確かにそれは、【米】で【おにぎり】であった。
今ここが、オレの家なら味噌汁も付けれたのにと少し悔やむ気持ちが起きたが、そんな事は些細な事であった。久しぶりの米の前には全面降伏だ。
渡されたおにぎりを噛みしめる様にゆっくり食べ終わって、感動も味わって気付いた。そうだ、オレも昼食持って来てたんだ。
「騎士さま、そこにあるオレのバッグを取ってもらえませんか?」
「人に物を頼むなら、まずそのゴーグルとフードを外せ」
少し考えたが紺色騎士様はおにぎりをくれた素晴らしい人だ。もはやおにぎり騎士様だ。おにぎり騎士様の希望ならば、聞かなければ。
「……これで良いですか?」
ゴーグルを首に下げ、ローブのフードを下ろすと、おにぎり騎士様は一瞬顔を歪めた後、真剣な目でオレに問いかけた。
「お前は移民か?」
今日は町に出る予定も無かったので、髪も染めてないからそう聞かれるのは覚悟していた。
「はい、災害に巻き込まれてこの国に来ました」
「お前の国では、黒い眼の者は多いのか」
目だけ?髪は良いのかな。
まぁ多いか聞かれたら……
「ほとんどそうです」
日本人だからね。
「そうか……」
オレの返答に、おにぎり騎士様は少しホッとした様に見えた。そんなに黒目が気持ち悪かったのだろうか。もしや呪いの目とか思われてた?
「あぁ、バッグだったな……ホラ」
そう言っておにぎり騎士様はアッサリとオレにマジックバッグを渡してくれた。
オレはバッグからサンドイッチの入った包みと水筒を取り出し……あ、回復薬も取り出せるわ。せっかく応急処置してくれたけど、痛いのは嫌なのでこっそり出して飲んでおく。
「騎士さま、オレの昼食もどうぞ」
そう言って包みを差し出すと、おにぎり騎士様は目を瞬いた後、「……いいのか?」と遠慮気に上目づかいで聞いて来た。この人自分勝手なのか気にしぃなのかどっちだ。
「どうぞ。オレも騎士様に貰ったので」
「そうか……む、これとこれは色が違うな。両方貰うぞ」
だからどっちなんだこの人。まぁ良いけど。
「お前ももう1つオニギリを食べて良いぞ」
どっちでも良いですおにぎり騎士様サイコ――――!!!
おにぎり騎士様の持っていたおにぎりは全部で4個。オレのサンドイッチは玉子2個ハム2個。ちょうど
「半分こですね」
「は……!?」
おにぎり騎士さまは一瞬絶句をした後に何事か騒いでいたが、そんな事はおにぎりの前には風のざわめき位のものだった。
こうしてオレは、スキルの恐ろしさと米の存在を知り、またしても人型でお迎えに来たクレーヴェルに背負われて帰路に着いたのだった。
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