レシピ37 ネガティブ錬金術師と貴族の責任
私の名前はミヒャエラ=レトルと申します。
公爵家:ガルシン家にメイドとしてお仕えして、早3年となります。
生まれは準男爵家ですが、上に兄が2人と姉が1人、そして妹が1人おりまして、貴族とは言え爵位も財もさほど多い物ではありませぬ故、私は成人と共にメイドとして1年方向に出、その後働きが認められこの公爵家に参りました。
貴族の生まれの者が皆社交界で華々しく活躍する訳は無く、私の様に成人したら家を出て働く者も少なくありません。下級貴族の出であるという事は、作法や学が備わっているので、引く手は数多なのです。
私は王家の血筋も入るこの名門公爵家にメイドとしてお仕えする事ができ、同等の貴族の娘たちのみならず、上級貴族の女性からも羨望の眼差しを浴びているくらいです。
それと言うのも、お給金や待遇が良いだけではなく、このガルシン家の方々は……皆様とても美しい方々なのです。
その上、少し変わっている方が多く、何と言いますか……社交界にいてはお近づきになりにくいのです。
長男で跡継ぎであらせられるラカン様は、既に幼馴染みであった侯爵家のご令嬢と婚姻を結ばられ、第二夫人、第三夫人は娶らぬと公言なさっている愛妻家でいらっしゃいます。これに関しましては、ガルシン家の現当主様が三男二女のお子様方を全て正夫人お一人で生まれたという事にも追随しているのでしょうが。
次に、二男であらせられるハリス様ですが……この方はある意味貴族らしいと言いますか、いえ、貴族らしい高慢な態度は無いのですが。流した浮名は数知れず。端的に申しますと、女好き、なのでございます。
かと言って、乱暴な振る舞いや非道な事は行いません。あくまで紳士的に、お互い遊びと割り切っての事らしいです。ですので、もちろん、結婚相手には向かない御方です。
そして私が周りから羨望の眼差しで見られる一番の理由であらせられる、三男ジェレミ様は公爵家でありながら王宮騎士団に所属されております。
騎士と言うだけでも男性の憧れの職業。
ただ強さだけではなく気高さと気品を持ってなくてはなれない職である上、王宮直属部隊で、更にご本人は由緒正しき公爵家です。
その上、見目麗しく真面目で優しく、弱き者を助ける素晴らしい御方です。
一部の口さがない者達は、幼児趣味だとか言いますが、お傍で見させていただいている私は分かります。あれは小さき弱き者への慈愛であると。
そんな素晴らしい御方ですが、王宮騎士団に所属ゆえ、社交界に姿を現される事は滅多にございません。ですので、社交界のお嬢様方ご婦人方は、ジェレミ様と親しくなるどころか、お近くでご拝見する事すら稀なのです。
そんなジェレミ様をお近くで拝見だけではなく、お世話させていただく事も出来る私は果報者でございます。
もちろん、自分の立場は分かっております。
ジェレミ様はお優しい方ですので、使用人に声を掛けたり労をねぎらう事もありますが、そんな事で舞い上がり公爵夫人の座を夢みる程子供ではありません。ただでさえジェレミ様には浮いたお話が無いのです。あの美しく清廉なジェレミ様の御心を射止める方は、きっと同じく素晴らしい御方なんだろうと、想像して楽しむ位です。
そんなある日、事件は起きました。
始まりはガルシン家の次女であらせられるマリエル様が、突然お友達を連れて帰って来た事からです。
マリエルお嬢様は、ガルシン家の血を色濃く引くとても華やかな御容姿で、その上年の離れた末っ子として一家の愛情を一身に受けられて育ちました。
魔法の才能もおありで、聡明で努力家でもいらっしゃいます。
と、申しましても、私がこのお家に来た時には既に他国にある名門魔法学校へ留学されていたので、年に二度の長期休暇での帰省でしかお姿は拝見出来ない為、ほぼ先輩メイドの方々からの受け売りですが。
そんなマリエル様はそのお育ちと優秀さゆえに、ご学友が出来なかった様でございます。
それ故に、突然の来訪と宿泊のお達しでしたが、使用人一同、マリエル様のお友達を歓迎する一存でございました。
チラリとだけお姿を拝見したお友達様は、小さなお体で茶色い髪を編み込んでいて、この辺では珍しい黒い大きな瞳をしていました。マリエル様付きのメイドから聞いたところ、御年はマリエル様と同じ14で、商人をしている少女なのだそうです。
その後、食事の用意をお手伝いさせていただいていると、またお達しが回ってきました。
曰く、お友達様は異国の出身だそうで、本当は髪も瞳と同じ黒色なのだそうです。湯浴みによって染色が取れてしまうのを、ご本人が気にしているので、なるべく視線を向けず、そして口外せぬようにとの事です。もちろん、私どもは名門ガルシン家の使用人です。そんな事は言われるまでも無く厳守いたします。
皆「当然です」と頷き、仕事に戻り、私は玄関の花を生け直しに参りました。その時ちょうど、ジェレミ様がご公務からご帰宅なさいました。
もちろんジェレミ様付きの使用人がすぐに出迎えましたが、ジェレミ様は珍しくそのお顔にお疲れが浮かんでおりました。そしてお疲れのご様子のまま、すぐに湯浴みに向かわれました。
私もですが、ジェレミ様付きの筆頭メイドであられるクライエ様も心配そうにその後ろ姿を見送られました。
そこで私はふと思いました。
浴室は今、マリエル様のお友達様が入られていませんでしたでしょうか?
ですが誰もジェレミ様をお止めするそぶりを見せなかったので、私が知らないだけで既に湯浴みを終わられたのだろうと思い仕事に戻ろうとしました。
その時です。浴室から絹を裂く様な女性の悲鳴が聞こえたのは。
玄関にいた私を含めジェレミ様お付きのクライエ様と執事のテアハール様の3人が急いで駆け付けたその目に飛び込んできたのは、ジェレミ様の逞しい裸体と、その裸のジェレミ様に押し倒されて真っ青になって震える黒髪の裸の少女でした。
これが、以降、使用人の間で語り継がれる
『ジェレミ様ロリコン疑惑お風呂事件』
でございます。
◇◇◇
フワフワのタオルで丁寧に拭われたものの、まだ髪から水が滴る状態のオレを部屋着なのか、湯浴み後白いヒラヒラのワンピースに着替えたマリエルが抱きしめている。
場所はガルシン家の家族が団欒するらしいリビングのような場所だ。リビングと言っても天井がやたらと高くて頭上には大きなシャンデリアが煌めき、赤地に金刺繍のソファもめちゃくちゃ高そうだ。
そして向かいの一人掛けソファに座るのは、輝く金髪に深い翠の瞳の美青年……マリエルの兄の騎士様だった。
うん!似てるね!!
どうして今まで気付かなかった?てくらい似てるね!!!
そのオレにとっての衝撃の事実を知ったのは、オレの女子っぽい悲鳴で駆け付けたマリエルの「何してますの!? ジェレミお兄様!!」のセリフでという情けなさ。
てゆーか裸の男に抱き付かれて悲鳴上げるとか女子か!今女子だけど!!
そんな訳で、今ここにいるマリエルと騎士様と使用人数名以外の人達にも思い切り裸で抱きしめられてる状態を見られたオレです。
「……死にたい」
「! アイハ、気をしっかり持って! 大丈夫よ、使用人達には箝口令を敷いたから!!」
もちろん騎士様は無実である事は、すぐに理解されて広まったが、気まずい事この上ない。
「大丈夫よ、アイハ。あなたはちゃんと清らかよ、これは不幸な事故だったの」
ん?いや、事故な事は分かってるけど、ただ羞恥で身の置き場が無いだけで……。
「かくなる上は責任を取って……」
「ジェレミ様! さすがにそれは……!」
え?え?何かおかしい方向に話が行ってないか?オレとしては今この状態もキツいので、ちょっと一人にしててほしいのだが、マリエルはオレを抱きしめて離さないし。オレがそんなマリエルを振りほどける訳が無いし。
「……そうですわ、お兄様は責任を取るべきですわ」
「マリエル様まで!」
「いえ、責任は浴室を使われている事をジェレミ様にお伝え出来なかった私の責任です!!」
ちょっと待ってくれ。
もしかして貴族世界では、事故だろうと裸で男女が抱き合うだけで、それを人に見られた事で十分に醜聞に値するのか?少年漫画でよく見る光景だけど。
そんでもってさっきから飛び交う【責任】って何だ?嫌な予感しかしないぞ。男女で醜聞に対する責任と言ったら……
「いや、男として責任は取らせてもらおう」
「いえもう全然気にしてません大丈夫です!!!」
騎士様が男らしく終着に向かおうとした所で、オレはありったけの声量で【待った】をかけた。
周囲がポカンとする中、いち早く立ち直った兄妹は言い募る。
「いや、しかし……」
「無理しなくて良いのよ、アイハ! こんな醜聞私でも死んでしまいたい位だもの」
え、そんなに!?
「い、いえ、本当に……ただの事故ですし、驚いてしまっただけなので!
箝口令も敷いてくれてるなら、忘れる事にします」
だから責任とって結婚とかそんな恐ろしい事考えないでくださいお願いします。
オレの必死のお願いに、ガルシン兄妹は釈然としなかったが、同じく結婚を阻止したいのだろう使用人の人達の説得もあり、何とか引いてくれた。
あー、良かった。男と結婚とかそれ何の罰ゲームだよ。
胸をなでおろすオレに、マリエルが苦笑気味の顔で「アイハは優しいね」と言った。一体何の話だと思ったが、使用人の何人かが安堵の息を付いていたので、もしかして使用人が処分されるのを阻止しようと言ったと思ってる?
「違うよ、本当に大丈夫だから」
そう言ってみたが、マリエルも使用人の人達も温かい視線をオレに向けている。違うのに……!
場が落ち着いた所で、ちょうどと言うか、タイミングを見計らっていたのか、食事の準備が出来たと呼ばれ食堂に向かった。
何か映画で見た事ある気がする長い机に真っ白なテーブルクロスが敷かれた場所に案内され、マリエルの隣に座る様に言われ、向かい側には騎士様が座った。
見よう見まねでナプキンを膝の上に開いたらメイドさんが食事を運んできてくれた。
一騒動終えて、オレは完全に油断していた。
最初のスープが置かれるかどうかというタイミングで、我慢が出来なかったらしい騎士様が口を開いた。
「ところで不躾ですまないが、君の身内に、トモヤという少年はいないか?」
手に持っていたスプーンを落としそうになったのを何とか握りこんで阻止した。
そうだ、今オレは黒髪黒目を晒しており、目の前には黒髪黒目の友也と2度会った事のある騎士様。
いや待て。マリエルが言ってたじゃないか。黒髪も黒目も珍しいが、全然いない訳ではないと。万が一にでも、偶然と言い逃れれるんじゃないか?
そう思って口を開こうとした瞬間。
「あら? ジェレミお兄様はトモヤを知っていますの?」
あ、詰んだ。
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