レシピ24 ネガティブ錬金術師と冒険者ギルド

 マリエルは今日は白ブラウスに青色の膝丈スカートを穿いており、美少女は何色だって似合うのだと体現して見せてくれていた。

相変わらずサファイアみたいにキラキラした瞳をびっしりと天然もののまつげが覆っていて、今日は金色の髪を三つ編みにしていた。完璧である。寸分の隙も無い美お嬢様である。     

読モにもこんなカワイイ子いない。世界的美少女コンテストレベルだ。


 その世界に誇れるレベルの美少女がオレの、この底辺人間であるオレの目の前に今立って、あまつさえオレに質問をしているのだ。

アイハの時は同じ女性であるという安心感と、自分とは別人になっているという一種の現実逃避を持ってして何とか普通に会話出来たが、今のオレにはその全てが無い。

異性という点で、即軽蔑の対象になる事もありえる。


「ねぇ、それって精霊様よね?」

 ハッ!しまった、美少女相手という事に緊張して最初の質問に答えれなかった。

このまま動揺し続けると失礼な奴になってしまう。素早く答えねば。がんばれ、オレ。

「う、はい」

「精霊様に手伝いをさせてるなんて、どうやったの? それにその精霊様……他の精霊様と色とか何か違わない? ここの精霊様じゃないの?」

 オレの短い返事にマリエルは矢次に質問を重ねてきた。ちょっと待って欲しい。もう少しゆっくり……。

「……ここの精霊で、合ってます。手伝いは……やってくれるって言うから……」

「精霊様が喋ったの!?」

 あ、違った。

「あ、いや、ちがう。やってくれるって感じで……えっと、ペン、持って……聞いたら、やってくれたから…………」

 大丈夫か。合ってるかな、オレの言ってる事。

美少女への緊張感と共に、この世界のタブーに触れていないか、オレが異世界人だとバレるのも困るのでその辺も気を付けねばいけない会話に脳が付いて行かない。元々国語も英語も苦手なんだ。数学や化学はまだ延々一人で出来るから良いけど、その時の登場人物の気持ちなんて分からない。その上家族と幼馴染の徹以外ともあまり話さないから、圧倒的コミュ力不足なんだ。

こっちの世界に来てからも、世話焼き精霊と、自分の話したい事を延々話してる妖精の言い合いを眺めてる事の方が圧倒的に多いので、会話力が全く向上していない。初級編からお願いします。


「ペン……? あら、あなた変わったペン持ってるわね。これインクじゃどこに付けるの?」

 マリエルの興味が突然オレの持っていたボールペンに移った様で、ズイとまた距離が近づき焦る。うああ、美少女って何か甘い匂いがする。何これ香水?

「い、インクは中に入ってるから、付けなくても書ける…です」

「中に? へぇ~、すごいわね、便利!

 これどこで売ってるの? 私も欲しいわ」

 え、そう来る?

「いや、売ってない、です。オレが作ったから……」

「えっ! ……あ!」

 マリエルが勢い良く顔をボールペンからオレに向けた。顔近っ!


「あなたもしかして、アイハのお兄様の錬金術師!?」




◇◇◇◇◇


 

 図書館内であまり騒ぐのは良くないと、マリエルに有無を言わさず連れてこられたのは、昨日アイハの姿でマリエルと昼食を取ったのと同じカフェだった。

 マリエルは紅茶とケーキ、オレはちょうど昼食休憩を取ろうと思ってたので、サンドイッチとマイル鳥の塩焼きを頼んだ。ちなみに芙蓉には休憩しててと言い残して来たが、芙蓉はなぜだかやる気で引き続き筆写を続けてくれている。


「メガネとかで大分印象違うけど、よく見ると顔そっくりね!

 あ、私の名前はマリエルというの。昨日アイハと友達になったの」

「えっ友達!?」

 なったっけ!?

「アイハから聞いてない?」

「い、いや……」

 聞いたも何も本人だけど、友達になった覚えは無い。


 しかし考えてみれば、こんな美少女と友達になれる機会など今後オレには100%訪れないだろう。

 マリエルは引き立て役としてアイハを友達と言っているのかもしれないが、その事に関してオレに損は無い。他に利用価値がと思ったが、お金には困ってなさそうだし、オレが彼女よりも持ってるものなど……無いな。

「少しだけ聞いて……ます。図書館でカワイイ女の子に親切にしてもらったって……」

「え、そんな風に言ってたの? やだ、アイハったら正直なんだから!」

 口調では呆れているが、その顔は笑っている。

「それであなたの名前は?」

「あ、えっと……と、友也」

「トモヤね、よろしく!」

 ニコッと改めて笑顔になったマリエルの可愛さに怯む。

所詮コミュ障底辺男と煌めく美少女お嬢様では話にならないのだ。

そう思うのに、マリエルは構わず会話を続けようとする。


「アイハがお兄様も図書館利用したいって言っていたものね。その様子じゃ、職人ギルドに入れたみたいね。

 アイハもだけど、その年で職人ってまぁやるじゃない……て、トモヤはいくつなの?」

 そう言えば職人ギルドカードを手に入れて図書館の入館証を取れたのは、マリエルの情報のおかげだった。改めてお礼を言っておかねば。

「年は14。職人ギルドの事教えてくれてありがとうございます」

「14? あら、アイハと同じなのね、お兄様なのに」


 え?

 あ、しまった!

 兄と言ったくせに、年齢は2回とも正直に答えてしまった。


「2人は双子なのね!」

「そう、それ! 双子なんです!」


 それでいこう。

「確かに、顔はよく見るとそっくりだものね~」

 まぁ同じ顔なのだが、あまりそれがバレると動きにくいので、やはり2人の印象は変えなければいけないな。友也こっちは変えようが無いから、そうするとカスタマイズするのはアイハあっちだな。次にアイハになった時に少し考えよう。

「でも職人ギルドに入れたって事は、アイハに聞いていたけど本当に錬金術師なのね」

 改めてマリエルは感心した風に言って、紅茶を飲んだ。クレーヴェルも言っていたけど、錬金術師は珍しいのだろうか。

でも錬金術師向けのお店がある位だから、一定数はいるんだと思う。オレ位の年の人が珍しいのかな。

「ねぇ、同い年なんだから敬語はいいわよ」

「え、はい。いや……うん」


 それからマリエルの質問につっかえながら何とか答え、再び図書館に戻った後は各自の勉強の為に別れた。


 まさか2日連続で美少女とご飯を食べれる羽目になるとは。異世界ってすごいな~と、オレは少し浮かれた頭のまま、冒険者ギルドに寄って帰る事にした。

芙蓉が手伝ってくれたおかげで、思ったより筆写が進んだし、依頼を出すには早い方が良いだろう。と言っても友也の姿では乞食のガキ扱いされた過去がある。

服は着替えたが、依頼を受け付けてもらえない可能性は高いだろう。

 それを踏まえた上で、アイハで依頼を出しに行く時の為の情報集めもしておかねばならない。アイハの方ではちゃんとした商人として振る舞いたいからな。勝手が分からずまごつく様子を見せるのは得策では無いと結論を出したのだ。



◇◇◇



 夕方に差し掛かる前位の時間でも、冒険者ギルドは活気に満ちていた。

 相変わらずの広さにまだ慣れないながらも、受付の向かいに人だかりのある掲示板を見つけた。あそこに依頼を貼りだしているのかな。相場を知る良いチャンスだ、見てみよう。


そう思って掲示板の近くまで来たが、ガタイの良い冒険者たちが集まっていてオレの背では見えない。

何とか人混みをくぐって、掲示板の文字が見える場所に移動する。鎧を着こんだ冒険者の腰部分が当たって痛かったが、何とか前に出れた。

 見上げると、教室の黒板の半分くらいの長さの掲示板に、茶色っぽい紙に色んな写体で書かれた文字が並んでいた。当たり前だがPCもプリンタも無いものな。そりゃあ手書きになるか。


 依頼の大半は素材の入手だが、中には魔物退治や、護衛もある。その中でオレの頼みたい、素材入手の依頼書を確認する。

アイテムのレア度、入手場所への距離、危険度、そしてアイテムの量と色々な要素があるので一概に相場は分からなかった。

町の外の森での、スピアーラビットの毛皮入手の依頼が900G。日本円で18000円位か。距離も近いし、スピアーラビットは一応魔物だが、スライムの次位に弱い品種だ。それでこの位となると、シェイバードの捕獲には金貨が必要かもしれない。あ、交通費とか別途必要かな。馬車の代金も確認しておかないと。


「おいおい、お前みたいなおチビちゃんが、まさか冒険者だってのか?」


 依頼書を真剣に見ながら吟味していると、依頼を受けると勘違いされたらしい。ムキムキでいかにも冒険者風の男が絡んできた。

 視線を上げると、他の冒険者たちもニヤニヤおかしそうに笑ってオレを見ている。まぁそうだろう。オレは超非力で自分でも呆れる貧弱ステータスな上、この世界では更に貧相な体付きだ。その意見に異論は無い。冒険者なんて勤まる訳が無いと、オレ自身も思っている。


「ここは町の外に出る討伐と捕獲中心の任務の掲示板だ。ガキはあっちの安全エリアでのお手伝い任務の掲示板でも見てな」

 そう言って男が指差した隅っこの暗い場所には、ここより小さめの掲示板が置いてあった。なるほど、そういうのもあるのか。

「そうは言っても、こんな貧相なガキじゃ家の手伝いも出来やしねーかもな!」

「ちげえねえ! うちの息子の方がまだ逞しいぜ!」

「お前のガキ、この間5つになったばっかじゃねえか!」

 

 ドワッハッハッハッ


 冒険者たちはそう言ってオレを指差して豪快に笑った。

 中心になってオレを槍玉に上げた男をじっと見上げると、男は笑うのを止めた。

「な……何だよ……」

 別に何も無い。オレごときでも彼らを楽しませることが出来て何よりだと思ったくらいだ。

 もちろん冒険者になりたい訳ではないオレは、発するべき言葉も無いのでそのまま無言でカウンターに行く。冒険者たちに釣られてクスクス笑っていた派手めの美人の受付嬢の前に立つ。

「いやだ……本当に依頼を受けたいのですか?」

 受付嬢は困った様に、いや、バカにした様に笑ったが、そこはちゃんと言っておいた。

「違います。依頼を出したいんだけど」

 そう言うと、受付嬢は一度目を見開いた後に眉を下げて首を振った。


「ごめんなさいね、冒険者ギルドに依頼を出すって言うのは、お金が掛かるの。

 悪いけど坊や、お願い事なら帰って親に言いなさい」

 子供の依頼は受けれないのか。年齢制限があるのか?

「お金なら用意しています。依頼を出すにはどうしたら良いですか?」

 アイハでも商人として認められたのだから、依頼を出す年齢制限もさほど高くは無いと思ったのだが、受付嬢の反応は芳しくない。

「ハ――――――。だからね坊や、そんな貧乏くさい格好の子供に、払える額じゃないのよ。出直してきなさい。」

 さっきの冒険者たちと、幾人かの受付嬢の笑い声に混じって、聞き覚えのある声がした。


「話だけでも聞いてあげたらどうだ?」


 受付嬢の顔がこわばる。

「ア……アガト様……」

 振り返るとそこには、お肉サマこと冒険者ギルドマスターの姿があった。

お肉サマの登場で、笑っていた他の受付嬢たちは顔を逸らし、素知らぬ顔で仕事をする振りをし、冒険者たちも気まずそうにバラバラと離れて行った。


「話だけでも聞いて、そこから相場を説明しても良いし、俺に聞いてくれても良かったのに」

「い、いえ! こんな事でアガト様のお手を煩わす訳には……!」

 人好きする笑みを浮かべるお肉サマに、受付嬢は慌てて立ち上がる。

「この子にとっては”こんな事”じゃないかもしれないだろう?

 君達はギルドの顔なのだから、粗野な冒険者への毅然とした態度も良いけれど、市民に寄り添う姿勢も見せなければ」

 お肉サマに叱られてシュンとなる受付嬢を置いて、お肉サマはこちらに寄ってきた。

「うちの職員がすまなかったね、少年。俺で良ければ話を聞こう」

……って言われてもな。


「……いや、もういい」


 オレは正式な手段で、他の依頼人と同じ様に、確実に依頼を出したかったのだ。この空気の中でギルマス経由で依頼を出すとなると、その後も悪目立ちする事だろう。そもそもそんな依頼受けてもらえるのかもあやしい。

それに『貧乏くさい』と言われ、冒険者ギルドの依頼人としてふさわしくないと評価されたのだ。新しく買った服を着ているのに、だ。

これはこの格好ではこういった場には合致しないという事だ。対人用の姿アイハでは、もう少し高そうな服を着る必要があるだろう。アイハで服を買い直して出直した方が、依頼もスムーズに進みそうだ。

うん、下見に来て良かった。良い情報を得た。


「すまない、気分を害した事は重々承知して……」

「? 害してなんかいないです」

 予想の範囲内の出来事だったし、次回への対策も得れた。有意義な時間だった。


「いや、でも……」

 出口に向かおうとするオレを尚も引き留めようとするお肉サマに、オレは仕方なくこう言った。



「明日、別の者で依頼を出すから、その時はよろしくしてあげて」




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