レシピ50 ネガティブ錬金術師と職人ギルドへの相談

 それからシータさんは受付に、ガイエンさんは玄関掃除に戻り、オレはグエラさんに喫茶スペースのカウンターに席を勧められた。


「すみません、オレ来るの早すぎましたね……」

「いえ、そんな事ありませんよ。ちょうど開く時間でしたから」


 グエラさんは相変わらず喫茶店のマスターの様に、柔和な笑顔と手際の良さで飲み物を用意していた。

オレはコーヒーブラックでは飲めないんだけど、どうしよう……と思っていたら目の前に置かれたカップは、真っ黒の飲み物ではなく、ふんわりとした茶色の飲み物だった。驚いて顔を上げるとグエラさんが片目を瞑って笑った。

「コーヒーは苦手だったんでしょう? 牛乳で割っていますから、これなら飲めると思いますよ」

 まさしく熟練のマスターだった。

これは昔、超モテたに違いない。

 震えながら礼を言って飲むと、優しい味が口の中を広がり、その温かさにも味にもホッとする。

「おいしい……です。わざわざすみません」

「良かった。コーヒーを淹れるのは私の趣味ですので、出来るだけ美味しく召し上がって欲しいだけです」

 趣味なのか。

カウンターもあるし、机も椅子もあるから喫茶店も兼用してるのかと思った。

「ここは以前酒場をしていた建物をそのまま買い取って使っているからですよ。人も少ないですし、このスペースは応接兼私の趣味と従業員の食事を作る場所になっています」

 ちなみに2階は試験所とギルマスの部屋の他に、カイサさんとグエラさんの私室があるらしい。あとの2人は通いだそうだ。


「そうなんですね……でもすごく雰囲気がいい机や装飾品ですね」

 ずいぶん穏やかな酒場だったんだなと見渡すと、グエラさんが笑った。

「家具や装飾品はガイエンとシータの作品ですよ。後で直接言ってあげてください、喜びます」

 そう言えば家具職人と細工職人って言ってたな!

 カウンターもだけど机は落ち着いた色合いだし、ただの四角じゃなくてどこか丸みがあって雰囲気があって、よく分からないけど何か良い。

そして机や柱にさり気に掘られた装飾も、主張過ぎずにこの空間を作るのにいい仕事をしている。


「展示場兼喫茶店にすればいいのに……」

「え?」


 思わず呟いたセリフをグエラさんに拾われて慌てる。

いかん、現代日本のノリで言っちゃ駄目だよな。


「い、いえ、こんなに実用的で実際使われてる雰囲気も見られるから、宣伝がてら喫茶店もしちゃえば人も集まると思って……! いや、経営の事なんて何も分からないんですけど! 人も少ないって聞いたし……すごい余計な事ですよね!? すみません!!」

 そうだ、ガイエンさんもシータさんも職人なのに事務や雑務やってるって言ってたし、グエラさんも副ギルドマスターの仕事がいっぱいあるだろうに、更に喫茶店やれなんて無茶な事を言った。

慌てて謝るも、グエラさんは皺のある顔に長い指を当て、ふむ……と思案顔だ。


「あ、あの、それより今日カイサさんはいないんですか!?」

 いたら絶対突撃されている気がするんだが、まだ寝てるんだろうか?

「あぁ……ギルマスならちょっと仕事で昨日から留守なんですよ。ギルマスに用事でしたか?」

 あ、ちゃんと仕事してるんだカイサさん。

「えっと、カイサさんじゃなきゃいけないって事はないんですが、ちょっとご相談が2つほどありまして」

「では私がお聞きして、ギルマスに報告するでもよろしいですか?」

「はい」

 その方が途中で物が壊れたりして中断せずにちゃんと話せそうだ。


 オレはマジックバッグからボールペンを取り出してカウンターに置いた。

「これは……」

「オレが作ったインクを中に入れているペンです。ここの上の部分を押すと、ペン先が出てくるのでインクが乾いて固まる事もないです」

 オレの説明に、グエラさんが興味深げに色んな角度から眺め、ノック部分を押して取り出した手帳に書き込み、ほう、と呟いた。

「とても書きやすく、便利だ。これをどうして?」

 こんな物いらないって言われたらどうしようかと思ったけど、認めてもらえたみたいでホッとしつつも居住まいを正す。

「これは魔石も魔導具も使わない簡単な構造で出来ています。これを、職人ギルドで買い取ってみませんか?」

「職人ギルドで? それは……」

 そうだ、最初の契約書でオレが条件を渋った『権利』を売ると言っているんだ。


「職人ギルドには本当にお世話になっていますし、これは構造も簡単だから広まりやすいと思うんです。そしたら権利の職人ギルドの宣伝にもなるし、オレにもお金は入るから……あの……いいと思ったんですが……」

 だ、駄目かな……。

てゆーか何をこいつ上から物言ってんだ?て思われてないかな?


「シータ、ちょっと良いですか?」

「はい、何ですか?」

 グエラさんがその深みのある声で少し大きめにして受付のシータさんを呼ぶと、シータさんは小走りでやって来た。

「これなんですが、貴女にも作れそうですか?」

 カウンター越しにボールペンを手渡され、シータさんはしげしげとそれを眺めた。気弱そうだった丸い目がキュッと引き締まり、その顔は職人になっていた。


「これは……ペンですか。ここを押すと先まで連動……なるほど、小さなバネがあるんですね。―――――詳細を知るには分解が必要ですが、出来ると思います」

 え、そんな事しなくても教えるし。

いや、別に分解してもいいけど。


「それはトモヤ君が作った物なんですよ。これの設計と制作権を職人ギルドに売ってくれるらしい」

「これを!? トモヤ君は薬専門の錬金術師じゃなかったんですか!?」

 シータさんが丸い目を更に真ん丸にして驚く。

「いや、薬は一番売りやすいからよく作るだけです……」

「でもこれすごく売れると思いますよ? とても便利だし。ギルドに権利を譲渡して良いんですか?」

 すごく売れるからこそ、大量生産が面倒で渡したいのだ。

「はい。どうぞ貰ってください。製作方法も後でちゃんと教えますので」

 良かった、これでボールペン問題は解決だな。

細工職人のシータさんなら更に色々凝ったペンが作れると思うし、広まればオレもいちいち作らなくても買えばいいから助かる。


「ギルマスが帰ってきたら、正式な契約書で契約しましょう。それで、もう1つのご相談とは?」

 シータさんを受付に戻らせ、グエラさんがこちらに向き直って切り出してくれた。

「えっと、今度ナイフを一から作りたいと思うんですけど、そういうのを依頼出来る鍛冶屋さん知りませんか?」

「鍛冶屋ですか……」

 あれ?グエラさんの白髪眉が下がったぞ。


「鍛冶師はうちのギルドと一番対立している職人でして……紹介は少し難しいですね」

 え、そ、そうなのか?

「何で……」

「鍛冶は修業期間も長いですし、皆自分の腕に自信を持っていて、どうにも頑固で偏屈者が多いのです。鍛冶師一派と呼ばれる組合の様なものまで作ってますから」

 オレはスターリの実家で会った鍛冶師を思い出す。

頭ごなしに怒鳴られ追い出されたので、すぐに頭に浮かぶ。


「特に一派の中心自分であるダウズウエルの頑固さは隋一ですね。彼は自分の気に入った者にしか武器を作らない事でも有名です。腕も良いのですがね」


 おっと、最初にラスボスに行ってたって事か、オレは。





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ネガティブ錬金術師の二重生活 八月八 @waka0423

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