レシピ34 ネガティブ錬金術師と鉄のナイフ
解体作業を見終わって、無事素材を受け取り、そのまま商業ギルドに行きお金を金貨1枚残して他は全て預けた。
オレがお金を預けている様を、最初に受付してくれた職員の女性が見て、パッと目を逸らしたのが印象に残ったが……まぁそうだろうとは思ってたから気にしないでおく。
スターリに連れられ訪れたのは、オレが初めてアイハで入った店だったあの武器屋だ。
中に入って、店番の女性を見て思い出す。
しまった。
「いらっしゃ~……スターリ! ……と、あの時の……」
元気の良い営業スマイルから一転、ジト目にオレは固まった。
そう、ここの看板娘(多分)はスターリの幼なじみで、少年漫画の王道、幼なじみのあんたの事なんて別に好きじゃないんだからね!系女子なのだ。
前回散々睨まれたのに忘れてたなんて、オレのバカ!脳なし!みのむし!ミトコンドリア!
「ようコーネル! 覚えてっか? あの時のアイハだぜ! 大分感じが違うだろ~」
忘れる訳が無いだろう、この恋愛にはニブチン熱血主人公系の男は全く悪気無く地雷を踏み抜くスタイルでいく。
「もちろん……覚えてるわよ~」
ほら見ろ笑顔めっちゃ引きつってるだろ!やめろ!地雷を爆発させるならオレを巻き込むな!!
こういうの巻き込まれた方が重傷になるんだって!どうせお前主人公補正で無傷とかだろ!そういうタイプだよ!
「アイハが解体用のナイフ欲しいって言っててさ、見せてくれよ」
おかまいなしのスターリに、コーネルさんは顔を顰めた後、一つため息を吐いて少し笑って「待ってて」と後ろに下がった。
なんだ今の。「まったく、コイツはホントしょうがないな」とでも言いたげな苦笑は。オレ今あれだね?少女漫画における一途なヒロインの前に現れたよく分からんポッと出のかませ犬女だね?オレという屍を乗り越えて、2人は真実の愛にたどり着くんだね?仕方ない!オレの屍を越えてゆけ!!
「はい、今ウチにあるのは、この3種だよ……何してんの?」
オレが覚悟を決めて目を閉じた所で、コーネルさんが包みを抱えて戻ってきた。その目は不審者を見る目だった。
「アイハ、持ってみるか?」
スターリの言葉に、素直に大きなナイフを手に持つ。まずは一番右の赤茶色の刃のナイフ。
「重い……けど、使えなくはないかな?」
「それは赤胴のナイフ。軽くて使いやすいけど、切れ味はいまいちかな」
じゃあダメだ。技術が伴ってないのだから、切れ味は良くなくては。
「こっちは……重いな」
「それはハウライトで作ったナイフ。それで重い?じゃあこっちはどうなの?」
そう言って持たされた最後のナイフを……すぐ台に置いた。
「重い……」
「あきれた! 鉄のナイフを持ってもいられないの!? あんたナイフ扱う気あるの!?」
いや、待ってほしい。たかがナイフをと思うかもしれないが、刃渡り15㎝の鉄のナイフだよ!?重いに決まってんじゃん!ガラス品より重い物は持ったことがありません!!
なーんて、威張って言う事じゃ無い事は分かっている。その上オレは本来男だ。情けない事この上ない。
「アイハは商人なんだし、無理してナイフなんて使う事無いって! 解体なら俺がしてやるよ!」
そして空気を読まないこの男は俺を慰めにかかり、コーネルさんの視線がますます冷たくなるのを感じる。やめろ。やめてくれ。これ以上女の人に嫌われたくないんだ。
しかし困った。引きこもり自活生活の為には解体作業は必須なのだ。肉を食べない生活なんてオレには無理だ。
そこでふと気付く。オレの職業を。
「そうか……使えるナイフが無いなら自分で作れば良いんだ」
「え?」
そうだ、オレは錬金術師!無いなら自分で何でも作っちゃうのが仕事だ!
幸いこの世界には【スキル】という便利システムがあるから、武器も作れるかもしれない。いや、武器を作るのは【鍛冶】だから違うスキルが必要になるのかな。
駄目ならそうだ、武器の元となる【金属】を作るのはどうだ?現代日本には合成金属なんて山ほどあった。それに【マナ|操作(コントロール)】で付与を施し、軽くて切れ味を良くすれば良いんだ!
そうと決まれば鍛冶師にお願いをしてみよう!
「コーネルさん、鍛冶師の知り合いはいませんか?」
「い、いるけど……」
突然考え込んだ挙句に突飛な質問をしたオレに、コーネルさんはキツめの目を丸くして思わずと言った風に答えた。
「どこに行ったら会えますか?」
「……そこ」
そう言ってコーネルさんが指差した方向を見ると……赤毛の冒険者がいた。ん?
「……うちが、鍛冶屋なんだ」
スターリが眉を顰めながら嫌々答えた。
そういえば聞いた様な気がするなそんな話。
しかし何だこの反応。あんまり家には行きたくないのかな。でもオレには他にツテが無いし。鍛冶屋とか敷居が高くて鉄の剣を持ち上げる事も出来ないオレとか行ったら、即行追い返されそうな気がする。
「鍛冶屋を見学したいんだけど……ダメかな?」
首を傾げて上目づかいで尋ねたら、スターリは答えてくれた。「行こう!!」と。
「しかし、こないだ会った時と全然印象違うわね」
せっかくナイフを出してくれたのに、何も買わずに去るのは申し訳ないので、作業に仕えそうな小さなナイフを3本購入したら、コーネルさんがしげしげとオレを見ながらそう言った。「前はあんまり着飾る風には見えなかったのに」
あー、あの時はまだこっちの世界に来て服も買えてなかったからな。それに
「商人を始めたので、キレイな格好をしてないと仕事が出来ないんです」
「あー、なるほどね。それにしても大胆なイメチェンね。
髪型も全然違うから、印象がすごく違って見えるわ。前は目元も髪で隠れてたじゃない」
それは……
「あ、ある人におでこ出した方がカワイイって言われたから……」
そう言って笑ったマリエルのキラキラした笑顔を思い出したのと、カワイイって言われたなんて人に言う事じゃなかったと後悔したので、顔が赤くなるのが分かる。
「え」
「え」
え?
一瞬、時が止まったかの様に思われた。
その後、コーネルさんが今までの態度と打って変わって、目を輝かせ始めた。
「え? え? おでこ出した方がカワイイって言われたの!? それで髪型変えたの!?」
まぁそうした方が良いと言われて、そのままおまかせにしたからそうとも言えるな。
「は、はい……」
恥ずかしい。商人になる為のイメチェンを人任せにしてるなんて、とても一人前の商人を目指してるなんて言えないなと視線を逸らす。
「へ―――――!
初めて見た時には、あなた変わった色の目をしてるから、それを隠したかったのかと思ってたわ」
「あ、それもあります」
黒目は一目で移民と分かって目立ってたからね。今でも友也では極力隠す様にしている。
「でも、その人に『おでこ出した方がカワイイ』って言われたから出したんだ!?」
「そ、それもあるけど……オ、わたしの目、気持ち悪くないって言ってくれたし……」
『それに覗き込むと光が反射して、夜空みたいでとっても綺麗。私は好きよ?』
あの時のセリフがプレイバックする。
「夜空みたいで、綺麗だって……」
そう言ったマリエルの瞳の方が、宝石みたいで綺麗だった。
マリエルの瞳を思い出したところで、ガシィツと肩に力が加えられて強張る。オレの肩を、スターリが掴んでいた。いたっ、指が食い込んでる食い込んでる!
「ア、アイハ……お前そいつの事………………」
「好きなのっ!?」
途切れたスターリの言葉を引き継ぐように、ズイッとコーネルさんが顔を寄せて声を発した。
「え?」
好き?
オレが?
マリエルを?
ドッカン
噴火した!顔が噴火した!!何これ頭から火が出てない!?めっちゃ熱いんだけど!?顔熱いんだけど!?
いやそれより!
「いやいやいやいや!!! ち、ちが……っ!!」
『私は好きよ?』
ドカカカカ――――――ン!!!
違う!マリエルはそういう意味で言ったんじゃない!!
落ち着けオレ!マリエルは……マリエルは?
いやでも違う!!
「好きとか! そんなの思うのもおこがましい!!」
オレは慌てて首を横に高速に振る。
相手はマリエルだぞ!?あの超絶美少女でエリートで貴族のお嬢様で優しくて明るくてちょっぴりオチャメでおせっかいで甘い物に目が無くてうわあああああああああああ
「やだ! 相手はもしかして貴族様!?」
オレのセリフにコーネルさんがニアピンしてきた。
「そ……そうだけど……それだけじゃなくて…………本当に、すごく綺麗で、賢くて、優しくて……すごい人なんです……」
オレみたいな下等生物が好意を抱くだけでも極刑ものの。
「そうなの……適わない恋をしているのね……」
コーネルさんはそう言ってオレの背を優しく撫でてくれた。
「でも私はあなたのその想い大事にすべきだと思うわ!」
そうかな……。想ってて良いのかな。
でも
「あの人を見てると、オ……わたしも頑張らなきゃって思うんです」
釣り合えるなんて欠片も思ってないけど、友達と呼んでくれる彼女を少しでも幻滅させたくない。
「素敵ね。私は応援してるから!」
「コーネルさん……ありがとうございます」
コーネルさんの優しい励ましに、セミの幼虫でありながら天女に想いを抱いたの如きオレは、短い生涯を一生懸命生きようと思いました。まる。
「あ、スターリあんた約束したんだから、ちゃんとアイハちゃんを家まで連れて行くのよ!」
後ろで廃人の様になったスターリを、爽やか姉御肌を取り戻したコーネルさんが蹴とばした。
スターリ、オレが言う事じゃ無いかもしれないが、お前も強く生きろよ。
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