レシピ4 ネガティブ錬金術師と冒険者スターリ

 新しい朝が来た。希望の朝だ。食的な意味で。

 ひとまずいつもの味無しスープを作る。原始的な石造りの台所で、かまどに火を入れるのだが、火打石なんて使えないので早々に作ったライターもどきで火を付ける。

現代日本に当たり前にある便利アイテム達は、当たり前すぎてその仕組みや作り方などをオレは詳しく知らなかった。しかし先住者が残した本を読んでいると、実際のアイテムとは多少は違うだろうが、そこかしこにヒントがいくつもあった。それを組み合わせてまず作ったのが、このライターだ。

ライターは燃料を入れた容器に、刺激を与えると発電作用のある鉱石を入れた容器と組み合わせ、ボタンを押すことで刺激を与え、その火花が燃料に発火、出力穴から火が出る仕組みだ。原理さえ分かれば、あとはピタゴ〇スイッチを作っている気分で楽しかった。

何はともあれ、まずは食!肉!!味のあるご飯を食べるのだ!!!


 染色薬を髪に塗り、薄茶色の髪を2つに束ねる。肩より下の長さの髪なので、結ばないとジャマで仕方ない。やっぱりこの長さならツインテールが正義だろう。

服に関しては何せボロ布とこちらにやって来た時の学生服しか持ち服が無い。靴に至ってはスニーカーだ。

それを隠そうとローブを被った結果が「乞食のガキ」なので、今回は上を脱いで白シャツと裾を上げたズボンだけで行く事にする。

町に行ったら、すぐにでも何か食べたかったのだが、まずは服を買って着替えるべきか。なるべく目立ちたくはない。




 家を出て、細い路地を抜けると、途端に開けた場所に出て人が増えた。

人の多さに思わず回れ右しそうになったが、ここで踏ん張らねば豊かな食生活は無い。

 オレは足を踏ん張り、とにかくどこでも良いから店に入る事にした。前回は迷っているうちに騎士様に捕まり、横暴な店主の店に強制連行された。

店の事は、店の人に聞けば良いのだ。選り好みするからとんでもない人に目を付けられるのだと学習した。

迅速に、素早く。

お金を手に入れ、服を買って、肉を食べる!

それだけを胸に、オレは一番に目に入った店に飛び込んだ。


「いらっしゃーい」

 カランと音を立てて店内に入ると、壁に掛けられてる沢山の刃物、刃物、刃物。

その種類は、剣から槍から弓まで、盛り沢山だ。ここは武器屋らしい。

武器屋が鉱石や回復薬を買い取ってくれるか分からないが、物は試しだ。美味しいご飯の為に、オレは積極的になった。

「はぁい、お嬢さん。何かお探し?」

 店内には朝早いせいか客は見当たらず、カウンター横から話しかけてきたのは、バンダナを巻いて、エプロン姿の女性だった。

勝気そうな眼元がカワイイ、高校生から大学生位のスポーツ少女!て感じの人だった。

「えっと……オ、私、鉱石とか回復薬を売りたいんだけど、ここで買い取ってもらえますか?」

「鉱石?回復薬?うちでは武器の売買しかしてないわね~。

 あなた変わった格好してるけど、旅の人?」

 やっぱりココでは無理か。

「はい、先日この町に来たばかりで分からなくて。どこで売れるか分かりますか?お金がいるんです」

「そうねー、ここから一番近くだと……」


「オッス、コーネル!!」

バァンッ!!


 何とかスムーズに話が進んで、武器屋のお姉さんが親切にお店を教えようとしてくれた矢先。

 野蛮な声と音でそれはぶった切られた。


 あれ?

 デジヴュ?


 ひどく既視感を感じる登場の仕方で現れたのは、やはり、見覚えのある赤毛男だった。

どうして世界ってこう、狭いのだろう。この町が狭いのか。いや、城下町でこの辺じゃ一番大きな町ってクレーヴェルが言っていた。となるとオレの運が悪いのか。

「ちょっとスターリ! ドアを足で開けないでって何度も言ってるでしょ!」

「手が塞がってたんだ、仕方ねぇだろ」

 お姉さんと赤毛は知り合いみたいだ。そう言えば2人は同世代に見える。赤毛は腕に抱えていた大きな包みを床に下ろした。ガシャガシャと言う音と、包みからはみ出る柄に、それが武器たちであると知る。

「なんだ、今日は冒険者お客としてじゃなくて、鍛冶師業者として来たの」

「俺はもう冒険者として生計立ててるっつーのに、親父の奴当たり前に用事言いつけて来やがんだよ」

「アハハッ、親父さんアンタを跡継ぎにするの諦めてないんだね~」

「冗談じゃねぇよ。とっとと納品させてくれ。昼からは町の外にクエストに出るんだからよ」

 2人の会話に蚊帳の外のオレは、大人しく待っていた。

それにしても、さっきより表情豊かなお姉さんといい、ポンポンと弾む会話といい、これはもしや、伝説の……アレか?


男女幼なじみ(お互いラブもしくはどちらかがずっとラブ)!!


さすがファンタジー世界だ。実在してしまうのか。


「はいはい、せいぜい頑張って……あ、そうだ。アンタのとこって鉱石の買取もしてたわよね?」

「あん? そりゃするぜ。鍛冶屋だもんな」

「じゃあほら、その子。鉱石売りたいんだって、アンタ買い取ってあげなよ」

「あぁ?」

 そこで赤毛が振り返り、初めてオレの存在を認めた。


 瞬間



「!!!!?????」


 赤毛が目を見開いて固まった。な、なんだ?

まさかオレがあの時の”乞食のガキ”だと気付いたのか?そんなまさか。

いや、でも顔はそのままだから気付かれても不思議ではない。オレの7日間の努力は1時間も持たず無駄になるのか。


「こ……こちらは……?」

 ん?

「何改まった喋り方してんの?らしくないわね~。最近この町に来てお金に困ってる子よ。鉱石を売って服とか買いたいんだって」

 急に動きがギシギシとぎこちなくなった赤毛に、お姉さんも怪訝気にオレを紹介する。

「お、俺はスター

リ!冒険者やってんだ、よよよろしく!!」

 急に声の音量を上げた赤毛がオレに詰め寄って手を握った。

うえ?

「スターリ……?」

 お姉さんの訝しむ声が聞こえる。

「な、名前! 君の名前っ、教えてくれないかな!?」

 圧が!すごい!

 前のめりにでかい男がグイグイくるのって結構怖い。オレは元々背が小さい上に、今はさらに縮んでいるから感じる圧迫感が半端ない。

てゆーか名前。名前?え、ちょっと待って


考えてなかった。


「…………」

 赤毛がすごい見てくる。至近距離でめっちゃ見てくる。は、早く答えねば……。

「と……」

もや、はダメだ。今後友也の方でコイツに会わないとも限らない。そもそもこちらの世界でもなのか知らないが、”トモヤ”は男の名前だ。

えーと、女の名前。女の名前。

いや、でも今とっさに考えた名前で今後いくのか?

ダメだ、呼ばれて反応できる自信が無い。最悪自分の名乗った名前を忘れそうだ。

あーーーもう、名前なんて何で聞いてくるんだこの野郎!

えーとえーと、そうだ。もう苗字で良くないか?呼ばれなれたオレの名前だから忘れる事も無いし。

「あ、あいは…」

「アイハ!? 名前もめっちゃカワイイな!! ……あっ! いや、ちが……っ」

 え、ちょっと何勝手に途中で切ってんだよこのせっかち赤毛。

いや、でも”あいはら”よりもそっちの方が、こっちの世界っぽいか?これなら呼ばれてもちゃんと反応出来そうだし。

「ちょっと……スターリ……?」

 それよりもさっきからお姉さんから不穏な空気を感じる。あと赤毛の圧がすごい。


「あっ! 鉱石売りたいんだったな!

 いいぜ! 買い取る買い取る!

 うちの家が鍛冶屋だから、鉱石はいくらあっても足りねえ位なんだ! いくらでも買い取るぜ!」

 まぁ……とりあえずお金がいるし、わざわざ買い取ってくれる店を探して交渉するのもしんどいから、買い取ってくれるならそれに越した事は無いが……。

「……これ」

 そう思って、床に布を引いてから鉱石を転がり出した。

「おお! 結構あるな!

 うん、ポピュラーな物が多いけど、質もまぁまぁだから……銀貨2枚で買い取るよ!」

 おお、思ったより多い。

「そんなに……良いの?」

「もちろん! そ、それでさ、用事ってそれだけだったら、この後良かったら一緒に……」

「ちょっとスターリ!」

 悲鳴じみたお姉さんの声で会話が中断された。


見ると、さっきまで爽やかなスポーツ少女!て感じだったお姉さんの顔が怖い。なんぞ。

「あんた昼からクエスト行くんじゃなかったの!?それをナンパとか…」

「なっ!ナンパじゃねーよバカ!!

 俺はただアイハが、この町に来て間もないなら案内してやろうと思っただけだよ!!それも冒険者としての活動の一環だ!!」

「はぁ~~~~~~?何それ!?そんな冒険者聞いた事無いわよ!アンタそんなんだからいつまでたっても親父さんに一人前として認められないのよ!」

「何だとっ!?お前っ!それを今言うか!!?」

「事実でしょう!!」

 痴話喧嘩って居合わせた他人はどうすれば良いのでしょう?

 ダメだ、オレの少ないコミュ力では仲裁なんて不可能だし、かといって逃げるにもまだ鉱石の代金を貰っていない。

しかしここでオレが口を挟んで、こちらに火の粉が飛んできても困る。とはいえ、このままここで争いが収まるのを待つほど、オレに時間は無い。具体的に言うと、今もう9時間を切った。もちろん変化薬の効果が切れるまでだ。

それまでに、服を買って、着替えて、回復薬を売って、日用品と食料を買って、ついでに出来たら町で食事をしてから帰りたい。

その為には、覚悟を決めねばならまい。


「あの~……」

「何よ!?」

「あ、悪ぃ!」

 ギッとそれはもう恐ろしい目で睨んでくる優しかったお姉さん。アレは白昼夢か何かだったのか。

「買ってくれるなら、お金……」

 手を差し出すと、赤毛は慌てて腰につけていたポーチからお金を出して渡してくれた。

その際に指先がオレの手に触れた瞬間、弾かれた様に手を離して赤くなっていた。


ちょっと待て……妖精の呪い強すぎないか?


「オ……わたし、これから薬売ったり買い物しなきゃいけないから、町の案内はいらない。買い取ってくれて、ありがとう」

 それだけ言ってオレは退場しようとした。

 しかし赤毛は諦めなかった。

 冒険者こころつよい。

「薬売ったり買い物するなら、ますます案内がいるだろ!?

 オレ、この町に生まれた時から住んでるし、冒険者やってて店にも詳しいんだ!まかせろよ!」

 確かに町事情に詳しい人の案内は便利そうだと思ったが、騎士様の時の事を思い出して首を振る。嫌な予感しかしないから結構です。

だと言うのに赤毛は強引にオレの腕をつかんで走り出した。お前のハート何で出来てるんだ?鉄か?オリハルコンか?


「ちょっと! スターリっっっ!!」

 後ろでお姉さんの怒声が聞こえる。正しく怒声だった。

「コーネル! 武器の代金は明日取りに来るから!!」



 え、一日コースのつもりなの?


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