レシピ36 ネガティブ錬金術師と伝令魔法

 気が付いたら、市役所みたいな大きさで外観が白壁で青い屋根の建物の前にいた。家族旅行でハウステンボスに行った時に見たものに近い。

 そうです、マリエルのお家……お屋敷です。予想はしていたが、予想以上に個人の家じゃない規模だった。


「気が付いたら」なんて比喩な事は説明せずとも分かると思う。心情的なものだ。

 オレだってちゃんと断った。

 だがマリエルの押しの強さと可愛さで「ダメなの?」と迫られ、おまけに「そんな事とんでもない!」と言いそうなひっつめ頭の使用人の女の人は「お嬢様がお友達を家に呼ぶなんて……」とひっそりハンカチで涙を拭う姿を見せられた日には、この貧弱な意思と体で形成されたオレが断りきれると思うか?

 大体こちとら14歳の思春期真っ盛り男子だぞ?

 好きな女の子のお泊りの誘いに、否を唱え続けれる訳がないだろう。


「さ、行くわよ!」

 しかしいざ到着するとあまりにも立派なお屋敷と、入り口ですでに待ち構えている執事風の使用人に回れ右したくなった。

 ガチで足が動かないと思ったが、そんなものはマリエルの柔らかく白い手で引きずられて行くという更に悲劇的な結果になっただけだった。

 立派な門構えを抜けると、明らかに個人の持ち物じゃないだろって広い庭園が続き、そして見上げる程の重厚な扉が、執事っぽいおじさんが「おかえりなさいませ、お嬢様」と頭を下げると同時にゆっくりと開いた。

 そのまま一緒に館内に入る執事さんが、チラリと「そちらは?」とオレを見た。


「私の友達でアイハって言うの。今日うちに泊まってもらうから」

 今度こそ「この庶民が!」と追い出されると思ったが、執事さんは恭しく礼をし、後ろを振り返り控えていたメイド風の女性に「コックに食事の追加と、部屋の準備を」と指示をした。

良いんだ!?これもマリエル監修の『お金持ってそうな綺麗な格好』のおかげなのだろうか。服装って大事。

 その上それを聞いたマリエルがまたも爆弾を落とした。


「部屋はいいわ、私の部屋で一緒に寝るから」


 はいいぃ!!???


 下げ気味だった視線を勢い良く上げてマリエルを凝視するも、マリエルは満面の笑みで「何か文句ある?」とでも言いたげにハキハキと使用人たちに指示を出している。

 しかしここで否定をしたら「お前と同じ部屋は嫌だ」と「私の為に部屋を用意しろ」という意味になり、マリエルの好意を無下にし、更にメイドさんの仕事を増やす事になる。こちらの世界の常識も貴族の常識も知らないオレが口を出す権利なんて持ち合わせていなかった。


「部屋へは私が案内するからいいわ、行きましょアイハ!」 

 そう言って歩き出すマリエルをオレは慌てて追いかける。こんな初めて来た高級な場所で初対面の人に囲まれているなんて、精神崩壊を引き起こす。

 マリエルに付いて赤絨毯を引かれた天井の高い廊下を進む。ところどころに見るからに高そうな壺とか絵とかが飾られている。日本で見る『豪邸拝見』的なTVとは一画を画す、とにかく広いのだ。もしかしてマリエルの家って、貴族でもかなり金持ちの方?

「……突然連れて来ちゃったから、怒ってる?」

 そんな風に考えていると、マリエルの歩みが少し緩み、長い睫毛に縁取られた翠の瞳が不安げに揺れていた。

「え、怒ってなんかないよ?」

 マリエルに対して怒りの感情など沸いた事が無い。

「だって……来るの嫌がっていたし、全然喋ってくれないから……」

「すごいお家にビックリしてただけだよ。

 わたしのいた国には貴族とかいなかったから、こんなに大きなお家だとは思わなかった」

 昔はいたが、今は身分制度も無い。まぁ資本主義による身分制度的な物はあるにしろ、オレの周りにこんな大きな家に住んで使用人が沢山いる人などいなかった。


「そんな国があるの? そう言えばアイハたちが前にいた国の話はあまり聞いた事が無かったわね。そもそもどうしてお兄様と2人だけでエテリアに来たの?」

 そうだな、その辺の話もちゃんと作っていかないといけないな。と言っても、双子設定以外は基本事実に基づく話で行くのだが。

「2人でいる時に災害に遭って、2人だけでこの国に流されたんだ」

 時空の歪みに落ちるのは事故とも天災ともクレーヴェルは言っていた。

事故だと人為的な可能性もある様に受け取られるから、天災の方が追及されないだろう。

「まぁ! そうなの!? 大変だったわね……」

 マリエルは素直に信じて痛ましそうにオレを見た。優しい。と言うより、マリエル自身もお嬢様育ちで学校と家しか知らない世間知らずなのかもしれない。

次他の人に聞かれても良い様にもう少し設定は練った方が良いな。どこでオレが異世界人だとバレるか分からない。そうなると国へ幽閉、研究、死刑の可能性もあるからな。慎重に行かねば。

でもマリエルにはあまり嘘はつきたくないから、これで信じてくれて良かった。


「じゃあ故郷にはご両親が……?」

「うん、両親と兄がいるよ」

 これは本当。

「故郷に帰る方法は無いの? 協力出来る事があれば、言って」

「今の所無いみたい」

 そう言えばどうしているだろう。まぁいないならいないで諦めるだろう。帰る手段も無いのだから、故郷について考えるのは極力止めている。

「そう……それで兄妹力を合わせて2人で……」

 2人じゃなくて1人……でもないし。

あ。

「いや、違くて……あぁ!」


 オレのいきなりの大声にマリエルがビクッとした。

ごめん、いやでも!

「忘れてた! 家に今日は帰らないって連絡しないと!」

 そうだった、じゃないとクレーヴェルがまた迎えに来てしまう!

「家に? あ、トモヤに連絡しないとなのね」

 違うけど、それで良いや。

「うん、夕飯までに帰るって言っているから、帰らないと心配して探しに来ちゃう」

 前回の反省を踏まえて変化薬は予備を持ち歩く様にしているので問題ないが、それを知っていてもあの世話焼き心配性の精霊はやって来るだろう。

やはり帰るべきかとオロオロし始めたオレに、マリエルは何でも無い事の様に笑った。

「大丈夫よ、連絡すれば良いんでしょう?」

 この電話もメールも出来ない世界でどうやって!?と思う間もなく、マリエルはちょうど到着したらしい部屋の扉を開けて中に入った。


 白と黄色と優しい木の色で統一された部屋で、マリエルは金の装飾の入った机の引き出しを開けて何かを取り出した。

 黄色の宝石の様なを机の上に置き、大きな窓を開け放してから、今度は指揮者が使いそうな杖を取り出した。

「合図をしたら、伝えたい人の顔と場所を思い浮かべて、伝言を言って」

 そう言ってマリエルは指揮者の前奏時の様に杖を三度降り、『オルジナーリェツ』と唱えた。

 すると黄色の石が光り、マリエルが目配せする。オレは慌てて

「今日は友達の家に泊まるから、帰りは明日になります。心配しないで」

と声に出した。途端、光が窓の外にバシュッと飛んで行った。

「伝令魔法よ。これでアイハが今思い浮かべた人の所に飛んで行ったわ」

「す……すごい」

 魔法すごい!今までオレが触れてきた魔法と言えば転移魔法位だったが、改めて魔法の便利さと神秘さを目の当たりにした。これだけ便利だと、そりゃ科学の発達もしないわ。オレのやってる錬金術なんて、魔法が使える物からしたら「何それ?」てもんだわ!

 オレの素直な賞賛に、マリエルはふふんと得意そうに笑った。かわいい。

 

 コンコンコンコン


 ふいにノックの音がし、マリエルが答えると、扉が開かれ例のひっつめ頭の女性が現われた。

「マリエルお嬢様、湯浴みの用意が整いました」

「ありがとう」

 湯浴み? お風呂の事?


「アイハ、入りましょ」

「え!?」


 マリエルの家はお風呂はご飯前なのかー。うちは逆だったなー。って、そういう話じゃない!

マリエルの言い方だと……一緒に!?無理!!!!


「い、いや、お風呂は……!」

 オレの慌てぶりに、マリエルは首を傾げ使用人の女の人は眉をしかめた。

「うちのお風呂広いから、大丈夫よ?」

 さすがお金持ち!じゃない!

 好きな女の子と女体化して一緒にお風呂とか、エロ漫画かよ!何そのラッキースケベ!むしろ拷問!しかもバレたら極刑のやつ!!

「いやいやいや!!」 

 それにこの髪染め液は、水なら大丈夫だがお湯で落ちるのだ。手間いらずで髪も痛まなくて良いが、まさかの展開で毛染め液は持ち歩いていない。

「ですが湯浴みをされない状態でベッドへは……」

 え、汚い?オレ今汚いって言われてる?

「あ、あ、でもお風呂毎日入ってるから……」

 1日位なら……

「「毎日!?」」

 オレの弁解にマリエルとひっつめ……もうばあやさんで良いや。ばあやさんって言うほど年じゃないけど、雰囲気とかそんな感じだし。


「毎日? 今毎日湯浴みをしてると言いましたか? 湯拭きではなくてですか?」

「アイハのお家ってお金持ちなのね」

 え?え?何かおかしい事を言ったか?2人の反応にオレが戸惑っていると、オレが他国出身と知っているマリエルが説明してくれた。

「エテリアでは毎日お風呂に入るのなんて、貴族や大きな商家の人位よ。

 沢山の水とそれを温める魔力と魔導具が必要ですもの」

 あ、そう言う事か。それなら

「お風呂は錬金術師の兄さんが作ってくれたの」

 こういう事にしておこう。本当に作ったし。

「トモヤは本当に優秀な錬金術師なのね」

 マリエルは友也オレが錬金術師なのもよく知っているので、納得して頷くが、ばあやさんはそれでもオレに風呂に入る様に勧める。


困ったオレはマリエルに救いを求める様に視線を向けると、さすがマリエル。気付いてくれた。

「何か他に、理由があるのね?」

 オレは戸惑いながらも、マリエルには全て打ち明ける事にしてマリエルの耳元で囁くように告白した。

「目だけじゃないの……私の色……」 

 それだけしか言えなかったのに、マリエルは全て悟った様に頷いた。

「髪も染めているのね? それがお湯で落ちちゃうのね?」

 頷く。

「気にする事無いのに。黒髪の人間もいない訳じゃ無いの。

 屋敷の人には口止めするし、帰りも送るから大丈夫よ」

 マリエルに言われると何でも大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

 オレの感情を正確に読み取ったマリエルが笑顔を深めた。


「じゃあ……」

「で、でも一緒に入るのは無理」

「どうして?」

 そんなもの決まっている。

「は、恥ずかしいから!」



 半泣きでお願いしたせいか、無事マリエルを説得出来たんで、オレは今マリエルの次にお風呂に入っている。

 お客様なんだから先にどうぞとは言われたが、多分普通貴族のマリエルが優先のはずだ。断ると合ってたみたいで、ばあやさんも頷いていた。


 湯上りマリエルを視界に入れない様に注意しながら、通された脱衣所?に荷物を置く中、少し迷って翻訳のブレスレッドだけは着けたまま入った。本当は鑑定ゴーグルも詐称のネックレスもマジックバッグも持って入りたかったが、さすがにそうもいかないだろう。濡れるし。とりあえず生命線の翻訳のブレスだけは外せない。

 中に入ると、温泉施設?て位広々とした白亜の大浴場が広がっていた。そりゃ2人で入れるわ。あ、ライオンの口からお湯出てる。この辺のセンスは世界が違えど変わらないのか。お約束ってやつだな。

ひとまず髪と体を洗ってから、湯船に浸かる。オレの最適温度よりぬるいが、この辺はお国柄だろうか。

 まだまだ中学生のオレなので、お風呂にそれほどこだわりもないが、やっぱり足が伸ばせるのは良い。わざわざ今の風呂を造りかえる気は無いが、露天風呂。そう、露天風呂は良いかもしれない。町を出ての引きこもり自活生活になったら露店風呂を作るっていうのもアリかもしれない。

 そう言えば、この世界の風呂は魔導具と魔力を使うと言っていたな。オレが造った風呂とはおそらく仕組みが違うだろう。しまった、鑑定ゴーグルで見て材料とか調べれば良かった。


 そう思った時。



 扉が開かれた。



 いや、比喩とかじゃなくて普通に。風呂のドアが開いた。

 当たり前だがそちらに視線を向けるオレ。

 そこには全裸の男がいた。

 金髪碧眼で逞しい男性。

 見た事のある顔をしている。


「!!!!????」


 騎士様!オレのトラウマ!!!


 恐慌状態で固まるオレに、全裸の騎士様も固まる。

 後で冷静になって考えてみたら、オレはこの時女の体で、おまけに全裸だったわけだ。

少年漫画だとキャーとかそういう展開が一般的なのだが、いかんせん中身が男なもので、男の裸を見ても欠片も何も感じない。

そんな事よりもトラウマ1号である騎士様から逃げたい気持ちが先走って、オレは騎士様の「君は……」という言葉に硬直が解け、一目散に逃げ出した。いや、逃げ出そうとした。

しかし皆も子供の時言われただろう。お風呂や、プールサイドで走らない様にと。

 理由は簡単、滑るからだ。


 そしてこの間抜けなミトコンドリアは見事に滑った。

 滑って転んだ。

 騎士様の目の前で。


 さすがの騎士様は、転ぶオレに手を差してくれ、オレは危うく濡れた石で後頭部を強打する前に騎士様に抱き留められた。

 しかしその体は床に横たわり、密着する男の生肌……。

 想像して欲しい。

 同性のアレが自分の素肌に密着する様を。


 情けなくもオレは、自分でも驚くほどの女性らしい叫び声を上げたのであった。




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