レシピ25 ネガティブ錬金術師と女子力講座

「うう~~~~ん」

 オレは目の前に並べられた布地を眺めながら唸った。

 今俺がいる場所は俗に言う〝ブティック″。まぁ服屋だ。正し女物オンリーの。

 前回あの冒険者に連れて来てもらった服屋とは違い、華やかな色合いな服が並び、値段も0が一つ多い。基本的に町の人は古着屋さんで買うのが普通で、お金のある商人や貴族の人向けのお店らしい。


 昨日の経験を踏まえ、オレは円滑なクエスト依頼と商人活動をすべく、こうしてアイハの姿で見栄えの良い女物の服を買いに来ていた。

週一で使うはずだった変身薬を使ってしまうのは痛いが、素材は出来るだけ早く手に入れたいので致し方ない。変身薬は残り7粒。早い所ペネの実も確保せねば命に関わる。おいしいご飯的な意味で。


 しかし元がセンスのかけらも無く流行にも疎かった男子中学生なもので、何を買ったら良いのかサッパリ見当も付かない。

浅い知識で仕事の出来る女風の衣装を思い浮かべるも、現代日本の知識はこっちの世界では活かせそうにない。いや、センスがあれば分かるのかもしれないが、教室片隅系底辺なオレには無理だった。

 参考にするにも、この世界でオレが知ってる女性ってマリエルと商人ギルドのお姉さんくらいだ。お姉さんは受付人も含め制服っぽかったしな。

マリエルの衣装はいかにもお嬢様風だったし、あれはマリエル程の容姿が無ければ似合わないよな。


「アイハじゃない! こんな所で何してるの?」


 そうそう、こんな風にサラサラ金色ヘアーとサファイヤブルーアイズと白い肌あってこその………


「……マリエル!?」


 脳内に思い描いた彼女がオレを覗き込んでいるという事実に、想像と現実の区別が付かずに若干パニくった。いや、てゆーかこれで3日連続遭遇じゃない?会いすぎだろう。1日は友也でだけど。

「わぁ、すごい偶然ね、驚いた!」

「オ……わたしもビックリした……」

 今日の彼女は金髪の一部を後ろでまとめ、残りを下ろしているという髪型で、ハーフアップ……?て言うんだっけかな。

白地のワンピースは首元と袖がレース仕様が付いていて、スカートのすそ部分には花柄があしらわれていた。相変わらず完璧なお嬢様だ。

うーん、高級感はあるけど商談するのには、こういうのじゃないな…。

「今日はお買い物? 私も普段は仕立てる事が多いんだけど、たまにはこういう所で出来ているのを買うのも好きなの。アイハもこういうお店で服買うのね。」

 いやいやいや。オレが普段からこんな高級店で服買う様にはどう見ても見えないだろう。あの時買った白シャツとショートパンツ姿で来店したオレに、ちょっと店員の視線痛いもん。

「う、ううん。あんまりこういう所は来ないんだけど……仕事する時用にちょっと良い服持ってないとと思って……」

 そう言った途端、マリエルの碧眼が光った。気がした。

 何だ?

「へぇ!それで、良いのは見つかった?」

「う~ん、えっと……よく分からなくて、まだ……」

「それなら私にまかせて!」

「へ?」



 そこからはもうすごかった。

 満面の笑みを浮かべたマリエルが、広い店内を素早い動きで物色し、次々とオレに服を渡しては着替えさせる、の繰り返し。

やっぱりマリエルはどこぞのお嬢様みたいで、オレに冷たい視線を送っていた店員も笑顔で寄って来て、マリエルに言われるままに色んな服を出してきた。


女の買い物は長いと言うが、それは試着時間が長いという意味なのだろうか。サイズさえ合えば鏡の前で合わせるだけで十分だと思うのだが、マリエルも店員も、実際来て見て色んな角度から見るべきだと言って譲らなかった。途中からオレは考えるのをやめ、服を着て、脱ぐという行為に没頭した。

 オレ的には1セットあれば良かったのだが、マリエルに着替えは絶対必要だし、着回し出来る物をと言われて、なぜか3セットも買う羽目になってしまった。

アイハになるのは週1予定なので、そんなに着替えはいらないのだが、それを正直に話す事も出来る訳も無く、オレの財布から金貨が消える事となったのだ。

服に金貨……。これで肉串何本食べれたんだろうな……。


 購入した中からマリエルが胸元が開き目でつなぎ目がフリルになっている白いシャツと金刺繍の入った赤いベストを選び着せられた。金色の帯に装飾の付いた赤いベルトを上から巻き、下は2重になっている白のミニスカを穿かされた。ベストの胸元には紺の紐が付いており、そこをリボン結びにする。着るのがなかなか面倒だなと思ったら、まだあった。

紺のハイソックス?みたいなのを穿かされ、折り返しの付いた編みのロングブーツを履く。ちょっとヒールがあって辛いのだが、マリエルに言わせると幅広の楽なヒールらしい。

確かに、女の人ってほっそい棒みたいなヒール履いてる人いるよな。バランス感覚めっちゃ良いに違いない。


「絶対領域……絶対領域よ。ミニスカは浪漫だけど、安売りしちゃいけないの。お尻はこれで隠しなさい!」

 最後に膝上位まである赤い上着を着せられ、完成らしい。

 何か聞き覚えのある単語だが、こっちの世界にもそのロマンはあるのか……。


 確かに鏡を見ると生地が良いのが一目で分かり、色合いにも高級感が出ており、それでいてちゃんと纏まっていて成金感も無く落ち着いている。

ミニスカとロングブーツ(ヒール有)は少し動きにくいが、まぁ別に何日も着る物でも無いし、歩き回る事もあまり無い。

 ひとまずこの長い長いお着替えタイムが無事終わって良かったと、マリエルに礼を言おうとしたが、彼女のハッスルタイムはまだ終わっていなかった。

「次は髪ね!」


 店員の計らいでドレスルームとやらに引きずり込まれ、そこにはイスと鏡が並んだ白い空間で、入ってはいけない所に入ってしまった気がした。

「アイハはちょっと前髪長すぎよ。もっと顔が見える方が印象が良いわよ!」

 そう言ってハサミを取り出そうとするマリエルに焦る。

「い、いや! 髪を切るのはちょっと……!」


 百歩譲ってアイハは良いが、友也にも影響が出るかもしれないのはまずい。

アイハで切った髪分、友也の髪が短くなるとすると、下手したら坊主だ。どの程度反映されるのか分からないが、危ない橋に変わり無い。

「そう……? うーん、でもホラ」

「わっ」

 マリエルの白くて柔らかい手がオレの額に触れ、髪を掻き上げた。

「やっぱり! すっごく綺麗な目だし、アイハはおでこ出した方が可愛いわ」

「え、え?」

 黒目は珍しいんだよな?綺麗って……


「黒い目……気持ち悪くない?」

「ええ? どうして?」

 だって、この世界に来てから黒目の人って見た事無いし、皆すごい珍しがってたから、有り得ない色か不気味な色なのかと思ってた。


「移民だって……すぐ分かるし……」

「あぁ、確かにあんまりこの辺じゃ見ない色だけど、全くいないって訳じゃないわよ。

 私が行ってる学校には色んな国の人がいて、黒目の人も普通にいるわよ」

 そうなのか。少しホッとする。


「それに覗き込むと光が反射して、夜空みたいでとっても綺麗。私は好きよ?」

「!!!」


 目がね!目の色がね!!


 分かっていても、美少女の「好き」発言は心臓に悪い。

 ドッドッとうるさい心音をごまかす為に、オレは「髪の毛上げてみようかな」とマリエルの提案に乗った。

 マリエルは嬉しそうにオレの前髪を上げ、後ろ髪やら横髪も色々イジる。

人に髪をいじられる事なんて、滅多に無いからくすぐったさに震えたが、何とか耐え抜いた。


「出来たわ!」

 マリエルの得意満面な声と顔に鏡を覗くと、前髪はおでこ全開。後ろ髪はまとめつつも少し横髪とかも垂らしていて、女の子らしさと理知的な雰囲気の両方を併せ持つ仕上がりになっていた。

全身確認しても、依然と比べ物にならないほどキチンとしてる。 

ちゃんとお金持ってそうだ!


「すごい、マリエル! ありがとう!」

 改めてマリエルにお礼を言うと、マリエルも嬉しそうに笑ってくれた。

「フフフ、どういたしまして! とても選び買いがあって有意義な時間だったわ。それにアイハ……」

 つん、とマリエルの爪先まで整った指がオレの鼻に触れた。

「あなた笑うととっても可愛いから、商談にはそれも使って行きなさい」

「ふえ?」

 女子とのこんなふれあいなど初体験なオレの動揺など知らず、マリエルが続ける。

「私のお姉様も商人をしているのだけれども、いつも言ってるわ。

 女性の商人は、女という事を不利に考えてはいけない。女と言うのはとても強いのよって」

 マリエルはそのお姉さんの事をとても尊敬しているみたいで、誇らしげだ。

「相手が女だって侮られるのはよくあるけど、同時に女だからこそ、商談を上手くいかせる事だってあるのよ。だからアイハ。あなたに商人として必要なのは……」

「必要なのは……?」

 ごくり。

 商人としてはまだまだ駆け出し所か基礎すらなっていないオレだ。

商人として成長するためには何が必要か。それは商人としても頑張ると決めた今一番知りたい事だ。

賢くてお金持ちでその上お姉さんが商人らしいマリエルの言葉に間違いはないだろう。仮に間違いだったとしても、知識ゼロのオレには何かしらの参考になる。そう思って真剣に耳を傾けた。



「女子力よ!!」

「女子力!!!?」



「だって考えても見てよ、アイハ。

 ムサイ男の頼みを聞くより、可愛い女の子の頼みを聞いてあげたくなるでしょう?」

 た、確かに!

 カワイイ女の子の言う事なら、気分良く何でもしたくなってしまう。

 オレだってマリエルに言われたら、何でもしてしまいそうだ。


……………ん?


 今何か引っかかったが、マリエルの話は続いているのでオレは意識をそちらに向けた。

「そう、女性として男ないしは同性すらも気分良く、自分の思い通りに動かす為に必要不可欠な物……それが女子力よ!」

「女子力すごい!!」


 すごいな女子力!てゆーか女の子がすごいな!?

生物学的にやはり女が強いのかもしれない。

「女子力を上げるには、もちろん外見も重要。でもそれはただ美人とかセクシーとかそういう事じゃないの。

 清潔感と可愛げ。これが不可欠なのよ」

「な……なるほど……」

 あ、バック置いてきちゃったからメモする物が無い。不覚。

「清潔感はすべての印象を良くするわ。高級感も出るし、賢そうに見える」

 確かに。

 つまりボロ布を纏って行ったオレの初お買い物は最低最悪の印象しか与えなかったという事か。乞食のガキだもんな。


「服装や外見以外にも、話し方や作法にも出るから気を付けるのよ。

 それでいて女の子特有の可愛げも捨てては駄目よ。それに欠かせないのが……笑顔よ!」

「笑顔……」

「笑顔は人の警戒を解くし、場を華やかにするわ。何より可愛い」

「かわいい……」

「可愛いは正義!」

「かわいいはせいぎ」

「可愛いは最強!!」

「かわいいはさいきょう」

「そう!!」

 よく出来ました!と笑顔で頭を撫でられた。

なるほど正義だ。


「アイハはちょっと笑顔が足りないけど、ここぞという時に使うって手もあるわ」

「ここぞって時?」

 学校の先生や親戚にもよく表情が乏しいと言われた俺だ。

「そうよ、要求が通った時とか、思い通りに事が進んだ時なんかに、ニコッと一撃必殺でかましてやれば、相手が次からもその顔見たさに動いてくれるかもしれないわ」

 まぁマリエル程の美少女ならそうだろうが、オレではそこまでの効果は期待出来ないだろう。しかし言わんとする事は分かる。スマイルは0円だし。

「あとやっぱり人の目はまっすぐ見た方が良いわ」

「う……うん、がんばる……」

 目へのコンプレックスはマリエルが払拭してくれた。今なら出来そうな気がする。


「ありがとうマリエル。

 オ……わたし、立派な商人になるよ」

「あなたならなれるわ! 私も立派な魔道士になるから、一緒に頑張りましょう!」


 こうしてオレは新たな力を手に入れ、あの場所に向かったのだった・

 冒険者ギルドに依頼を出しに……!






▽アイハは経験値が上がりました

 【女子力】Lv.1を手に入れました

 スキル【妖精の魅了ピクシーチャーム】のレベルが上がりました



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