レシピ35 ネガティブ錬金術師と鍛冶職人
コーネルさんの店を出た後、気まずい沈黙がしばらく流れた。
しかし一応言った事は実行してくれるみたいで、スターリの実家である鍛冶屋に向かってはいた。
しかしあのおしゃべり赤毛男が全然喋らない。
ここは商人を目指すオレが率先して場を和らげなければならないのだろうか。……うん、無理だ。そんな事をこのオレが出来るならとっくに円滑な人間関係を築いている。
「…………アイハの好きな奴って……」
武器屋から10分ほど歩いたところで、ようやくスターリがボソリと口を開いた。
自分から会話を始める事が出来ないオレは一も二も無くそれに飛びつく事にする。
「え? なに?」
「その……アイハの好きな奴って……どんな奴?」
どんな奴って……お前それ知ってどうするんだよ。釣り合いが取れてない事を改めて客観的に言われるのもなかなかきついのだが。
「どんなって……」
「見た目は?」
見た目……。オレはマリエルの煌びやかな容姿を思い浮かべる。
「金髪で碧眼でー……」
「背は高ぇの?」
背?オレが低めってのはあるけど、同じ年の女子にしては
「高いよ」
「強いのか?」
強さなんて知らないけど……あ、でも有名な魔法学校に通ってて、優秀なんだって言ってたな。
「よく知らないけど、強いんだと思う。優秀で有名らしいから」
てゆーか、オレ自身もあんまりマリエルの事は知らないし、マリエルを思い浮かべるたびに自覚したばかりの感情が震えるから止めてほしい。
「アイハはそいつの、どこが好きなんだ?」
だから止めろって!思春期真っ盛りのオレに何言わせる気だよ、この赤毛!!顔から火が出るわ!!!
自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。もう羞恥プレイだ。オレは今この赤毛に辱められています。助けておまわりさん。
「…………も、もうやめない? この話題」
羞恥で若干涙目になりつつ頼むと、スターリは目を見開いた後、バツの悪そうな顔を逸らして「……悪い」と呟いた。
またしても気まずい空気が続くのかと思いきや、目的地への到着という景況であっさり終わりを告げた。
「ここがうちの鍛冶屋」
スターリが見上げたそこは、続く街並みから少し一線を画した様に見えた。石と木で出来た建物はそこいらの店や家と同じだが、おそらく作業場なのだろう、建物の奥に行く道があり、そこを進むと石造りの小さな小屋が別にあった。
「鍛冶現場が見たいんだよな?じゃあこっち」
そう言って奥の小屋に案内される。
鍛冶作業を見て、自分で出来るか確認して、出来なきゃ職人の人にオレの持ち込んだ合成金属でナイフを作ってもらえるか交渉しなけきゃいけない。コミュ障にはなかなかのハードルだ。頑張らねば。
でも職人、って大体頑固おやじのイメージだ。話も聞いてもらえず追い返される未来が思い浮かぶ。
い、いやでもオレが扱える解体用ナイフなんてこの世に無いのだ。それを作らねば、解体は出来ないものと考えた方が良い。頑張ろう、全ては引きこもり自活生活の為に!!
「親父~、客連れてきたぜーー」
小屋に入るスターリの後に、おっかなビックリ付いて行く。
もあっとした熱気が顔に掛かる。奥の方に赤々と燃える火が見えた。自分で打つとしたら専用の竈がいるなぁ、と思ってたら、竈の傍にいたガッシリとした体格の赤毛のおじさんが立ち上がるのが目の端に見えた。
と、同時に
「女が鍛冶場に入るんじゃねぇ!!!!」
轟く怒声。
すごい声量だ。オレには間違っても出せない音量と、ビリビリと体に伝わる振動。これもしかして何かのスキルなんじゃね?て位。
あまりの声量に言われた内容が頭に入って来ず、オレは恐らくぼんやりして見えたんだろう。
赤毛のおっさんが目を怒らせてズカズカと俺に歩み寄ってきた。
こわいこわい!ビクッと怯えるも、そんな貧弱なオレを庇うようにスターリが間に割って入ってくれた。
「ちょっ何だよ親父! アイハをビビらせんなよ!!」
「喧しいこの馬鹿息子が! 女を鍛冶場に入れるな!!!」
女?女って誰の事だ?……あ、オレか。
オレは悪鬼の如き親父さんを鎮めるために、急いで小屋の外に出て、そこから声を掛ける。
「すみません! ここからなら良いですかー?」
若干距離があるので、オレの声量では聞こえないかとなるべく大きな声を出す。
「チッ」
親父さんはそれに舌打ちで答えてくれる。
わーい、怖いぞー。意思の疎通が難しそうだぞー。
「アイハごめんな! 親父、何で女が鍛冶場入っちゃいけねーんだよ」
「そんな事も分からんのか馬鹿息子が!
鍛冶場は火の女神の加護を受けている。女を入れると女神が嫉妬して鍛冶が上手くいかなくなる。その上女には血の穢れがあるだろう。場が穢れる」
うおおおすっげ――!
現代日本なら女性の人権迫害だってハチマキ締めたおばちゃん達が大群で暴れる物言い!怖い!!想像しただけで怖い!!
しかしこの世界ではそれが普通なのか。女性も働いてるのは見るから、男尊女卑はあまり無いのかと思ったけど、職人世界では違うのかな。もしくはオレが見えてなかっただけで、本当は男女平等ではないのかも。そうだとしたらアイハでの生活に厳しさが加わってしまうな……。
あ、そう言えばアシェラさんが「女性を応援したい」と言ってたから、やっぱり自立してる女性は珍しい系?昭和位と考えれば良いかな?あんま知らないけど。
「はあ!? 知るかよ、そんな時代遅れなルール!
マジで信じてんのかよ親父。バカじゃねーの?」
「馬鹿者! 鍛冶に携わる者が信仰を捨てるなど、ありえんぞ!」
「そもそも鍛冶に携わってなんかねーし、俺!」
「まだそんな事を言っているのか。いいから早く跡継ぎ修行をしろ。お前はいつものらりくらりと冒険者遊びなどやって……」
「遊びじゃねーよ!! こないだだってCランク任務やったっつーの! 親父こそいい加減現実見ろよ! 俺は跡を継がねえ!!」
「馬鹿な事を……。今日だって女連れでフラフラしてるだけじゃないか。何が冒険者だ、修行が嫌で遊びまわってるだけだろう」
「ちっげーし! アイハは依頼人で、鍛冶現場が見たいっつーから連れて来てやっただけだし!!」
「どうだか……そもそもお前は――――――」
ヒートアップする親子喧嘩に、オレのドアの外からの言葉など届くはずが無く。
うぅん、このまま此処にいても時間の無駄な気がしてきたぞ。他の鍛冶師の所に行くにしても、女は入れないルールは確かに存在するみたいだし、今日はもうやめておいた方が良いかもしれない。
ひとまず、お腹も空いて来た事だし腹ごなしでもして、図書館かカラばぁの店にでも行くかな。シェイバードの素材が手に入ったものの、貴重な変化薬を使っているのだから、時間いっぱいアイハ活動をせねば損である。
オレはマジックバックから取り出した紙にボールペンで、未だあんまり上手く書けないこちらの文字で
『お取込み中なので失礼します。
日を改めてまた来ます』
と書いて入口に置いて小石の重りを載せてその場を去った。
グロ耐性と解体技術を身に付ける方が先だけど、解体用ナイフ取得までの道のりも遠そうだ。
その後露店で買い食いをして昼食を済ませ、食料の買い出しも終わらせた。
何か来るたびに牛串もどきを食べている。家でも作ってみたのだが、なぜだろう、ただ焼いてるだけのはずなのに食感が全然違うのだ。
でもソースはオレの自作の方が美味しいから、もういっそ店にあのソース持って行こうかな。
そう考えながら図書館へ向かう道すがら。
「あら、アイハ。偶然ね!」
声に振り向くと、そこには件の完全美少女がいた。
ちょっとだけ。ちょっとだけ、図書館に行けばマリエルに会えるかなーって気持ちもあったけど、こう見事に会えてしまうと逆に挙動不審になってしまう。
しかも今日自覚したばかりの感情を持て余しているのだ。本物を前にすると、ますます緊張は高まる物の、今のオレは同性の友達なのだと自分に言い聞かせる。
「マリエル、図書館に行くの?」
「ううん、その帰り。お迎えが来ちゃったから。アイハはこれから?」
見るとマリエルの後ろに、前回も見たひっつめ頭の女性がいて、ペコリとあいさつをした。主人の友人だからか、アイハがキレイめな格好をしているおかげか、見下される事なく挨拶された。
「いや、ううん。今日は図書館には寄らずに帰ろうかと」
マリエルに会えるなら寄ろうと思ってたけど、先に会っちゃったし、素材も手に入っているので今日はもう帰ろうと思う。変化薬の制限時間も、あと2時間ほどだ。
「そうなの? せっかく会えたのに残念ね」
同性の友人に向けての言葉だとは分かっているが、湧き上がる喜びを抑えきれず、オレは何とかそれを噛み殺した。
オレも残念だが、今はまだ自分の感情に向き合い切れていないし、マリエルにも予定があるだろう。今日の所はここでお別れだ。そう思った瞬間、マリエルがパッと顔を上げて目を輝かせて言った。
「……そうだ!
ねぇアイハ!あなたうちに泊まりに来なさいよ!」
ホワイ?
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