ネガティブ錬金術師、襲われる

レシピ41 ネガティブ錬金術師と契約魔法

「あ、やっと来た」

 王国騎士詰所とはまた違う、特別に用意された控室に集められた4人の騎士の最後にやって来たのは、ノーブルだった。

「どうしたの? 何か機嫌良さそう。昨日非番だったから、何か良い事あったの?」

「別に何も無い、詮索するな」

 ジーニの問いかけに、珍しく言葉少なに拒否するノーブルにジーニだけではなくリズボンも首を傾げた。もう1人の騎士……ジェレミはいつもながらの無表情ながら、今朝来た時からどこか思い悩んでいる様子だ。

「それにしても……極秘任務なんて言われても、『始祖の精霊と交流をした少年を探せ』だなんて、雲を掴むみたいな話だよなぁ」

 

 

 時は十日前に遡る。

 突然王命を持ってして集められたこの4人の騎士達は、任命式以来初めて間近に見る王に直接この指令を賜った。

 曰く、


『始祖の精霊と交流を図った、茶髪黒目の少年を探し出し、その意図を探れ』


 始祖の精霊とは、このエテリア王国建国時に初代王と【契約】を交わし、以後国を守る結界の礎を築く力を貸してくれている国の要である。

その実態は、国の中心部である図書館にある木にあるのだが、精霊の声を聞く事が出来るのは契約者であるその時の王だけである事から、国の実権を握る象徴の様なモノという意識が高い。

現に国を乗っ取ろうとした他国の者、はたまた時の王位継承権の低い王族から家臣に至るまでもが、精霊と交信を試みたが、始祖の精霊は契約者以外の前に姿を現す事は滅多に無く、その声が届く者もいなかった。

 しかし、建国322年で突然の変異が訪れた。

 何と始祖の精霊が突然の進化を遂げ、姿形どころかその意志を契約者の王以外の者にも伝える事が出来る様になったのだ。

 しかもそれは、1人の人物によって引き起こされた事態となっては、国が動かない訳が無かった。下手したら王国が乗っ取られる事態だ。

 しかし大っぴらにしては国王の威信に関わるし、王位を狙うハイエナ連中に嗅ぎつけられては厄介だ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、高位貴族ながらに騎士を務める変わり者4人だった。

 突然の王からの指令を賜ってからは、その曖昧な情報を大っぴらには調べる事も出来ず、だが王の勅令に逆らえる訳が無い4人は奔走するしかなかった。


「黒目の少年だろう? この辺じゃあまり見ないから、すぐ見つかると思ったんだけどな~」

 図書館の方でも監視体制にはなっているらしいが、報告は上がってこない。

「てゆーか他国からの指示だとしたら、もうその子とっくに国を出てるんじゃないのか?」

 国の転覆を狙っての行為なら、未だに町中に悠々とはいないだろう。そうジーニが声を掛けるが、他3人の顔色は固い。

「…………ねぇ、ジェレミ。

 以前森で会ったあの少年の目の色を、貴方知ってる?」

 リズボンの問いかけに、いち早く反応したのは質問されたジェレミではなく、ノーブルだった。

「トモヤは違う! 確かに黒目だが髪の色も黒だ!!」

 そのセリフに、3人ともが目を見張ったが、一番に立ち直ったのはジェレミだった。

「トモヤに会ったのか、ノーブル」

 興味を持つの方向性は違ったが。

「昨日森で偶然な! 怪我をして動けなくなっていたから、応急処置をしてやった!」

「なっ!! 怪我の具合は!? それで今どこに……!!」

 普段の冷静さをかなぐり捨てて問い詰めてくるジェレミを、勢いよく振り払ってノーブルが答える。

「靭帯と膝の骨を損傷していたが、問題無い」

「そんな大怪我を!? それのどこが問題無いんだ!?」

「落ち着けよ、応急処置はちゃんとしたし、それに回復薬を持った従者が迎えに来て、連れて帰ったんだ」

 そこまで聞いてようやくホッと息を吐いたジェレミと違い、ノーブルはその時の事を思い出して顔を顰めた。


 あの時、素顔も見せてくれて、弁当を半分ずつ交換なんかして、何だったらこれ慕われているんじゃないかと思うほどに和んだ空気を叩ききったのが、その従者だった。

 どこからともなく現れたやけに白いその男は、慇懃無礼にノーブルに挨拶した後トモヤに向き直って「早く帰りましょう」とのたまった。

 動かすのは危険だとノーブルが制止すると、白い男は少し首を傾げた後、トモヤの方を見てようやくトモヤの足に巻かれたノーブルのスカーフに気付いた様に小さく頷いた後、家に回復薬があるからと男はトモヤを気遣いながら抱き上げた。

 町までなら自分が馬で送ると言ったのに、それを無礼にも拒否した男に抱かれてトモヤは行ってしまった。全く納得いかなかったが、なぜか男に言われるままにノーブルはしばしそこから動かず、彼らを追う事もせずにぼんやりとしていた。

 しかし初対面の時から考えるとトモヤは自分に心を許したように見えたし、彼の怪我も治るに越した事は無かったので悪い日では無かったのだ。


「……浸ってる所悪いんだけど、髪色が違うだけで何でそう言い切れるの? 染めてるだけかもしれないじゃない」

「浸ってなどいない! トモヤの国では黒目の人間がほとんどだとも言っていた。目の色だけで決めつけるお前の方こそ、どうなんだ」

 反論するノーブルに、リズボンは呆れた様に溜息を吐いた。

「そんな訳無いじゃない。私は【精霊眼】持ちよ?

 レベルは低いから、正確には見えないけど……あの子多分【精霊憑】よ」

「なっ!?」

 リズボンの爆弾発言に3人の男が目を剥く。

「あの時”視えて”いたならなぜ言わなかった!?」

「100歩譲っても、この指令受けた時に教えてくれても良かったんじゃないの、リズボン?」

 詰め寄るノーブルを軽く制しながらも、ジーニも困った様に問いかけた。


「仕方ないじゃない。初めて見た時はよく分からなかったんだもの」

 最初は【加護付き】かと思った。しかしジーニの鑑定にも出なかったし、今まで見た【加護付き】とは何か感じが違い……精霊のマナの種類も、見た事が無い色だった。


「それって、始祖の精霊様と既に契約してるとか?」

「バカにしないで。私の【精霊眼】がいくら弱くても、始祖の精霊様かどうか位分かるわよ!

 それに精霊が【契約】出来る相手は1人だけのはずよ」

 だからこの指令を受けた時に閃き、独自に精霊と契約について調べ直したのだ。

「大体あの子、ジーニの鑑定では装備品が見れなかったでしょう? もしかして……鑑定対策の魔導具を使ってるんじゃない?」

 リズボンの【精霊眼】と等しく、ジーニの【鑑定】スキルもレベルは高くはないが、トモヤのステータスは装備品以外は全て表示されていた。逆に不自然だ。

「言われてみれば確かに……。錬金術師だもんな。自分で作らなくても何か特別な魔導具を持っている可能性は高いな」

 2人の理論に、ノーブルは感情のまま否定を喚き散らしたいところだが、確かにトモヤは少し変わっている。姿形だけではなく、二度とも森の中で1人でいた事も、妙に目を引き構いたくなってしまう雰囲気も。だがそうなると友也が国家転覆を企む他国の間者に仕立て上げられてしまう。

 癪ではあるが、自分よりも前からトモヤを知っているジェレミの言葉を期待して振り返るも、幼馴染のノーブルには分かるほどの変化で、ジェレミはひどく焦った顔で黙っており、ノーブルも口を噤むしかなかった。



◇◇◇◇◇



『まったく! ちょっと目を離すとこれです!

 実験と食べ物の事になると、いつもの用心深さをどこにやってしまうんですかマスターは!』


 家に帰るなり、かれこれこの説教を30分は聞いている。

 あの後、突然現れたクレーヴェルにオレもおにぎり騎士さまも度肝を抜かれた。人型クレーヴェルは、魔物も出るらしい森の中を相変わらずの白いヒラヒラとした服と丸腰で現れやがったのだから。

しかしクレーヴェルも驚いたであろう。とっくに回復薬で怪我を治したオレが重症人扱いされているのを見て。いやほんとすみませんでした。空気の読める精霊はちゃんと、けが人を運ぶふりをしてくれましたよ、出来た精霊だわ。しかし説教は長い。

 しかし今回は焦った。日本で住んでいたらよほどの事が無い限り負わない様な怪我をこうも簡単に負う羽目になるとは。

その上怖いのは傷の具合よりも痛みだ。傷は魔法や回復薬で治せるが、痛みだけはどうしようもない。今回つくづく感じたが、オレは痛みへの耐性も全っ然無い。ノミの心臓をいかんなく発揮し、回復前に痛みでショック死~なんて事本当にありえる。

あの時は痛みがくると混乱していたと思うが、本気で作るべきだと思う、痛覚麻痺薬。あと貴重品入れ用のポーチ型マジックバッグね。性能にこだわって材料をえり好みしてる場合じゃないよ。ひとまず作らねば。


『マスター! ちゃんと聞いてるんですか!?』

 もちろん考え事をしていて聞いていないが、とりあえず返事はしておく。あ、説教されている時に【深淵思考】使ったらクレーヴェルの説教耳に届かないかもしれない。今度やってみよ。

「あ、そういえばクレーヴェルって、何でいつもオレの場所が分かるの?」

 初めてアイハで街に出た時と言い、マリエルの時と言い、正確な位置とタイミングがドンピシャすぎるだろう。

『何言っているんですか、【契約】してるでしょう?』

 してるけど?

『【契約】というのは、マナの糸で契約者を結んでいるのです。それによって【契約】が守られているかの確認をし、また両者の意志を伝え合えるのです』

「え!?」

 初耳なんだけど!?

『ちゃんと契約書の裏に書いてましたよ。読んでないんですか?』

 裏ぁ!?裏なんてあったの、あの契約書!?

 確かに何かえらい簡素な文章だなとは思ってたわ~。

「え、じゃあクレーヴェルはオレが何考えてるのか全部聞こえるの?」

『そうではありません、強い意志だけです。

 今回もそうです。呼んだでしょう? 私の事を』


 そう言えば……おにぎり騎士さまが出た時パニックのあまり呼んだかも……。


 強い意志って事は感情も多少筒抜けなのかな?それは恥ずかしいけど

「ふぅん、マナの糸か……」


 これって使えるんじゃない?



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