第三章 ネガティブ錬金術師、逃げ足の靴を作る

レシピ26 ネガティブ錬金術師とクエスト依頼

「よう、スターリ! 今日も愛しの君探しか~?」


 冒険者ギルドと商人ギルドの受付中間地点となる待合い所で、馴染みの冒険者たちに肩を組まれた。

「うるせぇな! 違うっつーの!」

 それを邪険に振り払うスターリだったが、まだまだ新米でからかい甲斐のある若くて有望な冒険者の初めての浮いた話に、面白い事に目が無い冒険者たちの手が緩む事は無かった。


「またまたぁ~。最近泊まりになる依頼は受けずに、毎日ここに来てるって聞いてるぜ~」

「その上クエストを見るでも無く、何時間もこの中間エリアに座ってるって」

「まるで誰かを待ってるみたいだってな~」

 そう言う冒険者3人組に、周りも盛り上がるも、もちろん当のスターリは面白くない。

 言われている事が全て事実なのもあるが、初めて彼女に会った日にこいつらも一緒になってアイハに迫っていたはずだ。

「お前らだってアイハが来た時迫ってたじゃねーかよ!」

 再び肩に置かれた腕を振り払いながら叫ぶも、3人は顔を見合わせて笑った。

「あ~まぁ確かに最初見た時は可愛かったと思ったけどよ」

「今思い出してみるとまぁ……普通だよな」

「おお、そうそう。むしろちょっと地味だったよな」

「何だとテメェら!!!」

 恋に燃える男は、ライバルが増えるのも嫌だが、好きな子の良さを理解されないのも我慢ならないのだった。

ある意味面倒くさいが、冒険者達にとっては面白い見世物でしかなく、場は盛り上がる一方だった。


 しかしその盛り上がりの輪の外、冒険者ギルド側の入口の方でもざわめきが起こった。

盛り上がる中間スペースは気付かなかっただ、段々とそのざわめきが近づき、何名かがそちらに目を向けると共に収まりを見せた。

「オイ……あの子……」


「すみません、クエスト依頼を出したいのですが……」


 スターリの耳に飛び込んできた、あの日から求め続けた声に、絡んでいる男達を押しのけ輪を出た。


「アイハ!」


 人垣の向こう、冒険者ギルドの受付カウンターにあの日見たツインテールにシンプルな格好では無く、可愛らしいフリルのシャツにシックな色合いの赤いベストとローブ、そして男の夢、ヒラヒラのミニスカと紺のハイソックスの間に、柔らかそうな太ももがチラリと見せているアイハがいた。


 更にあの黒水晶の様な瞳が、今日は伏せられる事なく惜しげも無く晒されている。上げられた前髪と後ろ髪で、彼女の可愛さと賢さが際立って見えた。

 やばい、初めて会った時から可愛かったけど、更に何倍も可愛さをレベルアップしてきている。自分と会わなかった10日の間に一体何があったのか。


「あの時の……」

 アイハが俺を見上げている。それだけで動悸がやばかったが、待ち望んでいた時間だ。

 スターリは無意識に心臓を押さえつつ、アイハに言葉を募ろうとした。


「アイハちゃん! 来てくれたのか!!」


 が、その言葉は届く事なく、どこからか現れたこの地の最高権力者に場所を奪われた。



◇◇◇



 マリエルによって変身させられた格好のまま、オレは昨日門前払いを食らった冒険者ギルドにやって来た。

周囲の目線が集まってる気がするが、今はマリエルに武装してもらっているのだ。堂々としたフリをして中に入る。

 マリエルに言われた通り、自分に有利な点は使うべきだと男性の受付を探したが残念ながらおらず、なるべく優しそうな受付嬢を選んで行った。

「すみません、クエスト依頼を出したいのですが……」

 ちゃんとした服装をしてきたし、アイハの姿ではあるがまた受付拒否をされないかドキドキしながら返事を待っていたら、受付嬢の人が口を開くより前に男の声がオレの名を呼んだ。

「アイハ!」

 振り返るとそこには、見覚えのある赤毛の男。

 友也の時に「乞食のガキ」呼ばわりして、アイハの時町の案内を買って出たあの……

「あの時の……」

 あの時の…………ダメだ、名前が出てこない。何だっけな……えーと…………


「アイハちゃん! 来てくれたのか!!」


 気まずい雰囲気をぶった切って現れたのは、この冒険者ギルドの長であるお肉サマだった。お肉サマは大丈夫だ。名前覚えてなくても、役職名でいける!


「お久しぶりです、ギルドマスター」

「そんな堅苦しい挨拶いいって! アガトと呼んでくれ!

 それよりよく来てくれた!昨日は本当に悪い事をしたね」

 アガトさんね、アガトさん。よし、覚えた。

 それにしても、昨日?昨日アイハでこの人には会って無いはずだけど……。

 首を傾げると、お肉サマはそのデカい図体を折って申し訳なさそうに礼をした。


「昨日来た少年は、君のお兄さんなんだろう?

 依頼を出しに来たのに、追い返すような真似をして本当に申し訳なかった」

 あれ?何でアイハオレ友也オレが兄妹設定だって知ってるんだ?

 この兄妹設定を話したのは、マリエルと職人ギルドのギルマスと副ギルマスだけだったはずだ。まぁマリエルから流れる事は無いだろうから、ギルド繋がりであそこから漏れたのか。

商人ギルドとは仲が悪そうだったが、冒険者ギルドとはそうでもないのかな?

 でも何で謝ってるんだろう?


「どうしてワタシと兄さんが兄妹だって知ってるのか知りませんが、何も謝る事なんてありませんよ?」

「いや、しかしうちのギルドで彼は嫌な思いをしたはずだ……」

 別に嫌な思いはしてないけど。

「兄が冒険者じゃないのは事実だし、依頼を受け付けてもらえなかったのも、それにふさわしい格好をしてなかった兄が悪いんだから、ギルドマスターが謝る事は何もありませんよ?」

 オレが貧弱なのはオレが一番よく知ってるし、事実冒険者ではない。

 そして依頼を受けてもらえなかったのは、オレの認識が甘かったせいだ。謝られる所以は無い。

「あ、いや、内情はそうかもしれないが、気持ちの問題もあるだろう」

「兄さんは何も気にしてませんでしたよ」

 昨日はちょっとした確認のつもりもあったので、依頼を受けてもらえなかったのも「まぁそうだよな」って位しか思ってない。今後の活動の為に良い勉強になったと思ったくらいだ。

「そ……そうなのか? 君も……」

 オレ?オレはまぁ……同一人物だから同じ気持ちですが。

「わたしもです。

 それより今日のわたしの格好はどうでしょうか? 依頼を受け付けてもらえますか?」

 そう言ってクルリと回って見せ、お肉サマを見上げて小首を傾げて尋ねる。

マリエルの見立てに間違いはないと思うが、最高権力者の判断によるもんな。

「あ、あぁ! もちろんだ!

 しかし今日は随分雰囲気が違うと思ったら、その事を気にしていたんだな。すまなかった」

 ギルマスのお墨付きを貰えて一安心する。アイハで依頼を受けて貰えないと詰みだったもんな。ホッとして思わず笑みがこぼれた。

「良かった!」

「「「!!!」」」」


「それは遅かれ早かれ気付かなければいけなかった事なのですから、良い学習になりました。むしろお礼を言いたいくらいです。ありがとうございます」

 そう言ってペコリと礼を返し、マリエルに言われた『要求が通った時に笑顔』を改めて実行すると、お肉サマとギルド職員、周りの冒険者たちからため息が漏れた。

「君は……天使か」

 天使?この世界には天使もいるのか。

まぁ妖精や精霊が飛び回ってるんだ、天使位いるかもな。でもオレは違う。

「わたしは人間です。それで、依頼なんですけど……」


 そう言って受付の人に向きなおすと、書類を差し出され説明された。

なぜか人垣は捌けず、衆人環視の元クエスト依頼の説明をされる。


「クエストの依頼は、難易度によって受付金も変わります。

 料金は、受付金と報酬の2割を前金として預けていただきます。依頼が期限内に達成されなかった場合は、こちらの前金はお返ししますが、受付金はそのままとなります。

 報酬につきましては、相場はありますが個人様の希望価格で構いません。受付金は規定に沿っていただきます。

 それぞれ、

 ランクE 50G 

 ランクD 150G

 ランクC 250G

 ランクB 500G

 ランクA 1000G

 ランクS 10000G 

 となります」

 

 ふむふむ、ランクSで日本円にして20万円の受付金額か。思ったより安いな。

Sランクともなれば、難易度も危険度も桁違いだろうし、その金額が払えない人間に全額が払えるとも思えない。

前金2割って言うのは、報酬払えるのかどうかの保険みたいなもんかな。

依頼を達成した後に、依頼主トンズラこいたらギルドも冒険者も大損だもんな。


「ご理解いただけましたら、依頼内容をお伺いします」

 受付嬢の淡々とした対応に逆に安心しつつ、オレは家でシュミレーションした通りに答えた。

「2つあるんですけど、1つはシェイバードの素材調達です」

 図鑑で見たシェイバードの情報だと、生息地的にも討伐レベル的にもランクD……は無理か。C辺りかな、と予想を付けて来た。

「素材の指定はございますか?」

「出来る限り全部……ですかね」

 靴に使うので、皮と羽があれば良いとは思うのだが、嘴も丈夫だって書いていたし、肉は食べたい。

「素材への損傷具合によって、ランクが変わってきますが」

 あ、そうか。火とか使っちゃうと燃えてしまうし、傷付けない様に倒すのは難しいか。う~ん、なるべく全部欲しいんだけど。

「皮と羽優先で、他の素材もキレイだったら料金加算とか……」

「ああ、良いんじゃないのか。それなら挑戦しやすいから、達成率も高いだろう」

 ギルドマスターのお墨付きもいただけた。

「それですと、ランクはCですね。受付料は250Gとなります」

 銀貨2枚と銅貨5枚か。日本円にすると5000円位だな。

「報酬額はどういたしますか?」

 昨日下調べした感じでは、Cランククエストは相場的に5000G~8000Gって所だ。10万~16万円位。

まぁそんな所か。シェイバードは魔物だからな。オレなんかじゃ殺されてしまう可能性もある。

命を懸けるにしては安い位だ。

「じゃあ6000Gプラス素材1種に付き、1000G追加で」

「こりゃまた破格だな~!」

 破格と思ってくれたなら良かった。お金を出して欲しい物が手に入るなら、それに越した事は無い。


「アイハの依頼なら、俺受けるぜ! まかせてくれ!!」

 そう言って申し出てくれた赤毛だったが、本当に何て名前だったか分からない。アガトさんを見習ってもう1回自己紹介してくれないものか。頼むから。

 でも依頼を受けてくれるならありがたい。

「ありがとう。期待してる」

 ここで笑顔ね。よし、コツが掴めてきたぞ。

「お、俺もやるぜ!!」

「いや、俺が!!」

「お前ら引っ込んでろ、俺が完璧なシェイバードを獲って来てやるよ!!」

 とたん騒がしくなってきた人垣だが、そんなに沢山はいらないんだが。これ全部に報酬払わなきゃいけないって事にはならないよな……?

欲しい物には惜しまず出すけど、いらない素材にまで払うお金は無いぞ。

ゆくゆくは引きこもり自給自足生活をする為にもお金がいるんだから。

 そう思って受付の人に念を押すと、もちろんですと頷かれた。

 素材は全て1番最初に持って帰った者の物を達成とすると約束してくれた。これで一安心だ。


「それで、もう1つの依頼ってのは?」

 アガトさんの言葉に一番大事な事を思い出す。

 そうだ、シェイバードの素材もだけど、本命はこっちだったんだ。


「これは期限なしで、情報のみでも報酬をお出しします。


 ペネの実の調達依頼を、100000Gでお願いします」


「じゅうまん……!?」

 今まで淡々と作業していてくれた受付嬢がギョッとした顔で固まった。

 アガトさんも赤毛も目を丸くして、周りもどよめいている。あまり目立ちたくは無かったが、依頼を受けてもらえる可能性が上がるのでここで頑張って宣伝しておく。下手したら誰も手を出さずにいつまでたっても手に入らないかもしれないもんな。


「以前はこの町でも見かけたという噂を聞きました。

 生息地の有力な情報だけでも10000G出します。どうか皆さん、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた。

 ペネの実は変化薬を作るにあたって欠かせない素材。言うならばアイハの素。オレの生命線だ。

 アイハになるのは週1で十分だと思っていたが、今回みたいにイレギュラーで使わざる得ない事も有り得る。

今のオレは、アイハを失う訳にはいかないのだ。



◇◇◇



「あれ?」

 無事クエスト依頼を受け付けてもらい、その後普通の回復薬作りの練習で作った大量の回復薬も無事イーサンさんに売り払って懐も落ち着いたので、ちょっと図書館に寄って帰ろうと思ったのだが、いつもは開け放されている扉が閉まっていた。

休館日かな?そう言えば休館日とか休日気にした事なかったが、普通はあるよな。

アイハになって買い物に来たのに店は軒並み閉まってる、じゃあ変化薬の無駄遣いになるから、今後は行く店、施設にちゃんと休みを確認する事にしよう。

 そう思って、オレは図書館は諦めて露店で少し食料を仕入れて帰る事にした。



『あぁ……行ってしまった…………』



 そう言って、臨時休館となった図書館内で、そう零す者がいるとは気付かずに。

 


◇◇◇


 



「ギャ――――――――!!!!」


 陽が落ち始めた赤い空に、オレの口から甲高い悲鳴が響いた。

『どうしました!?マスター!』

 へたり込むオレの元に、クレーヴェルが瞬時に飛んでくる。あれ、今転移魔法使った?

 だが今はそんな事はどうでも良い。

「ステータスが…!ステータスが…!!!」

 玄関前の靴箱の上に無造作に置かれた鑑定石。帰宅後に、ちょっと確認してみようと触れてみただけだった。

別にレベルが上がってるなんて期待していなかった。最初に鑑定した時からオレがやった事なんて、普通の回復薬作るのに徹夜したり、図書館行った位だ。上がる訳が無い。

『何をそんなに…』

 そう言ってクレーヴェルが見上げた空中に表示されたステータスには…



名前:アイハラ トモヤ

年齢:14

身体:軟弱・健康

職業:錬金術師・商人

資格:商人(駆け出し)、職人(銅) 


スキル:妖精の魅了ピクシーチャームLv2(↑)

    マナ操作コントロールLv2(↑)

   錬金術Lv3(↑)

    深淵思考Lv1(NEW)

    女子力Lv1(NEW)


固有スキル:マナの手



「何かレベル上がってんだけど!」

『良かったじゃないですか! おめでとうございます、マスター!』

「ちっがう! オレのレベルじゃない!! スキルだよスキル!!」

『スキルは使うと熟練度が溜まってレベルが上がる事もありますからね。マスター錬金術頑張りましたものね~』

「そっちじゃない!! 何!? わざとなの!!!???」

 息子の成長を喜ぶ母親みたいな顔で和もうとするクレーヴェルに、思春期の息子みたいに地団太を踏みそうになる。本当に思春期だけど!

なのに男モテスキルが上がってるってどういう事だよ!!!??????






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