レシピ38 ネガティブ錬金術師とガルシン兄妹

「マリエルは、トモヤを知っているのか?」


 騎士様がいつもの冷静な声では無く、幾分驚きを含んだ声を出した。

「トモヤもお友達ですもの。お兄様こそ、どうやってトモヤと知り合ったんですの?」

 それに対してマリエルも少し驚きつつも、どこか誇らしげに聞こえる声で答えた。

なぜ声だけの判断なのかと言うと、オレは視線を上げれずに各々の顔が見れなかったからだ。


 騎士様には出来るだけ関わりたくない。

あの強引さと話の通じなさはオレと致命的に合わない。その上貴族で騎士なんて、どう対応したら良いのか分からないから安全の為にまず接触を避けたい。

しかし騎士様はマリエルのお兄さんだ。本当に何で気付かなかったんだって位似ている。ヒントはいくらでもあったのに、オレが無能すぎた。今さらだが。

年は離れているが、こうやってごく自然に一緒に食事をしている事やマリエルの態度を見ても、仲の良い兄妹なんだろう。

という事は、今後もマリエルの家に来たら会う可能性は非常に高い。いや、そんなお邪魔できるなんて思ってないけど。

 今まで通り図書館とかで偶然会ってたまにランチする位で、なるべくそれ以上の接触はしない様にしよう。

元からそれ以上になれるなんて思ってなかったしな!


 そんなオレの心情はよそに、兄妹の会話は続いていた。

「彼がまだこの町に来たばかりの時に保護をした」

「保護……ですか?」

「いや、正確には保護しようとしたのだが断られてしまい、目的地まで案内をした」

「あぁ、トモヤは私と同じ年の男子にしては小さいですからね。年より幼いと思ってですか」

「それもあるが、彼は異国の地でボロ雑巾のような布を纏ってひどく怯えて見てたので、保護が必要だと思ったのだが」

 や、やめろ!オレのトラウマを掘り起こすな!!マリエルの前でボロ雑巾とか呼ぶなよ!ただでさえ低い容姿への好感が地中に埋まるじゃないか!

「まぁ、そんなに酷い格好で? そう言えば災害に遭って流されてきたんだったわね。その時の格好のままでお兄様にお会いしたのね」

「災害で流されてきた……?」


 マリエルの”酷い格好”発言にグサッときている間もなく、騎士様がピクリと眉を上げてこちらに目を向けた。目力強い。自信がある人は顔つきが違うって言うもんな。

「流されたと言うと、船で嵐に遭って漂流したのか?」

 違うけど、まぁそういう事にしておこう。

「は、はい」

「異国というのはどこだ?」

「いや、あの、すごく遠くて田舎なのでご存じ無いと……」

「聞いてみなければ判断出来ない。もしかしたら国を通して帰してやれるかもしれないから言いなさい」

「大丈夫よアイハ! お兄様は王宮騎士団に所属しているの。外交官にも顔が聞くし、外国の事もよくご存じよ」

 無表情でグイグイくる騎士様に、マリエルが誇らしげな笑顔で援軍を送る。孤立無援とはこの事か。


 面倒な事になったが、正直に話した方が良さそうだ。

「日本という島国です」

 だって絶対知らないから。

「ニホン……? 聞き覚えの無い名前だな」

 でしょうとも。

「だが安心しなさい。外交部の者達にも聞いて調べておこう」

 そうだった、この人諦めない男だった。


 いや、でもよく考えてみたらオレみたいに異世界に来ちゃうのってたまにいるらしいから、もしかしたら以前来た人の記録があるかも?もしかしてもしかしたら帰れる可能性も微粒子レベルで存在する???あっでもそうなったら、マリエルともクレーヴェルとも会えなくなるのか……。


「アイハ、落ち込まなくてもお兄様にまかせておけば大丈夫よ。私もアイハが国に帰れる様に協力するから!」

 オレがさほど喜んでいないのをそう解釈したらしいマリエルが励ましてくれた。

そうだな、普通に考えて故郷に帰って家族と会えるのを応援するよな。決してオレなんていなくなろうとどうしようと関係無いと思ってる訳じゃないよな?

オレ今上手に笑えてる?


 そんなオレの葛藤は知らず騎士様はひとつ咳払いをしてこう切り出した。

「君の兄からも話を聞きたいと思うのだが、会わせてはもらえないだろうか?」

「ムリです」

 ザワッ

 妹の友人と言えど、平民のオレが貴族の騎士様の頼みを即答で断った事に、周りが一瞬ざわついた。しまった、つい条件反射で。

しかも内容はオレの為にみたいな事なのにだ。騎士様から距離を置きたい欲が暴走してしまった。


「い、いえ、兄はその、人付き合いがとても苦手で、礼儀知らずなので、とても騎士様にお会いさせれるような人ではなくて……」

 慌ててそう弁解するも、騎士様の返答は芳しくない。

「問題無い。彼とは既に二度会っている」

 二回とも最終的にクレーヴェルの転移魔法で逃げたけどな!

 そう心の中で毒づいてみても、騎士様に伝わるはずがないのだが、彼は食事の手を止めナイフとフォークを横に置いて、一つため息を吐いた。

「彼には……その二度とも不快な思いをさせる結果になってしまったので、謝罪もさせてほしいのだ」

 いらないいらない!

悪いと思ってるならもう関わらないでくれ。


 この騎士様が悪い人じゃないことくらい、オレだって分かっている。だが地位職業容姿性格、全てにおいて相性が悪いのだ。彼に悪気が無くても、今後関わった所でまた何か齟齬を産む未来が見える気がする。

「いや、でも、えっと……」

 何て言ったら諦めてくれるんだ、この人。

 オレが考えあぐねいていると、騎士様は何かに気付いた様にハッと一瞬目を見張った。


「彼から……私の話を聞いているのか」

 いえ、本人なんで。

本人だから知ってるだけで、決して「こんな事された~」って妹にグチったりとかしてる訳じゃないですよ!?

 しかしオレが固まって返答できない事で、騎士様は答えを決めたみたいだ。

「そうか……私はひどく彼に嫌われているのだな……」

 そ、そんな落ち込んだ風に見せないでよ!

美形が凹んでる姿見ると、へこます相手が絶対的に悪い様な気になるから!周りそうなってるから!この場合その相手ってオレだから!!

「い、いえ、そういう訳では……!」

 今更否定したところで、どう聞いても信憑性が薄い。1㎜も無い。

「ジェレミお兄様がこんなに落ち込まれるなんて……」

 マリエルも目を見張った後に、痛ましげに騎士様を見てる。いや、違うんだ。|友也(オレ)が騎士様を嫌って彼を落ち込ませてる訳じゃないんだ!オレ達会わない方が良いと思うんだよ、お互いの為に!

 何だが妙な空気になって食事は終了したが、マリエルに付いて部屋に下がるオレに、騎士様の小さなつぶやきが聞こえた。


「それでも……私は彼に会わねばならないのだ」

 

 騎士様しつけ~~~~~~~~~!



◇◇◇

 


 騎士様がらみの衝撃の色々があったが、今のオレにとって、そんなのは些細な事だったと断言出来る。全然何でもない。何なら忘れた。

 それほどまでに、今、オレは非常事態に陥っていた。


「ふふ……誰かと一緒に寝るのってあったかいわね」


 そうです、オレは今、マリエルと同じベッドの中に寝ています。

…………死ぬかもしれない。


 いやもう、オレだってどうかと思うよ。

でも女子会とかパジャマパーティ―にどうやら過度の憧れを持ったマリエルが、どうしても一緒のベッドで寝ようと言って聞かなくてね。

ベッドもダブルベッド位の大きさだったから、マリエルを悲しませるくらいならと了承したものの、今現在ピッタリくっつかれててだね。

オレ明日死ぬかもしれない!!

むしろ今心臓が止まって死ぬかもしれない!!!


「眠ってしまうのがもったいないわ。ねぇアイハ、お話ししましょうよ」

「お……おはなし?」

 直立不動で仰向けになっているオレの耳元に、マリエルのあったかい息が掛かる。な……何か……煩悩の消える様な話題を……あ!

「ま、魔法ってどうやって使うの!?」

「え?」

 マリエルの訝しげな声に、しまったと言い訳する。

「あの、わたしのいた国ではあんまり魔法が発達してなくて、使い方とか詳しく知らないの! マリエルは名門魔法学校に行くくらい魔法が得意なんだよね? つ、使い方とか詳しく知ってるかな~って好奇心で……」

 オレが些末な好奇心だと説明すると、マリエルは感心した様に笑ってくれた。

「そっか、そういう国もあるのね」

 それから、魔法について恐らくこの国の住人なら子供でも知っている内容を丁寧に説明してくれた。


「魔法はね、簡単に言うと体内の魔力っていうエネルギーを、呪文詠唱と魔法数式の陣を書いて発動するの」

「その人の魔力と呪文と陣を書かないと発動しないの?」

「基本はそうね。伝令魔法みたいに、魔導具を用いたものは魔導具そのものに陣が入っているから、簡単な発動陣と呪文と魔力を流すだけで良いけど」

 そう言えば伝令魔法を使った時に、指揮者みたいな動きと黄色い石があったな。言われてみれば黄色い石の中に文字があった気がする。あれが魔導具か。


 しかし思ったよりも魔法って難しそうだ。

魔法数式の陣がいるとか、ゲームみたいにただ手をかざしてイメージするだけじゃないんだな。そりゃあ学校がいるや。

 あれ?でもクレーヴェルは転移魔法使う時に何か呪文みたいなよく分からない言葉は言っていたけど、杖とかで陣を書いたりしてなかったな。

確かえっと……

「精霊魔法と魔法って同じなの?」

「精霊魔法は精霊や妖精みたいな、マナに近い存在が世界と同化して使う魔法だから、エネルギーは魔力だけど全然別モノよ」

 やっぱりか。クレーヴェルの精霊魔法しか見てなかったから、魔法ってゲームのイメージだった。

「精霊魔法は素質の問題だから、ほとんど使える種族が限られているの。

精霊や妖精の他だと、マナに近いのはエルフやドワーフね。でもドワーフ族はあまり魔法に精通していないから使える人は少ないのよ。よく知ってたわね」

 感心した様に言うマリエルに、オレは笑って誤魔化すしかなかった。

 そんでもって、やっぱりエルフやドワーフがいるんだな。まだ会った事がないからちょっとドキドキする。


 うん?

それだとオレが使う【マナ|操作(コントロール)】は精霊魔法の方に近いのか?あれは基本は自分の外にあるエネルギーを利用するものだからな。

 そうなると、(内のエネルギー)魔法―――精霊魔法―――マナ操作(外のエネルギー)て事か?


 うむ!自分自身の力に価値が無いオレらしいスキルって訳か!なるほど納得いった!!

 となると、オレにも一応魔力があるから魔法使えるかなと思ってたけど、普通の魔法より精霊魔法の方が使いやすい可能性が高いな。それならクレーヴェルに教わってみようか。


「ねぇマリエル、精霊魔法って……」

 人間でも使う人ってどれ位いるのか聞こうと話しかけるも、マリエルの返答は無い。

 あれ?と首を傾けると、そこには美少女の寝顔があった。

「寝ちゃったのか……」

 まぁベッドに入って結構話してたもんな……と思い、オレも寝ようと目をつむり……出来るか――――!!


 あまりの状況に、一人ノリツッコミなんてしてしまった……。

オレも相当キテるな、この男子向け漫画展開に……。

 いやもう本当、冷静に考えてみて何だコレ。

片思いの女の子の家(お屋敷)に来て、お風呂で彼女のお兄さんとラッキースケベ展開して、女の子とは同じベッドで眠る。ただし女体化。


これもしバレたら極刑だよな!?


貴族に嘘吐いて騎士様に恥かかせて、嫁入り前のお嬢様と同衾とか、死刑だよな!?

 今更ながら恐怖で震えてきた。

それでいて横にはマリエルの体温があって、心臓が熱して冷やしての繰り返しだ。これ女体化してる時に死んだら|女体(アイハ)のままなのかな?やっぱり薬切れて戻るのかな?

死んだ事無いから分からないけど、せめて死んだ後マリエルに軽蔑される事が無くしたいな。そういや薬の時間制限10時間だから、朝までにもう1個飲んどかないとまずくないか!?

 

 そう気付いて起き上がったら、後ろ髪が引っ張られる感触がして振り返る。

窓の外に見覚えのある光があり、急いでベッドから起きて駆け寄る。


「クレーヴェル!」

 窓越しに小声で叫ぶ。

 朝いつもみたいに見送ってくれた精霊に、もはや懐かしさすら感じた。


『迎えに来ましたよ、マスター』

「え? 伝令魔法送ったんだけど、届かなかった?」

 マリエルがミスる訳が無いから、オレのイメージの仕方が悪かった?

『いえ、届きましたけど、そろそろ限界かと思いまして』

 限界?

『このまま女性化したまま眠れますか?薬ももう1つ消化しないといけませんよ?そして朝になるとまた貴族の人間たちと会話して家まで帰らないといけませんよ?出来ますか?』

「できない」

 即答で答えた。

 そうだ、乗り切ったわけではないのだ。あの夕食時の心労を朝もやらないといけないのだ。その上そう言えば家まで送ってくれるとか言ってたな。家知られるのも見られるのも勘弁願いたい。

家知られたら騎士様家来るかもしれないじゃん!

やべー!危なかった――!!


「か、帰る」

『それがよろしいかと』

 冷や汗ダラダラのオレに、クレーヴェルが神妙に同意した。

「あ、でもちょっと待って」

 勝手にいなくなると、マリエルが心配する。

お泊り会をすごく楽しみにしていたから、何だったらもしかしたら落ち込んでしまうかもしれないから、置手紙をしていこう。

素早く服に着替えて、マジックバッグから紙とペンを取り出し、色々悩んだ末に簡潔に『急用を思い出したので帰ります。色々ありがとう。 アイハ』とだけ書いて置いた。

そう言えば、このボールペンをマリエルが興味深そうに見てたな。

そう思い出して書き出す。

『このボールペンはお礼です』

 そう書いてペンを置いて、窓を開ける。


『帰りますよ、マスター』

「うん」

 返事をして、もう一度だけ振り返ってマリエルの寝顔を脳裏に焼き付けようとした所で、お馴染みになりつつある光がオレを包んだ。



 こうしてオレの、長い一日が終了した。



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