幕間5 3人のギルドマスターと2人の兄妹

「た~のも―――――――!!!」


 ある平和な昼下がり。

 商人ギルドで書類を確認するギルドマスター。その横で自らの仕事も進めつつ、上司にお茶を入れる副ギルドマスター。

知的で静寂な空間に、突如として嵐がやって来た。



「カイサリオス氏……扉の修繕費と業務妨害の慰謝料は、追って請求させていただきますからね」

 部屋の主である商人ギルドマスター、イーサン=バルタザードはその金色の目を更に細めて、闖入者:職人ギルドマスターのカイサリオスを睨んだ。


「ハッ! この程度で壊れるなど、軟弱な扉だ! うちの職人の作った扉ならこの程度ではビクともせんぞ。

 そうだ、今度うちの家具職人の作った扉を付けてやろう!」

「それはそれは、ありがとうございます。クズ貨一貨払いませんので、早々にお願いします」

 マスター同士が火花を散らす中、商人ギルド副ギルドマスターのアシェラは客用のお茶を入れに席を立ち、職人ギルド副ギルドマスターのグエラッツィは上司の壊したドアをとりあえず持ち上げて壁に立て掛け、代わりの扉の為に寸法を測り始めた。


「あなたがやって来るなんて、ロクな用事でない事は予想出来ますが、私も忙しいので手短に頼みます」

「当然だ。用も無ければこんな金に目の眩んだヒューマンの巣窟になど足を運ぶものか」

「じゃあとっとと要件を言って、弱小ギルドへお帰りください。そして新しい扉を寄越してください」

 腕を組みふんぞり返るカイサリオスに、イーサンは商人特有の冷たい目とよく回る口で応戦する。

日々のスケジュール管理は完璧で、仕事が滞っているわけではないが、忙しいのには変わりはない。余裕を持って完璧な仕事をこなす為にも無駄な時間は削除したいのだ。

加えて相手は商人ギルドと対立関係と言って良い職人ギルドの、気が合わないにも程があるカイサリオスだ。彼女に割く時間は無駄以外の何物でもない。

その上……


「おおっ!? 何だ!? どうしたこのドアは! 敵襲か!?」

 こうして暇を見つけては(暇でなくとも)執務室に訪れ仕事の邪魔をするバカも来るのだ。同じギルマスのはずなのに、なぜこうも意識が違うのだ。お前ら仕事しろ。

「敵襲だ」

「おっ? カイサじゃないか。久しぶりだなー」

「アガトか。相変わらず好き勝手やってるみたいだな。そんなんでギルドマスターなんて務まるのか?」

「ハハハッ! それはカイサリオスには言われたくないなー!」

「今世紀最大のブーメランギャグですか? ギルマス」

「何でグエラッツィがそっちの味方に付くんだ!」

「喜劇をしたいなら劇場に行ってください。とっとと用件を言って出て行けと何度言わせるんだ貴様ら……アシェラ、そいつらは客じゃない。茶は出さなくて良い」

「いいえギルマス。どんな相手であろうと、訪問者にお茶も出さないとなると商人ギルドの名が傷付きます」

 貴族界の仮初と貴賤にまみれたもてなしを熟知する商人副ギルドマスターは、優雅な笑みで座りもせずに騒ぐ客人たちの分のお茶を勝手にテーブルに並べる事で着席を促した。

それに渋顔の上司だったが、お茶に釣られてバカどもが席に着いたので、まぁ良しとした。早く用件を済ませて追い出したい事に異存はない。


「それで? 商人を毛嫌いしている職人ギルドマスターのあなたが、何の用事ですか?」

「それはお前たち商人が目先の金にとらわれて、職人の育成を促すシステムに合意しないからだろう」

 友也が難色を示したカイサリオスが考え提示している職人ギルドのルールは、既に腕のある職人の他に商人が主に反対していてなかなか浸透していない。

商人達にしたら、後から出来た組織に対し、なぜ自分たちが余計な(と思われる)金を払わねばならないのかというものだ。

駆け出しの職人の他に、まだ職人との繋がりを持たない新人商人にとっても悪い話ではないのだが、いかんせん発言権を持っているのは有力商人達だ。

それは新人商人100人集めても1人の有力商人には適わない。金を中心に回る世界とは、そういうものであった。


 イーサンとしても新人育成の事は考えているが、今現在主な先輩商人に新人が見習いとして入り、育成、独立していくという流れで何ら問題は無いため、カイサリオスの提案には同意しかねるものであった。


「まぁギルマス、今はその話は置いておきましょう。まずは優秀な職人の確保です」

「おおっ、そうだったな!」

「優秀な職人……?」

 グエラッツィの仲裁に、即座に笑顔になったカイサリオスとその言葉に、イーサンの眉がピクリと動く。

アガトとアシェラも視線をカイサリオスに向ける。


「イーサン! あの錬金術師の少年は私に譲れ!!」


「……錬金術師の少年? 誰の事です」

 イーサンの眉が更に怪訝に歪むのを、カイサリオスは不思議そうに眺めている。


「分からないのか? 何だ、それなら構わんな。あの少年はうちで貰う」

「待ちなさい。きちんと説明して話を進めてください」

 そう宣言して席を立とうとするカイサリオスを今度は引き留める羽目になったイーサンが、憎々しげに立ち上がった。

「錬金術師ってーのが引っ掛かるな。どんな子だ?」

 それにアガトも協力する。

錬金術師と言われると思いつくのは、半月ほど前に突如として錬金術作品として上級回復薬や見た事も無い閃光弾を持ち込んだ者だが、あれは少女だった。


「うちに職人登録に来た錬金術師の少年がおりまして。

 ただギルドとの専属契約は、妹が既に商人ギルドに入っているので難しいと仰っておりました故、こちらでも把握されているものと思ったのですが」

 言葉足らずのカイサリオスに代わり、グエラッツェが掻い摘んで説明をする。

嫌な予感にイーサンは眉間に何重にも皺を寄せた。

「年若い錬金術師の妹が商人登録している……だと?」

 そんな若い少女の商人登録など、ここ最近では彼女しかいない。


「待て待て待て! イーサン、錬金術師はだったんじゃないのか!?」

 イーサンがそう予想付けている事は、アガトも気付いていた。

錬金術師である彼女の作品は、冒険者ギルドとしても必要な物だ。繋がりを切ってもらっては困る。

「その少年の容姿は?」

 イーサンの後ろに控えていたアシェラの質問に、カイサリオスは「小さいな」と答えた。それにグエラッツィが補足する。

「年の頃なら10歳程度のヒューマンですが、実年齢は14だそうです。容姿はローブと分厚いレンズのメガネで顔は分かりにくかったですが、茶色い髪でした」

「あと目はブラックオニキスみたいに真っ黒だったぞ!」

 間違いない。あの少女……アイハの身内だ。

 錬金術師が別にいたという事実で予想が外れたのもだが、その者が職人ギルドに登録に行ったという厄介な展開にイーサンは頭を抱えそうになったが、それ以上に顔色を変えた者がいた。


「……そ、それって鼠色のローブを被ってる、肌の色が黄色っぽい何か妙に目を引く少年か……?」

「ええ、そうです。おや、アガト氏はご存知でしたか」

 グエラッツィの頷きに、アガトは頭を抱えた。


「うお~~~~~~マジでか~~~~~やらかした~~~~~~~~!!」

 頭を抱えてデカい図体で縮こまるかつての仲間で現在提携経営を行う相棒に、イーサンは「どうした」と驚きながらも珍しく心配げな声を掛けた。


「いや、その子今日うちのギルドにクエスト依頼に来てたんだけど……ちょっと一部の冒険者たちにからかわれて、受付嬢からは依頼を受けてもらえず、俺が声を掛けてみたんだけど…………帰っちゃったんだよな」

「………」

 テヘ!とでかい図体でせめてかわいく場を和まそうとしたアガトに、スッとイーサンの顔から表情が消える。

「冒険者ギルドは既に錬金術師との繋がりを絶ったと見れるな」


「おおおおおおい!! 何他人事みたいに言ってんの! ?提携経営じゃん! 持ちつ持たれつじゃないか俺達!! 仲間だろう!!??」

「知らん! お前の部下への教育がなってないからだ! 俺を道連れにするな!! うちはちゃんとアイハの方とは契約を結んでいるんだ!!」

「ふはははこれは良い! 足を引っ張り合ってとっとと縁を切ってくれ金の亡者共!!」

「うるさい弱小ギルド!! 早くドアを直せ!!」


「あらあらあら……」

 ギルマス達の幼い言い合いに、アシェラは余裕気に穏やかな笑みを浮かべていた。



◇◇◇



「あ、お姉さま。おかえりなさい」

 豪華な調度品が並ぶ玄関で、マリエル=ドミノフ=ガルシンが姉アシェラの帰宅に気付き声を掛けた。

「ただいま、マリエル。

 ……ねえ、あなた昨日図書館で同年代のお友達が出来たと言っていたわね」

「ええ、アイハっていうの。商人ギルドに登録しているって言ったら、お姉様も知ってるって言ってたじゃない。

 あ、そうそう。今日はそのアイハの双子のお兄様にも会ったのよ。錬金術師やっているんですって。私錬金術師に会ったの初めてだったわ」

 笑顔で友達が出来た報告をしてくる年の離れたカワイイ妹に、アシェラはそれはもう優美な笑みを浮かべて言った。


「スーパーでかしましたわ、マリエル」



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